政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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「災い転じて福となす」震災対策を政府は為すべき

「災い転じて福となす」震災対策を政府は為すべき
2011年4月30日

 既に3.11の大震災より、50日以上の時間が流れ去った。これまで何回か被災地を訪問させて頂いた。最初は、言葉もでなかった。止めようと思っても涙が止まらなかった。地域により、この震災で背負ったものは微妙に違う。家族によっても、微妙に違う。だが、共通しているのは、皆一瞬にして奈落の底に突き落とされたということだ。そして、困難で厳し状況下にもかかわらず、被災者の皆さんは助け合い、一生懸命頑張っている。私たちは、この震災から色々なことを学んだ。それは、この未曽有の危機にあたり、忘却していた日本人独特の「和の精神」を回帰し、手を取り合い、心を通わせ、温かい助け合いが、人々を目に見えない絆で結んでいることだ。このことは、不幸中の幸い、被災された方々も、そうでない我々も、日本中の皆の心に響いている。この絆を目の当りにすると、「感謝」という言葉しか浮かばない。

 このような状況下、政府は何をしているのかと問いたい。確かに、一生懸命現場の人々は頑張ってくれている。だが、永田町の魑魅魍魎たちは、私利私欲思惑という垢を未だ拭い去ることもできず、痴態を晒している。国民は一丸となって必死に前を向いているのに、政府や原発事故当事者である東京電力は、自分たちの責任転嫁ばかりで、くだらない茶番を演じている。未曽有の天災であることは間違いない。だが、震災後の対応は、必ずしも天災とはいえない。どう見ても人災である。そして、そのような状況下、責任のなすり合いなどしている暇はない。そんな汚らわしいことは考えず、無心で政府と一体になり、被災した人々を助けるという姿勢が当然であるはずだ。まったくもって、信じられない。いや、強い憤りを覚える。そんな邪な思惑なしに、必死に対応する姿勢を見れば、国民を東電ばかりを責めることはしないであろう。だが、今の東電の姿、政府の対応を見ていれば、どちらも許すわけにはいかないのは当然だ。

 確かに、非常に厳しい状況にある。だが、それでも前を向いて未曽有の天災には、既成概念に囚われないアイデアを拒絶するのではなく、何でも試し、災いを福となしてしかるべきではないか。国民が苦難の中、一丸となり前向きに頑張っているのに、政府も東電も後ろ向きな保身ばかりを気にした対応を続けていることは、国益に反する大きな犯罪行為とさえいえる。

 今が大変なことはわかる。だが、この危機を乗り切れば、そこから得た危機管理の新しい術を構築し、原子力発電を持つ諸外国に示すことだってできるではないか。また、そんな負を正に変えるような発想での対応に、諸外国も一目おくであろう。ところが、今の政府や東電の対応は、まったく逆だ。国際社会において、日本人はあんなに一生懸命一丸になって頑張っているが、日本政府や当事者の東京電力は、現場の人々は別にして、一体何をやっているのかと、時間の経過と共に負の評価をするようになってしまうであろう。

 今こそ正念場である。人間には、不可能はない。一生懸命頑張れば、必ず打開策はある。この困難を乗り越え、国民の命を守り抜けば、必ずそのことは目に見えない評価となって返ってくるはずだ。「安全な原発」、「万が一にも対応できる原発」という世界的にも評価される、経験したからこそ得られる「原発パック」のような形で、他国に紹介し販売することだって可能になるはずだ。そうすれば、大きな損出さえも取り返すことだって可能かもしれない。今のように、負の発想ばかりしていれば、逆に原発だけでなく、日本という国の信用も地に落ちてしまう。例え、日本人が評価されても、国としての日本が奈落の底に落ちれば、経済も含め、日本の国が立ち直ることはできないであろう。そのことを、日本政府はよく噛みしめ、理解して対応して頂きたい。心底よりお願いする。苦難をチャンスに変えるような発想、それが今の日本政府には欠けている。そう思えてならない。私だけであろうか。
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by seizaikai_club | 2011-04-30 21:40 | 政治

