政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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水面下で緊張感高まる朝鮮半島情勢

水面下で緊張感高まる朝鮮半島情勢
2007年1月26日

 年明け早々少々ばたついていたため、タイムリーに更新できなかったことを、まずはお詫び申し上げる。

 ここにきて、マスコミが北朝鮮のことを話題にする頻度が、少々低くなってきている。ここのところは、もっぱら六カ国協議再開の頃合いについての報道ばかりである。先日、17日にヒル国務次官補が、表向きは講演目的でドイツのベルリンに赴いた。そのヒル国務次官補を追うように、北朝鮮の金桂寛(キム・ゲガン)外務次官もベルリンに赴き、非公式で米朝二国間協議が行われた。北朝鮮側の担当官が、ベルリンまで出向いたということで、米朝間の力関係が、ここにきて逆転していることを露呈したできごとであった。

 その後、ヒル国務次官補は、19日に韓国ソウル、20日に中国北京、そして、最終日21日に東京を訪れた。この時のヒル国務次官補の様子は、非常に明るかった。ここしばらく沈痛な面持ちが多かったヒル国務次官補であったが、その様子は一転していた。このことから、マスコミ各社は、水面下で金融制裁解除をアメリカが受け入れ、六カ国協議再開へ向かって、中国を仲介役に、米朝二国間協議が事実上動き出した。イラク問題、イラン問題で窮地に立つアメリカは、大幅に譲歩し、北朝鮮がまるで優位にたっているかのような憶測記事が飛び交った。同時に、当事国である日本は蚊帳の外なのではないか、とアメリカを批判する論調ばかりが目立った。

 しかし、本当にそういうことなのであろうか? 少々疑問が残る。会談前から、今回のヒル国務次官補の様子は明るかった。多分、何か、北朝鮮側を震撼させる切り札をもって、非公式に米朝二国間協議を行ったのであろう。それは、裏舞台の話であり、この事案が歴史教科書の1ページを彩る頃まで、決して明かされることはないのかもしれない。舞台裏の根回しであり、極秘事項である限り、アメリカ側からしたら、ベルリンでの金桂寛(キムゲガン)外務次官との会談は、あくまで会食であった、ということなのだろう。しかし、歴史を振り返ってみれば、名だたる厳しい外交交渉において、舞台裏での交渉こそが、その交渉の成否の鍵を握ってきたことは間違いない。そういう意味でも、水面下で、何かが動き出していることは間違いない。

 今年は、イラクやイランの中東問題だけではなく、朝鮮半島問題においても、大きな動きがでる可能性が非常に高い。特に、今年の9月11日は、年回りが6年前の同時多発テロが起こった年と同じであり、あの時と同じ火曜日になる。我々からすると、さほど大きなことのようには感じられない。しかし、イスラム教徒の多くは、コーランの教えにより、歴史が繰り返されるということを非常に強く信じている。見方を変えれば、歴史を繰り返させようと狂信的なイスラム原理主義者達によって、アッラーの力を誇示しようとする傾向が強くなる可能性が高い。単刀直入にいえば、ミラクルではなく、故意にミラクルを引き起こす、即ち6年前の同時多発テロを再現することを、アメリカは非常に懸念している。また、今年の9月は、北京オリンピックも、アメリカ大統領戦も、どちらも丁度一年前という秒読み段階に入る月に当たっている。歴史における偶然とは、時として、まるで故意に仕組まれているのではないか、と思ってしまいたくなるほど残酷なことがある。何と、今年はそれだけではないのだ。5年に一度開催される第17回中国共産党全国大会も、開催される年なのである。こんな偶然が、許されてよいのであろうか。

 当然のことながら、アメリカも、中国も、これらの大きなイベントを無事終わらせたい。それには、あらゆる負の可能性は排除したいと考えている。北朝鮮の言動を、アメリカと中国は、眼前を飛び回る鬱陶しいハエのように感じているはずだ。また、逆に、北朝鮮からすれば、今年ほど、恫喝外交をするために最適な年はないと思っているはずだ。金正日は、こう思っているはずである。9月前後にアメリカや中国を恫喝すれば、北朝鮮にとって有意義な結果を必ず導き出すことができるであろう、と。だが、そこで、金正日は、脚を滑らす可能性が非常に高い。金正日は、オリンピック一年前、大統領選の一年前、中国の共産党全国大会の最中、アメリカや中国が大きく動くはずがない、と思っているはずだ。しかし、アメリカと中国の利害と思惑が一致すれば、一気に抑え込むという可能性もあり得る。いや、その可能性は高い。何故なら、ある意味アメリカと中国はよく似ている。大陸人特有の、乾坤一擲、桶狭間を演じる度胸を持っているのだ。いずれにしても、9月以降、一気に緊張感が高まる可能性は、非常に高い。

