政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

INFORMATION
New Album
2006年1月18日発売
『リボン』
[初回盤]
[初回盤]
価格:3,150円(税込)
SNCC-86913
(CD+DVD/2枚組)
この商品を購入する
[通常盤]
[通常盤]
価格:2,800円(税込)
SNCC-86914 
この商品を購入する
LINK
ゆずOFFICIAL SITE
ARTIST DATA
ツアーブログ 総動員DEいきまっしょい!!
excite MUSIC

<   2013年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

狡賢い自民党、馬鹿正直で戦略のない民主党

安倍政権発足以来、
結果も残しているし、
怯まず問題を解決し、
改革しようという心意気も感じられるので
期待していた。
だが、
昨日の問責で意図的に廃案し、
それを民主党の所為にしたやりかたは、
久々に狡賢い自民党を見せつけられた。
民主党も馬鹿正直すぎるというか、
戦略がなさすぎる。
先読みがまったくできていない。
こんなことでは、
国民はたまったものではない。
結果、
来る参議院選挙で投票率が下がれば、
自公はほくそ笑むだろう。
結局は、
自民党も増税後の混乱のことなど何も考えていない。
考えているのは目の前の選挙ばかりとしか思えない。
嗚呼嘆かわしい。
[PR]
by seizaikai_club | 2013-06-27 09:21 | 安倍新政権

