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社会保険事務所による年金保険料の不正免除事件に思う

社会保険事務所による年金保険料の不正免除事件に思う
2006年5月30日

 大阪府や長崎県など各地の社会保険事務所で国民年金保険料を不正に免除、猶予する手続きを行っていたことが発覚したことを受け、川崎二郎厚生労働省は23日、特に悪質だった大阪での不正責任があるとして、大阪社会保険事務局の菅原昭局長の更迭を社会保険庁に指示した。また、社会保険庁は同日、どのような経緯で不正が発案、支持されたかなどについて実態調査に入った。こうした不正行為の背景には、社会保険庁が掲げる納付率の改善目標の達成という圧力があったとみられる。民主党は「社会保険料納付率偽装事件だ」と強く反発、追及する方針で、24日から衆院厚生労働委員会で始まる社会保険庁改革関連法案の審議に影響を与えるのは必至だ。(2006年5月23日 共同通信) 

 前にも社会保険事務所の在り方に関しては、大きな疑問をこのブログ記事中でも投げかけたことがある。それは、私自身が経営者という当事者の立場で、社会保険事務所の対応、在り方には大きな疑問を感じたからである。まず、その理不尽さと言ったら、本当に役所なのであろうかと思うほどである。怠慢、いい加減、不公平、偉そう、悪い言葉を並べたら並べきれないほどである。中小企業の経営者であれば、誰でも多かれ少なかれ社会保険事務所への嫌な思いや経験をお持ちであるはずだ。

 http://blogs.yahoo.co.jp/seizaikai_club/folder/868641 の記事も参照して下さい。

 兎に角、理不尽である。まず、説明責任ということをまったく果たしていない。何故、この請求が起こっているのかとう説明なしに、「払え、払え」と騒ぎ立てて督促葉書を送りつける。社会保険事務所の職員は、公僕であるはずだ。何故、そんなに偉いのか? まるで、時代劇にでてくる悪代官のごとくに偉そうである。女性相手だと、「君」付けで呼んだりする。公僕であるにも関わらず、主権者である我々国民を「君」呼ばわりするなどという感覚自体がおかしい。大体、どこの世界に、請求内容の説明もないままに、ただ払えと言われ払う人間がいるだろうか? それで直ぐに督促葉書では、まるで督促扱いにしたいがためにやっているように感じてしまうのは、私だけではないはずだ。

 大体、今回問題になっている、「年金免除・猶予制度」などというものが存在することする知らなかった国民が多いはずである。突然、この「年金免除・猶予制度」を社会保険事務所が悪用して納付率を水増ししていると言われても、狐につままれたような気持でいる方々も多いはずだ。本来、正規の判断基準に照らし合わせてみれば、年金を免除や猶予されなければならない人々が沢山いるはずだ。にもかかわらず、そういう対象者は、実際には免除や猶予されていない。皆無ではなないが、多くの対象者が免除や猶予されていない。何故ならば、彼らの多くは、そのような制度があること自体知らないからである。そして、社会保険事務所の人間は、そのような人々へそのような制度の説明をしてはいない。その代わりに、今回発覚したように、自分達の徴収率を偽装するがために、そのような良い制度を悪用する。こんな自分勝手な発想があるであろうか。

 国民の税金から給料を貰っている社会保険事務所の職員が、言うなれば雇い主である国民を騙していたということである。如何なる理由があっても、許されざる問題であることは間違いない。このような悪い体質は、今に始まったことではない。天下り先確保という、これまた自分勝手な発想が原点でなされたグリーンピア事業にしても、結局は社会保険金即ち国民から徴収した大切なお金を勝手に、自分達の思惑で使い込んだという話ではないか。にもかかわらず、社会保険事務所の対応はといえば、常に自分勝手で、横柄である。結局のところが、今回の事件の原因も、自分達が長年に渡ってグリーンピア事業をはじめにして、使い込んでしまった皺寄せを修正するがために徴収しなければ、ということから始まったことではないか。彼らは勝手放題のことをして、そのツケまで国民に押し付けるような遣り方が許される訳がない。