 多くの批評家は、戦争推進論者と誤解されかねないこのような考え方に対し、否定的な意見ばかりを述べている。彼らは口を揃えて、そんなことをすれば、朝鮮半島の動乱、混迷が、長期化した場合、それこそオリンピックどころではなくなってしまう。そんなリスクを、アメリカも中国も取るはずがない、と常識的な意見を述べている。しかし、危機管理とは、あらゆる可能性を想定し備えるということだ。アメリカと中国がもし本気で手を組めば、乾坤一擲短期決戦で、一挙に北朝鮮を抑え込むということは可能だ。勿論、北朝鮮を崩壊させる、ということではない。金正日政権を崩壊させ、中国による傀儡政権として北朝鮮を存続させる、ということだ。

 中国は、北朝鮮に万が一のことが起こり、多くの朝鮮民族の難民が中国に押し寄せることと、朝鮮半島が韓国主導で統一されることを懸念している。何故なら、社会主義国である中国は、民主主義国家と直接国境を接したくないからだ。朝鮮半島が、韓国主導で統一されればそういうことになる。少々大袈裟な言い方だが、中国にとっては、アメリカが隣に引っ越してくるに等しいことなのだ。また、難民に関しては、現状でも中朝国境付近に約220〜260万人規模の朝鮮族系中国人がいる。そこに、北朝鮮から多くの朝鮮族の難民が雪崩れ込んでくれば、間違いなく中国国内の朝鮮族によって、独立運動が勃発する。現状、厳しい報道規制によって封じ込めてはいるが、実際には、中国各地で独立運動の動きがある。中国政府にとっては頭の痛い問題なのだ。そのような状況下、朝鮮族が、北東中国で大規模な独立運動を起こせば、触発され他の各地の独立運動も一気に火を噴くことになりかねない。独立運動と民主化が、中国政府ならびに共産党にとって、一番の脅威なのだ。

 アメリカは、イランやイラクの問題が泥沼化している現状、東アジアに関しては、早急に安定あせたいと強く思っている。北朝鮮が核保有国に実質的になった以上、アメリカにとっても等閑にはできないのが北朝鮮なのだ。金正日は、ベネゼイラのチャベス大統領とも、イランのアフマディネジャド大統領とも親交を深めている。万が一、ベネゼイラやイランにミサイルや核弾頭が北朝鮮より渡れば、アメリカにとっても、北朝鮮の核は、直接的な脅威になる。そんな北朝鮮を、危機管理意識の非常に高いアメリカが、等閑にするわけがない。

 このような状況下、アメリカは、間違いなく水面下で動き出している。既に水面下では、金正日や北朝鮮の喉元に短刀を突き付け、いつでも掻っ切る覚悟で臨んでいる。その証拠に、1月12日に平壌で行われた新年恒例の軍事演習の際、平壌防衛司令部所属の戦車部隊が、予想外に動員され、戦車間での交信が急増したことを、三沢基地に配備されているエシュロンが傍受し、平壌でクーデターが勃発したのではないか、と勘違いしたアメリカ軍と韓国軍に緊張が走った。これは、既に、水面下でかなり緊張感が高まっている証だ。中国人民軍士官学校に留学していた複数の北朝鮮人民軍将校が、中国政府と内通し、反金正日としてクーデターの時を窺っているとも聞き及ぶ。この出来事は、それらの情報が本当であることを証明しているともいえる。さもなければ、あのように過剰反応するはずはない。

 既に、機は熟しつつあるのかもしれない。年明け早々、1月5日には、2002年に日米間で策定された朝鮮半島有事の際の共同計画を、民間退避事案も新たに含め詳細な具体案を作成し、実行可能レベルにまで急ピッチで引き上げる、ということが突然発表された。今年の秋までに合意の方向で、と新聞等では報道されていたが、実際には、既に合意同然の状況まで確立されているらしい。また、戦後幾度となく議論されてきた防衛庁の省への昇格問題は、電光石火で実行された。沖縄には、200人規模のアメリカ軍特殊部隊が隠密に配属された。それだけではない。アメリカ軍の中でも最新鋭ステルス戦闘機F22ラプターが、2月から5月という期間限定で、12機もバージニア州ラングレー空軍基地のパイロットや整備士合わせて250人と共に、嘉手納基地に配備された。時を同じくして、アメリカ軍、韓国軍、中国軍に、水面下で警戒態勢が敷かれた。

 先日のベルリンでのヒル国務次官補と金桂寛(キムゲガン)外務次官の会食後、いつになく暗い顔つきで、泥酔し取り乱した金桂寛(キムゲガン)外務次官の様子をテレビの映像でご覧になった読者の方々も多いはずだ。あのいつも自信に満ちあふれ毅然としていた金桂寛(キムゲガン)外務次官の乱れ様が、現在水面下で起こっていることの全てを、実は物語っているのではないか。私は、切羽詰まり、アメリカと金正日の板挟みになった金桂寛(キムゲガン)は、近い将来交渉の途中で突然亡命するのではないか、とさえ思っている。それは、考え過ぎかも知れないが、そのぐらいアメリカは、まず金桂寛を追いつめたことは間違いない。次は、金正日だ。既に、照準は固定されている。