CIA元職員による情報収集機密暴露問題

CIA元職員による情報収集機密暴露問題
 
 英紙ガーディアン(電子版)は9日、米国家安全保障局(NSA)が通信大手と協力して個人の通信情報を収集していた問題をスクープした。これは、コンピューター技術の専門家として米中央情報局(CIA)に採用された元職員のエドワード・スノーデン氏(29)が暴露したことで一気に注目を浴び全米を揺るがしている。
 ひとつこの事件で基礎知識として理解して置かなければならないのは、個人情報収集はオバマ大統領によって始められたことではなく、継続的に関係部署によって為され続けてきたことであるということだ。特に、マイノリティーからの初の大統領ということで、就任当初から暗殺の可能性が懸念されていた状況下、情報収集は不可欠であった。
 この秘密漏洩ニュースには、故意にオバマ人気を貶める意図が見て取れる。正に陰謀の方程式に当てはまる。
 そもそも理解しておかなければならないことは、CIAは政府機関であるが非合法組織であるということだ。日本では理解しにくいことだが、CIAには国内外を問わず如何なる逮捕権も捜査権も与えられていない。しかし、諜報活動、捜査活動等、あらゆる活動が為されている。それは、合法的にでは為しきれない非合法な捜査、諜報活動が国益を守るという目的で、黙認されている組織であるということだ。そこのところを、多くのアメリカ人も日本人を始めとした外国人も理解していない。
 スパイ映画でみる、スペシャル・エージェント的な活動が、CIAの仕事であるということだ。ここを理解し間違えると、大きな誤解を生じてしまう。ブッシュ政権でCIAの活動が顕著であったのは、パパブッシュは第41代大統領(1989年~1993年)に就任する以前に、CIA長官であったからだ。パパブッシュがCIA長官だった時代に、故フセイン大統領も、イラクに傀儡政権大統領として就任させた。中東に数々の影響を与えた人物としても知られていたのだ。
 話を戻すが、FBIは、アメリカ人が被害者か加害者、もしくは事件が起こった場所がアメリカの領有地域である限り、全世界レベルでの捜査権と逮捕権が認めてられている。だが、FBIと比較すると、CIAはまったく違う性質の組織であるということだ。如何なる逮捕権も捜査権も認められていないのだ。
 例えば、CIAのスペシャル・エージェントが、アメリカ国内で捜査のため盗聴をしたとする。これが、公にされれば、盗聴を行ったエージェントが逮捕される可能性だってあるのだ。
 それでは、CIAのエージェントが、捜査のために盗聴をしないかというと、FBIより膨大な件数の盗聴を行なっている。もっといえば、CIAには、捜査などないのだ。何故なら、CIAは、捜査機関ではなく、情報収集機関(インテリジェンス組織)だからだ。CIA局員は、そのことを理解して、逮捕されればトカゲの尻尾きりされることは覚悟で働いている。
 そうはいっても、そういう作業に関わるエージェントは、CIA全体の3%に過ぎない人数だ。この3%が、映画などに登場する俗にいうスパイという人々だ。
 そのことを理解して、今回の問題を捉えないと、大きな誤解を生じかねない。間違いなくアメリカのメディア、ジャーナリストは、そのことを承知している。にもかかわらず、この問題を取り上げている意味は、「陰謀」しかないのだ。そもそも英紙から報道されたのはその証拠だ。
 今回の情報を暴露したエドワード・スノーデンは、当然そのことを知りながら暴露したのだ。そこには、思惑、意図があったに違いない。このことで損をするのは、オバマ大統領だ。陰謀の方程式を解けば、自ずとその答えが理解できる。
 間違いなく複数の反オバマ勢力の利害が合致し、この陰謀が為されたことは一目瞭然である。エドワード・スノーデンという浅はかな若者は、正義を振りかざし、国益を損なう行動をしたとしか思われない。下手をしたら、闇から闇へ証拠隠滅のために葬り去られてしまうことにもなりかねない。そういう意味でも、彼は派手にメディアに登場し、身を守ろうとしているのであろう。
NSAがエシュロンなどを使って世界中の電信電話通信インフラから情報を収集していることは、ある意味暗黙の了解で為されている。アメリカ・メディアもそのことは承知している。勿論、悪事に使うのではなく、テロリズムへの危機管理という意味で、電話、ファックス、インターネットなどから、何億ワードを設定し、世界中の通信網から通話などを傍受して、情報を収拾し危機を回避している。そのことは、ある意味非合法でありながら合法として黙認されている事実である。
 実際、それらの情報収集活動により、未然にテロを防げているケースは山ほどある。ビン・ラディンの掃討作戦なども、この情報収集がなければ現実にならなかった。この問題に触れることは、国益に反し、下手をしたら国家反逆罪に問われかねない問題だ。
 このエドワード・スノーデンという男は、嘗て米国家安全保障局(NSA)に帰属する三沢基地のエシュロン管理部門にも帰属していたという。本来であれば、配属される段階で守秘義務が徹底され、未来永劫死ぬまで守秘しなければならないコントラクトが為されているはずである。
にもかかわらず、今回のような事件になったことは、アメリカ政府としては、国益に関わる大きな問題で、等閑にはしておけないはずだ。
 ある意味、この情報収集活動が制限されてしまえば、アメリカの調査機関であるFBIやCIAの活動範囲が大きく制限されかねない事態だ。当然、FBIは合法組織であるから、捜査に必要な場合に限ってこのような情報収集活動を行うが、CIAやNSAはそもそも非合法組織なので、存在意味さえ揺るがされかねないことになる。
 そうやって考えると、今回の暴露事件の真相は自ずと解ってくる。このままこの問題を追及しすぎれば、国家安全保障の根幹を揺るがしかねない問題だ。そのことを理解した上で、同盟国日本のメディアも、よくアメリカのシステム、組織を理解した上で報道してほしい。さもないと、敵対するテロリストたちを間接的に喜ばせるだけのことになりかねないのだ。そうなれば、アメリカだけでなく日本の国益にも影響を及ぼしかねないことになりかねない。
[PR]
by seizaikai_club | 2013-06-12 15:58 | アメリカ関係

日本の三大革命

「日本の三大革命」

 日本には、大きな改革の時、革命期が三回あった。
その一つが平安時代末期、昨年の大河ドラマで注目を浴びた平清盛により、公家から武士へ権力委譲された時代である。これは、非常に前近代的で、独裁的かつ封建的な時代との決別といえる。正に日本に於ける黎明期からの脱却といっても過言ではないだろう。 
 二つ目は、天皇制を単に利用して形骸化し「天下布武」を旗印に乱世から天下統一を目差した織田信長の時代である。
 そして、三つ目が、主役が複数登場し近代化を象徴する民主主義への改革すなわち明治維新である。
 何処の時代を境に、近代とするかは研究者や歴史家の視点が、マクロかミクロかで大いに違ってくる。私は、織田信長の時代を境に、日本は近代化への道を歩み出したと信じている。
 日本人としてのアイデンティティーを確たるものにしたのが、徳川家康による江戸幕府であったと思っている。
 明治維新が、名実共に日本を近代化し民主化し形作った。そういう意味では、ヨーロッパをはじめとする世界史の中で、孤立しながらも日本は世界の潮流に乗り併走してきたと言っても過言ではない。
 織田信長の時代は短かった。だが、日本にとって非常に意味深い時代であった。立花京子博士という信長の研究者が興味深い信長論を展開している。私は彼女の説を一番自分が感じている信長像や信長論に近いように思う。

