政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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電力消費量は鰻登り

電力消費量は鰻登り
2011年6月30日

猛暑到来。温度の上昇に比例して、
電力消費量は鰻登り。
このままで、
今年の夏、
我々日本人は乗り切れるのか否か。
大きな疑問を感じる。
以下は河野太郎代議士の「ごまめの歯ぎしり」より


ここ数日の東電管内の供給力とその日の最大消費電力量は以下のと
おり。

日付供給力最大電力量 A B
6月12日4,080  3,192  78% 58%
6月13日4,450  3,499  79% 64%
6月14日4,410  3,488  79% 63%
6月15日4,300  3,403  79% 62%
6月16日4,370  3,487  80% 63%
6月17日4,310  3,473  81% 63%
6月18日4,120  3,221  78% 59%
6月19日4,090  3,158  77% 57%
6月20日4,580  3,627  79% 66%
6月21日4,700  3,809  81% 69%
6月22日4,730  4,122  87% 75%
6月23日4,780  4,221  88% 77%
6月24日4,790  4,352  91% 79%
6月25日4,370  3,614  83% 66%
6月26日4,360  3,249  75% 59%
6月27日4,880  3,597  74% 65%
6月28日4,880  4,326  89% 79%
6月29日4,900  4,570  93% 83%
(万kw)
A=当日の供給量に対する割合
B=最大供給可能量(5500万kw)に対する割合

6月29日の猛暑の中、東電管内では供給力に対して最大電力量が
93%になったとの報道があったが、これはあくまでその日の供給
可能量に対する割合であって、これから夏に向けて東電の供給可能
電力量は増えていく。猛暑の6月29日でも最大供給可能量と比べ
れば、83%と余力がある。

例えば6月25日、26日には品川と袖ヶ浦の発電所が点検のため
に停止したので24日に比べると供給力が落ちている。

今後、7月2日には鹿島60万kwの修理が終了。
7月上旬には川崎50万kwの送電線修理終了、横須賀35万kw
の再稼働が始まる。
7月中旬には、常磐30万kwの再稼働、鹿島17.5万kwの再
稼働、広野320万kwの再稼働もある。

6月30日には供給力は5010万kwと5000万kwの大台に
乗っている。

夏に向けて5500万kwの供給力が確保されるので、6月29日
の電力消費量ならば17%の余力がある。
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by seizaikai_club | 2011-06-30 22:57 | 核関連

東京電力をはじめとする電力各社の株主総会

東京電力をはじめとする電力各社の株主総会
2011年6月29日

 昨日東京電力の株主総会が行われ、メディア各社はその様子を報道している。とりわけ注目を集めているのは、この総会内での脱原発動議が大差で否決されたことに対する問題だ。その経緯が明確でなく、説明不足で、強行採決ともとれる、というような参加した株主の不満の声をを交えて報道している。
 
 確かに、株主総会には多くの謎がある。謎ではないのだが、一般株主からしたら、腑に落ちない点が多いのだろう。東電側の主張では、参加せず委任状を提出している株主数が、大きなパーセンテージを占めているので、その数字からはじき出した脱原発賛成票は8%程度になってしまうということだ。嘘ではないだろう。だが、問題は、この委任状票にある。

 東電は、昔から原発問題で散々苦労してきた。その歴史の中で、彼らは如何に株主総会を乗り切るかという彼らなりの危機管理術を構築しているのだ。そのマニュアルに沿って、全てがなされている。それは、株主総会の時のみでなく、普段から積み重ねられていることを知らなければならない。

 例えば、東電はじめ電力各社では、退職した社員や家族や親戚名義で、株を保持させ、総会での議決で東電側に有利に働くようなシステムを構築している。だが、それは東電だけではない。日本の場合、多くの上場企業が同じような手法で、株主総会を乗り切っている。資本主義社会とは名ばかりで、日本では資本家である株主に欧米の株主のような力がない所以だ。

