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小泉首相にとっての郵政民営化の意味 国民にとっての郵政民営化の意味

小泉首相にとっての郵政民営化の意味
国民にとっての郵政民営化の意味
2005年8月28日
http://www.seizaikai.com/seizaikai_club/index.html

 郵政民営化の是非が長きに渡って問われているが、どれだけの国民が郵政民営化の本当の意味を理解しているであろうか。非常に大きな疑問を感じざるを得ない。本来、政策論争で正々堂々と与野党が闘わなければならないにもかかわらず、最大野党である民主党をはじめとする野党各党が、郵政民営化の意味を研究し、国民に説明した上で議論を闘わせず、ワイドショー的政治手法で、足の引っ張り論争しかしなかった罪は非常に大きい。国民は、言葉尻を捕まえて揚げ足をとるような議論は聞きたくない。しかし、野党各党の多くの議員、特に民主党議員と反小泉自民党脱落議員の多くが、揚げ足取り的議論ばかりを繰り返す姿には、もう辟易とした。政策の本質を議論して欲しいものだ。

 まず、小泉首相が何故ここまで郵政民営化に固執するのか、そのことを理解しなければならない。実は、自民党員である小泉首相が郵政民営化を唱えるということは、自ら自らの肉を切り、血を流すことに等しいのである。そのことを、どれだけの国民が知っているであろうか。都市部では案外知られていないが、全国にある特定郵便局というのは、若き日の故田中角栄元首相が、自民党の集票組織として全国に張り巡らせたものなのだ。ある意味、現代的に言えばフランチャイズ方式の郵便局なのである。特定郵便局自体は民間企業と変わりない。局員の給料も各々の特定郵便局の売上から支払われている。局長が経営フランチャイザーであり社長として経営しているようなシステムなのである。しかし、不思議なのは、立場や各種優遇措置は、民間ではなく公務員と同じなのだ。そして、ここで一番注目しなければならない事実は、特定郵便局長は、特定郵便局の局長であると同時に、その地区の自民党支部長的な役割も兼務していることである。即ち選挙の際の集票地区組織代表になっているということだ。
 だからと言って特定郵便局を否定するものではない。言い方は悪いが、国から給料を頂いている100%公務員が働く郵政公社直営の郵便局に比べれば、特定郵便局のほとんどが地域に根差し、地域の人々との絆を持っている。実際に地域の利用者も、特定郵便局には親しみを持っていて、隣組的なノリで繋がっている場合が非常に多い。それだけに、選挙の際には自民党の集票活動に大きな役割を果たしてきた。日本新党による細川政権に与党の座を許し野党に甘んじた自民党が、再び与党に返り咲いた際の一番の功労組織も、特定郵便局で構成される集票組織であった。
 にもかかわらず、首相就任以前から、一貫して郵政民営化を唱える小泉首相は、どのような複雑な思いでいるのか、容易に想像がつく。このような、自民党に恩のある組織を切り捨てようとしているのだ。それは、それなりの覚悟と信念がないはずがない。大体、野党の議員達は、盛んに小泉首相の郵政民営化を避難するが、小泉首相は、今回の選挙のためや、アメリカからの外圧によって郵政民営化を言っているのではない。小泉首相は、首相に就任するよりも随分昔から郵政民営化を一人で声だかに叫んでいた。郵政民営化に関しての本も、出版しているほどにずっと以前から郵政民営化は日本の構造改革に必要不可欠と叫び続けてきた人なのである。
 小泉首相が首相に就任する直前に、新宿の厚生年金会館大ホールで行われた、「首相公選制の会」に参加した時のことであった。中曽根元首相と小泉首相がゲストとして、講演をされた。その時は、まさか小泉氏が首相になるとは思ってもいなかった。しかし、その数日後、突然小泉さんの名前が首相候補に浮上し、瞬く間に首相に就任してしまった。今でも、その「首相公選の会」で小泉さんが語られた言葉が、この人はなかなか面白い政治家かもしれないな、という印象で私の耳に残っている。「私は、自民党をぶっ壊します。そうしなければ、首相公選制も実現しない。それには、まず郵政を民営化しなければならないのです」と熱い言葉で語っていた。しかし、その時の小泉さんの言葉から理解すると、自民党が憎くてぶっ壊すのではなく、自民党のことも、日本の国のことも愛しているからこそ、一度は自民党をぶっ壊すのだ。ぶっ壊して再生しなければ、日本にも、自民党にも、明るい未来はない、というようなことを言っていた。この時の小泉首相の言葉は、非常に説得力があり、今までの既存の政治家からは一度も聞いたことのない、非常に奇抜な政治論であった。
 自民党内の反小泉派の政治家達は、義理人情を切り捨てるような小泉の政治手法は許せん、と言っている。しかし、どんなことでも、一歩先に進む時、進歩する時には、過去の柵に捕われず進まなければ成長できない。例えば、サッカーの中田選手や野球のイチローや松井を見て頂きたい。彼らは、自己の成長、より高い目標を達成するために、敢えて過去の柵や恩のある球団やリーグや恩師を切り捨て、より高いレベルの球団やリーグに移籍していくことによって、自らを大きく成長させている。そして、自らの成長が、日本のサッカーや野球を世界でも一目おかせる存在に押し上げ、サッカーと野球の発展に大きく貢献している。小泉首相が現在推し進めている、郵政民営化をはじめとする構造改革は、中田やイチローや松井がやっていることと同じようなことなのである。確かに、義理人情は等閑にすることになってしまうが、日本の国にとって良い結果を出すことでご恩返しをする、そういう西洋的な発想の元の改革なのである。よって、目先で、今目の前のことだけを見て判断するのではなく、マクロな目で、将来的に長い目で見守るということと、選挙で棄権せずに投票するということが、我々国民に課せられた大きな役目なのである。
 小泉首相は、自分の私利私欲や我欲や意地で、郵政民営化を叫んでいるのではない。身を切るような思いをしながらも、自民党の再生、そして日本という国の構造改革を成し遂げようとしているのである。その足掛かり、最初の一歩が郵政民営化なのである。