 実際には、年金生活の私の母にしても、毎月の社会保険料に苦しめられ国民健康保険に変更した。ところが、全てを正直に申告し、支払いも月賦ではあるが続けた。それでも、苦しさに耐えられず国民健康保険に変更したにもかかわらず、月額7万円弱の保険料を請求された。少しでも、支払いを軽減しようと思い、老人が必至の思いで為したことである。ところが、この有様に憤慨した母は、最寄りの税務署に駆け込み相談した。税務署の相談員は、驚いていた。そして、親切丁寧に、どうしてこのようなことになったかを細かく説明してくれた。それどころか、どうすればよいかのアドバイスまでくれ、母が赴いて手続きをしなければならない所全てへ、電話まで入れてくれた。母は、感謝していた。本来、社会保険事務所の範疇で為されなければならないことを、社会保険事務所の職員は、自分達にプラスにならないことは、等閑にしてしまうという不親切な体質を身に着けているのだ。それを、たまたま母が駆け込んだ税務署は、親切丁寧に社会保険事務所の尻拭いをしてくれたということだ。呆れて、開いた口が塞がらない。大体、常識的に考えて、年金暮らしをしている老人に、月々7万円近くの保険料が発生していると相談を受けたら、おかしいと思い親身に相談にのってしかるべきである。税務署の対応が、素晴らしく感じるが、実は当たり前の対応であり、社会保険事務所の対応が非常識極まりないということだ。本来、国民を助けなければならない公務員が、国民の足を引っ張っている、それが社会保険事務所に他ならない。社会保険事務所は、本当に必要なのだろうか? 非常に大きな疑問を感じざるを得ない。
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by seizaikai_club | 2006-05-30 16:09 | 社会保険

年金 免除・猶予制度とは

「年金 免除・猶予制度とは」
2006年5月30日

 次の方は、年金保険料の支払いが免除・猶予される。
 (平成18年度の所得基準)

<免除>

障害者または寡婦であって、前年の所得が125万円以下
   →申請により保険料の全額(13,860円)が免除(全額免除制度)
申請者ご本人と配偶者・世帯主の前年所得が(退職/失業者には特例あり)
・「(扶養親族等の数+1)×35万円+22万円」以下
   →申請により保険料の全額(13,860円)が免除(全額免除制度)
・「78万円+扶養親族等控除額+社会保険料控除額等」以下
   →4分の1納付(保険料額 3,470円)※平成18年7月から実施(一部納付制度)
・「118万円+扶養親族等控除額+社会保険料控除額等」以下
   →2分の1納付(保険料額 6,930円)(一部納付制度)
・「158万円+扶養親族等控除額+社会保険料控除額等」以下
   →4分の3納付(保険料額10,400円)※平成18年7月から実施(一部納付制度)

 免除制度の注意点: 免除の期間は、全額納付したときに比べ、年金額がそれぞれ1/3、
1/2、2/3、5/6 として計算される。

<猶予>

20代で、申請者本人と配偶者の前年所得が
・「(扶養親族等の数+1)×35万円+22万円」以下
   →申請により保険料納付が猶予され年金保険料の後払いが可能(若年者納付猶予制度)
学生で、申請者本人の所得が
・「118万円+扶養親族等の数×38万円+社会保険料控除等」以下
   →申請により在学中の保険料の納付が猶予される(学生納付特例制度)。

*猶予のメリット/デメリット

メリット「払えないので払わないけど未納にならない」

 ・ 老齢基礎年金受取りの絶対条件『年金保険料納付済期間等が25年以上』(満額には40
年)の計算に未納期間は含まれないが、猶予期間は含まれる。
 ・ 障害基礎年金、遺族基礎年金の受取要件に『保険料を滞納した期間が被保険者期間の3
分の1以上ない』又は『その事態が発生した月の前々月までの1年間に保険料の未納がな
い』場合とあるが、猶予期間は未納・滞納にならない。

デメリット「後払いすると保険料が高くなる」

 ・納付猶予期間は、将来受け取る年金の受給資格期間に算入されても年金額には反映され
ない。そのため満額もらいたいときは保険料を後払いすることになる(追納)。 しかし追納す
る際3年度以上前のものには加算額がつく為、保険料が高くなる。
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by seizaikai_club | 2006-05-30 15:56 | 社会保険

堀江貴文氏保釈の不可思議!?