 国も、そんな状況を見て見ぬふりをしている。それが、日本の実態だ。結局、日本の財界は、旧態依然とした護送船団方式のままなのだ。企業同士で、株を持ち合いアンダーテーブルで手を取り合っている。以前にも何回か書いたが、東電はその中心にいる企業だ。木曜会という上場企業各社の総務が一同に会し口裏を合わせ、足並みを揃えるために、毎週木曜日行われている非公式会食会合だ。東電は、この会の幹事会社だ。トヨタを始め、錚々たる企業が参加している。それらの企業に帰属する社員でさえ、そんな会が催されていることを知らない。ごく限られた、総務の人間たちがトップの勅命を受けて参加している。時として、その席には、関係省庁の担当役人も参加するほどだ。

 こういう、普段から企業にとって有利に働くべく、自分勝手な危機管理が為されているため、株主総会など名目だけで何の意味もない。そのことを、我々国民は理解し、そういうところから改革するよう政治に求めていくことこそが必要なのだ。政局や内輪もめなどしている暇はない。彼らは、着々と生き残りのため水面下で動き出している。
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by seizaikai_club | 2011-06-29 08:58 | 経済

震災後の政治の様相を見聞して思うこと

震災後の政治の様相を見聞して思うこと
2011年6月28日

 3.11東日本大震災から既に3カ月以上の月日が流れ去った。この間、政治の様相を見聞して思うことが多々ある。まず、政争を繰り返す永田町の在り様には、呆れ果て言葉を失う。まったく、民意など無視して勝手な茶番を繰り返している。民主党も民主党、足を引っ張る自民党も自民党、どっちも問題外。菅も菅だし、菅降ろしに翻弄される野党はじめ民主党の反対勢力も反対勢力だ。国民は、「政治とは何ぞや」と疑問と不信を募らせるばかりだ。

 そんな政治家たちの茶番に付き合わされて、その皺寄せを受けているのは被災者たちをはじめとする私たち国民だ。本来政治家とは、国民の代議員であり、民意を無視して暴走することなど許されない立場。今の政治家諸氏は、政治とは何か、政治家とはどうあるべきかを全く理解しておらず、理解しようと努力する姿も窺えない。

 ただ、今回の震災後の政治の様相を見ていると、一つだけわかってきたことがある。中央集権的な政治体制は、もう過去のものであるということだ。道州制導入には、今まで疑問を持っていた。何故なら、日本はアメリカとは違い、国土が狭いからだ。上手くシステムが運用できるのか、私は個人的に疑問を感じていた。だが、今回の震災後の政府の対応を見ていると、今こそ日本も、道州制を採用し、中央集権的な政治ではなく地方分権型に変革すべき時が来ていると強く感じる。

 危機に当たって、臨機応変に、合理的に、効果的に対応できない制度は、迷うことなく変革するべきだ。戦後政治に於いては、強くて指導力のある政治家が、国を引っ張っていくような中央集権的政治も許された。そのことは、日本だけではなく、どんな国に於いても、発展途上では、極端に言えば独裁政権もアリということだ。何故なら、一人の強い指導者のリーダーシップにより、良い意味での改革が合理的になされ、臨機応変に、迅速に国を発展させるためには、そういう特権的な政治もありであると私は思っている。実際、我が国から近いところでは、韓国などが良い例だ。だが、ある程度成熟した日本のような国家では、もう、そのような中央集権的な政治は、過去のものであることを今回の震災が示し、警鐘を鳴らしてくれたように思う。

 アメリカの州知事は、一国の首相のような立場で、采配を振るい、地元に根差した決断を臨機応変にくだしていく。まあ、アメリカの場合はそもそも合衆国なので、その辺のシステムが既に確立されているからであろうが、これからの日本では、そういうこともアリではないかと思うようになった。

 遅々として進まぬ復興対策や被災者の救済処置、義援金の配分や原発問題など、地元地方自治体の組長が、地元のニーズを反映した英断を迅速に行っていけば、ここまで混乱を招かなかったであろう。結局のところ、菅首相を頭に政府が全ての権限を囲い込もうとしていることが、裏目に出ていることは間違いない。このことは、菅総理のリーダーシップの無さを明にしている。リーダーは、各担当部署に任せる勇気をも持ち合わせなければならない。菅総理は、決して私利私欲を持ったり、国民を騙したりするような人ではないように思う。だが、リーダーシップはまったくない。そのことは明確だ。何故なら、菅総理には、企業など組織で采配を振るった経験がないからだ。

