政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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復興への足音が聞こえ出した三度目の被災地取材

復興への足音が聞こえ出した三度目の被災地取材
2011年4月15日

 昨日、三度目の被災地取材に赴いた。被災からどういう風に変化していくかを見たく、同間隔で10日ごとに被災地を訪問している。そして、昨日は愚息を同伴した。愚息は、この3月に高等科を卒業し同学内で進学した。だが、地震の影響で、卒業に当たっての予定が大幅に変更された。彼にとって、きっとこの大震災は記憶に残る出来事であったはずと私は思った。人生に於いて、この時期の体験は一生心に残り、その後の人生を左右するようなインパクトを持つ。特に、良いことばかりでなく、このような悲惨な状況を目の当たりにすることにより、人間は心を動かすことができるようになり、大きな学びを得ることになる。そんな期待感を抱きつつ、取材に愚息を同伴することを決めた。幸い仕事仲間が賛同してくれ、快く同伴を許可してくれた。感謝する。

 愚息は、赤ん坊の頃、大きな天災を経験している。彼自身は覚えていないだろうが、18年前鹿児島を襲った水害で、海に流され多くの犠牲者をだした電車の一本前の電車に、籠に愚息を入れて私は元妻と共に乗車していたのだ。一瞬の機転で、下車後側にあったホテルの三階に避難し九死に一生を得た。あと5分遅かったら、多分流されていただろう。ホテルの三階から襲い来る大量の水を眺め、背筋に寒い物を感じた記憶は、今でもハッキリと私の身体に刻み込まれている。申し訳ない。話が逸れてしまった。東日本大震災被災地の話に戻す。

 被災地は、間違いなく一歩一歩歩みを進めている。あんなに悲惨な状況にある地獄のような津波被災地が、復興できるのであろうかと当初は心配した。正直、私自身、シャッターを押すことにも躊躇い、ペンを走らせることもできなかった。涙と嗚咽が、止めようとしても止まらなかった。それほど、酷かった。地震の被災地というよりも、嘗てスリランカの内戦取材で見た、戦場のような光景であった。だが、10日前に訪問した二回目の取材では、震災被災地で復興が進み正直驚かされた。それでも、津波被災地はまだ行方不明者の捜索段階を脱しておらず、復興には程遠いという印象を受けて帰路についた。どんよりと曇った津波被災地は、別世界のように感じた。震災被災地と津波被災地では明暗を分け、天国と地獄のようであった。勿論震災被災地の被災者たちも、悲しみや苦しみを背負っていた。しかし、津波被災地はそういう域ではなかった。正に奈落の底に突き落とされたような感じであった。そんな厳しい状況下でも、人々は落胆の色を払拭しようと必死に前を向いていたことが非常に印象的であった。人間とは何と強い存在なのだ、と驚かされた。

 そして、今回の取材で、その思いをより強く感じた。震災被災地、特に仙台市内などは、ほとんど震災前と同じ状態に戻っていた。勿論、まだまだ不自由も多々あるのだろうが、表面的には平常に戻っていた。一番驚かされたことは、この10日間で、津波被災地も復興へ向かって、前を向き大きな一歩を確実に踏み出していたことだ。もう、行方不明者捜索段階ではない。復興へ向けての動きにかわりつつあった。勿論、まだまだ瓦礫の山はある。だが、不思議なことに、気候が移ろい温かくなったことで、溜まり水が大分引いた。その結果、重機が瓦礫の荒れ野に入れるようになり、瓦礫を撤去できるようになっている。至る所に散在していた被災車が撤去され、多くの瓦礫が運び出されていた。人々も、流されずに残った数少ない家々に何とか戻ろうと汗と泥にまみれながら、必死に希望の光を追いかけていた。彼らの姿には、最初の取材で流した涙とは違う涙が零れた。本当に人間の強さを実感させられた。人間とは、如何なる状況に突き落とされても、必ず這い上がってくる。絶対に負けない強靭な精神と肉体を持っているのだな、と強く実感させられた。このことは、大きな変化の1つだと思った。