堀江貴文氏保釈の不可思議!?
2006年5月20日

 私は、どちらかというと一貫して堀江氏を肯定的に捉えてきた。しかし、一つだけ腑に落ちないことがある。それは、堀江氏の保釈に関してだ。3億円の保釈金ということも、破格で驚かされるが、それよりも驚かされたのは、完全否認であるにも関わらず保釈が為されたということである

 何か一つでも認めた、それでほかは否認しているが保釈、ということならまだ理解する余地がある。しかし、何一つ認めておらず、完全否認であるにも関わらず保釈、ということを客観的にみると、何か裏があるのではと感じるのは私だけではないはずだ。堀江氏同様完全否認を貫き通した鈴木宗男氏の拘留期間と比較すれば、そのことは一目瞭然である。鈴木氏の拘留期間は、400日を越えた。ところが、同じ完全否認でも、堀江氏は100日少々で保釈を勝ち得た。何が違うのか? 私には、不思議に思えて仕方がない。

 完全否認のまま保釈になれば、その後の裁判では、非常に有利になることは間違いない。堀江氏は、他のライブドア幹部とはやはり違っていた。彼には、洞察力が人一倍備わっている。裁判を控えた彼の立場からすれば、完全否認を貫き通すということは当然の選択であろう。ただ、それを貫き通せるか否かは、それぞれの人間性に寄るところが大きいのではないか。完全否認のままで、早期保釈になったということは、裁判も有利に進行できる。そのような思惑を抱いた人間の圧力が、暗黙のうちに掛かったのであろう。

 小泉首相はじめ側近達は、ライブドアの強制捜査直前、堀江氏逮捕直前まで、そのような動きを察知していなかった。奇襲攻撃であった。織田信長を信望する小泉総理が、奇しくも織田信長役ではなく、桶狭間で討たれる今川義元役になりかけた。冷や汗ものであったに違いない。堀江氏の逮捕劇は、反小泉勢力による乾坤一擲桶狭間であった。しかし、詰めが甘かった。偽メール問題で、詰めどころか喉下に刃を突きつけられた。その隙に、今度は反撃に出て、完全否認のままの堀江氏を保釈にしたとしか考えられない。小泉首相が直ではない。ただ、この問題で、何らかの汚点を持ち、権力を発動できる位置にいる側近であることは間違いない。

 もう一つの不思議は、これだけ不思議な結果が出たにも関わらず、どのメディアもそのことを取沙汰さない。ワイドショーよろしく、六本木ヒルズの自宅に帰るのは当たり前にも関わらず、保釈直後の堀江氏をオートバイやらヘリコプターを駆使して追い掛け回した。それが、何になるのだ? これも、不思議なことである。今のマスコミには、疑問を解明しようとか、疑惑を解明しようなどという意識は皆無らしい。兎に角、視聴率がとれれば、それでよい。これが、マスコミのスタンスなのだな、ということも堀江氏の保釈騒動でハッキリとわかった。嘆かわしいことだ。
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by seizaikai_club | 2006-05-20 15:06 | 今日の独り言

中学校教科書誤記208ヵ所という愚か

「中学校教科書誤記208ヵ所という愚か」
2006年5月10日

 本年度の中学校教科書に誤記が208ヵ所も見つかったという記事が、今朝の朝刊の一面に大々的に報じられていた。それだけではない。検定教科書134冊中65冊に、何らかの校正ミスが見つかったという。信じられないことだ。

 出版の世界で、誤字脱字などの校正ミスということは、あってはならないタブーだ。それは、何も教科書でなくとも一般書籍においても同じことだ。編集者が一番神経を使うところは、推敲校正である。校正が甘ければ誤字脱字などの誤植が発生する。出版物における誤植は、書籍のレベルや出版社のレベルを計る目安と言っても過言ではない。それが、よりにもよって、業界で一番厳しいと言われている教科書に、誤記が208ヵ所もあったというのだ。それだけではない、134冊中65冊の教科書で校正ミスが発覚したという。一体、どういうことか。信じがたいことである。教科書の出版は、どの出版社にも許されていることではない。にもかかわらずこのようなことが起こるということは、やはりこの業界でも、官民の癒着体質があったのではないかと疑いたくなってしまう。

 誤植を多発した大手出版各社にも大きな問題がある。しかし、教科書だけは、二重チェック体制になっているはずだ。文部科学省の最終チェックである検定が通っていたということは、検定制度にも大きな問題があるのではないか。これでは、建設業界の耐震強度問題と何ら変わらない。検定などとは名ばかりで、何もチェックなどされていなかったと言っても過言ではない。134冊中の65冊ということは、ほぼ半数の教科書に誤植が見つかったということだ。子供達は、その誤植だらけの教科書を使い、間違った日本語を覚えてしまうのである。まったく日本という国は、どうしてしまったのであろうか。