復興への足音が聞こえ出した三度目の被災地取材

復興への足音が聞こえ出した三度目の被災地取材
2011年4月15日

 昨日、三度目の被災地取材に赴いた。被災からどういう風に変化していくかを見たく、同間隔で10日ごとに被災地を訪問している。そして、昨日は愚息を同伴した。愚息は、この3月に高等科を卒業し同学内で進学した。だが、地震の影響で、卒業に当たっての予定が大幅に変更された。彼にとって、きっとこの大震災は記憶に残る出来事であったはずと私は思った。人生に於いて、この時期の体験は一生心に残り、その後の人生を左右するようなインパクトを持つ。特に、良いことばかりでなく、このような悲惨な状況を目の当たりにすることにより、人間は心を動かすことができるようになり、大きな学びを得ることになる。そんな期待感を抱きつつ、取材に愚息を同伴することを決めた。幸い仕事仲間が賛同してくれ、快く同伴を許可してくれた。感謝する。

 愚息は、赤ん坊の頃、大きな天災を経験している。彼自身は覚えていないだろうが、18年前鹿児島を襲った水害で、海に流され多くの犠牲者をだした電車の一本前の電車に、籠に愚息を入れて私は元妻と共に乗車していたのだ。一瞬の機転で、下車後側にあったホテルの三階に避難し九死に一生を得た。あと5分遅かったら、多分流されていただろう。ホテルの三階から襲い来る大量の水を眺め、背筋に寒い物を感じた記憶は、今でもハッキリと私の身体に刻み込まれている。申し訳ない。話が逸れてしまった。東日本大震災被災地の話に戻す。

 被災地は、間違いなく一歩一歩歩みを進めている。あんなに悲惨な状況にある地獄のような津波被災地が、復興できるのであろうかと当初は心配した。正直、私自身、シャッターを押すことにも躊躇い、ペンを走らせることもできなかった。涙と嗚咽が、止めようとしても止まらなかった。それほど、酷かった。地震の被災地というよりも、嘗てスリランカの内戦取材で見た、戦場のような光景であった。だが、10日前に訪問した二回目の取材では、震災被災地で復興が進み正直驚かされた。それでも、津波被災地はまだ行方不明者の捜索段階を脱しておらず、復興には程遠いという印象を受けて帰路についた。どんよりと曇った津波被災地は、別世界のように感じた。震災被災地と津波被災地では明暗を分け、天国と地獄のようであった。勿論震災被災地の被災者たちも、悲しみや苦しみを背負っていた。しかし、津波被災地はそういう域ではなかった。正に奈落の底に突き落とされたような感じであった。そんな厳しい状況下でも、人々は落胆の色を払拭しようと必死に前を向いていたことが非常に印象的であった。人間とは何と強い存在なのだ、と驚かされた。

 そして、今回の取材で、その思いをより強く感じた。震災被災地、特に仙台市内などは、ほとんど震災前と同じ状態に戻っていた。勿論、まだまだ不自由も多々あるのだろうが、表面的には平常に戻っていた。一番驚かされたことは、この10日間で、津波被災地も復興へ向かって、前を向き大きな一歩を確実に踏み出していたことだ。もう、行方不明者捜索段階ではない。復興へ向けての動きにかわりつつあった。勿論、まだまだ瓦礫の山はある。だが、不思議なことに、気候が移ろい温かくなったことで、溜まり水が大分引いた。その結果、重機が瓦礫の荒れ野に入れるようになり、瓦礫を撤去できるようになっている。至る所に散在していた被災車が撤去され、多くの瓦礫が運び出されていた。人々も、流されずに残った数少ない家々に何とか戻ろうと汗と泥にまみれながら、必死に希望の光を追いかけていた。彼らの姿には、最初の取材で流した涙とは違う涙が零れた。本当に人間の強さを実感させられた。人間とは、如何なる状況に突き落とされても、必ず這い上がってくる。絶対に負けない強靭な精神と肉体を持っているのだな、と強く実感させられた。このことは、大きな変化の1つだと思った。

