政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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どうしようもない大きな時代という渦

どうしようもない大きな時代という渦
2011年12月31日

私は
どうしようもない大きな時代という渦の中にいた。
それは、
サンフランシスコ州立大学にトランスファーした1984年から始まった。

  思い起こしてみると、当時自覚はなかったが、大きな時代という渦の中に、自分は身をおいていた。自分が何を為したわけでもないが、その渦の中にいて、ライブで全てを五感を通じて感じられたことは、非常にラッキーであった。そのことは、私のその後の人生、いや人生哲学に大きな影響を与えたことは間違いない。だが、あの頃は、そのことさえ気付いていなかった。灯台下暮らしということだったのかもしれない。当たり前であったが、全然当たり前でなかったのだ。人生に感謝、親に感謝、この時代に生を受けたことに感謝、そして、アメリカにあの時代に居られたこと、カリフォルニア、サンフランシスコにいられたことに深く感謝する。

  1984年、私は、それまで通っていた群立大学を卒業し、州立大学へオーナースチューデントとしてトランスファーした。勉強嫌いの私にとっては驚くべきことであった。メジャーは、ビジネス。州立大学にトランスファーした私は、直ぐにビジネスメジャーからインターナショナル・リレーションズに変更した。何故なら、世界の動きに興味をそそられたからだ。小さな学部であったが、非常に実戦的で、非常にライブ感覚に富んだ学部であった。アメリカで学ぶべきこと、日本では学べないことがそこにあるように私には感じられた。教授たちは、全員CIAの職員であった。勿論常駐ではないが、皆籍があった。学部内に、連絡事務所のようなものもあった。資料類も、全て本物が使えた。半年で賞味期限がくる、CIAが使用している世界中を見詰めることができる衛星写真も、賞味期限切れのものを自由に資料として使うことができた。南カリフォルニア大学とジョン・ホプキンス大学と我が母校のIRは、独立したスクールを形成している非常に充実した学部であった。世界の裏表が、手に取るように理解できた。全てが目新しく、全てが新鮮であった。そして、何より興味深かった。世界中から、留学生がIRに来ていた。勿論私も含めて。特に、パレスチニアンの留学生は多かった。彼等は、命懸けで留学していた。そして、彼らの考え方は非常にハードであった。本来、敵ともいえる立場の人たちを受け入れるところに、アメリカの懐の深さを感じた。やはり、アメリカの教育予算は、軍事予算に次いで大きい意味を感じた。留学生は、ある意味アメリカ資本主義、民主主義の先兵に洗脳され送り返されるのだ。勿論、全員がそうではないであろうが。

  私は、当時教授に言われ、イランを専門にして研究を進めていた。ところが、パレスチニアンの同窓生は、発表授業がある度に、私を質問攻めにし難癖をつけてきた。正直、中東情勢のことは、この学部にくるまで皆無に近い状況で知らなかった。生まれながらに育った彼等からしたら、面白くないのであろうが、だからといっても全てを否定されても困る。解らない他国の人に理解させ、説得するのが授業の目的であると私は理解していた。ところが、彼等は非常に熱くなる。結局、結果からいうと、私の英語力と中東に関しての理解力の低さが原因して、彼等は暴力的な手段で制裁を加えてきた。危険を察知した教授は、私をイランから朝鮮半島問題専門研究に変えさせた。お陰で1セミスター損をした。だが、机上では学べないことを学んだような気がした。その直後、外部教授として教鞭をとっていた「不確実性の時代」で一躍世に名を馳せたガルブレイス教授が、講演中に、同じ彼等パレスチニアン留学生に襲われた。理屈ではない、何かを感じ取った。中東問題の根の深さを肌で感じた瞬間であった。