 変化という意味では、被災地の管理体制なども含め、雰囲気が大いに変わっていた。10日前の取材の際は、タクシーで乗り付ける見物人までいた。被災住民と心無い野次馬との間に、無言だが重たい空気が充満していた。だが、今回は、空気が晴々していた。それには二つの理由がある。1つは、津波被災地へ繋がる道の全てに警察の検問が置かれ、復興作業に携わるトラック、警察官、消防士、多くの自衛隊と米軍、許可されたボランティア、そして、身分証ならびに取材許可を受けている我々報道関係者以外の人間を津波被災地からシャットアウトしたことだ。そうすることで空気が大幅に変わった。もう1つは、被災者の方々の意識が、絶望から小さいながら希望に向かって動き出したことではないかと私は思った。その心の変化が非常に大きいのではと感じた。その結果、心の余裕が多少なりともできてきたのではないか。例えば、前二回の取材では見ることができなかった、献花が至る所で見られた。花を手向けるということは、小さなことに感じるが非常に大きなことであると私は思う。心の持ち様で、花を綺麗と感じられる余裕が心にできる。ということは、被災者の方々や被災地復興に携わる人々に、花を手向ける心のゆとりができてきたということである。そういう気持ちこそが、絶望感から前向きの心持ちに変わり復興の速度を速めると信じる。本当に人間とは素晴らしい力を持った生き物だ。今更ながら実感させられる。

 それにしても、水の力とは恐ろしい。津波という水の力によって、人も街も押し流され一瞬にして地獄と化した。震災後は、溜まってしまった津波による水溜りにより、瓦礫の処理を困難にし、人々を奈落の底に突き落とし涙まで枯らせてしまった。にもかかわらず、津波被災地の海岸線から眺める海は、嘘のように静かで、穏やかで、心を和ませてくれる。今回はもう、前回依然浮遊していた瓦礫など一つもない。同じ海なのに、今は美しく静かに輝いている。そんな状況下、津波によって全てを流され身内まで亡くしてしまった漁師の1人が、それでも「海は宝だ」と言った言葉が非常に印象的であった。自然は時として途轍もない大きな力で、人間を翻弄する。だが、そんな理不尽な力の犠牲になり翻弄されながらも、めげることなく前を向いて生きる人間の強さと素晴らしさを目の当たりにした三度目の取材であった。感謝。
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by seizaikai_club | 2011-04-15 09:36

後先考えない原発反対運動に大いなる違和感

後先考えない原発反対運動に大いなる違和感
2011年3月18日

 全国で、闇雲に後先考えない原発反対運動が起こりだしている。確かに、福島の原発事故の状況が毎日メディアで報道され、その状況を目の当りにすれば、解らない人々が反対運動に取り込まれることも良く理解できる。原子力発電でなく、自然に根差した電力発電で必要消費電力を賄えることは理想だ。

 だが、地球上で最も贅沢に電力を消費する日本人が、原発反対運動をすることには、非常に大きな違和感を覚える。人工衛星からの地球映像をみると、日本が地球上でどの他国よりも明るく見えるのは誰の目にも明らかだ。勿論、日本は国土が狭い所為もあるだろう。だが、それだけではない。日本は、世界中のどの国よりも便利で、物質的充実度という意味では住みやすい国となっている。世界中で、蛇口を捻れば清潔な水がでて、コンセントを差し込めば電気を得られる国の筆頭は日本だ。

 初めて渡米した30年以上前、私が渡米して一番驚かされたことは、家の中も外も、夜が暗いとうことだ。オフィースなどにいけば蛍光灯もある。だが、民家では、日本のように必要以上に電気を点灯していない。間接照明が主流であり、停電もたまにあった。だが、停電になっても、蝋燭に火を灯し、その場をエンジョイしていたことが印象的であった。それと、浪費の国アメリカと思っていたが、多くのアメリカ人が、電気や水などを非常に大切にしていることを目の当りにして、驚かされたものである。