 変化という意味では、被災地の管理体制なども含め、雰囲気が大いに変わっていた。10日前の取材の際は、タクシーで乗り付ける見物人までいた。被災住民と心無い野次馬との間に、無言だが重たい空気が充満していた。だが、今回は、空気が晴々していた。それには二つの理由がある。1つは、津波被災地へ繋がる道の全てに警察の検問が置かれ、復興作業に携わるトラック、警察官、消防士、多くの自衛隊と米軍、許可されたボランティア、そして、身分証ならびに取材許可を受けている我々報道関係者以外の人間を津波被災地からシャットアウトしたことだ。そうすることで空気が大幅に変わった。もう1つは、被災者の方々の意識が、絶望から小さいながら希望に向かって動き出したことではないかと私は思った。その心の変化が非常に大きいのではと感じた。その結果、心の余裕が多少なりともできてきたのではないか。例えば、前二回の取材では見ることができなかった、献花が至る所で見られた。花を手向けるということは、小さなことに感じるが非常に大きなことであると私は思う。心の持ち様で、花を綺麗と感じられる余裕が心にできる。ということは、被災者の方々や被災地復興に携わる人々に、花を手向ける心のゆとりができてきたということである。そういう気持ちこそが、絶望感から前向きの心持ちに変わり復興の速度を速めると信じる。本当に人間とは素晴らしい力を持った生き物だ。今更ながら実感させられる。

 それにしても、水の力とは恐ろしい。津波という水の力によって、人も街も押し流され一瞬にして地獄と化した。震災後は、溜まってしまった津波による水溜りにより、瓦礫の処理を困難にし、人々を奈落の底に突き落とし涙まで枯らせてしまった。にもかかわらず、津波被災地の海岸線から眺める海は、嘘のように静かで、穏やかで、心を和ませてくれる。今回はもう、前回依然浮遊していた瓦礫など一つもない。同じ海なのに、今は美しく静かに輝いている。そんな状況下、津波によって全てを流され身内まで亡くしてしまった漁師の1人が、それでも「海は宝だ」と言った言葉が非常に印象的であった。自然は時として途轍もない大きな力で、人間を翻弄する。だが、そんな理不尽な力の犠牲になり翻弄されながらも、めげることなく前を向いて生きる人間の強さと素晴らしさを目の当たりにした三度目の取材であった。感謝。
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by seizaikai_club | 2011-04-15 09:36

遅々として進まぬ復興融資

遅々として進まぬ復興融資
2011年4月13日

 被災地に行くと、着々と復興が進んでいることを実感できる。但し、震災被災地と津波被災地では大きな差がある。改めて津波の恐ろしさを感じざるを得ない。

 ところで、福島を始め多くの被災地では中小企業工場などが、被災してしまい壊れてしまった工場などを直して仕事を始めたいと思っている。ところが、地域差もあるが、復興融資がなかなか遅々としてスタートされない。既に、日本銀行からは一兆円規模の復興融資資金が現地銀行や信金などの金融機関へ融資されることになった。だが、実際には、末端の被災企業には行き渡っていない。それらの企業や工場は、仕事ができない上、従業員の人件費が大きな負担となり、二進も三進もいかない状況に追い込まれている。震災被害、津波被害、その上、復興融資遅滞という、度重なる災難続きに疲弊しきっている。

 私が取材にいっている福島県内の複数の中小企業工場も、そんな災難に苦しんでいる。それだけではない、今回の地震で酷い事実が露呈し怒りに震えている。

 怒りとは、詐欺のような事実が今回の地震で発覚したのだ。彼らは、福島県外から福島県内のある場所に開発されたビジネス地区に誘致され、引っ越してきてその場所で工場経営をしていた。中には、中国系の企業もある。誘致に当たっては、その村の村長も大きく関わった。そのK村長は、W代議士と非常に近い存在にあったという。ところが、その村長、複数の汚職事件に関わり逮捕された。また、村長周辺では、複数の関係者が自殺をしたり謎の死を遂げた。そこまでは単なる贈収賄事件ということになるであろう。だが、今回の地震で大きな問題が起こった。それらのビジネス地区で、酷い液状化現象が起こり、調べてみると嘗て池であった土地を産業廃棄物で埋め立て、ビジネス地区として他県の業者たちに売ったということが発覚したのだ。単なる液状化ではない。地面は酸化していて、それらの企業の業務に大きな影響がでているというのだ。ところが、その村長は既に亡くなっており、村はそのことに関し逃げを決め込んでいるというのだ。それだけでない、他の地区が既に復興融資の受付を開始していたにも関わらず、その村では今週になってやっと受付を開始したというのだ。それも乗り気ではない姿勢なのだ。誘致された複数の企業は、もう被災後1か月も経っているのに進展がなく、先の見えないトンネルに追い込まれたような状況にある。明日から、三度目の取材に被災地を訪問する。さらなる事実を掘り起こすつもりである。
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by seizaikai_club | 2011-04-13 22:12 | 政治

