政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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靖国問題の解決策は唯一:静かに手を合わせること

靖国問題の解決策は唯一:静かに手を合わせること
靖国の問題は国のために命を落とした先人達の問題
騒ぎ立て問題化しているのは道徳心の欠片もない隣国と反対勢力
2006年8月15日

 本日午前7時半過ぎ、小泉首相が靖国神社を参拝された。評価するに値する行為である。国のために命を落とした先人のために手を合わせることに、何の問題があるのであろうか? そのことに異議を唱え、騒ぎ立てる反対派の人々やマスコミの行為には呆れ返る。当たり前のことが、当たり前として為せないことほど悲しむべきことはない。そんな国に成り下がってしまった日本を憂うのは、私だけではないはずだ。一番悲しく思っているのは、国のために尊い命を落としていった英霊達に違いない。

 小泉首相の靖国参拝は評価する。しかし、敢えて言うならば、首相に就任した際、靖国参拝を公約する必要があったのか否かということである。そして、公約したのであれば、誰が何と言おうと、この5年間、怯むことなく8月15日に参拝し続けて欲しかった。政治家が靖国を参拝するだけで、自国の思惑に基づき理不尽な主張を繰り返す隣国の尻馬に乗って騒ぎ立てる日本人の風潮を改革するべく、小泉首相は靖国参拝も公約したのであろうと思う。当たり前のことが、当たり前として為せない、そんな国に日本をしたくないという思いからであることは想像できる。

 靖国問題に関しては、おかしなことが多々ある。本日のぶら下がり記者会見で小泉首相が言っていた通り、マスコミや反対派は「政教分離」がどうのこうのと捲くし立てる。が、しかし、小泉首相をはじめ歴代の首相や閣僚達が伊勢神宮に参拝しても、参拝した事実だけしか報道しない。実際には、神道形式にのっとった参拝をしているが、そのことを取沙汰するマスコミも反対派も、この戦後61年間で皆無に近い。伊勢神宮での参拝は「政教分離」に抵触せず、何故靖国神社参拝だけが、こんなにも問題になるのか? 反対派やマスコミに聞いてみたい。多分、A級戦犯が合祀されているからだ、というような答えが返ってくるであろう。それは、しかし、答えにはなっていない。その問題と、靖国や伊勢神宮参拝の問題では、本質が違う。実際には、歴史や日本の文化を深く学習もせず、理解もしていない記者や反対派の人間達が、あたかも全てを理解したかのように騒ぎ立てている証だ。非常に大きな問題である。

 大体、彼らが騒ぎ立てて喜ぶのは、中国や韓国だけである。自国の思惑で理不尽な主張を繰り返す隣国を喜ばせることが、何故国益で、国のために尊い命を落とした先人に手を合わせることが、何故国益に反するというのか? 理解に苦しむ。

 本来、こういうことは、政治的に利用する問題ではなく、静かに手を合わせ、先人に感謝の念を抱けばよいことである。それを、何時の頃からか、政治的に取沙汰するようになったから、このように問題が複雑化するのである。ましてや、総裁選で靖国参拝問題まで論点にすることは、以ての外で論外だ。確かに、学問的に言えば、靖国神社には歴史的な意味があるのかもしれない。しかし、それは別問題である。先人の御霊に手を合わせるという行為は、そういう俗世的な発想とは別次元のことである。大体、本来、靖国とは、我々現世に生きている人間のためにあるのではなく、靖国で再会することを信じて国のために散っていった先人達のためにあるはずだ。それを、亡くなった先人達の心や思いを踏みにじり、ああでもない、こうでもない、ととやかく言うこと自体が間違っている。

 個人が参拝する分には問題がない。しかし、一国の総理が参拝するから問題なのだ、と多くのマスコミや反対派の人間は言う。だが、本当にそうであろうか。三権の長に、「私」はない。第一級の公人である以上、24時間365日が「公」である。よって、小泉首相に、この参拝は公人としての参拝か私人としての参拝か、などという愚問を浴びせかける記者達の感性こそ疑わざるを得ない。記者としての資格ゼロである。もっと、まともな質問をするべきである。とってつけたような質問を繰り返し、自分が所属する会社への自己アピールとしか聞こえない。愚かなことである。総理が参拝するということは、私的な部分や気持で参拝したとしても、公人であるに決まっている。だが、公人である総理だからこそ、小泉首相は靖国に参拝したのだと私は思う。私人である、小泉純一郎が靖国に参拝することは当たり前である。総理が参拝するからこそ、意味があるのだ。どういう意味かといえば、それは多くの国民が忘れかけている日本人の美徳、道徳心を喚起するという大きな意味だ。先人を敬い、先人を尊ぶ。そして、亡くなった先人に手を合わせるということは、特別なことではなく当たり前のことである。そんな当たり前のことが、当たり前として為されなくなり、為しにくい日本になってしまったことを憂いてのことであるはずだ。本来であれば、如何なる理由があろうとも、形式はどのようであろうが、天皇陛下に手を合わせて頂ければ、何も問題はないはずである。それが実現できないというところに、悲しむべき現実がある。