 郵政省というのは、もともと郵便事業だけしか視野にない時代に創設された省である。創設当時、まさか郵便以外に放送やらインターネットやら通信事業だなどと、莫大な金銭が動き利権が渦巻くような業種を管理する省に発展するとは、誰も予想していなかった。ところが、時代は変わり、郵便や郵便貯金にとどまることなく、時代の最先端となった放送もインターネットも通信も全て郵政省管轄の事業になった。数ある省庁の中で、これだけ大きな発展を遂げ、莫大な金銭を扱うことになり、無数の利権が渦巻くようになった省庁はないであろう。昔は、郵政省というと、数ある省庁の中でも、公務員希望者から一番人気のない省庁であった。しかし、今では、一番人気の省庁に変貌を遂げた。そのような郵政省に、誰もが馬鹿にしていた時代に、自民党の集票組織を根付かせた故田中角栄元首相という政治家の、「先見の明」には驚かされる。
 特定郵便局という集票組織は、自民党にとってはこの上のない組織である。しかし、日本の将来のことを考えれば、小泉首相が考えるように、郵政省は民営化し、色々な意味で公平な状況にもっていくことが最善なのではないか。企業や組織の力が選挙の集票活動に影響を及ぼすようなことがあっては、国民の意見が選挙で公平に反影されないことは誰の目にも明らかである。そのような不公平なシステムになっているのであれば、そのような関係を精算し民営化することが、郵政事業にとっても、日本の国にとっても、そして、自民党にとっても良いことであるはずだ。

 それでは、国民にとっての郵政民営化の意味とは何であろうか。もちろん、上記したような事柄も、国民にとって大きな意味がある。しかし、それだけではない。郵便事業ということだけをとってみても、民営化した方が良いことは一目瞭然である。ただ、全ての面で、民営化が良いという訳ではないのかもしれない。例えば、郵便貯金に関しては、今までは公社であったので、国民が安心してお金を預けておくことができた。しかし、民営化されれば、預けられたお金は株主が自由に運用することも可能になる。ということは、例えば、外資系の企業が株主になってしまえば、日本の国民が汗水流して貯金したお金が、海外に流れてしまうという可能性だってあり得るということだ。
 しかし、郵便貯金以外の部分で言えば、民営化をした方が国民にとってもプラスになる部分が多いように思う。実際問題、ドイツ、イギリス、イタリアを始め、多くの諸外国では、1980年代より民営化や自由化が為され、それなりの好結果を得ている。郵政族の荒井議員などは、アメリカだって公社のままだと盛んに言われているが、確かにアメリカは公社のままである。が、しかし、早い段階から自由化され、アメリカ国民は選択肢を得ている。その結果は、一目瞭然で、アメリカで生活したことのある人ならばわかるが、明らかに郵便よりも民間の宅配便の方が優位にたっている。皆様もよく耳にされるフェデックス(FedEx)やUPSは、民間宅配業者である。