 企業でも、政治でも、そのほかの組織でも同じだが、リーダーというのは、偉そうにして、上から目線で脅威を持って制圧的な政治をしようとすれば、必ず反発を生む。私は常々、リーダーというものは、組織の調整役、世話役でなくてはならないと思っている。高飛車ではなく、皆と同じ目線で気配りをし、問題点を聞き入れガス抜きをし、それぞれの組織の中の人々が持つ問題点を消化しなければ人は付いてこない。ましてや、密室での政治などは問題外だ。そういうことは、ただ摩擦を生み広げるだけだ。組織のトップは、用務員であり、外交官であり、調整役でありながら、迅速に、適格な英断をくだせる人間でなくてはならない。勿論、普段は穏やかであっても、いざというときには信念を貫き闘うことのできる勇気も必須条件だ。そして、既成概念に囚われず、改革を恐れない臨機応変さも必要不可欠な条件である。立ち止まって、守りに徹しようとするような人は、リーダーにはなってはいけない人間だ。守るということは、おかれている環境や状況に臨機応変に対応し、変化することだと私は思っている。

 こうやってみていくと、菅総理がリーダーとしての適性を全て兼ね備えているか否かは一目瞭然だ。そのことが、今の政治に少なからず影響を与えていることも間違いない。だが、全ての条件に当てはまっていない失格者ではない。菅総理でなければできないこともあるように思う。だが、今の政治の状況を見ていると、欠落していることの方が目立ってしまっている。

 自民党時代は、根回し政治が為されていた。根回しということには、賛否両論ある。だが、組織を運営していくには、根回し、話し合い、強調し合うことも、必要不可欠な条件である。何故なら、人の世は、独りでは成り立たないからだ。人と人の助け合いで成り立っている。そのことを忘れれば、組織内には対立や摩擦が生じる。そこのところの気配りが、菅総理には欠落している。言い方は悪いが、非常に幼稚だ。幼稚という言葉は正しくないかもしれないが、子供っぽい。もっと大人の対応をしていれば、党内に反発も起こらないであろうし、野党と危機に当たって、時限的に手を携えることもできたはずである。だが皮肉なことだが、そんな菅総理の幼稚さが、彼の政治手法であり、彼のスタイルで今まできたのだ。しかし、それは野党の闘志としてはよかった。だが、政権の長としては大いに問題ありということだ。

 菅総理は、小泉元総理の手法を意識しているのかもしれない。だが、ハッキリ言わせて頂ければ全く違う。小泉さんには、彼なりの美学があり、彼なりの筋があり、信念があった。そして、如何なることがあろうとも、彼の芯がブレルことはなかった。彼の立ち位置は、微動だにせず明確であった。小泉純一郎という大木は、深く根を張っていた。そこのところが、菅総理と小泉元総理では全く違うところだ。多くの人々は、そんな小泉氏を批判したが、私は今でも国のリーダーとして称賛している。

 ここまで政治が混迷を極めると、その皺寄せは国民に及び、国益を損ねることにもなりかねない。自らの進退を明確にし、信念を貫き残りの時間を充実させることも、総理にとっての英断であるように思う。まずは、自らを省みて今何をするべきか、そして、菅総理にしかできないことは何かを理解し、潔い態度と、行動をとることが、国民や野党を説得することになるように思う。全てを投げ出して、直ぐ退陣などといっているのではない。菅さんにしかできないことを、迅速に遣り遂げ、その後潔く進退を明確にすることも大切なことではないか。国民の心に響かないことは、どんなにご自分で正しいと信じていても、政治家として為すべきことではない。国民を納得させ、前に進むことも大切なことだと私は政治の大切な役割の一つだと思う。
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by seizaikai_club | 2011-06-28 08:35 | 政治