 ところが日本では、電気や水が、非常に無駄に浪費されている。誰でも、水や電気は当たり前で蛇口を捻れば出てくるものと思っている。幸せな国民だ。もう10年以上前だがネパールを訪問した時、、一般家庭では、お客がある時に、電力会社で前払いして、初めてその料金分の時間だけ電気がつくという状況であった。皆、電気や水を非常に大切にしている。ネパールの場合は、特殊なケースかもしれない。貧しさもあるのであろうが、だが大切にしていることに違いはない。

 日本の現状では、電気が止まれば全ての生活基盤が止まるといっても過言ではない。全てがコンピューターで制御され生活が成り立っている。電車もとまり、銀行も対応できなくなる。その電気の消費量は莫大である。簡単に原発反対というが、今の日本を支えているのは、原子力発電によるところが大きい。そのことをよく理解して、まずは反対する人々は、自らお日様の動きに合わせた生活を実践し、無駄な電気を消費せず、コンピューターや電気に頼らない生活をしてから反対して頂きたい。自分では、湯水のように電気を消費しておいて、反対、反対と代替え策も考えずに、ただ闇雲に反対する運動には、無責任さを感じ非常に大きな違和感を感じざる。よく深く考えて、行動をして頂きたい。さもないと、平和ボケと揶揄されかねない。ご承知あれ。
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by seizaikai_club | 2011-03-18 13:08 | 今日の独り言

私の政治的スタンスを含めた全てスタンス

私の政治的スタンスを含めた全てのスタンス
2011年3月4日

 昨夜のtwitterでの議論で、議論開始直後、岩屋代議士に一刀両断「右翼」と決めつけられた理不尽に、今日は朝から頭に血が上っている。ここではっきりとしておきたいが、私は右翼でも左翼でもなく、自分の思考で物事を正しいか間違っているかを判断し、その考えのもとで議論を闘わせる。だが、人間は十人十色、十人人がいれば十通りの意見があってしかるべき思っている。よって、喧々諤々色々な意見がでることは構わないと思っている。それを民意の大勢によってまとめる役目は国会だ。健全なる議論が行われてこそ、健全なる政治があると思っている。

 だが問題は、自分の意見と違うと、個人的感情を露わにして、相手の人格まで否定しようとする人々が、日本には多すぎる。これでは健全なる形で議論は進まなくなってしまう。決めつけはその最たるものだ。こういう意見の人間は、右翼だ左翼だと勝手に決めつける。以ての外だ。中道保守だの、右翼だの、左翼だの、中道左派だの、中道右派だのと人を決めつけたり、自分を決めつけたりする体質こそ、大いに問題であり、政治家としての資質を疑う。そういう偏向したモノの見方しかできなければ、必ず本質を見誤ることになる。そこに国民の一人として、非常に大きな危機感を覚える。

 そういうことではない。この案件に賛成か反対か、正しいか間違っているか、自分の信念に基づき議論を闘わせればよいのだ。自分は中道保守だから、この案件は自分自身ではこう思うが、中道保守の仲間がこういう意見だからこうしておこう、私たちの意見と違うから、あの人は右翼だ左翼だ、こういう決めつけは幼稚すぎる。議論自体が成り立たない。そこのところに、大きな問題がある。民主党も、自民党も、(この順序は、たまたま今民主党が与党で自民党が野党だからという理由のみ)あまりにも思想的幅が広すぎて、要は不協和音がでているのだ。自分の考え方と必ずしも一致してなくとも、妥協して合わせようとするから問題が噴出し、能力のない政治家は、議論ではなく個人攻撃へとなってしまう。ここのところに今の政治が抱える大きな問題がある。要は、選挙のことばかりを考え、数字の理論ですべてが動いているということだ。おかしい。

 この案件では、保守的な意見だが、別の案件では革新的な意見ということがあってこそ自然だ。あまりにもおかしすぎる。そして、個人攻撃がはじまれば、もうそれ以上健全な議論はなくなってしまう。