 カナダにしても、確かに公社のままではあるが、自由化され国民にとっての選択肢が増えた。しかし、カナダの場合は、アメリカに競べると郵便の信頼度もまだまだある。ただ、スーパーマーケットでも切手を買うことができるようになったり、今まで点在していた郵便局の数が減り、その分セブンイレブンのようなコンビニエンス・ストアーの店鋪内に郵便ブースができたりと、色々な無駄が削減されつつ便利さが増幅されるような方策がとられ、非常に良い結果がでている。
 他にも、ドイツやオランダのように郵政省は民営化され、世界でも指折りの大企業として成功を収めている。どこの国の場合でも、郵政事業が民営化や自由化されても、ユニバーサル・サービスができなくなったとか、解決できない各種問題が生じたという話はない。それどころか、無駄が省かれ、それまで赤字経営で多額の税金が投入されていたが、自由化、民営化後は、そのような赤字が解消され、大きな利益を上げている例ばかりである。

 上記したように、特定郵便局は地域に根差し、比較的良いサービスを国民に提供しているような気がする。何故ならば、特定郵便局は公共機関の立場でありながら、その経営形態は民営に等しく、商売として成り立っているが故に、お客様へ対してのサービスが徹底されているからである。ところが、郵政省直営である本局に行ってみると、その様子はかなり特定郵便局とは違う。本局に行って、かなり歯痒い思いをしたり、嫌な思いをしたり、という経験を持つ国民は多いはずだ。
 例えば、窓口で長い行列ができていて、横には別の局員がいるにもかかわらず、自分の担当ではないということで見て見ぬふりをされたり、取って付けたような返答しか返ってこなかったりとか、非常に面倒臭い様子で対応されたりとか、長時間待たされたりとか、盥回しにされたりとか、大切な郵便物が破損したにもかかわらず責任転嫁されたり、と各種トラブルや嫌な思いを経験された読者も多いと思う。その度ごとに、本当に郵便局の本局で働いている人々は、働く気があるのだろうか、と大きな疑問を感じるのは私だけではないはずだ。
 野党の議員達は、郵政民営化に関し、国民の立場にたったような口ぶりでユニバーサル・サービスがどうのこうのとか、リストラがどうのこうのとか、「民」と言っているが自民党が言う「民」とは民間大企業だけだとか、色々言っている。が、しかし、一つとして説得力のある意見がない。それは何故かと言うと、彼ら彼女らが、実際に日々郵便局に通って、郵便貯金を自らの手で為したり、郵便を出したり、ということをされていないからに他ならない。されていたとしても、一般の国民とは違い、顔の知れている政治家の先生であれば、悪い対応をしてくるわけがない。それと、特定郵便局に関しては、確かに公社の傘下であり、立場は公務員であるが、実際には民営と変わらない状況で現在も運営されている訳である。よって、母体は変わってもその利便性は存続するに違いない。大体、現状でも、特定郵便局員が、公務員である必要がどこにあるのかが理解できない。
 どうも、非常に身近にある特定郵便局が、自分達の今後の身の振り方を考え戦々恐々としているが故に、そこから発せられる声が聞こえてくるので、何か郵政民営化とは非常に悪いことのように聞こえてきてしまう。が、しかし、実際には、特定郵便局に絡む小さな利権構造や郵政省自体が絡む大きな利権構造を、郵政民営化によって一掃することは、国民にとって無駄なことではない。

 問題は、いくら安価で確実に郵便が届くシステムができていても、その為に莫大な赤字が出て、その赤字の穴埋めに莫大な税金が使われていることである。それならば、民営化し、自由競争の中で、価格もサービスも競い合い、赤字の出ない形で最善のサービスを提供できるような方法を模索するべきである。それには、郵政事業の自由化と民営化しかない。そのことは、日本以外の諸外国もまったく同じ問題を抱え解決したという前例があるので、一つも躊躇う必要がある改革ではないのだ。それよりも、一日でも早く実行すべき法案なのである。読者の皆様も、郵便局でのご自分の経験を思い起こし、ご一考あれ!
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by seizaikai_club | 2005-08-28 20:38

