政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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出会いと別れ、そして、人間には愛

出会いと別れ、そして、人間には愛
2011年6月21日

思い起こしてみると、たった51年の人生だが、多くの出会いと別れがあった。どの出会いも、どの別れも、深く印象に残り、私の人生の彩となっている。中でも、最も大きな出会いは、両親との出会いであろう。そして、最も悲しむべき別離は、亡父との死別である。生前は、ぶつかり合うことも多かった。だが、亡くなってみると、その大きさに気付かされ、日に日に亡父への思いは募る。そうしながら、私自身、「男とは」ということを学んできたような気がする。

次に大きな出会いと別れは、アメリカ時代の日系二世Kiyoshi Mizuno(水野清)との出会いと死別だ。渡米して直ぐ、私たちは出会った。私が通った最初の大学の留学生担当者が、偶然ベシー・ホリタという日系二世であった。皆から怖がられている女性であった。両親のお陰で礼儀作法を厳格に育てられた私は、礼儀正くしくベシーにも接していた。そのお陰で、皆が怖がるベシーさんは、私のことを非常に気に入ってくれ、色々面倒うを見てくれた。キヨシを紹介してくれたのもこのベシーであった。彼女の口癖は、「日本からの留学生は、日本人の礼儀正しい良いところを忘れている」ということであった。確かに、納得できる言葉である。アメリカに憧れ、渡米している日本人留学生の多くが、ある意味勘違いしているところがあった。日本人でありながら、アメリカ人振っているとでも言うのか。そんなところが、ベシーさんたち日系二世の鼻についていたのかもしれない。だが、彼らは、そんな日本からの来た日本人のことも助けてくれた。日本人同士が足の引っ張りあいばかりしていたが、日系人たちは、そんな了見の狭いことは決してしない。どんな状況かでも、日本人を助けてくれた。ある意味、日系人の方々は、渡米された当時のままで時間が止まり、日本人が本来持っていたが忘却してしまっている仁義忠孝礼の精神を、大切に守り継承している。

キヨシのことは、「ビック・ブラザー」と呼んで、兄弟のようにしていた。彼は、加州住友バンクの最後はバイス・プレジデントまでになった。歳は、私の母と同い年だった。だが、気が合って兄弟のようにしていた。何故なら、彼は彼の死の二年前に亡くなられたお母様を守り、ずっと独身を続けていたからだ。元々はシアトルの出身で、兄弟はシアトルのボーイング社で飛行機のエンジニアをしていた。他の兄弟姉妹は、ロスにいたようだ。そんな訳で、歳は離れていたが、彼は未だ青春の真っ只中で、私と気が合ったというわけだ。しかし、思い返してみると、彼はそういう風に振る舞い、私に気を遣わせないようにして、私の面倒を見てくれていたのだなと今は思っている。

彼は、日系人二世。彼の親は、名古屋からシアトルに移民したそうだ。そんな訳で、名古屋に今でもお母様のご兄弟姉妹がおり、2~3年に一度、お母様を伴って里帰りされていた。勿論、彼は戦争中マンザナ・キャンプ(日系人収容所)にいた。そして、親兄弟を守るために、忠誠書にサインをし、志願して軍隊に入った。終戦と同時に、通訳として日本に赴任していたと言っていた。キャンプのことや、戦争中のことに関しては、口が重かったのだが、私にはポロポロと色々話してくれた。貧しく、辛く、ひもじい時を過ごしていたようで、一緒にメキシカン料理を食べに行くと、いつもその頃のことを話してくれた。白いご飯なんか食べられず、藁のようなタマリが主食だったという話から、キャンプでの話をよくしてくれた。