 野次の問題を以前、この場で取り上げたら、賛否両論色々な意見がきた。私は、野次も政治家の仕事の内と思っている。だが、その野次は、あくまで議論している政策に関してのものであるべきで、個人攻撃であってはいけないと思っている。そこのところを理解していない政治家も国民も多すぎる。

 そもそも、最近の政治家は自分たちの役目も満足に果たせないくせをして、直ぐ他人に責任を転嫁する。菅が悪い、小沢が悪い、鳩山が悪い、誰は右翼だから悪い、誰は左翼だから悪い、あまりにも次元が低すぎる。何でそんなにレッテル貼りが好きなのだろうか。呆れかえる。

 これで結びとする。私は、如何なる場合も、それぞれの案件に関し、その案件の是非を純粋に議論するだけであり、それぞれの意見の元である個人への攻撃を目的とはしない。健全なる議論こそが、私の望むところであり、それ以上でも、それ以下でもない。だが、一方的に決めつけられれば、当然のことながら防衛本能ならびに危機管理本能によって、黙って引き下がりはしない。私は私であって、私の立ち位置は私の立ち位置であって、右翼でも、左翼でも、中道保守でも、中道左派でも、何でもない。私は私であることを、ここに宣言しておく。
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by seizaikai_club | 2011-03-04 14:11 | 今日の独り言

twitterでの自民党岩屋たけし氏国旗関連発言に大いなる疑問

twitterでの自民党岩屋たけし氏国旗関連発言に大いなる疑問
2011年3月4日

 昨夜、いつものように就寝前にtwitterに参加していた。昨日早朝に、石波氏の国旗毀損法制定案に関し、私は同感の意を表明していた。昼間は忙しくアクセスできずにいた。ところが、その間に色々なやりとりが繰り返されたようであった。丁度、私がアクセスした際、自民党の岩屋たけし代議士が、この件に関し数人の参加者と議論していた。彼曰く、必要ないという。それは彼の意見として聞いていた。理由はこうだ、国旗を毀損しているところなどみたことがない。必要ないというものだ。だが、議論はそこでとどまらず、自衛隊の問題にまで波及していた。全部は掲載できないので割愛して紹介する。要は、犠牲者がでてから自衛隊が行動を起こせばよい、というのが岩屋代議士の意見であった。これには、私は大きな違和感を抱き、議論に中途参入した。

 まず国旗問題は、アメリカなど諸外国でも当該法はあり、日本で想像しているよりも厳しく施行されている。国旗を冒涜することは、国家を冒涜するととらえている国々ほとんどである旨、私は書き込み、この法律は必要だという意見を述べた。すると、岩屋氏は、反論してくるのではなく、決めつけるのは右翼と一刀両断してきた。そして、自分は中道保守であり、中道保守は自由な意見を述べるものであり、決めつけるのは右翼だというのだ。これには大いに違和感を感じた。私は右翼ではない。国旗毀損に関する法律が、是か非かを議論していたにもかかわらず、いきなり人を右翼と決めつけてきた。岩屋氏こそ、論点をすり替え、狭い視野で人を決めつけているではないか。国旗問題を取り上げたら右翼という発想こそ、決めつけにほかならず理不尽極まりない。言っていること自体が矛盾している。

 しかし、これが政治家の現状なのだ。政治家の本分は、国民の生命と財産を守り、この国をよりよくすることだ。その本分さえ忘れている。議論を戦わせることは、政治家の仕事ではないか。自ら論点をすり替え、議論を回避するようでは、政治家としての資質が欠落しているとしかいいようがない。こういう政治家が、永田町に溢れているから、日本はこんなになってしまったのだ。どこの党が悪い、誰が悪いと、責任転嫁ばかりして、ご自分や党の益を優先し、国益をおろそかにしている。だから、この国は、こんなにも衰退してしまったのだ。