 一部の学者やコメンテーター達が、自らの歴史認識を明確にしてから参拝するべきだとか、小泉首相の靖国参拝は外交ゲームだとか、ということをテレビや新聞を通じ声高に言っている。確かに、靖国問題や歴史問題には、それぞれの当事国の歴史観やら、外交問題やら、色々な問題がある。しかし、そのことと靖国参拝ということを一緒くたにするべきではない。何故なら、国のために亡くなった先人に対して手を合わせるという行為は、そのような俗界的なことではないからだ。純粋に手を合わせ感謝の念を抱き、恒久の平和を願う。それだけのことである。理屈ではない。それこそ、「心」の問題なのである。道徳心の範疇であり、政治的問題でも、学術的問題でも、ましてや国際的問題でもない。外交ゲームだとか、国益に反するとか、理屈をこねくり回す諸氏は、まず知覧の特攻会館を観覧してきてからモノを言って頂きたい。あれが、全てではないであろう。しかし、あそこには戦争が如何に悲惨なモノであるかを表す事実が、偏向されることなく展示されている。これらの問題を議論していると、いつも知覧の特攻会館のことを思い出し、涙が止まらなくなり言葉を失ってしまう。あそこを観覧して、涙を流さぬ人は一人もいないはずである。理屈ではない事実が、人々の涙を誘う。あそこには、何人の思惑も演出もない。戦争の悲惨、英霊の純粋なる思いが、有りの儘に展示されている。

 確かに、学術的な見地や、歴史的見地、国際関係学的見地からすれば、色々な問題がある。しかし、歴史には、裏表がある。表裏一体で歴史は成り立っている。そして、事実は一つだが、真実は当事者の数だけある。当事者の多くが存命していない今、全てを解明することは非常に難しい。一部の当事者による真実だけを参考にしても、歴史の本質に迫ることはできない。全ての当事者がそれぞれ抱く真実を全て見聞して、初めて歴史の本質を見極め、事実を正しく受け止めることができる。ましてや、それぞれの国には、それぞれの立場がある。全ての関係国が、同じ歴史観に立つということは、有り得ないことだ。そのことは、どの国も承知している。承知の上で、自国の都合での歴史観を繰り返しているのである。しかし、そのことは何人も批判できない。また、批判するべきでもない。ただ、日本人は、日本人としての立場に立ち、自国の国益を考えて、日本としての歴史観を構築すればよいのである。隣国がこういうからどうだとか、というような次元の問題ではない。ただ、これだけは言える、靖国問題に関しても、歴史問題に関しても、如何なる理由があろうとも、他国に干渉されるべき問題ではない。日本の国内で、日本人が議論を戦わせて、結論を導き出す努力をすればよい問題である。

 大体、漠然と反対している人々は、どれだけ歴史のこと、政治のことを勉強しているのであろうか。非常に大きな疑問を感じる。マスコミも、ただ、小泉首相が靖国を参拝するから、中国や韓国の近隣諸国との関係が悪化するとばかり声だかに報道する。しかし、この5年間の小泉首相の中国や韓国に対する政治的対応を検証してみれば、中国や韓国の主張が如何に理不尽かは一目瞭然である。そして、その尻馬に乗って騒ぎ立てる日本の財界やマスコミ、そして反対派の主張が、いかに理不尽かということも一目瞭然である。靖国参拝問題以外の問題は、全て中国や韓国の主張を受け入れ、また理解を得ながら外交努力を重ね良い結果を出しているではないか。にもかかわらず、そのようなことは一つも報道されず、靖国の問題ばかりが報道されるので、国民も皆、まるで中国と韓国とは、国交断絶にでもなってしまうかに思ってしまっている。非常に偏向した報道により扇動された偏向した意見が、世の中に蔓延してしまっている。

 小泉首相の言い分ではないが、一つの意見、即ち靖国問題で日本が言うことをきかないからといって、全てを拒絶するような対応自体が非常に理不尽であり、多様化する国際社会に於いて、配慮の欠落としか見えない。大人気ない対応である。にもかかわらず、小泉首相ばかりが責められること自体に、不自然さを感じる。しかも、自国のマスコミや財界が批判するとは、もっての他であり、他国では有り得ないことである。如何に日本が平和ボケしているかを顕著に表している。