彼らの中には、日系人の信頼をアメリカ社会の中でも確立しなければという意識が強かったようで、その気持ちが日系人442部隊を最強で最も信頼できる部隊にまで押し上げたようだ。そんな彼らの強い思いと、背水の陣で、「Go for broke」を合言葉に、ヨーロッパ戦線で窮地に陥ったテキサス連隊救出作戦を成功させ、アメリカ社会での信用を勝ち取った。勝ち取ったとは言っても、全てのアメリカ人が彼ら日系人を認めていた訳ではなく、差別は続いていた。だが、彼らは、差別を差別として口にだすことはなく、兎に角、直向きに、一生懸命汗水を流し、信用を一つ一つ積み上げていた。本当に頭の下がる思いで一杯だ。私の人生の中で、亡父とMr. Mizunoは、最も尊敬に値する存在である。このことは、永遠に変わらないだろう。キヨシは、私に、特別なことをするのではなく、一生懸命、地に足を付け、一歩一歩歩みを進めることの大切さを身をもって教えてくれた。感謝しても、しきれない思いで一杯だ。そんなキヨシは、私の家族と一緒にクリスマスを過ごした直後、自宅でひっそりと息を引き取っていた。正月明けから、人工透析が始まることになっていた。ところが、間に合わなかったのだ。生牡蠣を勧めたのが、悪かったのではと今でも後悔している。

次に大きな別れは、やはり妻との離婚であろう。子供たちのことを考えると、この罪の重さからは、一緒に死ぬまで逃れることはできないと思っている。勿論、子供たちは素直に育ってくれており、そのことで私を責めるようなことはない。だが、私の中では、この罪は非常に大きいと思っている。子供たちへ対しても、別れた妻に対しても、理由はどうあれ、男の私が全てを受け止めるべきであったと、今は深く反省いしている。結局は、男として私自身が青かったということだ。

順序は付けられないが、三番目に今回別離した、10年付き合った韓国人ガールフレンドとの別れが上がる。今回の震災や儒教の問題などが複雑に絡まり、私の思いだけではどうにもならない。しかも、今は日本にいない。遠いオーストラリアでは、どうにもしようがない。昔なら、オーストラリアだろうがどこだろうが、飛んでいったであろうが、今そこまでの力も気力もない。結局は、双方の愛が足りなかったのであろう。まあ、このことは、まだ湯気がでている状態なので、この場で語ることは控える。

次は、母方の叔母との死別だ。この叔母は、キヨシと同じく祖母を最期まで結婚せず守ってくれた叔母だ。だが、何があったかは知らないが、母たち姉妹はこの叔母が亡くなるまで縁を切っていた。最期は餓死のような状態で亡くなったらしい。心が痛む。何もできなかった私の罪は、これまた一生拭えないであろう。子供の頃、一番仲良くしていた叔母だけに、心が非常に痛む。例え何があろうとも、血を分けた姉妹ではないか。私には理解できない。亡父は、密かにこの叔母の面倒をみていたようだ。だが、亡父が亡くなり、叔母は兵糧攻めにあったような状態で旅立った。本当に申し訳ない。

まだまだ多くの出会いと別れがある。だが、若くして癌に倒れた、アメリカ時代の友人、日系三世のボブとの死別が次に入るであろう。ある日突然、私よりも若いボブから「もうこれが最後になると思う」と電話が入った。若かったので大腸癌から全身への転移も早く、どうしようもない状態だと彼は打ち明けた。まだ、子供が小さかった。だが、彼は言った。「手術を何回かしたが、もう楽になりたい。次の手術は拒絶する。だから、これが最期のお別れだ」と。彼は、ロックンローラーであった。葬式でも、大好きなローリングストンーンズが流されていた。随分と働きかけたが、彼と一番仲が良かった友2人は、葬式に来なかった。無理矢理にでも連れてくるべきであった。悔いが残る。

いくつかの出会いと別れを、ここに記載したが、結局のところ、「人間には愛」これしかないという結論に、私なりに至った。まだまだ、多くの出会いと別れが、今後も私の人生で続くのであろう。だが、これが人間の宿命なのかもしれない。そんな風に思う、今日この頃である。
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by seizaikai_club | 2011-06-21 15:37 | 今日の独り言

今政治がしなければならないこと

今政治がしなければならないこと
2011年6月19日

 震災から3ヶ月。だが、未だ被災地の不自由な環境下、苦しんでいる被災者がほとんどだ。家を失い、全ての財産を失い、身内を失い、悲しみ、苦しみ、そして、絶望感にさいなまれつつ、希望の光さえ見えない中、日々を必死に生きている。

 にもかかわらず、政治は空回りをし、政局ばかりの茶番劇を繰り返している。口ではお上手を言うが、何一つ形になってはおらず、被災者の救済さえ遅々として進まない。阪神大震災の際は、村山総理大臣がリーダーシップを発揮した。迷うことなく多くの時限立法をなし、臨機応変に復興へと歩みを進めた。ところが、今回の震災では、遅々として何も進まない。確かにわずかに動いているが、どの動きにも政治家や党の思惑や我欲が潜んでおり、素直に受け止めることができない。