アンジェラ・アキというシンガーソングライター

アンジェラ・アキというシンガーソングライター
2011年6月25日

皆さんご存知のように、アンジェラ・アキというシンガーソングライターがいる。非常に素敵な女性だ。彼女は、シンガーソングライターという枠では括りきれない存在だ。1人の女性、1人の人間として、非常に大きな存在である。そして、そんな彼女を歌の世界へと導いたのは、アメリカであった。アメリカには、人の感受性を磨き輝かせる不思議な力がある。私は、そう思っている。

国立近代美術館で9月5日まで行われる印象派絵画展の宣伝で、テレビ番組が放送されていた。アンジェラ・アキが番組のホステス(進行役)を務め、番組を進行し絵画展を宣伝していた。

その番組の中で、彼女がシンガーソングライターになった経緯、日本でのメジャーデビューに至る経緯を語っていた。あれだけの歌唱力があり、あれだけ人の心を揺さぶる歌声と詩を紡ぐ彼女でさえ、10年間の下積みがあったという。ハーフであるということで、理不尽な差別を受け挫けそうになったこともあるという。それでも、挫けずに夢を叶えた彼女は言う。「明確な目標設定することで、夢をは必ず叶う」と。そして、「夢は叶えるためにある」とも言っていた。

初めて彼女の歌声を耳にしたのは、何年前であっただろうか。もう思い出せない。まだ、彼女がメジャーデビューする前であった。車の中で、手に入れた彼女のインディーズ・レーベル時代のCDを初めて掛けた時、非常に大きな衝撃を受けた。そのことは、今でもハッキリと記憶に残っている。涙が止まらず、車を運転することができなくなった。道端に路上駐車して、溢れる涙を止めることができずに、曲を何度も聞いたことを覚えている。彼女の歌声は、詩と共に心を揺すぶった。そのことは、今でもまったく変わらない。

私は思う。彼女は、ただのシンガーソングライターではない。もっともっと、大きな意味ある何かを持ってこの世に降り立ち、歌と詩という手段を通じて、心を詠う稀有な存在であると。誰も真似できない、天使のような存在だと。

そんな彼女が、昨年「ANSWER」というアルバムを発表した。その中の「卒業〜十五の君へ〜」という曲が、話題を呼んだ。同年代の若者たちが共感を覚えたのだろう。キッカケは、NHK全国学校音楽コンクールであった。そのアルバムに同包されたDVDの「手紙」ドキュメンタリー・バージョンに映し出されていた映像は、私の子供たちが通う学校のキャンパスの四季であった。非常に嬉しく思った。何故なら、私は父子家庭で、子供たちと肩を寄せ合って18年間生きてきた。常に心掛けてきたことは、「心で感じ、愛を忘れない」ということである。そして、子供たちが通う学校は、そのことを大切にし、押し付けではなく子供たちに沢山の選択肢を与えてくれる素敵な学校だ。

片親での18年間は、紆余曲折色々なことがあった。だが、辛かったことや、苦労など負の感情全てが、アンジェラ・アキの歌声のバックで流れる子供たちが通う学校のキャンパスの四季の映像を見ることで、跡形もなく流された。まるで、アンジェラ・アキから「頑張りました」という花丸を貰ったような嬉しい気分であった。彼女の歌声と詩は、何度聞いても涙が止まらなくなる。何故なら、彼女には愛が溢れていて、綺麗な心を持っているからであろう。だから、皆の心が、彼女の歌声を通じ共振するのだと、私は思っている。本当に素敵な女性である。これからも、ずっと素敵な詩を素敵な歌声で皆に伝え、世界中の人々の心を共振させて欲しい。ありがとう。感謝。
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by seizaikai_club | 2011-06-25 12:35 | 教育

出会いと別れ、そして、人間には愛

出会いと別れ、そして、人間には愛
2011年6月21日

思い起こしてみると、たった51年の人生だが、多くの出会いと別れがあった。どの出会いも、どの別れも、深く印象に残り、私の人生の彩となっている。中でも、最も大きな出会いは、両親との出会いであろう。そして、最も悲しむべき別離は、亡父との死別である。生前は、ぶつかり合うことも多かった。だが、亡くなってみると、その大きさに気付かされ、日に日に亡父への思いは募る。そうしながら、私自身、「男とは」ということを学んできたような気がする。