 このように緊迫した状況下、先々週、私の大学時代の学友も含む、複数のFBIのカウンター・テロ担当捜査官達が、何故か突然前触れもなく東京を訪れた。いつものことだが、その目的も、行動内容も、ベールに包まれたまま先週の月曜日15日午前中の便で、次の目的地へと忙しげに去って行った。談合だ、政務調査費だ、と次元の低い問題ばかりが新聞の一面を賑わしている。しかし、水面下で、間違いなく東アジア情勢は、緊張感を増しつつある。日本の政治家は、そして、日本国民は、こんなに暢気なことでいいのだろうか。大きな不安を覚えているのは、私だけではないはずだ。
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by seizaikai_club | 2007-01-26 23:19 | 朝鮮半島情勢

嘗てセレベス島と呼ばれたスラウェシ島で昨夜大地震が!

嘗てセレベス島と呼ばれたスラウェシ島で昨夜大地震が!
2007年1月22日

 昨晩、現地時間の午後6時27分(日本時間同午後8時27分)、インドネシアのスラウェシ島(インドネシア語:Sulawesi)で、マグニチュード7.3の大地震があった。今年、二本目の記事でも書いたのだが、このスラウェシ島とは、嘗てセレベス島と呼ばれた、日本とも所縁の深い島である。

 雑煮に入れるセレベスという里芋から、何故か年始より、このセレベス島のことが気になり、色々と調べて記事にした矢先のニュースであった。正直、驚いている。やはり、セレベスで命を落とした先人達が、何かを伝えようとしているのかもしれない。そんなことを思った。それほど、地球は病んでいるのかもしれない。
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by seizaikai_club | 2007-01-22 13:58 | 今日の独り言

不二家の問題隠蔽は得意先による圧力と得意先確保のための苦肉の策か!?

不二家の問題隠蔽は得意先による圧力と得意先確保のための苦肉の策か!?
2006年1月16日

 新聞、テレビをはじめ、各種メディアで、不二家の衛生管理問題が大きく取沙汰されている。消費者の健康に直結する問題であるので、当然のことである。賞味期限切れ食材を利用していたこと、衛生管理の不徹底など、食品メーカーとしては許されざることだ。しかし、100年の歴史を誇る老舗が、何故、このような結果になることを承知で、あのようなずさんな経営をしなければならなかったのであろうか。誰も、窮地に立たされること承知で、あのような痴態をなすはずがない。同族による経営体質である等、色々なことが取沙汰されている。しかし、それは、少々色眼鏡で見すぎているのでは、という感じがする。簡単に言ってしまえば、時代の流れ、消費者の価値観や判断基準の変化によるマーケットの変化に対応しきれなかったということだ。そのような厳しい状況下、経営的に窮地にたたされていたため、ここまで形振り構わずの経営を強いられ、追い詰められたということではないか。このことは、不二家だけの問題ではなく、多くの老舗食品メーカー企業が抱える問題である。

 彼らは誰よりも、衛生管理を徹底することによって消費者の信用が得られることを知っている。商人である以上、お客様が神様であることを知っているはずだ。にもかかわらず、あのような痴態をなしたには、それなりの理由があったはずだ。それは、やはり経営難ということであろう。経営者が、追い詰められていた典型的な例ではなかろうか。

 経営者は、日々判断、決断を迫られる。平時であれば、良識的な判断を下せる。しかし、経営難になれば、決断にあたっての選択肢は非常に厳しいものになる。それは、不二家に限ったことではない。時として、どちらかに目を瞑り、どちらかを生かさなければという判断を迫られることにもなる。多分、かなり最終的な段階まで追い詰められていたのであろう。まず、社員か消費者か、という選択を迫られたはずだ。そこで、不二家の経営者は、消費者ではなく社員を選択した。それは、従業員があってはじめて会社が成り立つ。また逆に、会社が存続してはじめて従業員やその家族の生活も保障される。そのためには、立ち直るまで目を瞑らなければ、という間違った判断のもと、賞味期限切れの食材を使ったり、極限の衛生管理体制に目を瞑ることになったり、ということで無駄を最小限にし、コスト削減を図ったのであろう。そのことは、賞味期限切れ商品を従業員に押し付け販売していたということにも表れている。経営者側も、苦渋の選択をしているのだから、従業員も痛みを共有し、建て直しに協力して欲しいという経営陣の意識が働いたに違いない。そして、最終段階で、不二家の経営者は、従業員か得意先か、という選択を迫られた。それが、二ヶ月前に問題が発覚した時のことであろう。そして、不二家の経営者は、従業員ではなく生き残りをかけ、背水の陣で得意先を選んだ。例え、経営者が辞任することに追い込まれても、老舗の名前を存続させたいという意思が働いたのであろう。その証拠に、皆様の中にも気付かれた方がいらしたのではないか。クリスマス前からと、正月前から、大手コンビ二などで、不二家商品の詰め合わせセットが信じられない特価で大量に販売されていた。中身は、ミルキーをはじめ各種不二家商品がランダムに詰められていた。問題が発覚し得意先に報告と謝罪をしたところ、在庫を抱えた得意先から在庫処理に関しての圧力がかかったのであろう。返品を受けるか、もしくは問題を公表することを先送りし、その間に在庫商品を売りつくしてしまうという選択肢を。返品ということになれば、間違いなく経営的破綻の確率が高くなる。そこで、万が一の場合、「不二家」の看板の売却も視野に入れ、苦肉の策として得意先を確保するという決断をしたのであろう。しかし、この経営者による二回の判断が、あきらかに間違いであった。本来、最初の判断の際、勇気ある判断をするべきであった。それは、経営多角化から撤退縮小し、有望商品だけに絞り込む、という判断である。だが、この判断は、経営者にとって、非常に難しく苦渋の判断である。特に、従業員を家族のような感覚でとらえる日本の企業や経営者にとっては。こんな経緯で、老舗不二家は転がり落ちてしまったのであろう。しかし、不二家の事件は、他人事ではない。明日は我が身とならないとも限らない。景気は回復の兆しと政府は言うが、現実は違う。中小企業をはじめ多くの弱小企業は、これほど苦しんでいる時代はないのではないか。ブランド力を背景に、豊富な資金力と人材で席巻するコングロマリットに、不二家のような老舗メーカー企業や多くの歴史ある弱小企業は、押し潰されているというのが現実だ。