 そのことは、福島原発に関しても同じだ。未曽有の原発事故であるにも関わらず、この期に及んで東電は天災を主張し、初動対処のまずさによる人災を否定する。結果、多くの人々は家を失い、路頭に迷っている。未来に何も希望を持つことさえできない。そのことは、個人だけでなく地元企業にとっても同じだ。あれだけ利益を貪ってきた東電が、企業に対する賠償金の上限額を200数十万円にするという。呆れてモノも言えない。このような状態になり、資金繰りが滞っている企業が、200数十万でどうなるかは誰の目にも明らかだ。東電自らは、電気料金を値上げして、自分たちの過ちを消費者である我々国民に転嫁するという。だが、地元企業は、そんな調子のよいことはできないのだ。悔し涙に明け暮れながら、倒産の道を選ぶしかない。経営者は、断腸の思いで決断を下さなければならないのだ。そのことを、東電幹部は、よく理解するべきである。

 東電には、東大出のエリート社員が大勢いる。日本のトップ企業と言われていた。だが、今回の対応を見ていると、東電がトップ企業でないことは一目瞭然だ。何故なら、消費者である我々国民を守らず、自分たちの生き残りばかりを優先しているからだ。その上、電気料金まで値上げして、自分たちの過ちを国民に補填するという。問題外というか最低である。

 このような状況下、政治家が今最優先でしなければならないことは、政局の茶番を繰り広げることではなく、被災者や被災地、そして、全ての国民を放射能の危険から守ることだ。このことは、与党民主党も、自民党をはじめとする野党も、どっちがどっちということではなく、肝に銘じて最優先で当たって頂きたい。一部の政治家が、菅が身を退かないならば、解散総選挙と叫んでいる。だが、今選挙何ぞしている時ではない。それこそ、被災者のこと、被災地のこと、国民のことを一つも考えていない証拠である。今しなければならないことは、大連立でもない。与党も野党もなく、兎に角復興や被災者救済のために、個別の案件で速やかに手を組み進めることだ。そして、東電に関しては、河野太郎氏の提案を幹とした改革を進めるべきである。但し、民間企業としての東電は一旦解散させるべきであると私は思う。何故なら、電気事業法自体に問題がある以上、一旦全てを白紙にして、電気事業法を改正し、東電も再編するべきである。

 東電を始め九電力は、国営にして発電のみに徹する。そうすることで、全ての電力を国が管理し、電力各社の組織を極力縮小化する。同時に、電気業界を自由化し、電力販売は自由競争で複数の民間会社が存在できるようにする。そこには、太陽光発電や風力発電の会社なども含め自由に競争させる。

 そうすることにより、電気料金を他国レベルまで引き下げられる。菅や孫正義が提案していた全戸にソーラパネルを設置してという案は、個人個人に設置させるのではなく、国が設置をし、設置場所賃貸料を各家庭に支払う。それらのソーラパネルから上がった電力も、国営となった電力会社が管理し民間電力販売会社に卸す。民間電力会社は、独自に太陽光発電や風力発電、地熱発電などを持ち発電することも可能にする。兎に角自由化して競争させる。また、問題となっている西と東の電圧を統一し、国営電力会社が管理する。そうすることで、天災が起こった際に全国で融通し合うことができるだけでなく、将来的には韓国などと海底電線により電力売買や天災の際に融通しあうことも可能になる。

 まだまだ、語れば色々あるが、兎に角、電気は国益に関わる最重要課題の一つとして、国が直接管理する体制にするべきである。そして、販売にあたっては自由化するべきだ。

 その第一歩を東電に踏ませることができるのは、菅であるように思う。何故なら、菅のみが東電の鼻薬を一度も嗅いでいないからだ。一日も早く、電気事業に関し新しい道をつけて、菅は総理の座を退けば良い。現状、誰が総理になっても、大して変りはない。今は、もう、誰がなったからといって、大きな違いが出る時期ではなく、兎に角実行に移す時期である。これらのことを理解して、全ての政治家は私利私欲を捨て、国民のために命懸けで頑張るべきであると私は思う。
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by seizaikai_club | 2011-06-19 23:35 | 政治