 大体、昨今、日本語が疎かにされている。テレビを見ていても、テレビ局の女性アナウンサーのアクセントを聞いていると、彼女達は本当に入社試験を受けてテレビ局に入社し、アナウンサーになったのか疑いたくなってしまう。容姿だけで判断され、入社したに違いないとさえ思ってしまうのは私だけではないはずだ。まるで、渋谷か、新宿の路上から聞こえてくるような流行のアクセントでアナウンスする。それを指摘せず咎めないテレビ局もテレビ局である。

 本来、テレビやラジオのアナウンサーとは、標準語の手本とならなくてはならない。視聴者は老若男女を問わず、アナウンサーの喋る言葉は100%正しいと思って視聴している。子供達は、アナウンサーが喋る言葉を真に受けるのである。だからこそ、アナウンサーには、言葉に対する正確さと緊張感が常に要求されるのだ。ところが、今の若い女子アナなどと持て囃される連中は、アナウンサーというよりも芸能人である。チヤホヤされて、芸能人と一緒にワイワイガヤガヤとワイドショーを賑わせ、街に出れば注目の的になる。そして、彼女達は、まるで女優なのかと見まがう立ち居振る舞いで、当たり前の顔をしている。一体、何様か。何か間違っている。

 何をしてもよい。だが、日本語に関して、言葉に関しては、プロ意識を持って当って頂きたい。それが、プロのとしてのアナウンサーの役目であり、義務ではないか。アナウンサーの喋る言葉のアクセントが間違っている、などということは日本以外他国では有り得ない。それだけ、アナウンサーという職業は、誇り高い専門職であるはずだ。自国の言葉である日本語を正しく理解し、使う。これは、全ての基本ではないか。そして、それをリードしなければならない教科書やアナウンサーがこのようなことでは、子供達に正しい日本語を習得させることなどは、夢のまた夢でしかなくなってしまう。皆様は如何お思いでしょうか?
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by seizaikai_club | 2006-05-10 18:24 | 教育

私利私欲で国の誇りまでも蔑ろにする経済同友会

「私利私欲で国の誇りまでも蔑ろにする経済同友会」
2006年5月10日

 本日朝刊一面をご覧になったであろうか。経済同友会が、小泉首相による靖国参拝に反対する決議を昨日5月9日に発表したという記事が、新聞各紙の一面に大きく取り上げられていた。そして、その記事下に、小さく小泉首相の談話が掲載されていた。「商売のために、国の魂までをも売ることには賛同しかねる」というような言葉であった。皆様は如何感じられるであろうか?

 小泉首相の言う通りである。確かに靖国参拝問題には、賛否両論色々ある。しかし、いかなる理由があろうとも、他国の干渉を受けるべき問題ではない。これは自国内の問題であり、他国からの干渉を理由にし、日本企業による商売の都合のために他国の主張を受け入れるような形で結論を出すべき問題でもない。内政問題として、一切他国からの干渉とは別のところで、純粋に議論を闘わせて解決すべき問題である。

 昨日の経済同友会による、小泉首相の靖国参拝反対の決議には、国民の一人として非常に大きな憤りを覚える。日本企業は、自社の思惑や都合で、国の威信までをも捨てるというのか。彼ら経済同友会には、未知数ではあるが大きな可能性を秘めた巨大マーケット中国のことしか頭にないのだ。今、日本の政府が中国政府を怒らせれば、自分達が他国の企業に先を越され、大きなビジネス・チャンスを逸するから、形振り構わず金にものを言わせて中国の片棒を担ぐような言動をし、このような信じられない決議をするのである。

 大体、今の平和な日本は、どういう犠牲の上に成り立っているのか、ということを忘れてしまったというのか。家族のために、国のために、命懸けで国を守り、命を国のために捧げた先人達がいてこそ、今の日本の平和はあるのだ。そして、彼らの屍の上を乗り越えてきたからこそ、日本は世界で二番目の経済大国にまで発展することができたのだ。そのことを忘れて、靖国参拝反対などとは、よく言えたものだ。