 ここで、1つだけ言えることは、企業というのは非常に冷酷で無慈悲なものであるということだ。コンビ二や大手スーパーほど賞味期限を遵守する販売店はない。にもかかわらず、そのような販売店でさえ、やはり消費者より利益を優先し損失を回避するという体質であるということだ。確かに、彼らの店頭に並んでいる不二家の商品が、賞味期限切れであったわけではない。それらの賞味期限切れでない商品を製造する際に使われた食材が賞味期限切れであったのだ。彼らは、何も消費者へ対して不義理をしていない。それが、彼らの言い分であり、自分勝手な理論であろう。結局のところ、消費者はいつも置き去りである。皺寄せを被るのも、いつも消費者である。企業にとって、利益追求は最優先課題とはいっても、何とも悲しむべき現実だ。
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by seizaikai_club | 2007-01-16 09:30 | 経済

セレベス

セレベス
2007年1月10日

 昨年末、突然母が倒れた。年末ということもあり、完璧な検査ができなかった。正月の間入院しても、病院では何もできないということで、命に別状がないことを確認するまでの検査をし、自宅で安静にしていることになった。正月明け早々、細かく検査をして頂いたところ、心配はないということで胸を撫で下ろした。そんなこともあり、この正月は、初めて私が雑煮を作ることになった。

 我が家は、父子家庭ということもあり、普段から私が家事全般をこなしている。だが、正月は親兄弟が集まり過ごすことが、生まれた時からずっと続いてきた我が家の習慣であった。いつも母が我が家に伝承される雑煮を作ってくれ、それを皆で食し正月を過ごしてきた。ということで、我が家の雑煮を作るのは、私にとって初めての経験であった。何故か、他所の家に伝わる雑煮は、何度か作ったことがあったのだが。その理由は、読者の皆様のご想像に任せることとする。

 我が家の雑煮は、読んで字のごとく、雑多な具材をトロケルまで煮込んだ正に雑煮である。小松菜、ニンジン、大根、椎茸、セレベス、鶏肉、そして、餅が、お互いを取り込もうと躍起になって混ざり合い、トロトロに煮込まれている。当然のことながら、汁も、上品に透き通っているようなものではなく、白濁色をしている。幼い頃、病気になると母はよくこの雑煮を作ってくれた。食べられなくとも、汁に全ての具材のエキスが抽出されているから、と言っていた。

 私は、母の容態が良い時を見計らって、具材を買いに出掛けた。小松菜、ニンジン、大根、椎茸、鶏肉は、難なく入手できた。問題は、セレベスであった。私自身、あまり馴染みがなかったため、どうも見つけ出すのに時間が掛かった。結局、店員に教えてもらった。里芋などと、一緒に売られていたが、他のイモ類に比べると、売られている量は圧倒的に少なかった。それだけ、セレベスを雑煮に入れる家庭が、少なくなっているということであろう。

 どういう訳か、今年は私が雑煮を作ると決まってから、このセレベスという芋が、私の頭から離れなくなっていた。セレベス、セレベス、何故、この芋はセレベスと呼ばれているのだろうか? セレベスとは、何か聞いたことのある名前ではないか? 一体、何であっただろう? 病床の母に訊いてみたが、「わからない。だけど、兎に角、昔から雑煮に入れる芋で、赤芽芋ともいうのだ」という答えしか返ってこなかった。結局、何だか不完全燃焼な気持ちのまま、セレベスを探してあちらこちらを徘徊した。そんな経緯を経て、スーパーの野菜売り場で、泥だらけで不細工なセレベスという芋を目の当たりにし、手にして初めて、私の中でセレベスという芋の名前と、セレベス島という島の名前が巡り会うことができた。何故か、セレベス芋を見た途端に、セレベス島のことが私の頭の中に浮かんだ。今から考えると、少々不思議な気もする。まるで、何かに呼ばれ、引き寄せられたような気もしないでもない。そうやって考えると、母が倒れ、私が雑煮を作るようになったことも、その何かによって仕組まれた因縁のような気さえしてきた。