  当時、私は気付いていなかったが、大学の勉強以外で体感できる時代の潮流の中にいたことを、スティーブ・ジョブズの死で気付かされた。自分たちの中では、当たり前のことであり特別なことではなかった。だが、それはすごいことであったのかもしれない。以前にもここで書いたことがあるが、あまり他言しないでいたのだ。だが、何度かスティーブ・ジョブズ氏とは、知り合いではないが何度も同じ空間で同じ空気を吸い、直接話を聞いたことがある。当時我が母校では、他の州立大学でも同じであったと思うが、学籍者はタダのような値段でアップルコンピューター、即ちMac 具体的に言えばMac PlusとMac SEを手に入れることができた。スティーブ・ジョブズ曰く、「君たちが大学時代にMac ユーザーになれば、卒業した君たちが、それぞれの職場でMacを使うことになる」、その話を聞かされて、何と先見性のある人なのだと感激したものだ。その代り、マック・ユーザーの集いが、毎週末スタンフォード大学のあるパラアルトなどサンフランシスコ周辺都市の大学内で行われ、そこに参加するように働きかけられた。まるで新興宗教団体の集いのような感じであった。新しい情報がお披露目され、問題点などが集まったユーザーと舞台上の技術者の間でやりとりされた。ユーザーの声も、遠慮なく吸い上げられた。必ず最後には、スティーブ・ジョブズが登場し、大騒ぎになり終わるという繰り返しであった。あの頃、全てが始まった。あの頃、今の時代の流れが始まったのだな、その渦の中にいたのだなと最近思う。そのことに、今は感謝している。

  彼は、普通の人であった。だが、何とも言えない情熱が漲っていた。常に、何かと対峙しているような熱い尖ったモノを感じた。アップル教といっても良いほど、私たちは皆熱狂していた。Macなしで、大学生活はあり得ない感じであった。図書館には、ずらりとMacがならび、それまでのタイプライターと取って代わっていた。最初の大学に入学した頃1981年には、まだコンピューターサイエンスのクラスで、コボロなどのコンピューター言語の授業やプログラミングが中心で、決して手頃なものではなかった。その以前に、まずはタイプライティングのクラスを取り、大学生活に備えたものであった。手書きはアメリカの大学ではありえない。タイピングをできないと、卒業どころか大学生活も送れなかった。お陰で、器用な日本人の私は、白人女性たちと同様に、タイピング速度と正確さで表彰された。今から考えると、あの時のタイピングの経験が、全ての原点になっているのかもしれない。

  あれから30年近くの月日が流れ去り、時代もどんどん驚くべき速さで移ろいでいる。アップルコンピューターも紆余曲折があり、落ちたり上がったりした。ライバルのウィンドーズが飛ぶ鳥を落とす勢いで、世界を席巻した。だが、リベンジ・マッチは、違った形で棲み分けをして、スティーブ・ジョブズにも軍配を上げた。ただ、この30年間、1984年に始まり、常に身近にアップル・コンピューターと共にありながら、時代を感じ続けてきたことに感謝する。今では、机の上には、化石化したMacが片隅に追いやられており、ウィンドウズのノートパソコンが、主役を演じている。だが、一度たりともMacが側から離れたことはない。子供たちへの生まれて最初のプレゼントも、二台のMacであった。息子に水色、娘に橙色。そして、新しい年、娘は高校を卒業し、長年好きで身に付けてきたPCを使いこなしデザインを学ぶ学校へと進学することになった。また、Macに、今度は娘が囲まれる運命になった。こうやって時代は、引き継がれていくのだなと実感している。時間は流れている。誰の上にも平等に。その流れは、昔に比べれば明らかに速い。まるで、ロケットで宇宙にいくような速さで、超特急で未来へ向かって疾走している。何処へ向かうのか、それは誰にもわからない。ただ一つだけわかることは、パイオニアは既に伝説になり歴史になったということだ。それでも、彼らの意志を伝え、歩みを止めることなく新たなる一歩を進め続けることだ。決して立ち止まることなく。既成概念に囚われず、新たなる改革を繰り返すことだ。
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by seizaikai_club | 2011-12-31 19:18 | 今日の独り言

北朝鮮の今後の有様

北朝鮮の今後有り様
2011年12月20日

昨日、北朝鮮の特別放送により、17日午前8時半に故金正日総書記が心筋梗塞により急逝したとの発表があった。世界中に緊張が走り、色々な憶測が駆け巡った。個人的にいくつかのことを思う。一つは、本当に17日視察中の汽車の中で発作を起こしたのであろうか、大きな疑問をまず感じた。普通に考えて、17日に急逝して、たった2日間で28日の国民葬儀を段取りできるであろうか。非常に不自然である。彼の死に当たっては、準備がいる。どういう形で、発表するか、その後の対応をどうするか、対処しなければならない。にもかかわらず、17日に亡くなり28日に葬儀というのは常識的にいってあり得ないと私は思う。それでは、どういうことかといえば、逆算すれば亡くなったのは17日ではなくそれより以前であったということだ。因果関係はわからないが、ここ少し前に各メディアが興味を示していた北朝鮮アナウンサー女性が姿を消していたことが、故金正日総書記の急逝を暗示していたのではないかと想像できる。多分、彼女が姿を消していた期間に、今後の体制を整えたり、葬儀の時期を計ったり、諸々のことが準備されていたに違いない。死の謎は、この記事では敢えて触れないが、その可能性も色々想像できる。汽車の中は密室、諜報活動に於いては一番暗殺等が為し易い密室であるのは常識だ。だが、そこまで想像することは、もう少し時間を経てからにする。

