政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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皇室典範改正問題に思う

皇室典範改正問題に思う
2006年2月13日

 現在、大手メディアにおいても、今通常国会においても、皇室典範の改正問題が大きく取り上げられている。非常にセンシティブで、触れ難い問題である。にもかかわらず、大手メディアも、永田町の尻馬に乗って政争の具とし、ワイドショー的に取り上げ過ぎている感が否めない。昨今の、視聴率や販売部数という数字のためなら如何なる案件であろうが、数字獲得の手段にしてしまおうという大手メディアの姿勢には、些か辟易とさせられる。また、皇室典範という、日本の根幹をなす歴史や文化に関わる問題をも、軽はずみに取り上げてしまう感覚自体に、同じ日本人として絶望感さえ感じる。悲しむべきことである。

 まず、この問題は、慎重に議論し結論を出すべき問題である、ということを記しておきたい。その前提で、色々と思いを巡らせたい。

 そもそも、野党にしても、大手メディアにしても、いかにも小泉首相が、自らの欲得のために、皇室典範改正を矢継ぎ早に進めているように言っている。しかし、案外知られてはいないが、この問題は、橋本龍太郎元総理の時代より議論が続けられている問題なのである。何故、橋本政権下、皇室典範改正問題が取沙汰されたかというと、皇太子妃雅子様の出産に起因する。皇室も宮内庁も、男子の誕生を期待した。しかし、残念ながらという言い方は失礼になってしまうが、愛子様という女子の誕生であった。そして、その瞬間、皇室典範改正という問題が、時の政府橋本政権に宮内庁を通じ皇室より、隠密裏にもたらされたのであった。ところが、問題が問題だけに、一朝一夕に結論が出せるわけもない。同時に、歴代の首相達は、聖域である皇室典範に関しては、自分の代での議論改正を回避し見送ることを繰り返した。その結果、現在に至ったのである。
 ところが、皇室ならびに宮内庁では、帝王学の教授を皇位継承権の最も高い人物に施さなければならない義務がある。その開始年齢が、皇室典範の改正を待ち望む中、遥かに過ぎてしまったのだ。しかも、男系で引き継がれてきた日本の皇位継承という文化的慣例を継承することさえ難しい自体に陥っている。ある意味、出口のない迷路に迷い込んでしまったにも等しい、困難なる状況に陥ってしまったのである。
 当然のことながら、世界にも類をみない男子継承という歴史を絶やすべきではない。時代の流れとして、男女が平等であることは非常によろしい。男子も、女子も、実際問題平等である。しかし、男には男にしかできぬこともあり、また、女には女しかできぬこともある、ということも現実である。日本国の皇位継承ということも、代々長きに渡り継承されてきた大切な文化であり歴史である以上、世の中の変化による男女平等の議論と同じくするべきではない。
 そうは言っても、現実問題として、男子継承が難しいという状況であることも確かだ。そこで、その打開策として、女子の継承権という新たなる提案があったことも理解できる。世界中を見渡してみれば、イギリスのエリザベス女王を代表に、多くの女系王室が存在する。しかし、他国がそうだから、日本の皇室もそれで良いというものではない。
 それでは、小泉首相をはじめ、何故多くの人々が皇室典範を改正し、女性の継承権も認めようというのか? 答えは簡単である。女性の継承権を認めてもという人々の多くは、時代の流れで男女の格差がなくなったのだから、という意見が多いのであろう。そして同時に、実際問題として現状皇室に男子継承者が途絶えてしまっているから、という人々が多いことは容易に理解できる。ある意味もっともだと言えないこともない。しかし、そこでいくつかの疑問が生じてくる。それならば、何故、礼宮様がご結婚される前に皇室典範を改正し女子にも皇位継承権が与えられるようにしなかったのか? お人柄から言っても、礼宮様は皇位継承者として最も相応しいお方の一人であると思っている国民は多い。何か、まるで皇室典範改正が絡んで、宮内庁なりの思惑がはたらき結婚を急がれたようにさえ見えるのは私だけではないはずだ。そんな意図は、ないものと信じる。
 また、三笠宮様が、ある月刊誌で訴えられたことも注目すべきである。日本の皇室は、他国の王室とは違い。非常に寡黙で礼儀正しい。にもかかわらず、自らが批判される可能性をもわかっていながら為された三笠宮様のご発言は、非常に重たい気がしてならない。政治家や訳のわからない皇室典範改正のための委員達が勝手なことを議論しているが、何故当事者である皇室の方々の意見を真摯に受け止めないのかは、国民の一人として非常に大きな疑問を感じる。直接的に関わりがあるのは、私達国民ではなく皇室の皆様なのである。その皇室の皆様のご意見を伺わずして、議論を進め皇室典範を改正するということ自体、非常に理不尽であり不自然である。
 要約すれば、三笠宮様の言われていることは、男系による継承を、側室制度を回帰してでも守るべきだということだと理解する。側室制度ということを口にすれば、大きな批判を受けることを承知してまでも、あのような発言をされる三笠宮様をはじめとする皇室の方々の思いというものを、我々国民は無視するべきではない。