 セレベス島とは、インドネシアの島の一つである。アルファベットの「K」の字型をした、案外大きく面積の広い島だ。ジャングルが広がり、毒蛇のコブラが多く生息することでも知られているような島でもあるらしい。余談だが、スリランカでコブラと遭遇した時のことを思い出し、私は何だか少々二の足を踏むような気分になった。脱線すると長くなるので、話を戻すことにする。オランダの植民地時代はセレベス(英語:Celebes)島と呼ばれていたが、インドネシアがオランダから独立した後は、スラウェシ島(インドネシア語:Sulawesi)と呼ばれているということだ。セレベス芋は、私が閃いた通り、このセレベス島原産の里芋の一種であった。

 何だか、私は、非常に不思議な気持であった。たかが里芋である。されど、何故かこのセレベスという里芋は、私の心を鷲掴みにした。「三が日」が過ぎ、最後のセレベスを雑煮にして食べ尽すまで、セレベスのことが私の頭から離れなかった。一体、何故セレベスという外来の里芋が、日本の伝統文化である正月の雑煮に入ることになったのであろうか? 戦地セレベス島で食した芋の味を忘れられない人が、日本に持ち帰ったのであろうか? それとも、戦後モノが不足している時代、このセレベス芋は栽培し易く、安く手に入れることができたので日本中に広まったのであろうか? それとも、戦争よりもっと昔から雑煮に入っていたのであろうか? それとももっと他に、理由があるのであろうか? そんなことばかりを考えながら、雑煮を作っていた。

 セレベス島といえば、第二次世界大戦中、激戦地であったと聞き及ぶ。多くの日本人が尊い命を落とし、未だに英霊達の御霊が多く眠っているとも聞いたことがある。セレベスという里芋を料理していると、セレベス島で命を落とした先人達が、セレベス芋にその思いを託し、私の魂を呼び覚まそうとしているのでは、とセンチメンタルな思いにさえなってしまった。何だか、不思議な思いに苛まれながらの雑煮作りとなった。

 調べてみると、セレベスと日本の所縁は、戦争だけではなく案外古く深いらしい。セレベスの人々の多くが、自分達には日本人の血が流れている、と信じているそうだ。そのことは、戦後のことではなく、戦前、セレベスに進駐したり移住した日本人達もよく現地の人々から聞かされたという。ただ、当時は、オランダを追い出し、オランダから開放してくれた日本人へ対しての媚で、そんなことをセレベスの人々が言っているのだ、と思っていたらしい。だが、調べてみれば、満更作り話でもないらしいことがわかってきた。

 大体が、セレベスの人々の容姿は、日本人に非常によく似ているという。それだけではなく、日本の文化様式に似た部分も非常に多く持っているという。何故か、と不思議になり調べてみると、そこにはこんな伝説があることがわかった。それは、山田長政にまつわるものであった。

 山田長政は、駿河国沼津の出身で、1612年に朱印船でシャム(現在のタイ)に渡った。天正18年(1590年)頃 ~寛永7年(1630年)、江戸時代前期に、山田長政は、シャムの日本人町を中心に東南アジアで活躍した。後に、津田又左右衛門筆頭の日本人傭兵隊に加わり、頭角を著しアユタヤー郊外の日本人町の頭領となった。アユタヤー王朝の国王・ソンタムの信任を得て、第三位であるオークヤー(あるいはプラヤー)・セーナーピムックという官位・欽賜名を授けられ、チャオプラヤー川に入る船から税を取る権利をも、山田長政は与えられていたという。だが、ソンタム国王の死後、後任の国王と肌が合わず、山田長政は苦難の日々を送ることになった。そんな状況下、1630年バタニ軍との戦闘で負傷した長政は、その傷口に毒を塗られ暗殺された。その後、アラビア人、タイ族、華僑の組織する兵によって、「日本人は反乱の恐れがある」との名目で、アユタヤー日本人町は焼き討ちされた。その時生き残った日本人達は、散り散りに、アジア各地へと逃げ延びた。彼らの一部が、セレベス島のメナドに辿り着き、ネイティブ・セレベス人であるミナハサ族の女性と結婚し、セレベス島に住みついたという伝説が残っているらしい。そんな理由で、彼らセレベスの人々は、自分達にも日本人の血が流れていると信じているため、日本人に対し強い親近感を持ち、非常に友好的であるそうだ。