東日本大震災に思うこと

 震災後、取材のため被災地に入った。言葉がないというのが正直な印象だ。涙が止まらなかった。地震の被災地というよりも戦場のようであった。想定外、予想外という言葉が盛んに紙面を踊っていたが、正に読んで字の如くである。石原慎太郎が、「天罰」という言葉を使いバッシングされていた。しかし、彼が何を言わんとしていたかは理解できる。被災者の心情を考えれば適切な言葉ではなかったかもしれない。だが、天が日本人に対し警鐘を鳴らしたように私も思う。

人工衛星から地球を眺めると、世界中で一番日本が明るく輝いている。初めて私が渡米した際一番驚かされたことは、三十五年も前のことだが、アメリカ人が電気や水を大切にしていたことだ。無駄遣いを絶対にしない。夜になると間接照明が主役で、日本の家庭のように明るくすることはない。停電も時々あった。だが、停電になっても、彼等は停電を楽しんでいた。ロウソクを立てロマンチックな一時を過ごす。文句を言うのではなく、何が起きても前向きに生活を楽しんでいた。アメリカ人のそんなところに私は驚かされた。

東日本大震災に思うこと
2011年5月13日

 そんなアメリカ人の面白い話がある。偶然ロスに出張していた時のことだ。ロス大震災に遭遇した。ホテルの部屋にいたのだが、揺れが止まり部屋の扉を開けてみると、一糸纏わぬアメリカ人男女たちが非常口に向かって走っていた。服より命ということだ。何とも解り易い。あまり後先を考えず、その場を生き抜く。それがアメリカ人の強さだ。だから、どんな苦難をも乗り越えることができる。我々が思うほど、彼らは狡賢くはない。ただ、間違いなく言えることは、感覚的に今必要なことは何かということを瞬時に判断し対応する危機管理能力がずば抜けて優れている。そんな彼らの能力が、今回の震災でも発揮された。

 震災直後、オバマ大統領の命令が下り、第七艦隊が日本列島に集結した。彼らは直ぐに状況を分析し、日本政府の許可を取らず行動に移せる三沢基地の滑走路整備を開始した。同時に、仙台空港滑走路整備を日本政府に提案し兵士三十六名を現場に待機させた。被災地への玄関口確保だ。ところが、菅総理からの許可がでない。ここが日本人の問題だ。あまりにも型にはまり過ぎ、例外的に臨機応変な行動をとることができない。その結果、後手になってしまう。原発対処に関しても同じことが言える。決まり事よりも人命最優先。そこがアメリカ人の強さだ。

 被災地を見聞しても同じことを感じた。多くの自衛官や消防隊員や警察官たちが、救援活動をしている。命令通り皆一生懸命だ。だが、その場の状況に応じ臨機応変に対応することが必要な時もある。日本人の弱点が露呈した震災でもあった。
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by seizaikai_club | 2011-05-13 06:38 | 今日の独り言

復興への足音が聞こえ出した三度目の被災地取材

復興への足音が聞こえ出した三度目の被災地取材
2011年4月15日

 昨日、三度目の被災地取材に赴いた。被災からどういう風に変化していくかを見たく、同間隔で10日ごとに被災地を訪問している。そして、昨日は愚息を同伴した。愚息は、この3月に高等科を卒業し同学内で進学した。だが、地震の影響で、卒業に当たっての予定が大幅に変更された。彼にとって、きっとこの大震災は記憶に残る出来事であったはずと私は思った。人生に於いて、この時期の体験は一生心に残り、その後の人生を左右するようなインパクトを持つ。特に、良いことばかりでなく、このような悲惨な状況を目の当たりにすることにより、人間は心を動かすことができるようになり、大きな学びを得ることになる。そんな期待感を抱きつつ、取材に愚息を同伴することを決めた。幸い仕事仲間が賛同してくれ、快く同伴を許可してくれた。感謝する。

 愚息は、赤ん坊の頃、大きな天災を経験している。彼自身は覚えていないだろうが、18年前鹿児島を襲った水害で、海に流され多くの犠牲者をだした電車の一本前の電車に、籠に愚息を入れて私は元妻と共に乗車していたのだ。一瞬の機転で、下車後側にあったホテルの三階に避難し九死に一生を得た。あと5分遅かったら、多分流されていただろう。ホテルの三階から襲い来る大量の水を眺め、背筋に寒い物を感じた記憶は、今でもハッキリと私の身体に刻み込まれている。申し訳ない。話が逸れてしまった。東日本大震災被災地の話に戻す。