 何故ここまで信長に惹かれるのか、それには理由がある。多分それは、信長が、私が留学した当時と同じような視線で世の中を見ていたような気がするからだ。信長は留学などしていない。日本から出たこともない。
 だが、彼は他人の目を通して、世界を見ていた男であることを感じるからだ。彼の感覚の中には、出身だの、肌の色だの、そんなつまらないことは関係なかった。それよりも彼の探究心の方が遥かに勝っていた。彼は、他人の目を通じ、世界を見ようとしていたし、実際に見ていた。
 そのことは、ルイス・フロイスなどとの接点を見ても理解することができる。また、最終的には彼を死に導いた明智光秀との関係も、信長には見られなかった世界を明智光秀の目を通し見ていたからに他ならないと私は思っている。
 明智光秀は、浪人中商いで成功し、諸国を巡業していた。種子島や薩摩を、信長は明智光秀の目を通して見ていた。信長が金平糖を好物にしていたことからもそのことはわかる。
 記録によると、天文十八年頃、即ち信長十六歳の頃、既に鉄砲の稽古に励んでいた。同天文二十三年には、今川勢が立て籠る村木砦攻めで、鉄砲を次々に取り替え撃ち放つ戦法により勝利した。これは、武田勝頼を打ち負かした長篠の合戦の戦法だ。だが、信長は、これを既にこの頃実戦で使っていた。
 そんな信長の姿を、丁度織田家の人質になっていた家康は、驚きの眼差しで見聞した。信長は、唯者でないと直感し一目置いていたはずだ。ある意味、家康は、信長の目を通じ世界を見ていた。同時に、同じ轍を踏まぬように、家康は信長の弱点を己の戒めにしていたように私は思っている。
 だが、その気性や魂まで取り込むことはできない。そこで、家康は、一番信長と似ていると思っていたお市の方の三女江を二代将軍秀忠の嫁に迎え入れたのだ。真似るだけではなく、信長の魂まで徳川家に取り込もうと思ったに違いない。裏を返せば、そこまで家康は信長の怖さを知っていたということだ。敵に回すのではなく、味方につけなければ徳川家の繁栄はないと思ったのであろう。例え、それが亡霊であっても。

 一番興味深い立花京子博士の信長論は、ヨーロッパのグローバリゼーションと信長の「天下布武」が酷似しており、時代も同じで、アジアに於けるグローバリゼーションであったのではないかという説だ。
 このことは、非常に興味深く、何故信長がルイス・フロイス率いる耶蘇会を庇護したかに大いに関係があるように思う。そして、その架け橋になっていたのが、明智光秀であったのではないかと私は思っている。
 ご存知のように、明智光秀は細川ガラシャの実父である。明智光秀の生まれながらの性格自体が、ある意味キリスト教的であり、そのことをルイス・フロイスは逸早く察知し、娘ガラシャをキリシタンにすることで、明智を利用したのではないかと推察できる。
彼の実直さは、ある意味武器になる。その上、信頼に値する。だが、その実直さを利用すれば、裏切りをも成し遂げさせることができると、西洋人であるルイス・フロイスは客観的に感じ取ったのではないか。
 そして、ルイス・フロイスの目には、信長は唯一封建的な旧態依然とした日本社会を、改革できる力と能力を持っていた日本人であると映ったに違いない。
 だが信長は、ある瞬間、その期待を裏切ってしまった。それは、ルイス・フロイスを始め耶蘇会の人々が信じる絶対の神、イエスへの冒涜であった。
 悲しいかな、信長自体は、そのことに気付いてもいなかった。ただ、信長は、ルイス・フロイスをはじめとする耶蘇会への当てつけを意図したのではなく、単に、ナルシシストとしての傲慢さからきた、己を神格かすることへと暴走したのであった。
 しかし、ルイス・フロイス率いる耶蘇会は、そのことをイエスへの冒涜と捉えたのであろう。皮肉なことに、そのことが原因で革命家であった信長は命を絶たれ生贄にされた。
 その代償として、耶蘇会は家康によって封印された。一部始終を見聞していた徳川家康により、日本は黎明期を脱し、近代期へと突入した。それは、戦のない太平の世であった。
 そして、そんな家康にとっての一番の脅威は、耶蘇会をはじめとする外国からの風であった。ある意味、家康のメンタリティーの中に、耶蘇会イコール危険という方程式がインプットされてしまったのであろう。その結果、鎖国こそが太平の世への近道という選択をしたのだ。
[PR]
by seizaikai_club | 2013-06-11 18:59 | 歴史