 一部の心無い人々は、皇室の方々は税金で生活し羨ましい限りである、などということを言う。しかし、実際はそうではない。皇室の方々は、生まれた時より、日本国の平和維持のために、個人の存在までをも寄与して、公務を全うされているのだ。そこには、プライバシーも自我も存在しないのである。我々、国民が想像しているようなものではないのだ。生活の全てが公であり、プライバシーなどというものは皆無なのだ。自由にモノも言えないのである。聞くところによると、天皇陛下は、自分の食べたいものを食べることも一生涯無いという。全ては、宮内庁ならびに侍従達によって決められ為されているという。そういう厳しい環境にあられながらも、日本の国の文化の根源を死守されているのが皇室の方々なのである。だからこそ、皇室の皆様のご意見を無視しての、皇室典範改正ということは絶対にあってはならぬことであると、私は強く思う。
 今回の秋篠宮妃紀子様ご懐妊に関しても、ご自分で主張さえ許されぬ秋篠宮様はじめ皇室の皆様の思いが体言されていることであると理解する。男系による皇位継承ということは、きっと皇室の皆様にとってはそれほどに重く重要な事柄なのである。その思いを、我々国民も真摯に受け止めるべきであると強く思う。
 小泉首相が、何故あんなにも皇室典範の改正問題を急ぐのか、という問題に関しては、マスコミや多くのコメンテーターが批判しているような、小泉政権下で改正したいというような論功行賞的な発想ではないことは、偏向せずに見極めれば直ぐにわかることである。この皇室典範改正問題の結論を急いで一番損をするのは、小泉首相自身である。この問題の結論を急げば、今まで為してきた小泉改革も全て自分の手柄のためだったのだという国民の批判を受けることは必至である。そんなことが、わからぬはずは絶対にない。
それでは、何故、こんなにも小泉首相は焦って皇室典範改正をしようとしたのか。その答えは、簡単ではあるのだが、口にし難い問題であるがために、小泉さん自身が矢面に立たされているのである。
 小泉首相は、あのような性格である。正義感は強く、行動力はある。既成の体制を打破し改革することは得意である。しかし、打破した後、新しい体制を構築することはあまり得意としない。そのことは、彼自身が一番よく知っている。壊すだけ壊すから、後はよく議論して最善の形を導き出してくれ、それが小泉さんという人の人となりだ。そういう小泉さんの人となりを理解し、皇室典範改正問題を解析すると、ある事情が見えてくる。
 マスコミでも取り上げられているように、小泉首相は、ある宮内庁関係者と昵懇の間柄である。そして、その宮内庁関係者から、小泉首相に耳打ちされた事柄がある。その事柄が、小泉首相を駆り立てたのだ。或いは、小泉首相の性格を承知したその宮内庁関係者が、小泉首相を駆り立てるべくして耳打ちしたのかもしれない。その辺の真意ならびに事情は定かではない。 
 それでは、その事柄とはなんなのだ? 皇室典範改正という問題は、上記した通り橋本内閣の時代からの問題である。敢えて、耳打ちする必要もなく、小泉さんも百も承知であったはずだ。にもかかわらず、小泉さんを駆り立て理由。それは、雅子妃にまつわる問題であるらしい。雅子妃の問題は、色々なことが既に週刊誌でも取沙汰されているので、誰もそれほど驚きはしないはずである。しかし、真面目で一本気で、ある意味単純な小泉首相が、「よし」と言って矢継ぎ早に皇室典範改正に向けて動き出した理由は、耳打ちされた次のような言葉であったらしい。「雅子妃が、離婚を望んでいらっしゃる。そして、女子には継承権がなく、紀宮様同様将来的に愛子様も民間に下られるのであるから、皇室には残さず自分と一緒に民間に戻りたい、ということを要望されている。愛子様に皇位継承権があれば、愛子様が雅子妃と民間に下られることを阻止できます。そうすることが、皇太子殿下のお立場をお守りすることになるのです」という訴えであった。それは大変だ、と小泉首相は単純に、皇室典範改正は皇室の望んでおられることと理解してしまったらしい。こういう事情だとすると、安易に小泉首相を批判もできない。小泉さんは、小泉さんなりに国のことを考え、皇室のことを鑑み下した決断なのだ。
 ただ、敢えて言うならば、皇室典範に関する有識者会議のメンバーの人選に大きな誤りがあったように思う。この問題は、他の問題とはまったく違う。非常にセンシティブな、また日本の文化と歴史に関わる重要な問題である。全員を専門家にする必要はないかもしれない。しかし、皇室典範ならびに皇室に関しての専門家を多くメンバーに加えるべきであった。また、皇室へ対しての、尊敬の念を持つ者という最低限の人選基準の下人選されるべきであった。間違っても、皇室の存在ならびに皇室の方々を愚弄するような言動が、この皇室典範に関する有識者会議メンバーより為されるべきではないし、許されるべきでもない。にもかかわらず、実際には、耳を疑うような発言が、三笠宮様の発言に対し、この皇室典範に関する有識者会議のメンバーの一人から為された。これは、悲しむべき出来事である。と同時に、小泉首相がこの有識者会議を招集し、皇室典範改正を目指した趣旨をも歪曲してしまうことになりかねない。誠に残念なことである。