 被災地は、間違いなく一歩一歩歩みを進めている。あんなに悲惨な状況にある地獄のような津波被災地が、復興できるのであろうかと当初は心配した。正直、私自身、シャッターを押すことにも躊躇い、ペンを走らせることもできなかった。涙と嗚咽が、止めようとしても止まらなかった。それほど、酷かった。地震の被災地というよりも、嘗てスリランカの内戦取材で見た、戦場のような光景であった。だが、10日前に訪問した二回目の取材では、震災被災地で復興が進み正直驚かされた。それでも、津波被災地はまだ行方不明者の捜索段階を脱しておらず、復興には程遠いという印象を受けて帰路についた。どんよりと曇った津波被災地は、別世界のように感じた。震災被災地と津波被災地では明暗を分け、天国と地獄のようであった。勿論震災被災地の被災者たちも、悲しみや苦しみを背負っていた。しかし、津波被災地はそういう域ではなかった。正に奈落の底に突き落とされたような感じであった。そんな厳しい状況下でも、人々は落胆の色を払拭しようと必死に前を向いていたことが非常に印象的であった。人間とは何と強い存在なのだ、と驚かされた。

 そして、今回の取材で、その思いをより強く感じた。震災被災地、特に仙台市内などは、ほとんど震災前と同じ状態に戻っていた。勿論、まだまだ不自由も多々あるのだろうが、表面的には平常に戻っていた。一番驚かされたことは、この10日間で、津波被災地も復興へ向かって、前を向き大きな一歩を確実に踏み出していたことだ。もう、行方不明者捜索段階ではない。復興へ向けての動きにかわりつつあった。勿論、まだまだ瓦礫の山はある。だが、不思議なことに、気候が移ろい温かくなったことで、溜まり水が大分引いた。その結果、重機が瓦礫の荒れ野に入れるようになり、瓦礫を撤去できるようになっている。至る所に散在していた被災車が撤去され、多くの瓦礫が運び出されていた。人々も、流されずに残った数少ない家々に何とか戻ろうと汗と泥にまみれながら、必死に希望の光を追いかけていた。彼らの姿には、最初の取材で流した涙とは違う涙が零れた。本当に人間の強さを実感させられた。人間とは、如何なる状況に突き落とされても、必ず這い上がってくる。絶対に負けない強靭な精神と肉体を持っているのだな、と強く実感させられた。このことは、大きな変化の1つだと思った。

 変化という意味では、被災地の管理体制なども含め、雰囲気が大いに変わっていた。10日前の取材の際は、タクシーで乗り付ける見物人までいた。被災住民と心無い野次馬との間に、無言だが重たい空気が充満していた。だが、今回は、空気が晴々していた。それには二つの理由がある。1つは、津波被災地へ繋がる道の全てに警察の検問が置かれ、復興作業に携わるトラック、警察官、消防士、多くの自衛隊と米軍、許可されたボランティア、そして、身分証ならびに取材許可を受けている我々報道関係者以外の人間を津波被災地からシャットアウトしたことだ。そうすることで空気が大幅に変わった。もう1つは、被災者の方々の意識が、絶望から小さいながら希望に向かって動き出したことではないかと私は思った。その心の変化が非常に大きいのではと感じた。その結果、心の余裕が多少なりともできてきたのではないか。例えば、前二回の取材では見ることができなかった、献花が至る所で見られた。花を手向けるということは、小さなことに感じるが非常に大きなことであると私は思う。心の持ち様で、花を綺麗と感じられる余裕が心にできる。ということは、被災者の方々や被災地復興に携わる人々に、花を手向ける心のゆとりができてきたということである。そういう気持ちこそが、絶望感から前向きの心持ちに変わり復興の速度を速めると信じる。本当に人間とは素晴らしい力を持った生き物だ。今更ながら実感させられる。