秀吉と琉球と尖閣諸島

「秀吉と琉球と尖閣諸島」

 まず尖閣問題の現状に触れ秀吉の時代に移行する。
 現在中国と台湾により領土問題を主張されているが、日本政府は一貫して尖閣諸島に領土問題は存在しないと主張している。その根拠は、歴史を繙くと理解できる。
 明治維新後の一八七二年(明治五年)に琉球王国は琉球藩となり、一八七四年(明治七年)に内務省の直轄地となり、一八七九年(明治十二年)に琉球藩が廃止となって沖縄県となった。
 同年三月に英文発刊された「大日本全図」は柳田赳によって編纂され松井忠兵衛という私人が英文で刊行し内務省の版権免許を得た。この地図に、「琉球諸島」の中に「尖閣列島」として記載されている。
 時を同じくして、一八八四年(明治十七年)、福岡県八女郡山田村出身の古賀辰四郎が絶海の無人島である尖閣列島に調査団を派遣し、その後、自ら漁業、鼈甲の捕獲、貝類、アホウ鳥の羽毛の採取を行っていた。
 そのような状況下、一八八四年(明治十八年)九月二十二日、沖縄県知事は、尖閣諸島の実態調査を行うに当たって、尖閣諸島に国標を建立することを上申したところ、内務省は「沖縄県が実態調査の上、国標を建立することは差しつかえない」との見解を示した。 
 当時、中国からも、台湾からも、他のどこの国からも、領土権を主張されておらず、未だ無主地であると内務卿も考えていた。その後日本政府は、沖縄県当局を通じ、数々の尖閣諸島実地調査を経て、「この諸島が清国に所属する証拠がない」と判断した後、一八九五年(明治二十八年)占有論によって、尖閣諸島を日本国の領土として閣議決定した。
 そして、この時以来、国際的にも、国際法上も、海洋法上も、正式に尖閣諸島の各島々は日本国領土となった。
その後、諸々の歴史を経て、最初に尖閣諸島に調査団を送った古賀辰四郎氏に、一九三二年(昭和七年)三月三十一日、日本政府は尖閣諸島の内四島を有料で払い下げた。古賀氏は、尖閣諸島開拓への功績が認められ一九○二年(明治四十二年)藍綬褒賞を授与された。そして現在に至っている。
しかし、一九六八年(昭和四十三年)十月十二日より同年十一月二十九日までの間、国連海洋調査団がこの海域の海洋調査をおこなった。その結果が一九六九年(昭和四十四年)五月に国連アジア極東経済委員会(ECAFE)によって公表され、この地域に眠っている海底資源が一躍脚光を浴びた。
 その直後、中国と台湾が、尖閣諸島の領有権を主張しだしたのだ。この時、アメリカ合衆国は沖縄返還前の故佐藤栄作元総理に対し、この地域の海底資源共同開発を提案したが、故佐藤元総理はアメリカの申し出を足蹴にした。その腹癒せに、アメリカのガルフ・オイルの子会社パシフィック・ガルフ社は、一九七○年(昭和四十五年)七月、台湾政府に対し、尖閣諸島を含む台湾北東海域の深海調査権を許可した。このことが発端で、中国、台湾が領有権を日本に対し主張するようになった。
 歴史に仮説はあり得ないが、結局日本独自で全くこの海域の開発を行わなかったのだから、アメリカの提案をこの時受け入れ開発していれば、アメリカ人が日本領土である尖閣諸島で働いているということで、尖閣列島を明確に日本領土として第三国アメリカが証人となり、しかも領土防衛という意味で、台湾も、中国も問答無用で手出しができない状態になっていたことは明らかだ。これらの事実関係を踏まえた上で、豊臣秀吉の時代に話を戻すこととする。