櫻井よしこ執筆記事「政権による政治的人災」に共感

櫻井よしこ執筆記事「政権による政治的人災」に共感
2011年4月13日

 本日の産経新聞朝刊に、「菅首相に申す」という見出しで櫻井よしこ女史が、震災後の政府対応に関し意見記事を執筆している。非常に共感できる部分が多い。櫻井女史曰く、2002年までの18年間、日米両国のGE原子力関連会社に勤務した佐藤暁氏が、震災後4月4日夕刻から翌朝7時まで14時間をかけて、東北道上、磐越自動車道上、常磐自動車道上全行程で、5キロごとに放射線レベルと地面の汚染測定をした結果、政府発表とは異なる高い数値が測定されたということだ。政府発表による放射能度が高いといわれる、所謂立ち入り禁止区域20キロ30キロをはるかに超えた広範囲で、高い数値が観測されたという。この事実は、注目せざるを得ないと櫻井女史はしている。同感だ。

 私自身も、震災後、10日ごとに被災地を訪問し取材を続け、明日も3度目の取材のため、再び被災地に入る予定になっている。原発より50キロ地点より白河、郡山地域では、何とも具体的には言えないが動物的本能で危機感を覚える。実際に、この地域に入った後、ずっと酷い頭痛が続く。今でもその頭痛に苦しめられている。因果関係を証明できるわけではないので、この頭痛が原発の放射能によるものと断定はできない。だが、動物的本能で身体に危機感を覚えていることは確かだ。

 更に櫻井女史は、今回の政府対応ならびに菅首相の対応は、未来永劫国民の期待に応えることはできないと断言している。伊藤博文の「国に組織ありて而して後国始めて始動す」という言葉を引用して、菅総理の考えも指示も思いつきの次元にとどまり折角の新組織が機能していないと指摘している。そして、国民とは、国家を信じることができたとき、強い力を発揮すると締め括っている。その通りだと私も思う。アメリカ人が正にそうである。彼らは何やかやといって、究極の部分で国家を信用している。そのことは、人質事件や危機的な事故の際のアメリカ政府の対応が、国民を信用させているからだ。例え一人のアメリカ人でも、人質になれば、アメリカ軍はじめ関係機関は、24時間以内に現地に入る。如何なる理由があろうとも例外はない。そのことを、アメリカ人は体験から学んでいる。よって、自分はアメリカによって救出されると信じる。日本には、この一番大切な部分での国民と政府の信頼関係がなりたっていない。当然ながら忠誠心も生まれない。皆無と言っても過言ではない。国を信頼できない国民ほど、不幸な国民はない。私はそう思う。
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by seizaikai_club | 2011-04-13 16:38 | 政治

福島県政二極構造 渡部恒三派VS佐藤栄佐久派

福島県政二極構造 渡部恒三派VS佐藤栄佐久派
2011年4月6日

 福島県政の構図が段々明らかになってきた。端的に言えば、渡部恒三派VS 佐藤栄佐久派ということだ。現福島県知事佐藤雄平は、渡部恒三の甥であり嘗て渡部恒三の秘書として長年勤めていた人物だ。佐藤栄佐久派は、実弟佐藤祐二が裏で実権を握り、佐藤栄佐久の娘婿は現内閣府特命担当大臣(科学技術政策担当)玄葉光一郎氏だ。2006年の佐藤栄佐久元福島県知事逮捕は、渡部派による弔い合戦の色が濃い。冷静な目で見れば、どちらが正しいとも言えない。言うならば、どちらも福島県を食い物にして金儲けをし、県民を利用し騙した同じ穴のムジナといえる。

 渡部恒三派は、甥であり元自分の秘書であった佐藤雄平氏が知事になるやいなや、東電と足並みをそろえる動きを見せ、昨年8月にはプルサーマルを受け入れ、早速核燃料リサイクル交付金を受け取った。この件に関し、佐藤栄佐久氏は、議会でまともな議論もされずに通してしまい、その結果、3月11日の震災で、福島原発は大事故になり大変なことになっていると抗議を入れている。指摘は正しい。東電から流れた金の行先や経路は、これから解明されるであろう。