小泉首相が女性候補を刺客に立てる理由

小泉首相が女性候補を刺客に立てる理由
2005年8月27日
http://www.seizaikai.com/seizaikai_club/index.html

 小泉首相が、今回の衆議院選挙に於いて、郵政民営化法案に反対した議員達の選挙区で、対抗馬として多くの女性議員を送り込んでいることに対し、反対派の議員や民主党をはじめとする野党の議員達は、女性票を集めるために女性を利用している、女性に失礼だ、というようなことを盛んに声だかに言っている。しかし、実際には、そのようなことを言っている反小泉の議員達や民主党をはじめとする野党の方が、女性を利用しているとしか思えない。このような陳腐な発想は、アメリカに於けるアフリカ系アメリカ人やネイティブ・アメリカンへ対する差別的な言動と何らかわらない。選挙とはいえ、論点のレベルが低すぎる。
 アメリカでも、裁判や選挙の時不利な状況に陥ると、差別を盾にして被害妄想的な主張が繰り広げられる場合がある。例えば、元バスケット・プレーヤーのO・J・シンプソンの殺人容疑の裁判などは、記憶に新しい事例である。
 その逆に、本人が差別意識を感じていないにもかかわらず、肌の色が違うことで差別されたのではないか、と過剰な気配りをされて、かえって結果が狂ってくるといことが頻繁に起こる。今回の女性候補云々という発言は、このようなアメリカに於ける人種差別に根ざした問題と非常に酷似している。
 何故ならば、女性ばかりと盛んにマスコミも反小泉議員も言うが、それは嘗て起こったタレント議員ばかりというような場合は、そんなことも言えるかもしれない。しかし、今回の女性候補達の実績を見てみると、女性票を獲得せんがために、誰でも良いから見栄えと人柄の良い女性を、というのとは違うことは一目瞭然である。女性候補者全員が、それなりの実績を各界であげており、それなりのキャリアも積んでいる。そして、国を思う気持ちも持ち合わせている。決して、容姿端麗だが、頭の中は空っぽというような人物達ではない。にもかかわらず、女性票を狙った女性候補擁立作戦だなどとは、それこそ女性候補達へ対して失礼千万である。
 大体、諸外国に比べ、日本の政界は女性議員の数が圧倒的に少ない。女性候補がドンドン擁立されてしかるべきであって、そのことが批判されるようなことではない。アメリカでは、次期大統領候補の本命はヒラリー・クリントンである。十中八九間違いなく、アメリカ合衆国初の女性大統領となるであろう。そんな時代である。
 考えてみて頂きたい。政治に留まることなく、一般社会に於いても、ビジネスに於いても、昨今女性の実力の方が男性の実力を上回っていることは、誰の眼にも明らかである。会社に於いても、男同士のように上下間系や変な柵がなく、合理的にドライに仕事をこなす女性が非常に多く、注目されている。実際問題、女性の方が良い仕事をする場合が多い。積極的に女性を採用したくとも、男性へ対しての差別になるので、ということで生別採用等さえできなくなっている時代である。今さら、女性の票目当てに女性候補ばかりを擁立することは差別的であり汚い戦法だなんて言ってくること自体が、前近代的で、他に戦わす論点もないのか、と言いたくなってしまうほどだ。
 容姿端麗な女性候補ばかり、などと言う反対派に至っては、選挙のどうのこうのというよりも、ご自分のコンプレックスや嫉妬としか思えないほどレベルが低い。そんな上辺のことではなく、お願いですからもっと政策論争をして頂きたい。読者の皆様、特に女性読者の皆様方、如何かがお思いですか?
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by seizaikai_club | 2005-08-27 20:34 | 政治

海外で絶大なる評価を受ける小泉首相と小泉構造改革

海外で絶大なる評価を受ける小泉首相と小泉構造改革
狩猟民族的行動パターンの小泉首相が
海外で評価され日本で足を引っ張られる理由
2005年8月15日
http://www.seizaikai.com/seizaikai_club/index.html