 いずれにしても、この皇室典範改正ならびに皇位継承権の問題は、結論を急ぐべき問題ではないし、今結論を出したからといって、全てが解決する問題でもない。現状、兎に角、秋篠宮妃殿下のご出産をお待ちするべき問題であることは間違いない。
直系を選択するのか、男系を選択するのか、どちらも選択できないのか、前途多難である。しかし、直系を優先しようというのならば、皇位継承権などという制度自体が無意味であり、直系以外の皇位継承者である皇室の方々を否定するという考え方もできなくもない。こうやって考えていくと、宮内庁の人々の思惑が、これらの問題解決に影響しないことを、国民の一人として切に願う。と同時に、天皇陛下をはじめ皇室の方々のご意見を最優先にして頂きたい、ということを小泉首相はじめ関係各位の方々にお願い申し上げる。
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by seizaikai_club | 2006-02-13 17:54 | 政治

秋篠宮紀子様ご懐妊、おめでとうございます。

秋篠宮紀子様ご懐妊、おめでとうございます。
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by seizaikai_club | 2006-02-07 23:51 | 今日の独り言

クツをはけない子どもたち

クツをはけない子どもたち
2006年2月8日

 昔、こんなことがありました。私の子どもたちが、幼稚園に通っている頃の話です。その幼稚園があった区では、親たちと教師たちの集まりをPTAとは呼ばずに母の会と呼んでいました。その母の会の集合体を、母の会連合会と呼んでいました。要するに、その区に帰属する幼稚園それぞれの母の会が一同に会する場が、母の会連合会ということです。
 母の会連合会では、区の教育委員会と協力して、色々な活動をしていました。皆さんご存知のように、母の会のようなPTA活動自体が、園児や生徒たちの親たちによるボランティア活動なので、当然のことながら活動の中心はボランティア活動でした。子どもたちのための映画鑑賞会だとか、紙芝居鑑賞会、舞台劇の鑑賞会、餅つき大会やハイキングなどなど、色々な活動をしていました。その中に、海外、言い方は悪いですが後進国への支援活動もありました。親たちが直接海外へ赴くわけにはいかないので、金銭的援助ということになっていました。ただ、そのお金が有効利用されるよう、見届けるようにしようということになっていました。幸い、その区には、私たちが支援していた国と交流を持っている方がおりました。その方が、中心になり、実際に募金で集めたお金を先方の国まで届け、そのお金を見届けることを5年間もの間続けていました。毎年、募金で集まるお金は、50万円程度でした。しかし、その50万円で、飲み水を確保するための井戸を随分沢山掘ることができました。それだけではありません。教育を広めようと、学校も建てることになりました。貨幣価値の差が大きかったので、何と50万円で毎年2校もの学校が建設できました。井戸と学校を、5年間、毎年贈り続けました。そのことがキッカケで、非常に親密な交流関係を築き上げることができていたように思います。贈られる側は、勿論のことながら大きな喜びを得ていました。贈る側の私達も、実は大きな喜びを得ていました。そのことからの学びは、非常に大きかったように思います。それは、人に喜んで貰えたことによって得られた喜びでした。目には見えません。しかし、心は、ホンワカ温かくなりました。幼稚園児達も、何だかわからないけど、善い事をしたということを肌で感じていたようです。それは、親の感情を子どもたちが素直に受け止めるからだと思います。親の喜びを、子どもたちはしっかりと受け止めていたのです。