 泥だらけで、不細工なセレベス芋を料理していると、何だか色々なことが私の頭の中で目眩めくほど渦巻いた。セレベス島で、過酷な状況下、セレベス芋を食しながらジャングルの中で戦う日本人兵士達の姿や、遠い昔に、タイから追われセレベス島に渡ってきた日本人達の姿が、セレベス芋を通じタイム・スリップした私の脳裏を走馬灯のごとく駆け抜けていった。私が雑煮の食材として使ったセレベス芋は、千葉産のものであった。だが、そのセレベス芋には、遠い昔の歴史を目撃した記憶が、DNAの中に刻み込まれていたのかもしれない。本当に、不思議なお正月になった。長きに渡る日本の歴史を支えてくれた英霊達のご冥福を、あらためて祈ることにした。合掌
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by seizaikai_club | 2007-01-11 11:41 | 今日の独り言

沈滞と混迷の2006年から変革と動乱の2007年へ

沈滞と混迷の2006年から変革と動乱の2007年へ
2007年1月2日

 「沈滞と混迷」の2006年は、フセイン元イラク大統領の死刑執行というセンセーショナルなニュースで幕を閉じた。予想はしていたがあまりにも性急にピリオドが打たれた、という観を否めない。

 平成維新といっても過言ではない程、改革の扉を開いた小泉政権。その小泉政権が、任期満了をもって安倍政権へとバトンタッチした。当初、小泉政権の5年間に溝を深くし、拒絶されていた訪中と訪韓が受け入れられたことに、人々は賞賛の拍手を送った。その直前、7月のミサイル発射実験に引き続き、北朝鮮は核実験を強行した。安倍新首相にとっては幸先の良いスタートに思えた。しかし、ある意味、政権交代をキッカケに、中国や韓国が歩み寄ってくることは想定内であった。そのことを上手く、そして、計算高く安倍新首相が利用したということであろう。一番の争点になりうる靖国参拝を、四月中、隠密裏に済ませていた安倍新首相のしたたかさこそ想定外であり、少々頼もしささえ感じた。だが、そう甘くはなかった。何事も「継続は力なり」である。単発でセンセーショナルなことを為すのは、案外容易にできる。しかし、継続的に最良の判断を続け、国民が納得する結果を出し続けるということは、そう容易なことではない。郵政造反議員の復党問題を皮切りに、安倍新首相が任命した人々の相次ぐ不祥事等によって、安倍政権の支持率は急落し、安倍首相の底が見えた感じさえした。

 安倍首相が、決して劣っているわけではない。しかし、小泉前首相と比較すると、信念を貫き通す、という部分で一目瞭然の差を見た気がする。小泉前首相も二世議員である。しかし、彼は物事に動じない強さを持っていた。それは、自分を信じ、自分の信念を貫き通す頑固さであり、生来彼が持ち合わせた不変な強さであった。当然のことながら、批判に晒され、彼を嫌う者も党内外を問わず多かった。だが、小泉さんという人は、そんなことをまったく意に介しない人であった。首相になる前から、どちらかというと永田町では一匹狼の変わり者、異端児として扱われていた。だからといって、寂しげな様子もなく、他人に媚びるということもまったくなかった。ただ、我が道を行く変人であった。ところが、安倍首相はまったく正反対である。第一印象通り、真面目なお坊ちゃまなのであろう。明らかに、小泉前首相とは違う。だからといって、安倍首相の政治家としての資質が低いといっているのではない。他の政治家に比べれば、明らかに政治家としての資質は高い。正義感も強い。だが、それだけでは一国の首相はダメなのである。人をねじ伏せ、誑しこめるカリスマ性がなければ。

 多分、安倍首相は、二世が誰も抱える感情を強く胸に抱いているのであろう。この感情は、当人でなければわからない。理不尽に色眼鏡で見られることへの反発心だ。だからこそ、安倍首相は強くありたいと心の中で自分に言い聞かせているはずだ。そして、負けたくないとも。小泉前首相を越えたい、というトラウマがあるのかもしれない。振り返って結果をみてみれば、成果の多かった小泉政権であった。しかし、常に批判に晒された小泉政権でもあった。そこの部分で、小泉政権を超えたいと安倍首相は考えたに違いない。党内に敵を作りたくない。いや、作らないで上手く政権を運営することで、小泉前首相を越えたいと思っているに違いない。だが、そのことが裏目にでた。党内の議員達は増長し、言いたいことを言って言うことをきかない。霞ヶ関の役人達も、盾をつきソッポを向く。その最たるものが、安倍首相が任命した税制会長の議員宿舎での愛人との同棲スキャンダルだ。あの税制会長の諸行は、許しがたい偽善に満ちた悪行だ。しかし、何故、あの時期に、あのスキャンダルがマスコミにリークされ、大きく報道されたかという部分に気付いた人は少なかった。あれは、明らかに財務省による、官邸へのクーデターであった。そして、相次ぐ不祥事の噴出は、党内から官邸へのクーデターであることは間違いない。