遂に、衆議院解散、選挙ということになった。もともと、小泉首相は、腐敗した日本の政治ならびに自民党を根本から変革することを、大きな目標にしてきた。マスコミや政治家や財界人が大騒ぎをしているが、今更何を騒いでいるのか、というのが正直な印象だ。小泉首相には、守るものはない。権力に固執するわけでもない。私心を捨てて、国の為に事に当たる人間に敵うものはない。どんなに反対勢力が騒ぎ立てても、小泉さんの遣り方に多少の無理があろうとも、志が正しい限り、小泉首相が真っ直ぐ見据えて邁進している改革は、成就するに違いない。そして、その改革が、日本にとっては、非常に大きな転換点になることは、火を見るよりも明らかだ。将来、今起こっていることを振り返ってみれば、小泉構造改革は、日本の歴史に残る偉大なる転換点であったと評価されるに違いない。しかし、そのことをわかっていないのは、灯台元暮らしの我々日本人だけなのである。その証拠に、海外で小泉首相は絶大なる評価を受けている。歴代の日本の首相には例をみないほど、どのメディアも小泉首相のことを非常に大きく取り上げ、メディアにとどまることなく、海外の政治家達も財界人達も、小泉構造改革を評価している。

 イラクへの米軍派遣の長期化、多くのアメリカ人兵士の犠牲などにより、アメリカに於いては、ブッシュ大統領に対するアメリカ国民の感情が微妙な動きを見せている。にもかかわらず、小泉首相に対しては、反ブッシュ、親ブッシュを問わず、多くのアメリカ人が好意的な感情を示している。面白いのは、小泉首相には好感を持っているが、ブッシュ大統領には批判的であるというところだ。しかし、小泉首相がブッシュ大統領と非常に親しくアメリカ寄りであることは、そんなアメリカ人達も評価している。ある意味矛盾しているかのようである。が、しかし、これが嘘偽りの無い多くのアメリカ国民の複雑な心境なのである。愛国心の強いアメリカ人である。国の為に軍隊に参加し、国の為に働き、国の為に命を落とすことは、彼らにとって誇りである。だが、長期化するイラクへの派兵によって、あまりにも多くのアメリカ人が命を落としていること、積極的に戦争を仕掛けるブッシュ大統領に対して、サン・フランシスコなど革新的な知識層の多い地域や都市では、反ブッシュ大統領の動きが少しずつ広がってきているように感じる。

嘗て、ロン・ヤスと言われるほど、故ロナルド・レーガン元アメリカ合衆国大統領と中曽根康弘元日本国総理大臣も、公私に渡って親交を深めていた。故レーガン元大統領と中曽根元首相の関係は、私的な親しさの部分が非常に強かったように記憶する。しかし、ブッシュ大統領と小泉首相の関係は、私的な関係よりも、政治家、同志としての親密な関係というか、お互いの立場を認め合った、非常に良い関係であることが伝わってくる。その証拠に、アメリカ人達の小泉首相への反応は、中曽根元首相の時の反応とは、少々違うように私は感じている。アメリカ人達が小泉首相を語り評価する言葉には、同盟国として下に見るのではなく、小泉首相の言動を認め対等な立場で、公平に評価している響きがある。ある意味小泉首相への尊敬の念さえ感じる。また、彼らアメリカ人には、歴代の日本の首相の誰よりも、小泉さんが身近で親しみやすい人柄に感じられるようである。そこのところを問い返してみると、小泉さんの立ち居振る舞いがスノブでなく、非常に庶民的で身近な良い人に感じられるという答えが返ってくる。
このようなことは、日本にいると気付かぬことである。が、しかし、国際社会における日本の立場や国益を考えると、非常に大きなことであると私は思う。声を大にして、評価すべきことである。このような小泉首相に対する好感情は、アメリカ人にとどまることなく、カナダやヨーロッパの多くの国々で、非常に好意的な言動となって日本人に向けられている。西洋人の懐に飛び込み、目に見えない壁を取り除き理解してもらう、という意味では大成功を収めているのではないか。歴代の総理大臣で、こんなに評価された首相はいない。
 にもかかわらず、日本国内では、相変わらず小泉批判の嵐が吹き荒れ、小泉首相の一挙手一投足が批判されている。不思議でならない。日本人とは、何と素直でない国民なのか、と少々悲しくなってしまう。