故金正日総書記の死の謎よりも、興味深いいことは、今後の北朝鮮の行方だ。このことについて、私なりの視点で読み解くこととする。ハッキリ言って、キーポイントはやはり中国だ。中国というのはどれだけ運が強いのか、と今回思った。昨日は、この機に乗じて脱北者が押し寄せることを中国政府は懸念していた。だが、七転び八起き危機を好機にかえてしまう、災い転じて福となす中国らしい方向性を想像することができる。

まず、中国、韓国、日本、そして、アメリカ近隣関係国の利害が、北朝鮮の今後に大きな影響を及ぼす。日本とアメリカは、北朝鮮の存在意味自体どのような形で存在するかに思いを巡らせてはいない。アメリカは、できるだけお金と人を使わずに朝鮮半島の安定が得られればそれでいい。日本も、アメリカと同じようなスタンスだ。一つだけ違うのは、拉致問題解決という点だけである。ところが、中国と韓国は、少々日本とアメリカとはスタンスが違う。韓国では、統一を旗印に表向き南北統一を希求しているけれども、実際には統一が実現すれば経済的に北朝鮮の経済が韓国経済まで道連れにしてしまう可能性が非常に高い。それは、韓国政府にとっても、アメリカにとっても望まないことだ。一方中国政府も、北朝鮮と韓国が朝鮮半島を統一することを望んでいない。理由は、別にあるが、中国政府としては、敵国であるアメリカと同盟関係にある韓国と国境線を接することになってしまう。中国は望まないことだ。中国としては、北朝鮮を死に体状態で緩衝地帯として存続させたいのだ。ところが、故金正日総書記を操るのは案外大変であった。痛みや、経済的な負担も大きかった。ところが、故金正日総書記が亡くなった今、中国として否定的であった世襲問題などの問題も含め、共産主義国として、色々な意味で面目を保つことができる。

今回、故金正日総書記の死という岐路にたち、間髪を入れずに中国が北朝鮮に対し大きく舵を取り出したことは、大いに理解できる。そのメリットを上げてみると非常に多い。1)世襲を形として否定できる。2)傀儡政権を期待できる。3)日本海側の北朝鮮の港を自由に使えるようになる。4)アメリカとその同盟国と直接接触しないための緩衝地帯としての意味。5)中国国内で大きな少数民族である朝鮮族に脱北者が加わる巨大化する独立運動の可能性を抑え阻止できる。6)北朝鮮軍を支配し極東アジア地区のパワーバランスに影響を与えることができる。7)北朝鮮を傀儡政権にしてしまえば、経済的に逼迫するアメリカにとってもプラス面が大きい。8)中国にとっては、アメリカに対し恩を売ることができる。9)中国にとっては、朝鮮半島まで含め、拡大政策の地理的可能性が広がる。このように、数え上げると中国にとってのメリットが非常に大きいことが理解できる。それだけではない。何より、疲弊しきっている北朝鮮国民にとっても、飢えから逃れる一番の近道であるといえる。こうやってみてみると、この形が、どの関係国や当事者たちにとっても、利害が合致し一番望まれる形であることがみて取れる。あとは、改革のスピードである。北朝鮮は最低1年は喪にふすであろうが、中国は足踏みすることなく、迅速に対応するのではないかと私は思っている。多分、北朝鮮軍部の中で、中国とパイプがあり緊密な連携をとれる人材が、その道筋をつけ、徐々に金正恩三代目の包囲網を強くし、飾りものにしていくのではないかと想像できる。多分、唯一、武力による動きが出る可能性は、その時である。勿論、中国側ではなく、金正恩側からである。だが、結果的にいえば、中国に制圧され、粛清する大義名分にされてしまうであろう。中国は、そこまで計算しているかもしれない。そんな風に、私は考える。
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by seizaikai_club | 2011-12-20 09:47 | 朝鮮半島情勢