 それにしても、水の力とは恐ろしい。津波という水の力によって、人も街も押し流され一瞬にして地獄と化した。震災後は、溜まってしまった津波による水溜りにより、瓦礫の処理を困難にし、人々を奈落の底に突き落とし涙まで枯らせてしまった。にもかかわらず、津波被災地の海岸線から眺める海は、嘘のように静かで、穏やかで、心を和ませてくれる。今回はもう、前回依然浮遊していた瓦礫など一つもない。同じ海なのに、今は美しく静かに輝いている。そんな状況下、津波によって全てを流され身内まで亡くしてしまった漁師の1人が、それでも「海は宝だ」と言った言葉が非常に印象的であった。自然は時として途轍もない大きな力で、人間を翻弄する。だが、そんな理不尽な力の犠牲になり翻弄されながらも、めげることなく前を向いて生きる人間の強さと素晴らしさを目の当たりにした三度目の取材であった。感謝。
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by seizaikai_club | 2011-04-15 09:36

アメリカ人の温かさを今こそ理解するべき

アメリカ人の温かさを今こそ理解するべき
2011年3月12日

 日本では、アメリカならびにアメリカ人が避難されることが多い。確かに、合理主義で、個人主義、日本人からしたら違和感を感じるこも多いのかもしれない。また、基地問題などで感情的になっていることもある。だが、こういう緊急事態時に一番頼りになるのはアメリカ人である。彼らは、緊急事態になった際、大きな勇気と惜しまぬボランティア精神を発揮する。安全保障関係にあるということは、有事のことだけでなく、派生的にこういう事態の時の大きな救いになるということを、日本人は大いに理解するべきである。

 福島原発の熔解を止める核冷却用水を、積んだ空軍機が空母ロナルドレーガンより既に発信されたとの情報は入った。彼らは、緊急時、優れた判断力で臨機応変に動く。そのアメリカとの関係を損ねた現政権こそ、大いに問題であることを認識するべきである。沖縄の基地問題も、この視点で理解して頂きたい。万が一の時に、沖縄住民を筆頭に、我々日本人を救ってくれるのは、アメリカ人である。そのことをよく認識するべきである。
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by seizaikai_club | 2011-03-12 06:45 | アメリカ関係

私の政治的スタンスを含めた全てスタンス

私の政治的スタンスを含めた全てのスタンス
2011年3月4日

 昨夜のtwitterでの議論で、議論開始直後、岩屋代議士に一刀両断「右翼」と決めつけられた理不尽に、今日は朝から頭に血が上っている。ここではっきりとしておきたいが、私は右翼でも左翼でもなく、自分の思考で物事を正しいか間違っているかを判断し、その考えのもとで議論を闘わせる。だが、人間は十人十色、十人人がいれば十通りの意見があってしかるべき思っている。よって、喧々諤々色々な意見がでることは構わないと思っている。それを民意の大勢によってまとめる役目は国会だ。健全なる議論が行われてこそ、健全なる政治があると思っている。

 だが問題は、自分の意見と違うと、個人的感情を露わにして、相手の人格まで否定しようとする人々が、日本には多すぎる。これでは健全なる形で議論は進まなくなってしまう。決めつけはその最たるものだ。こういう意見の人間は、右翼だ左翼だと勝手に決めつける。以ての外だ。中道保守だの、右翼だの、左翼だの、中道左派だの、中道右派だのと人を決めつけたり、自分を決めつけたりする体質こそ、大いに問題であり、政治家としての資質を疑う。そういう偏向したモノの見方しかできなければ、必ず本質を見誤ることになる。そこに国民の一人として、非常に大きな危機感を覚える。

 そういうことではない。この案件に賛成か反対か、正しいか間違っているか、自分の信念に基づき議論を闘わせればよいのだ。自分は中道保守だから、この案件は自分自身ではこう思うが、中道保守の仲間がこういう意見だからこうしておこう、私たちの意見と違うから、あの人は右翼だ左翼だ、こういう決めつけは幼稚すぎる。議論自体が成り立たない。そこのところに、大きな問題がある。民主党も、自民党も、(この順序は、たまたま今民主党が与党で自民党が野党だからという理由のみ)あまりにも思想的幅が広すぎて、要は不協和音がでているのだ。自分の考え方と必ずしも一致してなくとも、妥協して合わせようとするから問題が噴出し、能力のない政治家は、議論ではなく個人攻撃へとなってしまう。ここのところに今の政治が抱える大きな問題がある。要は、選挙のことばかりを考え、数字の理論ですべてが動いているということだ。おかしい。