 一五八九年、関白秀吉は、琉球に対し入貢を要請した。当時秀吉は、既に朝鮮出兵のことで頭が一杯であった。そのために、一五九一年には、軍役、兵糧米などを琉球に要求した。
ところが琉球は、要求の半分のみを満たした。その結果、秀吉は、琉球を快く思わなくなり、結果として、島津家による琉球征服を認めた。
 結局一五九二年、秀吉は、琉球を島津家の「与力」として、その軍事指揮下に附属させることを認めた。以来、薩摩島津家では、当時アジア全域の貿易拠点として成り立っていた琉球を支配することになり、砂糖などの豊富な財源を得る事になった。

 琉球王国は当時既に、東アジア地域における大切な貿易拠点となっていた。だが、貿易に好立地な琉球であったが、反面、中国、台湾、日本と大きな力に翻弄されながら生き残りを掛けて成り立っていた。そんな生き残りの知恵が、琉球を三分割して王を別々に立てていたことなどにも見て取ることができる。
 そんな状況下、尖閣諸島と琉球の関係は、歴史的にも非常に長い。それは、琉球と中国の外交歴史の中にもハッキリと登場し、冊封使が残した冊封使録の「中山傳信録」「順風相送「使琉球録」などにも登場する。
この冊封使とは、琉球の国王であることを中国の皇帝から承認してもらうことを「冊封」といい、中国から派遣される使節のことを冊封使といった。
 その中で、「朝貢」、外国からの遣いに対し、その要求に応えて貢物を差し出すことをいい、琉球が行った「朝貢貿易」とは、中国が中華思想に基づいて行った貿易形態で、中国が指定した内容に従って行う貿易の形態をいっていた。
 このことに、秀吉は目を付け、琉球を中国との板挟みにし「入貢」を迫ったのだ。困った琉球は、半分だけ応じたということだ。

 この冊封使の行き来に当たって、尖閣諸島は琉球と中国の間の目印として記録されている。だが、これらの資料から読み取れる尖閣諸島の領有権には賛否両論があり、其々の学者の立場により意見が分かれる。
 特に、久米島を挟んで以南か以北か琉球領と中国領を分けて解釈される場合が多いようだ。しかし、その根拠は明確でない。「琉球に戻ってきた」「中国に戻ってきた」というような記述だけだ。明確なことは、当時から無人島であり、中国は石高のないこれらの島々に海底資源があることを知るまで関心がなかったということだ。
[PR]
by seizaikai_club | 2013-06-11 18:34 | 歴史