その佐藤栄佐久派側では、佐藤栄佐久氏が先の事件に関し無罪を訴え続けている。だが、佐藤栄佐久派には、福島県民なら誰もが知る二重構造が存在している。佐藤栄佐久氏は表看板で、実務を担当し、県政を裏で動かし集金活動のために色々していたのは、実弟の佐藤祐二である。この佐藤祐二に睨まれると、福島で商売はできないと言われている。実際に、東日本ハウス、大越工業や間建設などは、佐藤栄佐久県政時代、各種嫌がらせなどで商売が成り立たなくなり、福島から撤退した。佐藤栄佐久氏自体は、表看板で綺麗事しか言わず、そんな表面を見て、多くの県民は英雄のように思い支持している。それは、原発反対を旗印にしていれば、県民の支持は得やすかったはずだ。もし、東電と深い関係にある水谷建設とのことがなければ、確かに福島の英雄でいられたのかもしれない。だが、実際には、実弟がやったといっても、公人である以上それは通らない。残念なことだ。

あの事件からもわかるように、佐藤栄佐久派の実際の大将は、実弟祐二である。この実弟佐藤祐二は、郡山三東スーツという会社の社長だ。この会社では、自衛隊の制服や国体のユニフォームなどを扱っている。事件当時も報道されていたが、県発注工事の入札に影響力を持っていたことは事実だ。建設業者の間では、佐藤祐二に睨まれたら、福島で仕事を取ることはできなとまで言わしめていた。酒宴の席での佐藤祐二の口癖は、「玄葉光一郎は、俺があそこまでしてやった」だそうだ。本人曰く、随分と金を流してやっているとも言っていたという。祐二は、赤坂に高級マンションも所有しているようで、金回りが非常に良い。地元では、グレーのスーツで冴えないオヤジ風だそうだが、赤坂や六本木では、紫のスーツなど着てヤクザっぽい派手な雰囲気で豪遊していたことは、複数の人間に目撃されている。そもそも、福島県関係の東京での豪遊先は、赤坂が中心であり、赤坂の飲食店のママたちの間でも有名な話であった。佐藤栄佐久氏は、実弟祐二の操り人形とさえいう関係者までいる。まるで県政を牛耳っているのは実弟祐二のようでさえあったという。5期18年の間に、実弟が福島の利権を好き勝手にしていたということだ。

 だが、ここで一つだけ言っておく。上記のようなことがあったからといって、玄葉光一郎までがその汚い金に手を染めていたとはいえない。いや、思いたくない。彼は、これからの日本の政治に必要な政治家の一人であると個人的にも思っている。彼が関係ないことを今は祈るばかりだ。(つづく)
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by seizaikai_club | 2011-04-06 18:49 | 政治

佐藤栄佐久元福島県知事と渡部恒三民主党最高顧問と東電による原発に立ちこめる黒い霧(その1)

佐藤栄佐久元福島県知事と渡部恒三民主党最高顧問と東電による
原発に立ち込める黒い霧(その1)
2011年3月3日

 今回の震災後、ずっと不思議に思っていたことがる。それは、福島原発があんなに大変なことになっているにもかかわらず、地元選出の代議士であり、現政権民主党の最高顧問でもある渡部恒三代議士や小沢一郎代議士が、声を潜め静かにしていることだ。ここにきて、小沢一郎代議士は、政府の原発対応に関し批判的な発言をしたりしだしたが、それでも鳴りを潜めているといえる。この二人だけでなく、東北地方を地元とする多くの政治家だけでなく政治家たちの被災対策に対する顔がまったく見えてこなかった。ここにきてやっと、少し動きが見えてきたが、まだまだ自分たちの自己アピールの域をでていない人たちの方が多い。中には、非常に積極的に汗水ながしている議員もいらっしゃるが、一握りだ。

 こういう議員たちの対応を見ていると、政治家としての資質が自然に見えてしまう。特に大物議員などと世間で言われている議員たちの本性、人となりが露呈する。特に渡部恒三と小沢一郎に関しては、今回の震災で大分支持ポイントが落ちたことは間違いない。

 その辺のことを地元民がどのように感じているかを知りたく、二度目の取材のため被災地訪問を行った。最初に、厳しい状況の中、必死に、一生懸命生きている被災者の方々には、このような非常時に、皆さんの複雑な感情への配慮足らずで、取材をさせて頂いた失礼をお詫び申し上げます。何卒ご容赦ください。