 小泉首相が、旧態依然とした日本の政治家や財界人や一部の国民から嫌われる理由はこうである。その一番の理由は、日本で美徳とされてきた、仁義忠孝礼を無視した、非常に西洋的なドラスティックな改革の仕方が、多くの日本人の鼻を衝くのであろう。本来日本人というのは、自分の意思よりも相手の気持を尊重し、忍び耐えることを美徳とした民族である。ところが、小泉首相の改革の仕方、政治手法というのは、どちらかというと非常に西洋的で、義理人情よりも日本の国にとっての結果を優先するやり方である。そこのところが原因で、多くの日本人に違和感を与え、逆に諸外国では大きく評価されるという反比例的な現象が起きているのであると思う。ある意味、小泉首相という人は、狩猟民族的な発想や行動パターンをもった人なのである。よって、西欧人には非常に受け入れられ評価されるが、農耕民族である日本人やアジア人には足を引っ張られるのかもしれない。足を引っ張るということ自体、非常に陰険でアジア的な、農耕民族的な発想でもあるのだが。
 それでは、どちらが正しいのか? 感情論で日本人としての視点でモノを言えば、小泉首相の言動は日本人らしくない、けしからんということになるのであろう。しかし、国際社会における一国日本として、国際的な常識で小泉首相の言動を見れば、これは文句なく評価されることであることは間違いない。このことは、ある意味、日本という国が現在置かれている立場や状況を、奇しくも端的に表しているのではないか。
どういうことかというと、それは「グローバル・スタンダード」と「ジャパニーズ・スタンダード」のギャップの大きさを端的に表しているということだ。確かに、日本人の伝統的慣習は、素晴らしい。しかし、国際社会では、まったく反対の結果を生んでしまうということを、この事柄から我々日本人は学ぶべきである。旧態依然とした日本的体質を尊重するあまり、長きに渡って、悪いとは分かっていても改革できず、悪しき流れを見て見ぬふりをして温存してきたツケを、小泉首相は清算しようとしているのである。
それは、小泉首相が攻撃されて当たり前である。今までは正しいとされていたことを、正しくないといって壊しているのだから。旧来の日本の慣習では、縦割りが尊重され、横割りは二の次であった。しかし、グローバル・スタンダードでは、縦割りよりもむしろ横割りが尊重される。いや、縦割りだの横割りだのという判断基準自体が、否定されるのがグローバル・スタンダードだ。要は、馴れ合いではなく、結果なのである。良いか悪いか。正しいか間違っているか。何事も白か黒かなのである。グレーの部分が、今までの日本のように圧倒的ではないのである。勿論、人間社会である、グレーの部分もある。しかし、それはごく一部である。何故ならば、生まれも育ちも違う人々が、世界では交流しなければならないのであるから。以心伝心などというご都合主義では立ち回れないのだ。

今小泉首相が永田町で行っているのとまったく同じことが、ある日本の企業で為され再生に成功した。それは、皆様ご存知のとおり、日産自動車である。ゴーンというルノーから差し向けられた男は、日本の慣習とはまったく関係のないグローバル・スタンダードに基づいた経営方法で、日産を立て直した。しかも、驚くべき短期間で成し遂げたのである。外国人であるゴーン氏でさえ、幾多の逆風と対峙した。ましてや、日本人である小泉首相が、同じことを一企業ではなく、一国を変革すべくやっているのである。強い逆風が吹いて当たり前。足を引っ張られて当たり前なのかもしれない。
 しかし、そんな厳しい状況下にあっても、解決できるか否かの問題点は一つである。それは、愛国心である。どれだけ国のことを思って、私心を捨ててことに当たれるか、それに尽きる。日産自動車のゴーン社長が再建を成功できたのも、ゴーンという人が、純粋に日産自動車の自動車を愛し、日産自動車という会社を愛していたからである。あれだけの荒業を、あれだけの短期間で成し遂げられたのは、ゴーンという人の愛の賜物なのである。

 それにしても、可笑しな話である。私利私欲を捨て、日本の国を変革しようとしている首相を、自国の政治家や財界人やメディアが引き摺り下ろそうとしている。どこの世界に、自分が所属する党が不利になってでも、国の為に変革を推し進める勇気を持った政治家がいるであろうか? 小泉首相の勇気は、評価に値する。遍く諸外国からは賞賛され評価されているにもかかわらず、自国の政治家や財界人や大手メディアからは、あまり評価されない。それどころか、足ばかり引っ張られる。にもかかわらず小泉首相は、そんな反対勢力に負けることなく我道を往く。天晴れな人である。それだけ、小泉という人の愛国心が強い証だ。
 それに引き換え、私憤、私利私欲で、騒ぎ立てる反小泉の政治屋や財界人や大手マスメディアの浅ましさといったら、もうこの世の終わり、とでも言わんばかりである。形振り構わず、我欲に走り、偽善者よろしく国民を惑わす言動を、恥ずかしげもなく繰り返す。自分の偽善を棚に入れ鍵までかけておきながら、まるで小泉内閣が悪行三昧であるかのごとく吹聴する。許しがたい行為である。反小泉派の利権を守らんがための遠吠えであることは、国民皆が知っている。見苦しい真似は、もういい加減にして頂きたい。