参議院選挙前の陰謀と橋下市長慰安婦問題発言

参議院選挙前の陰謀と橋下市長慰安婦問題発言

 五月十三日、突然橋下大阪市長が慰安婦問題発言をぶら下がり会見で行い、波紋を呼び騒然となった。
 最初から、この報道は陰謀だと解っていた。何故なら選挙前のこの時期である。橋下人気や維新人気を崩そうとする、反橋本、反維新の会の者達の仕業であることは明白だ。維新の会の一人勝ちにしたくないのだ。
  彼らの意に反し、選挙は自民党が参議院でも議席数を大幅に増やすだろう。
  残念なのは、アジェンダで判断せず、思想信条で結論をだし、結局選挙を優先したみんなの党だ。
  歴史を繙いてみると、例外なくマスコミが火付け役で、巨大勢力に反発し選挙の流れを変える。そこには、国益を守るという正義感など微塵もない。
  ただの反骨精神で大勢批判し、追い落とすという理不尽なジャーナリズムだけが存在する。
  古今東西万国共通今昔を問わず、陰謀には方程式がある。その方程式を解いてみれば、陰謀の黒幕が解明できる。今回のケースも、例外ではない。
  だが一旦人の口に火が点いてしまうと、その火消しは容易でない。そうなると、白のモノも黒ということになってしまう。そういう理不尽な報道が、どれだけ日本国民の国益を損なうか、強い憤りを覚える。
  そもそも今回の橋下発言の一字一句を逃さず読み返せば、彼が一つも間違ったことを言っていないことは一目瞭然だ。
  敢えて問題と言うならば、米軍に対しての風俗利用発言ぐらいだ。
  長年、建前論ばかりを繰り返した政治家たちに一石を投じたと私は思った。
 だが、予想外な反応が世間を駆け巡った。似非フェミニストを上手に刺激して、反橋本のジャーナリストと政治家たちが火の手を上げたのだ。
そして、彼らにとって都合のよい部分だけを切り取り、まるで橋下氏が男尊女卑や人権侵害をしているかのように報道し、世界に広めてしまった。
 多くのジャーナリストが、まるで鬼の首でもとったように攻撃体制に入った。まあ、選挙前ということを考えると、そこまでは想定内と言ってもいいだろう。
しかし、橋下氏が米軍について言及してしまったことが、問題を国外にまで広げてしまう結果となった。
  結局、外国人記者クラブで、謝罪会見をする羽目になった。
  発言後は何を弁解してもまったく通らず、人々も訳がわからぬまま橋下批判を鵜呑みにした。
  ここで幾つか押さえなければいけないことがある。
  まず、アメリカ人は、人権問題を本音で語れないことを理解しなければならない。何故なら、人種差別の歴史があるからだ。
特に現オバマ大統領は、マイノリティーからの最初の大統領だ。必要以上に気を付けなければならない。そのことを理解しなければならない。
  男女平等や人権問題は、アメリカ人が、最も気遣う問題であることも理解しなければだ。
  だからといって、全てアメリカが正しいことをしてきた訳ではない。実際ネバタ州などでは、売春を未だに合法化している。
  二番目に、慰安婦をセクシャル・スレイブと訳したことにも、非常に意図的なモノと感じた。
 スレイブ=奴隷という印象が、アメリカ人に対しては、刺激的すぎる。
  だが実際に、アメリカ軍にだって、橋下氏が言及した通りの事実がある。
慰安所ではなくても、敗戦国の女性をレイプしたり略奪したりした事実もハッキリと残っている。エリザベス・サンダース・ホームなどはその証拠だ。
  もう一つ理解しなければいけないことは、アメリカ軍は、ベトナム戦争以前と以後で、まるで別組織のように変革された。
  例えば、ベトナム戦争までは、白人部隊と有色人種部隊とにハッキリと差別化されていた。正に、白人至上主義を実践していたのだ。
  ところがベトナム戦争から、初めて混成部隊となり、人権だの差別の問題などは根絶され、平等の精神にのっとり運営されたことになっている。
  だが実際には、ベトナム戦争時戦地では、白人と黒人の兵士間での確執が、混成部隊になったが故に、戦争犯罪として露呈した。
  映画「地獄の黙示録」や「プラトーン」などは、戦地での理不尽を訴えた映画だ。
  平気でレイプが行われ、殺人が行われるが、軍法会議にならないという現状を訴えていた。
  そういう歴史を経て、今の米軍がある。
  だが、当然のことながら、前戦に配属された兵士の緊張感や恐怖感によるアドレナリンの異常発生を考慮して、前戦部隊の部隊長クラスは、ある程度のことは黙認する傾向にある。勿論、士官たち一人ひとりの人間性に寄るところも大きいのだが。
  そして、知っておかなければならないことは、沖縄に配属された海兵隊は前戦部隊なのだ。
海兵隊は、四軍の中でも精鋭揃いの猛者集団である一方、行儀が一番悪いことでも知られている。
  アメリカに限らず、戦争に於いて、各国の軍人は、多かれ少なかれ慰安所や慰安婦たちの恩恵に預かるというような橋下氏の発言があったが、それも事実だ。建前では認めないが、間違いない事実である。
  だから、日本もやって良いという理論は当てはまらない。だが、事実は事実として認めるべきだ。
  もう九十歳を超えるロシアでの抑留経験がある弊社の元副社長は、よく言っていた。
  慰安婦たちは可哀想だったと。休む暇なく兵士たちの相手をさせられていた。可哀想だから俺は遠慮するといって行列に並ばなければ、部隊の中で自分がイジメに合うどころか、前戦で後ろの味方から鉄砲玉が飛んでくる。それが軍隊だ。
  強制連行に関しては、彼ら現場の兵隊たちには解らない。だが、韓国人女性たちは、韓国人女衒によって、日本軍に売られていたように聞き及んだと言っていた。
  当時は、貧乏に耐えかね娘たちを親が売っていたそうだ。
  色々なケースがあったに違いない。だが、間違いないことは、どうであれ人間は大きな過ちを犯したということだ。そのことだけは、肝に銘じなければだ。
  そして私たちは、先人の屍の上を踏み越えて、今の平和な日本に生きているのだということも忘れてはならない。
[PR]
by seizaikai_club | 2013-06-07 23:02 | 政治

幕府が恐れたキリシタン

「幕府が恐れたキリシタン」
文:恩田将葉  

 支倉常長と伊達政宗の思惑ということを中心に筆を進めることにする。

 そもそもこの流れは、元を正すと「本能寺の変」から始まった。いや、織田信長がイエズス会の目と耳を通し世界を知り、実際に世界を見聞したいという夢を膨らませた時から始まったと私は思っている。