 日本が常任理事国入りしようとした際、中国も韓国も賛成に手を挙げなかった、だからといって小泉首相率いる日本は、中国や韓国を批判したか。また、彼らを全て拒絶するような行動をとったか。答えは、ノーである。そんなことはしていない。北朝鮮がミサイルを撃ち込んできた時に、国連での採決の際も同じことが言える。当初彼らは、手を挙げなかった。しかし、日本は、だからと言って中国やロシアとの話し合いを拒絶したか。この答えも、ノーである。日本政府、小泉首相がとった態度こそが、国際社会に於いても良識ある大人の対応である。中国や韓国が靖国問題を引き合いにだして行っている行為こそが、大人気ない行為であり、日本への内政干渉でしかないことは、第三国から見れば一目瞭然の事実だ。ただ、中国の力が急激に増大しているので、アジア諸国の多くは、将来を見据えて、中国との関係を大切にせんがために熟慮した行動をとっているだけのことである。それを、まるで日本だけが、アジアで孤立してしまっているような、中国の側に立ったような報道を繰り返す日本の報道機関の良識には大きな疑問を感じる。だからと言って、アジア諸国を蔑ろにしろと言っているのではない。アメリカとの日米同盟を大切に温存し発展させつつ、アジアとの国交も発展させていかなければ、アメリカにとっての日本の魅力も半減してしまうことは目に見えている。そうかといって、アメリカや近隣アジア諸国に阿る必要は全くない。アメリカにとって日本は、軍事戦略上、また経済戦略上、最重要国であることはこれからも変わりない。また、日本にとってのアメリカも、軍事戦略上、また経済戦略上、最重要国であることも変わらない。そして、日本の近隣諸国も、アジアが発展していき、グローバル化が急速に進む世界情勢にあって、日本にとって大切なライバルであり同盟国であるべきであることも間違いない。偏ることなく中庸を保つことが、アジアで、世界で、日本が取るべき道であろう。スイスのような永世中立国で有り得るのは、地球上で唯一の被爆国である日本の権利であるはずだ。それには、積極的な主張ができる国に成長しなければ、ということが日本に課せられた今後の課題であろう。

 韓国は、小泉首相の靖国参拝を受け、小泉はもう過去の人であり、次期首相が靖国参拝するか否かで今後の韓日関係の行方は決まる、というようなコメントを発表した。この外交感覚、国際感覚こそがおかしい。にもかかわらず、日本のマスコミは、そのような韓国や中国の反応ばかりを、非常に大きく取り上げ、あたかも小泉首相がこの5年間で国際社会での日本の立場を失墜させたかのごとく報道している。それどころか、中国の日本大使館前に抗議デモを断行した中国の活動家のインタビューまでをも報道した。たった30人で行われたデモを、まるで中国人全てが反日感情を抱き、それが大きな動きになるかのごとく報道していた。非常に大きな違和感を覚える。まるで、戦前、戦中の統制された報道機関のようだ。一つ違うところは、戦前、戦中は軍部に報道各社は統制されていたが、今のマスコミは財界に統制されているように見えるのは、私だけではないはずだ。

 本来、靖国問題のような事柄に於いては、マスコミの果たす役目が大きいはずである。マスコミが、偏向しない報道姿勢でこの問題を報道し続けてくれば、思惑で理不尽な主張を繰り返す隣国に付け入られることもなかったはずだ。純粋に靖国問題や極東軍事裁判の問題や戦犯の問題なども、他国からとやかく言われることもなく自国内で総括することができたであろう。しかし、そうできなかった責任の一旦は、マスコミにあると言っても過言ではない。正しく、偏ることなく歴史的事実を検証し、当事者の数だけある真実の解れた糸を丹念に手繰り寄せ紡いでこそ、昭和史の本質を後世に残すことができたはずだ。ワイドショー的に数字を追うばかりではなく、損得を度外視して一石を投じるような気概ある報道姿勢が損なわれてきたからこそ、政治や財界の思い通りの戦後61年が過ぎ去ってしまったのではないか。嘗ては、気骨ある政治家も、筋金入りの財界人も、勇気あるジャーナリストも日本には存在した。しかし、昨今、そのような大きな器の人々を見かけなくなってしまった。悲しむべきことである。

 目の前の我欲に溺れ、国を憂うなどということをしなくなってしまった日本人。今だからこそ、国のために尊い命を落とした先人達に手を合わせるべきなのではないか。「先憂後楽」私の好きな言葉である。しかし、今の日本は、「先楽後楽」煩悩に溺れる国にしか見えない。日本の将来を憂うのは、私だけではないはずだ。
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by seizaikai_club | 2006-08-15 23:59 | 靖国神社参拝問題
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「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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