橋下新大阪市長の強さ

橋下新大阪市長の強さ
2011年12月17日

  橋下新大阪新市長の強さは、軟弱で軽そうなノリとは反比例して、芯が強く、軸足がぶれず、何と言っても非常にケンカ上手でケンカが強い、強かな洞察力と判断力と勇気兼ね備えていることであると思う。これは、政治家としての資質以前に、彼の本職である弁護士としての資質が高いことを、彼自身が府知事時代に為し証明している。

  私は、自身の法廷闘争に於いて、ある時から弁護士を使わずに自力で闘うようになった。当時雇っていた弁護士の闘い方に大きな疑問を感じたからだ。どんなに頭が切れ、知識が豊富で、机上の勉強ができて優秀だからといって、それが弁護士としての資質や強みであるとは、私は思わない。というか、自分を弁護するにあたって、闘う闘志や強かさを感じられない弁護士と、命懸けで闘うことに大いなる疑問を感じる。ある証人喚問で、あまりにも教科書通りで、情熱の感じない喚問を私の弁護士が行うのを見聞して、正直大いに落胆した。思わず、自ら喚問をしようとして、裁判長から止められたことがある。そんな経験から、自ら弁護士を使わずに、自分の責任で闘うことの方が、失敗しても納得できるし、勝も負けるも自分の責任で行えるので良いと感じたからだ。情熱を感じない、職業的に、義務的に業務を行うような弁護士に、自らの身を預けることに、恐怖と憤りを覚えたからにほかならない。以来、私は自力で法廷闘争をするようになった。

  それはそうだ、自分で自分を弁護すれば、一生懸命釈迦力で闘いに臨む。だが弁護士は、結局のところ他人事だ。商売なのだ。それと、ケンカの経験もないような弁護士が、頭だけで法廷に望むことに大きな疑問を感じてしまった。法廷闘争とは、私はケンカだと思っている。やるかやられるか、究極そういうことだ。強かに生き残らなければならないのだ。ケンカもしたことのない弁護士に、自分の命を預けられるわけがない。ある意味、自分は生き残り、相手を自分の思うような出口に導き逃げ道をなくすことが、法廷闘争であると思っている。鼠を迷路に追い込む要領で。喧嘩と同じだ。だが、これができる弁護士は滅多にいない。これが、弁護士を使わず自力闘争するようになった一番大きな理由だ。

  ケンカは、強かに勝つのではなく生き残らなければならない。サバイバルゲームだ。軍隊と同じだ。相手を倒すことが目的ではなく、自分が生き残ることが目的だ。結果、相手を倒し自分が生き残るということだ。攻める時もあれば、退く時も逃げる時もある。よく相手の出方を凝視して、瞬時に迷うことなく次の手を繰り出さなければ、気付けばのされてしまうことになる。勇気と速さ、そしてタイミングが非常に大切になる。このケンカの極意こそが、法廷で強い弁護士の条件であると私は信じている。ケンカの実戦経験のある弁護士、これこそが最強の弁護士だ。だが、私の少ない経験では、そんな実戦経験豊富な、机上論を優先せず、五感を駆使して闘ってくれる頼もし弁護士にお目に掛かったことがない。故に、これまで私は弁護士を使わずに闘ってきた。もしかすると、橋下新大阪市長は、そんな勇気と決断と判断力と何より深い情熱をもってことに当たる私が探していたような稀有な弁護士かもしれない。そんな風に、彼のこの3年半の府知事としての様子、そして今回のダブル選挙、大阪都構想実現を掛けて闘う彼の姿を見聞し感じた。

  この弁護士としての橋本氏の強さこそが、本来政治家にとっても何よりの資質であると私は思っている。弁護士以上に強かで狡賢く生き残らなければ、自分の信念をもった法案を押し通すことさえできないのが政治の世界だ。そんな政治の世界で、生き残る秘訣は、上記したような弁護士としての資質に共通する条件であると思っている。そういう意味で、橋本氏は非常に面白く興味深い政治家として、私は見守っている。もしかすると、来るべき大きな政界再編のキッカケに、彼や維新の会がなるかもしれない、原動力となるかもしれないと大きな期待を持って見守っている。橋下氏のような勇気があり行動力があり、既成概念に囚われない政治家こそが、大きな改革を為し、国を動かす。正に維新を為す逸材であると私は思っている。今後の活躍に期待したい。
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by seizaikai_club | 2011-12-17 09:35 | 政治

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
by seizaikai_club
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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