 だいたい、国民に犠牲者がでてから自衛隊が動けばいいなどと、そんな発想の政治家を我々は望まない。あまりにも政治家としての資質が低すぎる。即刻退場願いたいものだ。これは大いに問題である。
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by seizaikai_club | 2011-03-04 07:56 | 政治

民主党議員が理解していない支持率が低い理由

民主党議員が理解していない支持率が低い理由
2011年2月21日

 19日に菅総理は、「消費税をどうするという時には、必ず選挙を行う。実際に実行するのが今の与党か今の野党か、選挙の結果で決まる」と述べた。彼が、如何に政治を表面でしか捉えていないかを露呈したような発言だ。小泉首相のやり方を真似れば、票が取れると勘違いしたのか、あまりにも有権者である民意を理解しない発言であり驚かされた。結局は、政治家としての資質がその程度ということだと理解するしかない。日本国民にとって、これは悲劇だ。

 今、国民が求めているのはそんなことではない。マニフェストが守られないと大騒ぎしているが、そんなことでもないのだ。そもそも、そういう発想に陥るということは、まったく国民目線に立っておらず、民意を理解していないからに他ならない。政治公約であるマニフェストを完全に守れた政権など、今まで一つもない。当たり前のことだ。だが、公約を実現するために努力したか否かということを国民を見守っているのだ。努力したが、結果公約を守れなくとも、それを責めるようなことは国民の本意ではない。また、努力した結果、約束はしたがその公約自体が間違っていたと気付くことだってあるはずだ。人間がやることなのだ、完全など在り得るはずもない。

 だが、それでは、何が政治家の資質かということになる。そこで問題になるのは、国民が望んでいることを受け止められているか否かということだ。既に政権交代から二年近くの月日が流れ去ったが、今国民が思っていることは、結局旧自民党政権とまったく変わりがないではないか。党利党略政局に終始し、政策論争など真面目にやってくれていないではないかということだ。これは、民主党だけではなく、未だに自民党も代り映えはしない。本来、自民党だって、この機に反省し政策で勝負をかけて然るべきである。ところが、旧態依然とした政治習慣から抜け切れていない。そういうことに、国民は辟易としているのだ。くだらんレベルの低い野次など聞きたくはない。もっと政策に対する高度な野次なら、いくらでも聞く耳を持つ。そういうことだ。

 国民が今望んでいることは、民主党がいいとか、自民党がいいとか、そんな低次元なことではない。一つ一つの政策を真剣に国民のために考え行動してくれる政治家は誰か、ということの一点なのだ。民主党が勝つとか、自民党が勝つとか、そんなことはどうでもいいのだ。党ではなく、真面目に真剣に政治と向き合ってくれる政治家を待望しているのだ。さらなる政界再編で、民主、自民に留まらず、志ある政治家が超党派で手を結び、真剣に、真面目に、この国を変え、疲弊する庶民生活を変え、我々国民を救ってくれるような政治家を望んでいるのだ。

 勘違いしないで頂きたいが、国民はとっくの昔に、自民党へも、民主党へも、レッドカードをかざしているのだ。気付かず茶番ゲームを続けているのは、民主、自民の政治屋さんたちだけだ。最後の三行半を突き付けられる前に、民主主義とはなんぞや、政治とはなんぞや、ということを勉強しなおし、政治を行って頂きたい。さもなければ、中東の民主化運動だって対岸の火事ではなくなる可能性だってあり得るのではないか。それほど、国民生活は疲弊しきっていることを政治家は理解するべきである。喝!
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by seizaikai_club | 2011-02-21 12:26 | 政治

愛知知事選と名古屋市長選の結果が今の民意

愛知知事選と名古屋市長選の結果が今の民意
2011年2月14日

 愛知知事選で大村氏が、名古屋市長選で河村氏が当選した。この結果は、端的に現在の民意を表している。勿論、国政に於いていも、有権者はこういうことを望んでいるのだ。

 もう国民にとって、民主党だ自民党だという党利党略に明け暮れる政党政治には何も期待していないとうことだ。政党よりも政策、この国を心底から立て直そうと考えてくれている政治家としての資質の高い政治家を望んでいるということだ。それが民主党だろうが自民党だろうが関係ない。