本来、野党がもっとしっかりしていれば、民主党がもっとママゴト政治から脱却して、国民の信頼に足る党に成長していれば、今回の選挙は二大政党化を実現するための第一歩になっていたはずである。それが、小泉という政治家の本当の狙いであったと思う。
ところが、民主党はといえば、そんな小泉首相の大志も理解できず、ただ上っ面ばかりのワイドショー的政治手法に終始し、国民の期待を裏切った。それどころか、二大政党化へのチャンスをも国民から奪い取った。その罪は非常に重い。野党の役目は、与党や政府の揚げ足を取ることではなく、政策論争を闘わせることではないか。本分を忘れて、政権を取るなどと臆面もなく言われる民主党の議員の皆様方、海外のメディアも、政治家達も、財界人達も、そして、一般の人々も、ドラスティックに日本の構造を改革しようとしている小泉首相の足を引っ張る民主党の皆様方のことを、不思議の国のドンキホーテと言って見ているのをご存知ですか? 早くママゴト遊びではない、本当の政治を執り行えるように成長してください。そうしなければ、いつまでたっても二大政党化など、夢のまた夢でしかありません。
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by seizaikai_club | 2005-08-15 20:37 | 政治

アメリカの憂い

アメリカの憂い
「父親探しショー」の暗愚
2005年8月11日
http://www.seizaikai.com/seizaikai_club/index.html

 今回渡米して、一番アメリカを危惧した瞬間は、朝9時から放送されていた「父親探しショー」とかなんとかいう非常に愚かで馬鹿げた番組を観た時であった。どういう番組かって? あまりにも馬鹿馬鹿しくて口にもしたくないほどである。しかし、正直ついついチャンネルを合わせてしまうのも事実である。それは、人の不幸を面白がる嫌な性質が、人間にはあるからかもしれない。その証拠に、その番組の視聴率は非常に高い。

番組タイトル通り、未婚の女性が出演し、最初に、女手一つでこの可愛い幼子を育てている、のどうのこうのとお涙頂戴の能書きを暫したれる。その後、この子の父親は、誰々であるが、父親であることを認めようともしないし、養育費も出さないし、面倒をみないどころか、自分の子ではないと言い張って逃げている。などと、形相を一変させ、恨み骨髄で吐露しだす。観客から一斉にどよめきが起こる。同時に、番組はその男を映し出し、プロフィールを紹介しながら男の言い分をVTRで流す。その頃には、スタジオ中が女性を応援する側と男性を応援する側に分かれ、罵声の飛ばし合いで大騒ぎ状態になっている。そこへ、火に油を注ぐかのように、子供と男の大アップ写真を並べて映し出す。すると、女性がその写真に近寄り、こことここを見て下さい。誰が見てもそっくりです、とかなんとか騒ぎ出す。すると、男もそれに反論して大騒ぎとなる。時によっては、取っ組み合いとなる。そうなれば、スタジオの観客もテレビの前の視聴者も大喜びである。他人の不幸は蜜の味、とばかりに皆ニヤニヤしながらブラウン管に釘付け状態。口では、「こんな酷い番組はない」とかいいつつも、「でも、どう見てもあの子とあの男の目はそっくりよね」とかなんとか自然に口をついてでてしまっている。呆れてモノが言えない。しかし、気付けば、毎朝私もチャンネルを合わせていた。何とも人間とは、酷い生き物である。本当に煩悩の塊である。
面白いのは、70から80%の割合で、男性の言い分が正しく、女性が負けてしまうのである。中には、「私は処女を彼に上げたし、他の男は一人も知らない」とまで言い切った女性もいた。スタジオには、両親も来ていて、両親もスタジオの観客も、皆号泣していた。ところが、最後のDNA鑑定結果が発表されてスタジオ中は騒然である。何と、男性はその子供の父親ではない、という結果がでてしまった。女性は、泣き叫びながらスタジオから走り出していく。男性は、その女性の後姿に罵声を浴びせる。まるで、人間の強欲に塗れた地獄絵のような様相を呈す。それが、テレビで全米に流されているのだ。恐ろしいことだ。
アメリカという国は、益々煩悩に支配される国になってきてしまっているような気がしてならない。人間は、人間の欲望のままに行動できれば、それは楽しいに違いないし幸せに違いない。しかし、そのように本能のままに行動するのであれば、言葉は悪いが動物と何らかわりがないとも言える。