次に大きな出会いと別れは、アメリカ時代の日系二世Kiyoshi Mizuno(水野清)との出会いと死別だ。渡米して直ぐ、私たちは出会った。私が通った最初の大学の留学生担当者が、偶然ベシー・ホリタという日系二世であった。皆から怖がられている女性であった。両親のお陰で礼儀作法を厳格に育てられた私は、礼儀正くしくベシーにも接していた。そのお陰で、皆が怖がるベシーさんは、私のことを非常に気に入ってくれ、色々面倒うを見てくれた。キヨシを紹介してくれたのもこのベシーであった。彼女の口癖は、「日本からの留学生は、日本人の礼儀正しい良いところを忘れている」ということであった。確かに、納得できる言葉である。アメリカに憧れ、渡米している日本人留学生の多くが、ある意味勘違いしているところがあった。日本人でありながら、アメリカ人振っているとでも言うのか。そんなところが、ベシーさんたち日系二世の鼻についていたのかもしれない。だが、彼らは、そんな日本からの来た日本人のことも助けてくれた。日本人同士が足の引っ張りあいばかりしていたが、日系人たちは、そんな了見の狭いことは決してしない。どんな状況かでも、日本人を助けてくれた。ある意味、日系人の方々は、渡米された当時のままで時間が止まり、日本人が本来持っていたが忘却してしまっている仁義忠孝礼の精神を、大切に守り継承している。

キヨシのことは、「ビック・ブラザー」と呼んで、兄弟のようにしていた。彼は、加州住友バンクの最後はバイス・プレジデントまでになった。歳は、私の母と同い年だった。だが、気が合って兄弟のようにしていた。何故なら、彼は彼の死の二年前に亡くなられたお母様を守り、ずっと独身を続けていたからだ。元々はシアトルの出身で、兄弟はシアトルのボーイング社で飛行機のエンジニアをしていた。他の兄弟姉妹は、ロスにいたようだ。そんな訳で、歳は離れていたが、彼は未だ青春の真っ只中で、私と気が合ったというわけだ。しかし、思い返してみると、彼はそういう風に振る舞い、私に気を遣わせないようにして、私の面倒を見てくれていたのだなと今は思っている。

彼は、日系人二世。彼の親は、名古屋からシアトルに移民したそうだ。そんな訳で、名古屋に今でもお母様のご兄弟姉妹がおり、2~3年に一度、お母様を伴って里帰りされていた。勿論、彼は戦争中マンザナ・キャンプ(日系人収容所)にいた。そして、親兄弟を守るために、忠誠書にサインをし、志願して軍隊に入った。終戦と同時に、通訳として日本に赴任していたと言っていた。キャンプのことや、戦争中のことに関しては、口が重かったのだが、私にはポロポロと色々話してくれた。貧しく、辛く、ひもじい時を過ごしていたようで、一緒にメキシカン料理を食べに行くと、いつもその頃のことを話してくれた。白いご飯なんか食べられず、藁のようなタマリが主食だったという話から、キャンプでの話をよくしてくれた。

彼らの中には、日系人の信頼をアメリカ社会の中でも確立しなければという意識が強かったようで、その気持ちが日系人442部隊を最強で最も信頼できる部隊にまで押し上げたようだ。そんな彼らの強い思いと、背水の陣で、「Go for broke」を合言葉に、ヨーロッパ戦線で窮地に陥ったテキサス連隊救出作戦を成功させ、アメリカ社会での信用を勝ち取った。勝ち取ったとは言っても、全てのアメリカ人が彼ら日系人を認めていた訳ではなく、差別は続いていた。だが、彼らは、差別を差別として口にだすことはなく、兎に角、直向きに、一生懸命汗水を流し、信用を一つ一つ積み上げていた。本当に頭の下がる思いで一杯だ。私の人生の中で、亡父とMr. Mizunoは、最も尊敬に値する存在である。このことは、永遠に変わらないだろう。キヨシは、私に、特別なことをするのではなく、一生懸命、地に足を付け、一歩一歩歩みを進めることの大切さを身をもって教えてくれた。感謝しても、しきれない思いで一杯だ。そんなキヨシは、私の家族と一緒にクリスマスを過ごした直後、自宅でひっそりと息を引き取っていた。正月明けから、人工透析が始まることになっていた。ところが、間に合わなかったのだ。生牡蠣を勧めたのが、悪かったのではと今でも後悔している。