 一昨日のトヨタの会長の記者会見を見たか。アメリカのトヨタ現地法人社長によるセクハラ事件に関しての記者会見である。例え、セクハラが虚偽であったとしても、あのような記者会見の席で、ニタニタと笑いながら「タイミングが悪かった・・・」という発言はない。仮にも、日本の財界を背負っている人間が、あのような態度で記者会見をやってしまい、それを何も感じずに報道するマスコミの無神経さにも、大きな憤りを覚える。日本の恥さらしではないか。今の日本は、全てがおかしい。このようなことが、まかり通っている国がよくなるはずもない。日本人の誇りや倫理観は、一体どこにいってしまったのか。若者達の手本になり、引っ張っていかなければならない財界のトップ達があの有様では先が知れている。嘆かわしい限りである。

 小泉首相が、盛んに言い続けている。靖国参拝問題の一番懸念する問題点は、隣国が我が国の内政を干渉してくること以上に、自国民の中に隣国の理不尽な干渉に同調する人々がいるということだ、と語気を強め繰り返している。まったくその通りだ。自分達の商売の都合によって、国の威信や誇りまで捨てる輩が肩で風を切って闊歩できる、という日本社会の現状に大きな問題がある。「勝ち組・負け組」などという安易な価値観が持て囃され、金さえあれば法律でさえ自分達の都合に合わせて変えられる、というような間違った風潮が当たり前のように思われてしまう日本社会には、末恐ろしいものさえ感じる。

 マスコミは、企業からの莫大なる広告費の犬と化し、偏向した報道しかしない。そのマスコミでは、「暴力団」がどうのこうの、「暴対法」がどうのこうの、「共謀罪」がどうのこうの、ともっともらしいことが書かれている。しかし、実社会では、任侠の人間よりもいい年をしたビジネス・マンや一般人の方がよっぽど冷酷でご都合主義な言動を繰り返している。法の網の目を潜り抜け、捕まらなければ何をしても金を儲けた方が勝ちであるかのように、大手を振って闊歩する勝ち組と称する輩。彼らこそ暴力団ではないか。規律もモラルもなく、好き勝手自分勝手なことばかりをして、社会に迷惑を掛け、自分が危なくなると平気で裏切り人のことをも売る輩、そういう輩こそ暴力団と呼ぶべきだ。そして、そのようなとんでもない勘違いした輩は、ほとんどの場合普通の一般である。その証拠に、連日冷酷無慈悲な殺人事件が報道されているではないか。それらの事件の加害者は、皆普通の人、一般人である。私利私欲、自我、自分の都合で為した悪行である。自分の血が繋がった家族でさえ殺してしまうのである。家族を愛し、愛する者達を守り、その愛する者達が帰属する国を守る、などという殊勝な発想も愛国心もあるはずもない。何故なら、彼らを導かなければならない大人達が、この有様である。日本の経済を引っ張っていかなければならない経済同友会が、自国を誹謗するような決議を出し、自我と私利私欲と自社のご都合主義によって、自国の首相の足をも引っ張るようなことをするのであるから。本当に嘆かわしい限りである。

 今大切なことは、このような間違った価値観や社会風潮に流されることなく、信念と勇気を持ち、日本に生きる民として、正しい道を真っ直ぐに歩むということではないか。簡単なようで、非常に難しいことかもしれない。しかし、一人一人が信念を貫き続ければ、いつかそれは大きな力となり、国をも動かすはずである。

 余談ではあるが、韓国ドラマ「チャングム」に描かれている汚職に塗れた社会背景は、正に今の日本社会を投影しているようである。正直者が馬鹿を見る。そして、金にモノを言わせた商人が、政治をも動かしてしまう。王は、真面目だが、その王を取り巻く役人達こそが諸悪の根源であり、悪党集団である。正に今の日本である。
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by seizaikai_club | 2006-05-10 16:36 | 経済

諸悪の根源は企業にあり 

 社会に於いて、本当の悪は何であるかを見極めることこそが非常に大切なこと。兎角日本人は、自分の見聞ではなく他人からの噂話や、右向け右で自分の意思というよりも、皆と同じ方向を向いていた方が良い、というような判断基準を持っている人々が多い国民性を持っている。そのような社会環境の中で、日本ほど企業が偽善者面して、正義の味方よろしく、金に物を言わせ政治家までも動かし、自分達のご都合主義で法律まで変えてしまう程に、大きな権力をもっている国はない。そして、そんな企業の餌食となっている一番の被害者は、民、即ち一般国民であり消費者なのである。しかし、そんな企業は法律というバリアで守られ、自分達の権利はしっかりと主張できる偏向した社会体制にあるのが日本である。