 さて、本題に入らせて頂く。地元一般被災者や原発関係被災者に取材をしてみると、必ず出てくる名前がある。それは、2006年9月25日に逮捕された佐藤栄佐久前福島県知事と渡部恒三民主党最高顧問の名前だ。そして、何故福島原発だけ、他の原発とは違い福島という名前が付けられているのか、そのことを恨むという被災者や福島県民は多い。福島原発と名付けられているため、必要以上の風評被害が福島県全体に及んでいることが、県民たちにそのような感情を持たせる原因だ。何故福島原発と名付けられたかの理由は、政治を知るものであれば、直ぐに理解できるはずだ。それには、地元選出の代議士の影響が大きい。何故なら、政治家という生き物は自己顕示欲が非常に強くナルシストだ。自分の出身県のこと、特に自分が関わって成ったことを自慢したいのだ。そんな理由で、福島原発に他の原発のように町名など場所名が命名されずに、県名が名付けられたのだ。だが、原発事故が起り、そのことが仇となっている。原発事故、福島、放射能という印象が付いてしまい、全国の人々は建て前では応援、という言葉で励ましをしているが本音では、放射能に汚染されている可能性がある野菜や肉や乳製品など口にしたくないという気持になってしまっている。残念なことだ。

 ところで佐藤栄佐久って誰? という読者も多いと思うので簡単に説明しておく。佐藤栄佐久といっても、総理大臣ではない。よく見ると名前の字が少々違う。彼は、元参議院議員で前福島県知事だ。2006年(平成18年)7月に、水谷建設とNPO法人レインボーブリッジの絡む一連の不正事件で、実弟佐藤祐二が営む縫製会社が、不正な土地取引の疑いで検察の取り調べを受け、9月25日には祐二が競売入札妨害の疑いで逮捕された。ここに出てくる水谷建設とNPO法人レインボーブリッジという二つの法人は、非常に重要なキーポイントになる。水谷建設は、知る人ぞ知る東京電力と非常に密接な関係にある建設会社だ。小沢一郎の政治団体による金銭の流れにも深くかかわり、社名が何度もでた会社である。また、NPO法人レインボーブリッジは、北朝鮮との関係が何度も取りざたされた法人である。どちらも叩けばいくらでも埃が出る法人だと、捜査関係者はボソッと呟いた。

 この佐藤栄佐久前福島県知事、基本的には原発反対の立場を全面に押し出している。その辺で渡部恒三とは相対する立場にいる。だが、本音はどうだかわからない。原発付近の住民によると、東電からお金が流れるか流れないかで対応が変わるという噂が流れていたそうだ。実際、原発付近の住民の電気代を佐藤前知事が交渉して半永久的に無料にしてくれていたので、地元では佐藤前知事には感謝していることもあり、金を受け取っているに違いないと言われることで佐藤前知事を批判できないでいるということだ。だが、原発がこんなことになれば、話は違ってくる。地元民の多くからも、批判の声がでている。

 この話を裏付けるような話が、捜査関係者から独り言を聞いたことに、という約束のもと聞き出せた。それは何かというと、佐藤前知事逮捕のキッカケは、東電関係者からの決め手と情報提供であったというのだ。そして、その理由は、佐藤兄弟にあまりにも執拗に金を無心された東電が、困り果てた末に警察関係者へ、逮捕の決め手となる情報提供をしたということだ。このことが、佐藤前知事逮捕のキッカケとなった。この事件の判決を左右するのは、水谷建設会長の証言である。だが、水谷建設会長の証言は、小沢一郎への不正献金問題に於いても、彼は頑として嘘を突き通し乗り越えた。関係者は、彼の証言は信頼度が低いと見ている。そのような状況下でありながらも、佐藤前知事の判決は二審で有罪となった。何だか複雑に聞こえてくる。だが、そんなに難しい話ではない。当事者が、嘘を付いて助かろうとしているので話が複雑になっているだけだ。司法の判断は別として、同じような顔ぶれで、同じようなことが起こっているということは、我々が想像するようなことが起こっていたと考える方が間違いないといえる。水谷建設元会長と私の亡父とは、非常に親しい仲であった。人柄はもの凄く良い人物である。好印象しかない。だが、中堅建設会社ということで、常に仕事を取るために色々と苦労しており、危ない橋を渡ってしまったのであろう。実は、この水谷建設、直接東電との取引はないが、大手ゼネコンを通し下請建設会社としてダム建設なども複数受けており、東電とは非常に深い関係にあった。小沢一郎も東電とは深い関係、渡部恒三も東電とは深い関係、そして、佐藤栄佐久も東電とは深い関係にあったのだ。まあ、地元の政治家であるのだから当然といえば当然である。だが福島県は、知る人ぞ知る贈収賄や汚職が当たり前のように行われていることでも知られる県だ。そもそも、渡部恒三も小沢一郎も、田中角栄派の政治家であった。金権体質であることは誰もが知っている。お金を貰うことに何の躊躇いもない体質の政治家たちなのだ。(つづく)