 結局のところ、私は言い続けているが、まだまだ政界再編がなされなければ、本当の意味での成熟した政治体制は望めないとうことだ。民主党だ自民党だと言っている政治家は、もういらない。国民は望んでいない。日本国のことを心から憂い行動をもって示してくれる政治家を望んでいるということだ。いうなれば、幕末期の薩長連合のようなことを国民は望んでいるということである。誰が薩長連合を実現させた坂本龍馬になるか、ということではないか。そういう人材が見当たらないから困ったものだ。

 だが、そうは言っても、政治家としての資質も高く、民意を理解し、熱い血潮とこの国へ対する思いを持っている政治家は複数いる。彼らが、手を組みこの国を立て直してくれることを望む。正に平成維新だ。

 名古屋市議会の議員連中のように、政治家の資質が低いどころがないような連中は、もう政治に必要ない。歳費を下げることを拒むようでは、政治家を職業かなにかと勘違いされているのでは。もう、あういう輩は、この国の政治に必要ない。政治家は国民有権者の代理人だ。我々の税金で歳費は捻出されている。彼らが高い安いを決める権限はない。我々有権者にあるのだ。政治を全く理解していない職業政治屋なんぞは、もうゴミ箱にポイしかない。少々言葉は悪いが、そういうことだ。本当に人々のこと、地方自治体ならびに国のことを思う人が、この国の政治を行わなければ、今までのような馴れ合い政治では、もうどうにもならないのだ。ニュースで彼らの能書きを聞くだけで胸糞悪くなる。汚い言葉を使ってしまったあが、そのぐらい憤っているということをご理解頂きたい。

 大村、河村両氏に期待する。喧々諤々議論を戦わせ、政治の見本を全国民に見せて頂きたい。
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by seizaikai_club | 2011-02-14 16:49 | 政治

空母二隻体制の布陣を展開する意味

空母二隻体制の布陣を展開する意味
2011年1月6日
 
 2010年12月31日大晦日、米海軍第七艦隊に所属するニミッツ級原子力空母カール・ヴィンソンが、第七艦隊担当地域に到着した。公式には、横須賀基地を母港とする同じく米海軍第七艦隊所属のジョージ・ワシントンの修理に伴うものとされているが、実際にはこれを機会に原子力空母二隻体制で、朝鮮半島ならびに中国へ対し牽制する意味が強いとみられる。

 カール・ヴィンソンは、既に閉鎖されてしまったサン・フランシスコ対岸の街オークランド市アラメダ海軍航空打撃群基地を母港としていた、正に最前線航空攻撃部隊を搭載する空母である。アラメダ海軍基地は、サンフランシスコ湾内にあり、直ぐ目と鼻の先には、トレジャーアイランド海軍第七艦隊司令本部があり、第七艦隊の攻撃主要部隊である。

 彼らの存在は、毎年10月10日にサン・フランシスコで行われるフリート・デー(第七艦隊記念日)でも知られている。この日は、サン・フランシスコの上空をブルーエンジェルスが縦横無尽に飛び回り、私がサン・フランシスコにいたころは、戦闘機がゴールデンゲートの下を潜り抜けたりして、映画さながらのシーンを見せつけてくれていた。現在は、市長からの許可がおりず、そういうシーンも見られなくなってしまったが。

 私が卒業したサンフランシスコ州立大学は空軍プログラムに帰属し、カリフォルニア大学バークレー校は海軍プログラムに帰属しており、複数の親友がこのプログラムに帰属し、戦闘機パイロットやミサイル技師になった。その内の一人は、空軍から海軍航空隊に移行し航空母艦に配属され、その後トップガンへと名誉配属され、父親の会社を継ぐために除隊した。