 このような社会環境だからこそ、隣国からの圧力に屈してしまうような、隣国の理不尽な主張までをも受け入れてしまうような世論を扇動するようなことが起こってしまうのだ。小泉首相が言う通りである。隣国が、外交戦略で理不尽なことを言ってくるのは、100歩譲って仕方ないとする。しかし、そのような理不尽な隣国の主張に同調し擁護する日本人がいることこそが、憂慮すべき大きな問題点なのである。

 体制を批判し、体制に反発することで生き甲斐を見出してきた団塊の世代。その団塊の世代が、社会のリーダーシップをとっている。彼らは、左よりな思想を背景に、浅はかなる平和主義を盾に、国益をも損ねようとしている。日本のマスコミは、現状そのような世代がトップに君臨している。そして、そのマスコミは、企業よりの広告収入で成り立っている。そのようなマスコミを左右する企業は、自社の利益を国益よりも何よりも優先する。だから中国の理不尽なる主張を擁護するような輩が世の中に横行するのだ。偏向した報道姿勢により、多くの国民が惑わされ国益に反する方向へと導かれてしまう。

 テレビの力は大きい。その影響力は絶大である。そのテレビを支配しているのも、企業である。企業による広告費は、昨年一年で3600億円を超える大きさだ。小さな国の国家予算を大きく上回る額だ。そんな企業人が、愛国心もなく、倫理観もなく、価値基準は「金」ということでは、日本が良くなるわけがない。

 よく「最近の子供達は・・・」などという言葉を耳にする。しかし、私は言いたい、「最近の大人こそ・・・」と。大人が、そんなエゲツナイ価値基準で、金儲けに奔走していて、子供が良く育つ訳がない。子供達は、大人の後姿を見て育つのである。

 昨日のトヨタのセクハラ問題に関してのトヨタ会長のニヤケ顔を見れば、全てが押して知るべしである。「タイミングが悪い・・・」日本の財界を背負う人間が、あの有様である。タイミングではなく、倫理の問題だ。ニヤケテ記者会見する問題ではない。本当の社会悪は、企業悪に他ならない。法律の網の目ギリギリで、金儲けに奔走する企業。彼ら以上の悪党が、この世にあるであろうか。

 どこの世界にも、悪党も善人もいる。しかし、肩書きや業界で決め付けることほど、差別的で侮蔑的な行為はない。人には色々な運命があり、それぞれの運命を背負って生きている。それでも、人は一生懸命生きているのである。政治の世界にも、良い政治家もいれば、金儲けと名誉欲に奔走する政治屋もいる。財界にも、悪党も善人もいる。任侠の世界もしかり。任侠の世界に身をおいているから、十派一絡げで皆悪党という偏向した考え方は間違っている。寧ろ、心の清い、しかし、少々不器用にしか生きられない男気のある、善人が実は沢山いる。私は、強くそう思う。

 暴対法ができて以来、日本はおかしくなっている。暴対法を施行するという発想自体が、偏向しており間違っている。それは、何も任侠界のみの話ではないのだ。暴対法という偏向した法律がまかり通ってしまうということ自体が、日本の形が歪になってきた証拠である。その発端が、暴対法だと私は思う。昔の紳士録と、何ら変わらない発想ではないか。企業が自己防衛の為に、金に物を言わせごり押しで創った法律ではないか。共同共謀正犯に関しても、同じような印象を持つ。人を決め付ける法律。悪法である。

 人を勝手に決め付けることほど、この世に於いて理不尽で悲しむべき行為はない。いくら頑張っても認められない、なんていう社会が良い社会のわけがない。一部の既得権者のみにとっての天下であり、間違っていることは疑いない。任侠という世界は、日本の文化だ。歴史だ。任侠を否定することは、日本の歴史を否定するに等しいことであると私は強く思う。

 人は、人を、色眼鏡ではなく、常に公平な目で見るべきである。「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」福沢諭吉の教えである。小泉さんは、慶応ボーイ。この教えが根底にあると、私は信じたい。ジョン・レノンの「イマジン」という曲の中にも、同じことが歌われている。慶応卒のオノ・ヨウコの影響であろう。しかし、この言葉ほど、心に染み入る良い言葉はない。