お詫び:
取材の段階でも、現知事の佐藤雄平氏と前知事の佐藤栄佐久氏を混同してしまい、自分の中でももう一つしっくりと理解できずにいた部分がありました。そのまま焦って書き始めてしまいましたが、この両佐藤氏に関して混同して書いてしまったことに対しご指摘がyahooブログであったので書き直させて頂きました。プルサーマルを許諾し60億円を国から補助金として受け取りながら、今回の事故を機会に拒絶の意を示しているのが、渡辺恒三氏の甥であり現福島県知事の佐藤雄平氏であります。誘致とプルサーマルで、二度美味しいということです。佐藤栄佐久前知事と渡辺恒三氏は対立関係にあり、その原因は原発利権です。そのため、佐藤栄佐久前知事は兄弟で東電を突っつき続けており、困った東電が司法に泣きつき逮捕となったということです。
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by seizaikai_club | 2011-04-04 23:22 | 核関連

経済産業省と東電よりの天下り天国原子力整備促進資金管理センター

経済産業省と東電よりの天下り天国原子力整備促進資金管理センター
2011年4月4日


原子力環境整備促進・資金管理センターという天下り団体がある。

専務理事は経産省の天下り、10人の評議員のうち8人は電力又は
原子力村出身。

この団体に、電力業界は3兆円を超えるお金を積み立てている。そ
のうち使用済燃料再処理等積立金には6年間で2兆4491億円を
積み立てた。この約4割は東京電力が消費者から徴収したお金だ。
法律を変えれば、この積立金を福島原発の損害賠償に使うことがで
きる。電気料金の値上げなどを大臣が口走る前にやれることはたく
さんある。

これは再処理に使うお金だ云々と言うかもしれないが、これだけの
事故を引き起こして、まだ新規立地を進めるのか。もんじゅのこの
現状を目の当たりにして、まだ、再処理を進めるのか。絵空事を言
う前に、きちんと損害賠償を行わせるべきだ。

もちろんこれに加えて、電力会社は社内に数々の引当金を積み立て
ている。

責任を持って、政府が電力会社の賠償能力を明確にすべきではない
か。

(河野太郎代議士 「ごまめの歯ぎしり」より転載)
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by seizaikai_club | 2011-04-04 10:20 | 核関連

原発4号機の知られざる危機

原発4号機の知られざる危機
2011年4月3日

 前回、10日前の取材時、複数の原発関係者が、原発4号機の危機を囁く声を聞き不思議な思いに駆られつつも時間切れで帰ってきた。その疑問を抱いたまま、今回は被災地入りした。前回よりも今回は北上しての取材であったため、行動範囲が広く、また別目的の取材があったので、前回同様このことに関しての取材は短時間になってしまった。だが、一言でいえば、4号機に関しての関係者が抱く危機感とは、使用済み燃料棒の数であるということが分かった。他の号機に比較すると格段に多くの使用済み燃料棒が4号機に保管されている。他号機の使用済み燃料棒の数は各機500本前後。ところが、4号機には、1400本もの余熱をまだ強く発する使用済み燃料棒が保管されているということだ。本数が大きければ、冷却水の蒸発する速度も速い。冷却水の量も余計に必要となる。当然ながら、十分に冷却できなければ熱が上がる。そうなれば、臨界点に達する危険が高まる。今のところ、静かにしている4号機を懸念する関係者が多いことは、こういうことであったのだ。

 政府発表では、4号機は停止されていたことが強調されているので、国民の多くは安全だと思い込んでいる。だが、実は4号機は大きな問題を抱えているということになる。そもそも、どの号機に関しても、循環冷却できていない状態で、消防車や給水車を利用しての冷却には限度がある。ずっと続けることもできないし、当然汚染された水が増えるという問題もある。それらの水の処分という問題もある。原発は、まだまだ目を離せない状況であるということだ。
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by seizaikai_club | 2011-04-03 14:17 | 核関連