 余談が長くなってしまったが、このことからも解るように、カール・ヴィンソンがこの時期に、日本に配属された意味は非常に大きい。万が一の朝鮮半島有事を視野にいれての布陣であることは間違いない。空母の配置にしても、昨年のようにロナルド・レーガンなどの最新鋭艦という選択肢があるにもかかわらず、戦闘経験豊富なカール・ヴィンソンを配置した意味は非常に大きいように思う。それだけ、危機感とチャンスをアメリカ軍が感じている証拠であると言っても過言ではない。

 カール・ヴィンソン艦隊は、空母カール・ヴィンソン、巡洋艦バンカー・ヒル、駆逐艦ストックデール、駆逐艦グリッドリー、第17空母航空団で構成されている。この構成内容からも読み取れるように、戦闘経験豊富な俊敏な作戦に対応できる陣容となっている。多分、世界中で、最も戦闘になる確率が高いと判断しての布陣であろう。そのことは容易に読み取れる。

 誤解がないようにして頂きたいが、だからといって彼らが戦争を望んでいるわけではない。最悪のシナリオになっても、即応できる体制を布陣したという意味だ。問題は、この布陣が何時まで続くかということだ。菅政権も、こういうことを真摯に受け止め、目先の党利党略ばかりではなく、国防体制、国益を最優先した判断をするよう望む。間違っても、自衛隊を暴力装置などと揶揄するようなことが二度と繰り返されないことを期待する。
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by seizaikai_club | 2011-01-06 14:42 | 朝鮮半島情勢

民主主義も、社会主義も、共産主義も

民主主義も、社会主義も、共産主義も
2010年12月29日

 結局のところは、理想でしかなく。突き詰めてみれば、思想自体は素晴らしいが、それを運用するのが人間である以上、どんな理想も人間の我欲思惑で汚されてしまう。宗教と同じである。どんなに素晴らしいバイブルやコーランなど経典があろうとも、それを読み理解する人間が、自分たちの都合に合わせて読んでしまえば、そこに解かれている理想とは真反対になってしまう。

 民主主義も、社会主義も、共産主義も、それぞれに長所も短所もあるが、思想通りに教えを実践すれば、どれも素晴らしい考え方である。だが、運用する人間の自分勝手な解釈により、皆退廃してしまう。一体この世に本当の意味での理想郷などあるのであろうか? 人間がこの世を支配する限り、在り得ない夢のまた夢であるようにしか思えない。人間ほど、愚かな生き物はいない。自らの煩悩により、自らの首を絞めている。そのことに気付いていても、そんな愚かさから脱却することができない。その結果、現世であるこの世を地獄と化している。何とも愚かしいことか。

 人間とは、欲望と憎悪や嫉妬に塗れた救いようのない生き物だ。本来、人間も動物である。過去や未来に囚われず、今この瞬間を一生懸命生きればよいのだ。しかし、他の動物以上に頭脳が発達してしまったが上に、余計な欲が強くなり、人を傷つけ自分をも傷つける。地球上で最も愚かしい生き物となってしまった。この愚かしい魔法から、人間が解き放たれる方法は一つ。それは、愛の力によるのみである。何も恋愛のみのことではない。愛こそのみが、欲望や憎悪、そして、嫉妬までをも和らげることができる。だが、その愛の力が、現代社会、特に日本では著しく低下してしまっている。このことに気付かなければ、政治も、経済も、良くなるはずがない。日本人全体が、幸せを感じられるようにはならない。一部の人間のみが、満たされても何も変わらない。我欲を捨て、自分が帰属するこの国を愛することで、初めて我欲も自然と満たされる。そんな世の中になってほしいものだ。それには、私たち一人一人がそのように変わらなければならない。自己中心ではなく、我欲ではなく、自分たちが帰属する社会、即ち日本という国を本気でよくしようと思わなければ。そう強く信ずる。
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by seizaikai_club | 2010-12-29 16:40 | 今日の独り言