◆参考文献◆

 福沢諭吉は海舟の批判者であり続けた。戊辰戦争の折に清水港に停泊中の脱走艦隊の1隻である咸臨丸の船員が新政府軍と交戦し徳川方の戦死者が放置された件(清水次郎長が埋葬し男を上げた意味でも有名)で、明治になってから戦死者の慰霊の石碑が清水の清見寺内に立てられるが、福沢は家族旅行で清水に遊びこの石碑の碑文を書いた男が榎本武揚と銘記され、その内容が「食人之食者死人之事(人の食(禄)を食む者は人の事に死す。即ち徳川に仕える者は徳川家のために死すという意味)」を見ると激怒したという(註1)。

(註1)次郎長もこの石碑が建てられた際に来ているが、意味がわからない子分のために漢文の内容を分かりやすく教えている。自己犠牲というアウトローが尊ぶ精神構造と似ていたせいか福沢と教養面で隔絶した文盲の子分たちは大いに納得していたという。

 「瘠我慢の説」という公開書簡によって、海舟と榎本武揚(共に旧幕臣でありながら明治政府に仕えた)を理路整然と、古今の引用を引きながら、相手の立場を理解していると公平な立場を強調しながら、容赦なく批判している。勝が維新後に栄誉を受けたことを転身、裏切りとするこの手の意見は今も絶えないが、勝、榎本両者は徳川家には充分尽くしたのであり、また徳川家という狭い枠にとどまらず、日本のために尽くしたのである。 現に明治維新という急激な改革に不平士族たちが反乱を起こすが、最大の敵性グループであった旧幕臣たちはついにそむくことはなかった。これは勝や大久保一翁、山岡鉄舟らの尽力によるものである。このことはもっと評価されてもよい。
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by seizaikai_club | 2006-05-09 21:12 | 社会

三島由紀夫の魂が警鐘を鳴らす 

大好きな三島由紀夫の博物館を訪ねてきた。
三島が自刃したのは、
私が小学校高学年、
多分4年生の時のことだった。
学校で、
授業もせずに担任の教師と学友達と、
一日テレビを見ていた。

博物館で見た三島の素顔は、
非常に繊細で線の細い男子というイメージだった。
自筆原稿の字は女性の字のようで、
一文字一文字丁寧に書かれていた。
あれほど、
綺麗に書かれた原稿は見たことがない。
彼の性格が出ているようであった。

繊細な彼だからこそ、
内に秘めたる大きな力が最後に爆発したのであろう。
彼も「愛」に生きた人であったと知ることができた。
人を愛し、国を愛し、人類、地球を愛していたのだと思った。

展示されている彼の所有物からは、
未だに気が発せられているように思えた。
そのオーラは
やはり繊細でありながら力強い波動を発していた。

思えば、
あの時既に、
三島は今の日本を見ていたのかもしれない。
今の日本を予知し憂いていたのかもしれない。
そして、
身をもって警鐘を鳴らしたのかもしれない。
国を愛する心を失った日本人へ。

合掌
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by seizaikai_club | 2006-05-08 17:48 | 今日の独り言

中国の中東ならびにアフリカ政策へ大いなる懸念

「中国の中東ならびにアフリカ政策へ大いなる懸念」
2006年5月2日

 今、中東はバブルです。サウジアラビアをはじめ、中東各国では開発や建設ラッシュです。経済的には、非常に恵まれ、天然資源にも恵まれています。しかし、技術者や労働力が不足しているのです。そこに逸早く目をつけたのが中国です。ここ数年間の、中国政府による中東への関心度の高まりは常軌を逸するものがあります。

 日本もそうであった通り、高度経済成長期に不足するものは、各種エネルギー源です。覚えているでしょうか、日本に於いても高度経済成長期に、オイル・ショックが起こり、日本国民は石油を原料にしている製品、トイレットペーパーの買占め合戦に奔走したことを。まったく同じことが起こることを、中国は逸早く懸念し、中国政府は動きだしているのです。

 つい数ヶ月前にも、胡錦涛総書記は、まずアメリカを訪問し、その後サウジアラビアをはじめ中東各国を歴訪し、帰国しました。そのまた数ヶ月前にも、隠密裏に中東各国を訪問していたと聞き及びます。