 そんな或る日、次の5年間で何をしよう、という話になりました。もともと、5年を一区切りに、ということでのボランティア活動でした。当然のことながら、5年の間には、母の会連合会に参加する親たちも随分と入れ替わりました。それが、こういうボランティア活動の宿命なのです。そんな中、私はこんな提案をしました。
「次の5年間は、クツを贈りませんか?」と。
会場内に、一瞬ざわめきが起こりました。そして、こんな質問が返ってきました。
「クツを贈るって、どういうことですか? クツって、このクツですか?」と言いながら、一人のお母さんが自分のクツを指差しながら質問してきました。
「そうですよ。このクツですよ」
 私も、自分のクツを指差しながらニッコリ微笑み返しながら答えました。すると、また別のお母さんから、声が上がりました。
「なぜ、クツなのですか?」
 そこで、私はこう答えました。
「日本にいると、クツをはくのは当たり前、クツのありがたさなどわからないかもしれません。しかし、他所の国に行ってみると、クツをはけないでいる多くの子供達を目にするのです」
 すると、場内で驚きの声があちらこちらから上がりました。皆、クツもはけないでいる子どもたちが、世界中には沢山いることなど知らなかったのです。私は、若い頃、仕事で色々な国を訪問する機会を得ました。その際、クツをはいていない子どもたちを多く見かけたことが、非常に強く印象に残っていました。
また、ある国を訪れた時、人懐っこく近寄ってきた幼子に、「夢は何?」と私は訊ねました。そうしたら、その子は、綺麗に澄んだ瞳を輝かせ、「クツをはくこと」と答え返したのです。私は、大きな衝撃を覚えました。同時に、目頭が熱くなりました。そんな私の様子を目の当たりにしたその幼子は、非常に驚いた顔をしました。「おじさん、どうしたの?」と心配そうに私の指を握ってくれました。身なりは貧しくとも、その子の素直な心が、私の心を捉えて離しませんでした。
 世の中には、まだまだ、私たちの想像を超えるような事柄が沢山あるのです。「夢は?」と訊ねて、「クツをはくこと」という答えが返ってくるなどと、誰が予想できたでしょう。今の日本人には、想像できないことです。なぜなら、クツをはくことは日本人にとって当たり前のことだからです。今時、日本でクツをはかずに裸足で歩いている人は、一人もいません。この時ほど、日本の常識が世界の常識ではないのだな、ということを実感させられたことはありませんでした。
 帰国後、私は、試しに日本の子供達に同じ質問をしてみました。皆さん、どのような答えが返ってきたとお思いですか? 「ウルトラマンになりたい」「宇宙戦士になりたい」「芸能人になりたい」「歌手になりたい」などなど、非現実的な答えばかりが返ってきました。どう頑張っても、宇宙戦士にもウルトラマンにもなれないでしょう。芸能人や歌手なら可能性はまだありますが、それでも一般的には難しい夢と言ってもよい職業です。当然のことながら、「クツをはくこと」などという答えは皆無でした。このことは、いかに現代日本が平和であるか、ということを物語っているのではないでしょうか。
 何処の国を訪ねても、私は同じ質問を子供達にするよう心掛けています。「クツ」と答える子供がいるような国は、語弊があるでしょうが、後進国と一般的に言われる国々です。しかし、それ以外の国々でも、日本のように「宇宙飛行士」だとか「スパーマン」というような非現実的な答えが返ってくる確立は、非常に少ないように思います。大抵の場合は、「お医者さん」だとか、「弁護士」だとか、「学校の先生」や「看護婦さん」などという、非常に現実的な答えが返ってきます。お父さんの病気を治してくれたので、私も人の命を救いたいからお医者さんになるのが夢です。皆が学校に通えるようになるように、私は学校の先生になりたいです。というように、子どもたちの身近で起こり感動したことへの憧れとして、夢は語られています。それと、もう一つ共通点があります。ほとんどの子どもたちが、生活していく、ということを真摯に受け止めて夢を語っているということです。ここのところが、他国の子どもたちと日本の子どもたちの夢に対する答えの大きな違いであるように、私はずっと思っています。そのような感覚は、子どもたちだけに起こっていることではありません。大人の世界も、子どもの世界と同じだったのです。大きな壁に、私は直面することになりました。
 成長期にある子どもたちのクツは、数ヶ月はくとはけなくなってしまいます。すると、日本のお母さんたちは、また新しいクツを買い与え子どもたちにはかせます。家のクツ箱には、まだ綺麗なのにはけなくなったクツが溢れているのです。そこに目をつけた私は、綺麗なのにはけなくなり、クツ箱に眠っているクツを集めて、クツを欲しがっている子どもたちがいる国々へ贈りませんか、ということを提案したのです。ところが、反対の声が色々と上がってしまいました。「贈るまで保管する場所や保管費用が、クツの場合大変なのではないか」というような、非常に現実的な問題を指摘される良識あるお母さんもおりました。しかし、多くのお母さん方から出た声に、私は少々愕然としました。クツは、足にはくモノ。そんなことは、誰も知っていることであります。それでどうしたの? だから、綺麗に洗ってから贈らねばなりません。自分の足の臭いがついたままのものを贈ることには、かなり抵抗がある。左右揃った状態で贈ることも、難しいのではないか。などなど、私の想像を絶する声が、あちらこちらから持ち上がったのです。そこで、私はほとんど涙目で訴えました。
「洗ってなくてもいいのです。洗ってなくても、クツがあれば喜ぶ子どもたちがいるのです。洗ってないことよりも、クツがないことの方が彼らにとっては悲しむべきことなのですよ」
 と私は必死に訴えました。しかし、皆さんの答えはノーでした。以前に古着を贈ったことがあるそうです。その際も、それぞれがクリーニングに出したり、洗濯をしたりしてから持ち寄ったそうです。そして、その持ち寄られた服を数が揃うまで倉庫で保管して、その後に贈ったらしいのです。ですが、倉庫で保管している間に、折角洗った服は、再び埃をかぶった苦い経験がある、ということでした。結局、クツ贈呈ボランティア案は、廃案になってしまいました。