天気予報図に領土全体を載せるべき

天気予報図に領土全体を載せるべき
2010年11月29日

 ずっと気になっていることがある。それは天気予報だ。天気予報で使われている予報図に、日本の全領土がのっていない。あれは大いなる問題だ。我が国固有の領土は、全て載せてしかるべきである。勿論尖閣諸島や北千島、南サハリン、そして、竹島も含めてだ。天気予報図に、領土全てを載せないことは、相手国に対し、日本は領土を放棄しているように誤解されてもしかたないことだ。兎に角、既成事実を一つでも多く残していくことに努めることが、相手国を気遣うことよりも、領土問題では優先されるべきである。日本は、そこのところの対応が、政府もマスコミもおかしい。自らギブ・アップしてしまっているようにさえ見えるのは、私だけであろうか。
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by seizaikai_club | 2010-11-29 08:03 | マスコミ

1%でも辞めない発言に関しての諸説

1%でも辞めない発言に関しての諸説
2010年11月29日

 ここ数日、各種メディアでは菅総理が「支持率が1%になっても辞めない」と発言したと大騒ぎになっている。だが、ここにきて、あれは菅総理が発言したのではなく、知人が「1%になっても辞めないでくれ」と菅総理に言ったことが、間違って報道されたというニュースが新聞やネット上に流れている。これらの「1%発言」記事の報道に関しては、諸々感じるところが多い。

 まず、一言で言ってしまえば、今のマスコミ、各種メディアの記者たちの程度の低さというか勉強不足が露呈している。もしこの発言が本当であれば、菅氏の総理として、政治家としての資質に問題があることは間違いない。何故なら、この国は主権在民で成り立っている国である。支持率が1%になっても続投するなどと発言したことが本当であれば、菅氏の政治家としての基本的な意識の問題になり、1%でも続投だなどというようであれば、彼は民主主義を理解してないどころか独裁政治を標榜しているのでは、と誤解されても何も言えないことになる。だが、いくら菅氏でも、そこまで政治に対する意識は低くないと私は思う。ということで、この記事が取り上げられるようになりだした当初から、私は記者の早とちり報道ではないかと思っていた。何故なら、主権在民の我が国の総理が、こんな発言をしたら不利であることはどんなにバカな政治家であっても解るはずだ。

 そこで問題になってくるのは、メディア各社の記者たちの意識である。この記事の報道やコメントを聞いていると、政治記者とは言えないような報道が相次いでいる。今朝のテレビ朝日でも、毎週コメンテーターを務めている某週刊誌の女性記者が、この問題に関しコメントを求められ、「支持率1%だからといって辞めれば、腰が据わっていないと言われかねない。だが、辞めざる得ないでしょうね」というような旨の発言をしていた。これには驚いた。この女性記者の発言は、いつも不勉強さを感じさせるもので、何故コメンテーターをやっているのか疑問に思っていた。編集長が彼女を育てるという意味で任命しているのか、と良いようにとらえていたが、この週刊誌のレベルを下げることになることを懸念する。上記した今朝のような質問に対しては、政治記者ならキッパリと「日本は主権在民の国なので、1%でも続投などとは問題外」というようなコメントがあってしかるべき。ワイドショー番組ではなくニュース番組なのだから。もしかすると、少々背伸びをしてコメンテーターをしているのかなと思ってしまうし、そうであるならば公共電波を使って報道をするニュース番組として、視聴者に対し失礼であるように思う。

 これは一つの具体例であるが、あまりにも耳を疑いたくなるようなコメントをする記者が多すぎる。記者であるのならば、日本の政治の基本ぐらいは学んでおいて欲しい。政治の基本知識もない記者が、何故テレビという多くの視聴者が観ている番組で、コメンテーターをなさなければならないのか。非常に大きな疑問を感じる。そんなことだから、誤解や誤報を平気でなすのではないか。政治家も政治家だが、記者も記者。本当に、この国はどうなってしまうのであろうか。非常に心配だ。もしかすると、「主権在民」の意味さえ理解していない政治家や記者もいるのではないか、と心配になってしまう。ああ、世も末だ。
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by seizaikai_club | 2010-11-29 07:46 | マスコミ

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
by seizaikai_club
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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