次に大きな別れは、やはり妻との離婚であろう。子供たちのことを考えると、この罪の重さからは、一緒に死ぬまで逃れることはできないと思っている。勿論、子供たちは素直に育ってくれており、そのことで私を責めるようなことはない。だが、私の中では、この罪は非常に大きいと思っている。子供たちへ対しても、別れた妻に対しても、理由はどうあれ、男の私が全てを受け止めるべきであったと、今は深く反省いしている。結局は、男として私自身が青かったということだ。

順序は付けられないが、三番目に今回別離した、10年付き合った韓国人ガールフレンドとの別れが上がる。今回の震災や儒教の問題などが複雑に絡まり、私の思いだけではどうにもならない。しかも、今は日本にいない。遠いオーストラリアでは、どうにもしようがない。昔なら、オーストラリアだろうがどこだろうが、飛んでいったであろうが、今そこまでの力も気力もない。結局は、双方の愛が足りなかったのであろう。まあ、このことは、まだ湯気がでている状態なので、この場で語ることは控える。

次は、母方の叔母との死別だ。この叔母は、キヨシと同じく祖母を最期まで結婚せず守ってくれた叔母だ。だが、何があったかは知らないが、母たち姉妹はこの叔母が亡くなるまで縁を切っていた。最期は餓死のような状態で亡くなったらしい。心が痛む。何もできなかった私の罪は、これまた一生拭えないであろう。子供の頃、一番仲良くしていた叔母だけに、心が非常に痛む。例え何があろうとも、血を分けた姉妹ではないか。私には理解できない。亡父は、密かにこの叔母の面倒をみていたようだ。だが、亡父が亡くなり、叔母は兵糧攻めにあったような状態で旅立った。本当に申し訳ない。

まだまだ多くの出会いと別れがある。だが、若くして癌に倒れた、アメリカ時代の友人、日系三世のボブとの死別が次に入るであろう。ある日突然、私よりも若いボブから「もうこれが最後になると思う」と電話が入った。若かったので大腸癌から全身への転移も早く、どうしようもない状態だと彼は打ち明けた。まだ、子供が小さかった。だが、彼は言った。「手術を何回かしたが、もう楽になりたい。次の手術は拒絶する。だから、これが最期のお別れだ」と。彼は、ロックンローラーであった。葬式でも、大好きなローリングストンーンズが流されていた。随分と働きかけたが、彼と一番仲が良かった友2人は、葬式に来なかった。無理矢理にでも連れてくるべきであった。悔いが残る。

いくつかの出会いと別れを、ここに記載したが、結局のところ、「人間には愛」これしかないという結論に、私なりに至った。まだまだ、多くの出会いと別れが、今後も私の人生で続くのであろう。だが、これが人間の宿命なのかもしれない。そんな風に思う、今日この頃である。
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by seizaikai_club | 2011-06-21 15:37 | 今日の独り言

今政治がしなければならないこと

今政治がしなければならないこと
2011年6月19日

 震災から3ヶ月。だが、未だ被災地の不自由な環境下、苦しんでいる被災者がほとんどだ。家を失い、全ての財産を失い、身内を失い、悲しみ、苦しみ、そして、絶望感にさいなまれつつ、希望の光さえ見えない中、日々を必死に生きている。

 にもかかわらず、政治は空回りをし、政局ばかりの茶番劇を繰り返している。口ではお上手を言うが、何一つ形になってはおらず、被災者の救済さえ遅々として進まない。阪神大震災の際は、村山総理大臣がリーダーシップを発揮した。迷うことなく多くの時限立法をなし、臨機応変に復興へと歩みを進めた。ところが、今回の震災では、遅々として何も進まない。確かにわずかに動いているが、どの動きにも政治家や党の思惑や我欲が潜んでおり、素直に受け止めることができない。