 そして、「本能寺の変」で日本中を震撼させたイエズス会が、この頃の「陰謀の方程式」を解く鍵となっていることをまず理解しなければならない。
 
 あの時代、そのことは巷でも噂された。だが、長い年月に埋もれてしまい。その事実を検証することは難しくなってしまった。

 ただ間違いなく、全てを見聞していた家康をはじめ日本の諸将たちは、ある者はイエズス会を利用し、またある者は距離をおいて見守った。

 だが、徳川幕府は、一六三七年に起こった「島原の乱」を利用して、キリシタンを弾圧することになった。過去に起こった事象を検証すれば、幕府としては当然といえば当然の措置であった。しかし、歴史という大河の流れの中では、川面に映る建前だけが残ってしまい、悲劇の青年天草四郎という名前のみが一人歩きした。全ての真実は、歴史の汚泥として埋もれてしまったのだ。私はそう考えている。
 
 そういうことを理解した上で、支倉常長と伊達政宗の野望を繙くことにする。支倉常長とは、伊達政宗の家臣で、慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパまで渡航した人物である。

 ローマでは貴族として認められ、ドン・フィリッポ・フランシスコという洗礼名まである人物だ。常長は、伊達政宗の夢と野望を一身に担いヨーロッパへと旅立った。

 そもそも、政宗十六歳の春に、「本能寺の変」が起こった。誰も予期せぬ大事件であった。あの織田信長が謀られたのだ。多感な政宗は、世間では何が起こっているのだ、と興味をそそられた。信長を謀った明智光秀は、謀反を企てるような人物ではない。だが、間違いなく実行犯である。その背後には、一体何があったのか政宗は知りたがった。

 そして、政宗は、明智光秀に近い位置にいたイエズス会に鍵があるのではと疑念を抱いた。複数の人間の利害を合わせて陰謀を企てるのは、西洋人のやり方である。信長に心中異を唱える者が多いこと、信長が自分を神としてイエスを冒涜したことにより、「本能寺の変」を企てたのではないかと陰謀の方程式を政宗なりに繙いた。

 そんな理由から、西洋に興味をそそられもっと西洋のことを知りたい、西洋との交易を仙台の地で行いたいと政宗の夢は広がった。そして、支倉常長を慶長遣欧使節団としてヨーロッパに旅立たせたのであった。

 伊達政宗が、「本能寺の変」をキッカケにイエズス会やキリシタンのことに興味を惹かれたのと同じように、徳川家康もイエズス会やキリシタンを油断ならぬ存在と注視した。付かず離れずの距離感を保った家康は、開幕以来、キリシタンとイエズス会が要注意であることを秀忠や家光に伝承した。

 人一倍用心深い家康は、幕府が安泰であるためには手段を選ばなかった。参勤交代制度をはじめ譜代の大名たちが大きくなり過ぎないように賦役をかけ、必要以上に財を貯めこまないようにしていた。

 それどころか、徳川家の人々以外には動物性タンパク質をとらないようにして、日本人の体型まで変化させてしまった。安土桃山時代までの鎧と徳川幕府時代の鎧の大きさを比較すれば、日本人の体型がいかに短期間で変わったかということは一目瞭然である。

 ウサギを一羽二羽と数えるのは、その頃の名残である。四足の生き物を食べてはいけなかったので、人々は知恵を絞って動物性タンパク質を摂ろうとした。ウサギの耳を羽と見立てて、ウサギは二本足の生き物として、世間の人々はウサギを食そうとしたのだ。

 話が横道に逸れたが、そのような幕府の政策と農作物の不作によって、人々や諸大名の生活は苦しくなった。そして、そんな状況の中で民主化を唱えるイエズス会のキリシタンたちは、農民や一般市民を扇動し一揆を企てたのである。これは、まさしく西洋人的な陰謀の方程式にあてはまる。

 そして、危機感を募らせた幕府は、島原の乱で、一気にキリシタンを一掃してしまおうと企てたのである。島原の乱を抑えこみ、キリシタンを一掃すること自体を宣伝し、日本国中にある不穏な動きを封じ込めようとしたのだ。そして、そのことは功を奏した。