 この案件では、保守的な意見だが、別の案件では革新的な意見ということがあってこそ自然だ。あまりにもおかしすぎる。そして、個人攻撃がはじまれば、もうそれ以上健全な議論はなくなってしまう。

 野次の問題を以前、この場で取り上げたら、賛否両論色々な意見がきた。私は、野次も政治家の仕事の内と思っている。だが、その野次は、あくまで議論している政策に関してのものであるべきで、個人攻撃であってはいけないと思っている。そこのところを理解していない政治家も国民も多すぎる。

 そもそも、最近の政治家は自分たちの役目も満足に果たせないくせをして、直ぐ他人に責任を転嫁する。菅が悪い、小沢が悪い、鳩山が悪い、誰は右翼だから悪い、誰は左翼だから悪い、あまりにも次元が低すぎる。何でそんなにレッテル貼りが好きなのだろうか。呆れかえる。

 これで結びとする。私は、如何なる場合も、それぞれの案件に関し、その案件の是非を純粋に議論するだけであり、それぞれの意見の元である個人への攻撃を目的とはしない。健全なる議論こそが、私の望むところであり、それ以上でも、それ以下でもない。だが、一方的に決めつけられれば、当然のことながら防衛本能ならびに危機管理本能によって、黙って引き下がりはしない。私は私であって、私の立ち位置は私の立ち位置であって、右翼でも、左翼でも、中道保守でも、中道左派でも、何でもない。私は私であることを、ここに宣言しておく。
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by seizaikai_club | 2011-03-04 14:11 | 今日の独り言

twitterでの自民党岩屋たけし氏国旗関連発言に大いなる疑問

twitterでの自民党岩屋たけし氏国旗関連発言に大いなる疑問
2011年3月4日

 昨夜、いつものように就寝前にtwitterに参加していた。昨日早朝に、石波氏の国旗毀損法制定案に関し、私は同感の意を表明していた。昼間は忙しくアクセスできずにいた。ところが、その間に色々なやりとりが繰り返されたようであった。丁度、私がアクセスした際、自民党の岩屋たけし代議士が、この件に関し数人の参加者と議論していた。彼曰く、必要ないという。それは彼の意見として聞いていた。理由はこうだ、国旗を毀損しているところなどみたことがない。必要ないというものだ。だが、議論はそこでとどまらず、自衛隊の問題にまで波及していた。全部は掲載できないので割愛して紹介する。要は、犠牲者がでてから自衛隊が行動を起こせばよい、というのが岩屋代議士の意見であった。これには、私は大きな違和感を抱き、議論に中途参入した。

 まず国旗問題は、アメリカなど諸外国でも当該法はあり、日本で想像しているよりも厳しく施行されている。国旗を冒涜することは、国家を冒涜するととらえている国々ほとんどである旨、私は書き込み、この法律は必要だという意見を述べた。すると、岩屋氏は、反論してくるのではなく、決めつけるのは右翼と一刀両断してきた。そして、自分は中道保守であり、中道保守は自由な意見を述べるものであり、決めつけるのは右翼だというのだ。これには大いに違和感を感じた。私は右翼ではない。国旗毀損に関する法律が、是か非かを議論していたにもかかわらず、いきなり人を右翼と決めつけてきた。岩屋氏こそ、論点をすり替え、狭い視野で人を決めつけているではないか。国旗問題を取り上げたら右翼という発想こそ、決めつけにほかならず理不尽極まりない。言っていること自体が矛盾している。

 しかし、これが政治家の現状なのだ。政治家の本分は、国民の生命と財産を守り、この国をよりよくすることだ。その本分さえ忘れている。議論を戦わせることは、政治家の仕事ではないか。自ら論点をすり替え、議論を回避するようでは、政治家としての資質が欠落しているとしかいいようがない。こういう政治家が、永田町に溢れているから、日本はこんなになってしまったのだ。どこの党が悪い、誰が悪いと、責任転嫁ばかりして、ご自分や党の益を優先し、国益をおろそかにしている。だから、この国は、こんなにも衰退してしまったのだ。

 だいたい、国民に犠牲者がでてから自衛隊が動けばいいなどと、そんな発想の政治家を我々は望まない。あまりにも政治家としての資質が低すぎる。即刻退場願いたいものだ。これは大いに問題である。
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by seizaikai_club | 2011-03-04 07:56 | 政治