 そのことは、福島原発に関しても同じだ。未曽有の原発事故であるにも関わらず、この期に及んで東電は天災を主張し、初動対処のまずさによる人災を否定する。結果、多くの人々は家を失い、路頭に迷っている。未来に何も希望を持つことさえできない。そのことは、個人だけでなく地元企業にとっても同じだ。あれだけ利益を貪ってきた東電が、企業に対する賠償金の上限額を200数十万円にするという。呆れてモノも言えない。このような状態になり、資金繰りが滞っている企業が、200数十万でどうなるかは誰の目にも明らかだ。東電自らは、電気料金を値上げして、自分たちの過ちを消費者である我々国民に転嫁するという。だが、地元企業は、そんな調子のよいことはできないのだ。悔し涙に明け暮れながら、倒産の道を選ぶしかない。経営者は、断腸の思いで決断を下さなければならないのだ。そのことを、東電幹部は、よく理解するべきである。

 東電には、東大出のエリート社員が大勢いる。日本のトップ企業と言われていた。だが、今回の対応を見ていると、東電がトップ企業でないことは一目瞭然だ。何故なら、消費者である我々国民を守らず、自分たちの生き残りばかりを優先しているからだ。その上、電気料金まで値上げして、自分たちの過ちを国民に補填するという。問題外というか最低である。

 このような状況下、政治家が今最優先でしなければならないことは、政局の茶番を繰り広げることではなく、被災者や被災地、そして、全ての国民を放射能の危険から守ることだ。このことは、与党民主党も、自民党をはじめとする野党も、どっちがどっちということではなく、肝に銘じて最優先で当たって頂きたい。一部の政治家が、菅が身を退かないならば、解散総選挙と叫んでいる。だが、今選挙何ぞしている時ではない。それこそ、被災者のこと、被災地のこと、国民のことを一つも考えていない証拠である。今しなければならないことは、大連立でもない。与党も野党もなく、兎に角復興や被災者救済のために、個別の案件で速やかに手を組み進めることだ。そして、東電に関しては、河野太郎氏の提案を幹とした改革を進めるべきである。但し、民間企業としての東電は一旦解散させるべきであると私は思う。何故なら、電気事業法自体に問題がある以上、一旦全てを白紙にして、電気事業法を改正し、東電も再編するべきである。

 東電を始め九電力は、国営にして発電のみに徹する。そうすることで、全ての電力を国が管理し、電力各社の組織を極力縮小化する。同時に、電気業界を自由化し、電力販売は自由競争で複数の民間会社が存在できるようにする。そこには、太陽光発電や風力発電の会社なども含め自由に競争させる。

 そうすることにより、電気料金を他国レベルまで引き下げられる。菅や孫正義が提案していた全戸にソーラパネルを設置してという案は、個人個人に設置させるのではなく、国が設置をし、設置場所賃貸料を各家庭に支払う。それらのソーラパネルから上がった電力も、国営となった電力会社が管理し民間電力販売会社に卸す。民間電力会社は、独自に太陽光発電や風力発電、地熱発電などを持ち発電することも可能にする。兎に角自由化して競争させる。また、問題となっている西と東の電圧を統一し、国営電力会社が管理する。そうすることで、天災が起こった際に全国で融通し合うことができるだけでなく、将来的には韓国などと海底電線により電力売買や天災の際に融通しあうことも可能になる。

 まだまだ、語れば色々あるが、兎に角、電気は国益に関わる最重要課題の一つとして、国が直接管理する体制にするべきである。そして、販売にあたっては自由化するべきだ。

 その第一歩を東電に踏ませることができるのは、菅であるように思う。何故なら、菅のみが東電の鼻薬を一度も嗅いでいないからだ。一日も早く、電気事業に関し新しい道をつけて、菅は総理の座を退けば良い。現状、誰が総理になっても、大して変りはない。今は、もう、誰がなったからといって、大きな違いが出る時期ではなく、兎に角実行に移す時期である。これらのことを理解して、全ての政治家は私利私欲を捨て、国民のために命懸けで頑張るべきであると私は思う。
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by seizaikai_club | 2011-06-19 23:35 | 政治