 理不尽にも、キリシタンは弾圧され一掃された。ある意味、本能寺以来家康が懸念していたイエズス会による数々の陰謀が遂に一掃されたのだ。だが、同時に、徳川幕府による封建制度が幅を広げ、十五代将軍徳川慶喜による大政奉還まで民主化という道は遠のいた。

 しかし、ある意味、徳川幕府時代を経たことで、明治維新をキッカケに民主化の道へと進んでいくことができた。

 最後に夢を抱いて渡欧した支倉常長のその後を記しておく。奇しくも帰国後は、徳川幕藩体制にあり、幕府がキリシタン弾圧を推し進めようとしている頃で、常長没後十五年で島原の乱が起こった。ある意味不遇な人生を送らなければならないことになってしまった。

 しかし、ヨーロッパという別世界を見聞した常長にとっては、帰国後ではなく、ヨーロッパ滞在中が、彼の人生で最も輝いた時代であったのかもしれない。

 常長同様、西洋への憧れと夢を無残にも打ち崩された政宗の人生も、仙台という地の利を得ない境遇とでも言おうか、伊達者と言われた派手さとは反比例して、実際には花開かない人生であった。

 勿論、多大の功績を残した。だが、自分の思い通りにならなかったことも多く、人一倍気性が激しく正義感が強かった分、心残りも多かった。そのことは、彼の辞世の句にも表れている。「曇りなき 心の月を 先だてて 浮世の闇を 照してぞ行く」
[PR]
by seizaikai_club | 2013-06-07 22:53 | 世界の中の日本

心の声

「心の声」

 今般の橋下市長による慰安婦発言に於いて、感じることがある。それは、自分の「心の声」に耳を傾けるべきということだ。
昨今人々は、このことを忘れている。多分平和過ぎ、恵まれ過ぎて、素直に自分や他人の心の声に耳を傾けられなくなっているのだろう。
橋下氏の発言を一字一句逃さず読んでみれば、世間で今騒がれている問題など一つもないことが解る。彼は、男尊女卑的な発言はしていない、女性を蔑視していることもない、歴史を偏向して発言してもいない。ただ、発言を部分的に切り取って読めば、確かに報道されているような印象を受ける。だが、彼の発言の本質とは全く違う発言が報道され、捏造されている。
 そもそも、参議院選挙の直前だ。最初から、維新の会と橋下氏を陥れるための陰謀だと思っていた。だが、陰謀だとしても、日本以外の国々に於いても取沙汰され批評されれば、陰謀も成功だ。実際外国人記者クラブで、橋下氏は不本意ながらアメリカや慰安婦の女性たちに謝罪した。
私は、陰謀が為されるには「陰謀の方程式」があると、かねてから主張している。一個人が為す陰謀は、絶対に成就しない。だが、複数の人間の利害が合い起こった陰謀は成功し、時として歴史をも動かすことがある。アメリカで言えば「ケネディー大統領暗殺事件」、日本でいえば「本能寺の変」などはその代表的な事件だ。「陰謀の方程式」に関しては、別の機会に触れることとする。
 橋下発言報道に関しても冷静に見聞すれば、自ずと橋下氏が無茶苦茶なことを言っているのではないことが理解できる。ただ彼の長所でもあり短所でもある、本音で発言してしまったということが唯一の問題点だ。アメリカは、人権や差別に敏感に反応する国だ。それは、嘗て彼ら自身が大変な時代を経験しているからに他ならない。特に、オバマ大統領は、マイノリティーから初の大統領だ。綺麗事の建前論でしか発言できない。
 今回の発言は、今まで建前論でしか触れてこなかった慰安婦問題を、橋下氏が本音で発言したことで、大きな一石を投じたと私は発言直後に称賛した。ところが、反橋下を標榜するジャーナリストとメディアが、フェミニストと結託して鬼の首を取ったかのごとくに報道撹拌し、彼らに踊らされた人々が、橋下発言の一字一句を全て読むこともなしに、男尊女卑だ、人権蹂躙だと騒ぎ立てた。メディアの影響力を、今回ほど感じたことはない。
 一人ひとりが、偏向せず彼の発言を一字一句逃さず読み、自分の良心、心の声に耳を傾け道徳心を呼び覚ませば、こんな事態にはならなかった。
[PR]
by seizaikai_club | 2013-06-07 22:46 | 政治

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
by seizaikai_club
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

検索
カテゴリ
タグ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