民主主義も、社会主義も、共産主義も

民主主義も、社会主義も、共産主義も
2010年12月29日

 結局のところは、理想でしかなく。突き詰めてみれば、思想自体は素晴らしいが、それを運用するのが人間である以上、どんな理想も人間の我欲思惑で汚されてしまう。宗教と同じである。どんなに素晴らしいバイブルやコーランなど経典があろうとも、それを読み理解する人間が、自分たちの都合に合わせて読んでしまえば、そこに解かれている理想とは真反対になってしまう。

 民主主義も、社会主義も、共産主義も、それぞれに長所も短所もあるが、思想通りに教えを実践すれば、どれも素晴らしい考え方である。だが、運用する人間の自分勝手な解釈により、皆退廃してしまう。一体この世に本当の意味での理想郷などあるのであろうか? 人間がこの世を支配する限り、在り得ない夢のまた夢であるようにしか思えない。人間ほど、愚かな生き物はいない。自らの煩悩により、自らの首を絞めている。そのことに気付いていても、そんな愚かさから脱却することができない。その結果、現世であるこの世を地獄と化している。何とも愚かしいことか。

 人間とは、欲望と憎悪や嫉妬に塗れた救いようのない生き物だ。本来、人間も動物である。過去や未来に囚われず、今この瞬間を一生懸命生きればよいのだ。しかし、他の動物以上に頭脳が発達してしまったが上に、余計な欲が強くなり、人を傷つけ自分をも傷つける。地球上で最も愚かしい生き物となってしまった。この愚かしい魔法から、人間が解き放たれる方法は一つ。それは、愛の力によるのみである。何も恋愛のみのことではない。愛こそのみが、欲望や憎悪、そして、嫉妬までをも和らげることができる。だが、その愛の力が、現代社会、特に日本では著しく低下してしまっている。このことに気付かなければ、政治も、経済も、良くなるはずがない。日本人全体が、幸せを感じられるようにはならない。一部の人間のみが、満たされても何も変わらない。我欲を捨て、自分が帰属するこの国を愛することで、初めて我欲も自然と満たされる。そんな世の中になってほしいものだ。それには、私たち一人一人がそのように変わらなければならない。自己中心ではなく、我欲ではなく、自分たちが帰属する社会、即ち日本という国を本気でよくしようと思わなければ。そう強く信ずる。
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by seizaikai_club | 2010-12-29 16:40 | 今日の独り言

天気予報図に領土全体を載せるべき

天気予報図に領土全体を載せるべき
2010年11月29日

 ずっと気になっていることがある。それは天気予報だ。天気予報で使われている予報図に、日本の全領土がのっていない。あれは大いなる問題だ。我が国固有の領土は、全て載せてしかるべきである。勿論尖閣諸島や北千島、南サハリン、そして、竹島も含めてだ。天気予報図に、領土全てを載せないことは、相手国に対し、日本は領土を放棄しているように誤解されてもしかたないことだ。兎に角、既成事実を一つでも多く残していくことに努めることが、相手国を気遣うことよりも、領土問題では優先されるべきである。日本は、そこのところの対応が、政府もマスコミもおかしい。自らギブ・アップしてしまっているようにさえ見えるのは、私だけであろうか。
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by seizaikai_club | 2010-11-29 08:03 | マスコミ

民主党政権の「国家の意味と義務」へ対する意識の低さ露呈

民主党政権の「国家の意味と義務」へ対する意識の低さ露呈
2010年11月19日

予算委員会を国会中継で連日見ているが、
あまりにも程度が低すぎ呆れかえる。
前代未聞の低俗国会と言っても過言ではない。

そもそも、
イデオロギーの違いは、
民主党政権が誕生して以来感じていた。
だが、
国家の意味と義務へ対する意識の低さが
ここまで低いとは思わなかった。
言葉は悪いが、
左翼的内閣、
いや左翼内閣といってしまいたくなる。
これでは、
国際社会において、
日本の立場も尊厳も地に落ちることは間違いない。
軸足のないタコかイカのような内閣だ。
政治主導ということを、
何と理解しているのだろう。
民主党の先生方は。
一体どうしたらよいのだ。
本当に心底より憂う。
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by seizaikai_club | 2010-11-19 16:50 | 国会

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
by seizaikai_club
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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