台湾付近海域が緊張状態

台湾付近海域が緊張状態
2011年6月10日

 これは、まだ日本政府にも届いていない極秘情報だが、現在、台湾南東海域が非常に緊張した状況になっている。勿論、中国海軍によるもの。7日前に、台湾政府からアメリカ政府へ対し、正式に要請が出ており、CIAとペンタゴンの隠密合同作戦として、既に嘉手納基地を中心に作戦が展開されている。嘉手納基地には、F22ラプタ ステルス戦闘機が配備され、グアム基地には、B2スピリート戦略爆撃機2機が既に配備された。台湾南東海域には、戦略原潜が1隻、日本海には攻撃型原潜が非公式に2隻配備された。それぞれの原潜には、オバマ大統領命令で核弾頭を装備したICBMトマホーク巡航ミサイルが各10基装備されている。この作戦の目的は、中国軍への牽制であり、核ミサイルが発射されることはないであろう。中国のスパイ衛星に、核弾頭搭載トマホークを装備した原潜が、配備されたことを見せるためということだ。スパイ衛星からは、核弾頭搭載艦か否かが識別できるので。既に、最新型戦闘機も含め複数の偵察機も台湾上空を昼夜を問わず飛んでいる。状況としては、非常に緊張した状況のようだ。これは、アメリカ側からではなく、中国側から出た動きに対しての作戦である。

 日本政府に伝えていない理由は、ホワイトハウスが、仙谷と枝野を要注意人物と見ているからだ。日本政府に情報を流すと、中国に情報が筒抜けだと見ているようである。政府はまだ知らないが、米軍から自衛隊幹部には非公式に伝えられているはず。
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by seizaikai_club | 2011-06-10 02:44 | アメリカ関係

菅総理不信任案の是非

菅総理不信任案の是非
2011年6月1日

 永田町では菅総理の不信任案が明日出される様子。前代未聞の為体だ。菅総理の手腕には、大いに問題がある。だが、この時期に、震災復興を最優先しなければならない状況にある今、それを差し置いて不信任案を出す永田町の懲りない面々の神経を疑う。この自分勝手で無神経な政治屋諸氏の姿勢と資質に、大いに疑問と憤りを覚える。今は、疑問や問題があっても、被災者と被災地復興を最優先に超党派で一丸となり切り抜けなければならぬ時。にもかかわらず、あろうことか、民主党員が民主党の首相に対しての不信任案に賛同するとは呆れ果てて開いた口が塞がらない。例え最低の総理でも、それを皆で補佐して、この国難を乗り越えることが被災者や国民を守るということになると思えないのか。

 国民を差し置いて、被災者を差し置いて、永田町ではまったくもって自分勝手な政争茶番が繰り返されている。もともと、民主党は右から左まで思想信条ではなく政権奪取目的で集まった烏合の衆 。その本性が、こんなに大事な時期に露呈したということであろう。だが、野党自民党も、政権を奪取されて以来の反省もあまりなく、代り映えのしない様子。そんな有様を見聞し、私自身更なる政界再編を望んではいたが、何もこの時期ではなくともいいではないか。国民を置き去りにした政治は、国を衰退させるだけ。結局資質もない人間が浮かれて政治屋になった結果であろう。

 このまま不信任案を強行するのであれば、せめて民主党内より不信任案に賛成した議員は、民主党からは離れるべきである。これでは、民主主義を冒涜しているとしか言えない。本来、辞職して国民に審判を問うべきである。だが、この時期に選挙などというバカげたこと自体、被災者や国民を置き去りにした政治とは言えない所業だ。一体、この国はどうなるのであろうか。懲りない永田町の面々には、全員退場して頂きたいというのが本音だ。もう我慢も限界、堪忍袋の緒も切れる。
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by seizaikai_club | 2011-06-01 23:02 | 政治

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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