 中国政府ならびに企業が、油田の採掘権を近年買い漁っていることは、報道もされ知られています。が、しかし、中国政府が、油田の採掘権だけではなく、各種寄付を中東各国に行い、あらゆる交渉事で優位に立つ戦略をとっていることは、案外日本では知られていません。

 その代表的なことが、中国人への労働ビザ発給の優遇措置です。これは、最初に胡錦涛総書記がサウジアラビアはじじめ中東各国を訪問した際に、技術者の派遣と寄付の交換条件として持ち出し、その訪問中に勝ち得た優遇措置です。今中東では、バブルで労働力が不足しています。その労働力を補うべく海外からの出稼ぎを求めています。しかし、労働ビザの発給は、宗教的なこともありなかなかやっかいなのです。ところが、そこに逸早く中国は目をつけたのです。現在、他国からの労働者よりも、群を抜いて中国からの労働者の数がうなぎ上りに上昇しています。ここ1年で、サウジアラビアに、チャイナ・タウンができ拡大しているそうです。驚きです。

 問題は、このような目立たぬが大切な情報を、日本のマスコミは等閑にし、ワイドショー的な視聴率を獲得できるような情報ばかりを垂れ流しているということです。気付いた時には、中東の石油も全て中国のお手つきになっているなどということにもなりかねない大きな問題です。アメリカ政府も、これらの中国の動きには大きな懸念を覚えています。

 上記したようなエネルギー問題は、世界のパワー・オブ・バランスにも影響を及ぼしかねません。冷戦時代には、アメリカとロシアの核弾頭競争でしたが、今は間違いなく石油をはじめとするエネルギーの争奪戦です。そして、アメリカは、アメリカを脅かす超大国の出現を一番恐れているのです。その可能性として、中国は頭角をあらわしてきたのです。

 1年前までは、まだまだ中国は途上国と高を括っていました。ところが、中国の決断力の速さ、実行力の迅速さは、迅きこと風のごとく、侵略すること火のごとし、でまさに疾風の速さなのです。そして、その巧みで強かな戦略には、さすがのアメリカも大きな危機感を最近では覚えだしています。

 上記したような中国によるエネルギー政策ならびに戦略は、東シナ海の海底ガス田の問題にも、アフリカの問題にも繋がる問題です。

 中東に大きな関心を示しているのと同時に、中国は非常に速いピッチでアフリカ各国へ大しても大きな関心を示し、中東へ対して行っている政策と戦略とまったく同じような行動をここ数年で起こしています。アフリカ各国にも、ここ1年でチャイナ・タウンが自然現象的に立ち上がり、拡大しだしています。

 アフリカ各国へ対しての中国からの出稼ぎ労働者の数も、想像を絶する数です。アフリカでも、ビザ発給においての優遇措置を勝ち得ています。中東にしろ、アフリカにしろ、必要な労働力が満たされていないことから、派遣しようと奔走しても、日本人に対してのビザを申請しても労働ビザがなかなか発給されないのです。ところが、中国人へ対してはその日の内に発給され、翌日には目的国へ向かって多くの中国人達が出稼ぎ目的で旅立つのが現状です。

 そして、そのような中国人の多くは、華僑としてその地に住み着き根ざし、大きなコミュニティーを形成し、一大勢力へと発展するのです。歴史的にいっても、この中国の経済的侵略方程式は、一つも昔から変わっていません。中国人の価値基準は、「国」でも「人」でもなく、「金」なのです。この割り切りこそが、非常に怖いことです。中国人の底力の強さです。「人の命」よりも「金」が、天秤にのせると重い国なのです。

 アフリカへの中国の政策の目的も、やはりエネルギー資源の確保ということにあります。こうやってみていくと、日本はあまりにも全ての事柄において遅まきであり、マスコミにしても論点のピントがボケているような気がしてなりません。ましてや、アフリカのこれらの国々が、北朝鮮と密接な国交を持っていることなど、どこのマスコミも報道していない。こういうことこそが、国益に直結する最重要問題であり、課題であるはずです。視聴率や販売率ばかりに翻弄され、大切なことを国民に伝えきれない現状の日本のマスコミの罪は非常に大きいのではないでしょうか。
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by seizaikai_club | 2006-05-02 17:48 | 国際情勢

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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