 それでは、何故、あのように、水面下でクーデターが勃発してしまうのか。それには二つの理由がある。一つは、安倍首相が就任当初から推し進めている首相官邸への大幅な権限委譲と官邸主導の政権作りということにある。ある意味、アメリカのホワイト・ハウスのような機能を日本の政治にも根付かせようとしているのであろう。しかし、あまりにも性急すぎるが故に謀反が起こるのだ。大統領制のアメリカの政治環境と議院内閣制の日本の政治環境では、まったく状況が違う。官邸主導にし、首相に今迄以上の権限を持たせることに異論はない。だが、そうするには、もっと時間を掛けてコトを進めなければ、上手くいくものも上手くいかなくなってしまう。当然のことながら、そこには既得権益を守ろうとする官僚達や政治家達の大きな反発が予想されるからだ。確かに、今迄の日本の首相は、操り人形のようで、総理大臣とは名ばかりであり、総理の鶴の一声ということは非常に稀であった。伝家の宝刀、解散総選挙ということさえも、一人の意思では儘ならないことであった。そういう意味でも、小泉さんという人は非常に強い首相であったことは間違いない。安倍首相は、そんな有名無実な総理職に、誰が総理になっても小泉さんのような力を発揮できる権限を持たせようとしているのであろう。そのことに、異論はない。だが、急いては事を仕損じる。

 ホワイト・ハウス型官邸主導体制を確立するには、もっとホワイト・ハウスを研究しなければならない。そして、アメリカの補佐官制度の研究も不可欠だ。今回任命された補佐官達も、一人一人は優秀だ。しかし、全体的な視点でいえば、あまりにもお粗末過ぎる。アメリカの政権は、縁の下の力持ち優秀な補佐官達によって支えられているといっても過言ではない。補佐官は、政治家である以前に、実務者でなければならない。政治家は大統領であり、その大統領を補佐し水面下で実務に当たるのが補佐官達である。その補佐官に、政治家を任命したのでは意味がない。政治的な活動をする実務者でなければならないのだ。愛敬を振り撒く暇も、偉そうにしている暇もない。24時間、大統領のために奔走し続けているのが補佐官の役目である。そういう意味では、安倍政権の今回の補佐官人事はお粗末で中途半端過ぎる。同時に、批判を省みず、もっと多くの優秀な補佐官を任命すればよかったのだ。あまりにも中途半端すぎて、官邸主導型にしようとする安倍さんの意志がどれほどのものかを垣間見てしまうような気さえしてしまう。

 二つ目の理由は、安倍さんの人の良さである。あまりにもお行儀がよく、気配りがききすぎているのだ。リーダーというのは、粗暴なぐらいでよいのだ。取り巻く人々を振り回すぐらいで丁度いい。リーダーが主導権をとれずして、リーダーと言えるか。あのように魑魅魍魎が巣食う自民党や永田町で、好い子を演じる意味などまったくない。妖怪達を振り回さずして、自分の志を貫き通すことなど有り得ない。一言で言ってしまえば、甘すぎる。その証拠に、懐から綻びがでているではないか。皆、勝手なことを言っているではないか。安倍さんは、首相であると同時に、党の総裁であるはずだ。にもかかわらず、党内からは、色々勝手な声が噴出している。それが許されてしまうところに安倍さんの弱さがある。いくらご自分では弱くないといわれても、生き馬の目を抜く永田町にあっては、そのようなことを観て、人々は弱いと判断するのだ。永田町とは、そういう所だ。嘗められたらおしまいなのだ。いくら後ろ指を差されようが、批判に晒されようが、何処吹く風で自分の居場所を死守しなければ、永田町では吹き飛ばされてしまう。それが、永田町という魔界なのだ。中川昭一政調会長などに、言いたいことを言わせているようでは、嘗められて当然である。

 このような厳しい状況下、2007年を迎えた。2007年は、国内外を問わず「変革と動乱」の一年になるであろう。国政的には、参議員選挙がある。当初より、この参議院選挙をどう乗り切るかで、安倍政権の寿命が決まるといわれてきた。その通りであろう。今回の参議員選挙を乗り切ることができれば、小泉前政権と安倍政権を合わせて変革・維新の10年ということになるであろう。しかし、負ければ後はない。そして、安倍政権に取って代わる強い野党もない。日本の政治は、混迷を極めることになりかねない。参議員の議員会長は青木幹雄。そして、幹事長は片山虎之助だ。片山氏は、私と二周り違いだが、誕生日も、血液型も、何もかも全て同じの年男だ。同じ運命のバイオリズムを持っているのでよくわかる。なかなか偏屈で、御しがたい人であるはずだ。青木氏も片山氏も、一筋縄ではいかぬツワモノである。敵は、内にあり。敵は自民党内にあり、と安倍首相は思った方がよろしいのではないか。

 さて、ここで、少し世界情勢へ目を向けてみよう。2006年は、世界情勢においても「沈滞と混迷」の一年であった。イラク戦争は行き詰まり中東全域で血が流れ、東アジアでは北朝鮮が暴挙に及び、中国は形振り構わず世界中を貪り漁り、中南米では ベネゼイラのチャベス大統領を中心に反米の嵐が吹き荒れた。どの問題も、容易には解決できないであろう。非常に根深い。