 読者の皆さんは、如何感じられましたか? 私は、未だにこの時のことに、大きな疑問を抱えたままでいます。クツがはきたいが、クツが無くて困っている子どもたちがいる。クツが綺麗か否かという問題ではなく、裸足で歩くことが辛いのです。一方、贈ってさしあげるなら、綺麗に洗って左右揃ったものでないと恥ずかしい。でも、家のクツ箱には、はかなくなったクツが溢れかえっている。世の中の矛盾を感じませんか? 一方でクツがなくて困っている子どもたちがいる。その反対側には、はかなくなったクツが溢れている。簡単なことなのです。その簡単なことが、大変難しいことなのです。グローバルな視点に立つということは、大そうなことではないのです。自分達がもつ常識の枠を外して、物事を見るということなのです。「常識」というのは、人が考え出したものなのです。絶対ではないのです。生まれも育ちも違えば、自ずと「常識」も変わってくるのです。日本の常識が、世界の常識ではないのです。簡単なことなのに、なぜ人はこんなにも難しくしてしまうのでしょうか。だから、人は息切れして、傷付けあってしまうのではないでしょうか。悲しむべきことです。ほんのちょっと、心の扉を開ければ、お互いに理解し合えて、お互いが喜べ合うのに。早く、世界全部が平和になってほしいものです。
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by seizaikai_club | 2006-02-07 18:44 | 国際情勢

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
by seizaikai_club
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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