十日目の被災地

十日目の被災地
2011年4月3日

 昨日午前5時出発で、再度被災地取材に出かけた。この10日間での変化はめざましい。津波被災地以外の震災被災地での復興速度は速い。これは、やはり震災に対する対応策を日本は持っていることの表れであると思った。

 そもそも、阪神大震災などと比較しても、地震被災地としては阪神大震災の方が酷いなという印象であった。これは、揺れが阪神大震災よりも小さかったという意味ではなく、揺れのタイプが違ったことと震源が直下であったか、少し離れた海の下であったことが影響しているのだろうなと想像した。今回の揺れは、非常に長かった分、力は分散されたのかもしれない。また、直下と違い、瞬間の破壊力に差があったのではと思われる。

 津波被災地を見てみると、第一印象は一変された。津波被災地の状況は目を疑う悲惨なものであった。阪神大震災では、津波被害はなかった。被災者には申し訳ないが、一言でいえば地獄絵である。地震被災地というよりも、戦場という印象だ。

 この10日間で、震災だけの地域と津波被害のある地域での大きな違いは、復興速度といえる。震災被災地の復興は目覚ましい。それに引き替え、津波被災地の復興速度は遅々として進まない。勿論、自衛隊を筆頭に、各地の消防士、警察官たちが弛まぬ努力が継続してくれている。だが、正直に言えば、津波被災地は、まだ復興という段階ではなく依然捜索段階だ。地獄絵のままだ。見渡せば、静かに凪いだ海が広がっている。この海があんな大暴れをしたとは信じられない。海辺の堤防の上から振り返れば、そこには地獄絵が広がっている。その大きく長い防波堤も、地面のアスファルトから離れ海側へ移動している。引き波に流されたのか、地殻変動で押し戻されたのかそれは不明だ。

 津波被災地域の被災状況は、段々に明らかになってきた。今回は前回の取材とは違い、詳細まで見聞ことができた。よく見ると、津波被災地の多くの地面は、砂地を土台とした地面を固め、その上をアスファルトやコンクリートで固めた「砂上の楼閣」的な建築物が多い。そのため、津波の威力だけでなく地表ごと津波に押し流されたという印象だ。津波にとって、津波被災地を総なめすることは容易かったのであろう。被災地の中に、ポツンポツンと流されずに残っている建造物がある。これらの建物は、土台となる鉄骨が地面深く打ち込まれている建物であることが分かった。そもそも、電柱はグニャグニャに折れ曲がり、深く打ち込まれていない鉄骨は、針金のように酷く折れ曲がっている。大きな石でできた記念碑が、根元からポッキリと折れて流されている。本当に、人間の想像を絶する光景だ。まだ、海上にも多くの浮遊物がある。復興という状態までに進めるまでには、まだまだ時間が掛かりそうだ。現状、まだ捜査を続けなければならないことは一目瞭然である。しかし、一日も早く復興へ一歩を踏み出せるよう、心の底から祈る。そして、命を落とされた被災者の皆様のご冥福をお祈りさせて頂く。

 最後に追記しておくが、震災地域で目立ったことは、大きなガラス作りの自動車販売店店舗などは、ことごとくガラスが割れてしまって営業ができない状態が続いている。また、パチンコ屋やゲームセンターなどの巨大娯楽施設の多くが大きな被害を受けていることも特徴といえる。きっと、これらの娯楽施設は、天井が高く作ってある所為であるのだろうと感じた。多分、建造物の建築状態によって、このようなことが起きているのだと思う。建物が新しい古いは関係ない。古い建物でもビクともせずに残っている建物は多い。手抜き工事をした建物などは、大きな被害を受けている。一目瞭然である。ブロック塀などは、手抜きか否かが一目瞭然。鉄骨を入れていなかったり、半分しか入れていなかったり、スカスカで入れていたり、一面構造のようなブロック塀は、見事に全て倒れている。それに引き替え、しっかりと鉄骨がはいり、二辺、三辺、四辺構造にしてあるブロック塀は、ビクともしていない。驚いたことは、阪神大震災の時もそうであったが、昨今流行っているパナソニック住宅や三沢ハウスなどのような、組み立て住宅は全てビクともせずに残っている。このことは、阪神大震災の時にも特徴として記述したが今回も記載しておく。
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by seizaikai_club | 2011-04-03 13:46 | 今日の独り言

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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