 フセイン元大統領は処刑され、イラク独裁34年間の歴史にピリオドが打たれた。一見、総括されたように見える。しかし、実際には、新たなる紛争が始まる予感さえする。どうも、中東の人々は、胆略過ぎるような気がしてならない。暴力で全てを解決しようとする。だが、それが彼らの文化なのだ。そのことを理解しないで、第三者が第三者の価値観で解決を試みようとしても、火に油を注ぐことになるだけであろう。

 アメリカの大学時代、このようなことがあった。私は、州立大学の国際関係学部で、イランを専門にするよう教授に指示された。その直後、イランに関してのプレゼンテーションを行った時のことであった。中東問題は非常に複雑で、日本ではあまり興味もなく、正直に言って私はイランに関し無知であった。英語のハンディがある中、必死に資料を読み漁り、そのプレゼンテーションに臨んだ。しかし、私のイランについての発表に、何か間違いがあったのであろう。中東からの留学生による質疑は白熱化し、最後には暴力的な手段での批判行動を私は受けるに至った。危険を察知した教授は、慌てて私の専門をイランから、朝鮮半島問題へと変更させた。彼らは、付き合ってみれば、悪い人々ではない。未だに続くイラン人の親友もいる。だが、政治的なことや、思想的なことになると、彼らは非常に熱くなる。彼らの文化は、力で成り立っている男社会であるのだ。そのことを、私はあのイランに関してのプレゼンテーションで学んだ。そんな同窓生の一人は、今イランの国連大使を務めている。

 中東で起こっている問題を解決するには、映画「アラビアのロレンス」の時代に時間を戻すしかない。ウェスト・バンク(ヨルダン川西岸)で長年続いているパレスチニアンとイスラエルの問題にしても、中東各地で起こっている問題も、アメリカを敵国として世界中で頻発しているテロリズムの問題も、元をただせば、中東の人々の文化を無視し、大英帝国の欲得に根ざした思惑で、勝手に国境線を引いたことから始まっている。部族単位で全てが成り立っているアラブの人々の文化や習慣を無視して、石油のために彼らに嘘をつき、彼らのテリトリーを略奪し、部族を分断し、彼らの誇りを踏みにじったツケが、今イギリスやアメリカを苦しめているのだ。いかに大英帝国を筆頭にした当時の白人社会が理不尽で自分勝手であったかは、アフリカ諸国や中東諸国の国境線を見れば一目瞭然である。一直線に引かれた国境線は、部族を分断し、家族を分断し、彼らの誇りまでをも切り裂いた。そこに、宗教や、民族、そして、石油利権という複雑な事柄が重なり合って、中東問題を複雑化しているのである。

 昨年、アメリカの中間選挙後に出された、イラン研究グループによる提案書にしても、中東の人々の文化や慣習をまったく考慮しない、エゴスティックで理不尽な内容であった。あのような提案書で、イラクをはじめ中東で起こっている問題を解決できるはずがない。解決の道は一つ。それは、時間を戻し、仕切り直すしかない。しかし、そんなことは不可能だ。ということは、この問題は、益々混迷を極めるということであろう。時間が為したことである。時間を掛けて解決するしかない。

 今年は、世界が動く年であろう。北京オリンピックまで、一年を切る年である。アメリカの大統領選まで、一年を切る年でもある。そして、6年前の9.11同時多発テロが起きた年と同じ年回りである。あの6年前の9月11日と同じく、今年の9月11日は火曜日になる。イスラム原理主義者達にとって、歴史が繰り返すということは案外意味深いことらしい。そういう意味でも、アメリカは、今年の9月11日を例年とは違った位置づけにしていると聞き及ぶ。北朝鮮も、追い詰められている。そして、そのような状況下、水面下で、北朝鮮がイランとベネゼイラと手を組んだことは明らかだ。彼らが、複合的に動きを見せる可能性が非常に高まった。イランに北朝鮮のミサイルが渡れば、イスラエルやヨーロッパ諸国は射程距離内になってしまう。ベネゼイラに北朝鮮のミサイルが渡れば、アメリカ本土は射程距離内になり、北朝鮮問題は、アメリカにとっても間接的な他人事ではなく、直接的な脅威になる。アメリカが、そのような脅威を等閑にするはずはない。また、北朝鮮やイランの同盟国が、テロリスト達と歩調を合わせないという保証はどこにもない。朝鮮半島問題に於いては、アメリカと中国は歩調を合わせるであろう。しかし、中国のエネルギー資源に根ざした世界戦略は、アメリカにとっても心穏やかではいられない頭痛の種だ。その上、ロシアのプーチン政権は、強いロシア、嘗てのソ連に回帰するべく動きだした。資源大国ロシアの動向は、世界のパワー・オブ・バランスを揺るがしかねない。

 2006年は、世界にとっても「沈滞と混迷」の一年であった。だが、2007年は、色々な意味で、世界中に新たなる動きがでて、世界にとっても「変革と動乱」の一年になるであろう。そのことは、人の世だけではなく、自然界にも及ぶような気がする。どちらにしても、2007年という年が、今後の地球にとって、大きな節目の年になることは間違いない。そんな気がしてならない。
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by seizaikai_club | 2007-01-02 09:43 | 国際情勢

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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