私は思った。大人達の勝手な欲望が引き起こした結果を、また恥の上塗りをするようにテレビの場にまで持ち出し、自ら全ての恥を曝け出し、煩悩に塗れた姿を世間に曝す。それだけではない。何の罪もない子供達の気持など一つも考えていない。実の母親が、応募してきて、子供達の心の傷を容赦なく突っ突き回しているようなものである。にもかかわらず、当事者である子供達の母親は、まったくそんなことに気付いていない。自分の欲望だけで全てを為している。そこに引きずり出された男が父親でないということが証明されれば、その女性は誰が父親かもわからないほどに男性関係を持っているということを、自ら暴露していることになる。こんなに恐ろしい番組があるであろうか。悪魔の世界から放送されているような番組である。にもかかわらず、応募してくる女性が後を絶たない。このような恐ろしい番組を放送していることにも大きな問題があるし、そんな番組が高視聴率をとってしまうことにも、アメリカの病んだ一面を垣間見ることができる。

この地球をリードして、導いていけるだけの実質的能力と決断力と勇気を持ち合わせている国は、正直アメリカしかないであろう。しかし、同時に、そのアメリカはこんなにも病んでいるのである。確かに、それぞれの国が同盟を組んでことにあたれば、非常に民主的に地球をマネージしていくことができるであろう。だが、そうは言っても、実際問題、9.11同時多発テロやスペインでの列車爆破テロ、そして、ロンドンの地下鉄爆破テロや、世界各地で起こっている色々なテロと対抗していき、テロリスト達と対峙するには、真面目に民主的にことを進めているだけでは解決できないことは、誰もが知っているはずである。急にことが起こった時に、迷うことなく、アメリカのように世界をリードして即座に対応できなければ、絶対にこの世界はテロリスト達の思う壺になってしまう。これは、我々人類に与えられた、人類史上最大のジレンマであり、試練であるのかもしれない。
国が栄え文化が反映し、資本主義の台頭により人々が物質的豊かさを手に入れ平和になれば、その反面、反比例してモラルが低下することは否めない。その代表もアメリカである。こんな番組が放映されること自体、アメリカのモラルが地の底に落ちていることを証明している。視聴率さえ取れれば何でもありでは、メディアとしての役割に大きな疑問を感じざるを得ない。昨今の日本のマスメディアに、視聴率ばかりを尊重した公平ではない偏った報道姿勢を感じていたが、どうもそのような体質は日本にとどまったことではないようだ。悲しむべきことである。
しかし、そのような状況下でも、一つだけアメリカのマスメディアの救いは、アメリカのテレビをはじめたとした大手マスメディアのニュース番組の公平さと質の高さである。アンカーマンも出演者も、非常に公平な立場で問題定義し、時としては激しいディベートを番組中に行う。しかし、大抵の場合、そこには、それぞれの出演者の私利私欲や私憤というものを感じない。唯一感じられるのは、アメリカ合衆国への「忠誠心」と「愛国心」だけである。「忠誠心」と「愛国心」が強いが故に、それぞれの番組は非常に熱い思いで放送され、熱い討論さえなされる。皆、真剣であり、非常によく勉強している。
それでは、何故、日本のマスメディアやジャーナリストからは、同じようなフィーリングを感じられないのであろうか? 答えは簡単である。国に対する、「忠誠心」と「愛国心」の熱さの違いである。これは、マヤカシや作り事ではできないことなのである。人間の内から自然に湧き出てくることなのだ。いくら日本のメディアが、アメリカの真似をしようとしても、結局は上辺だけのモノになってしまう。それは、この国へ対する「忠誠心」と「愛国心」が、根本の部分で、アメリカ人と日本人では大きく違うからである。勿論、日本にも、日本の国へ対して、大きな「忠誠心」と「愛国心」を持っている人々も沢山いる。しかし、アメリカの場合は、ほとんど全てのアメリカ人が、国へ対して強い「忠誠心」と「愛国心」を持っているといっても過言ではない。そこのところが、大きな違いである。
いずれにしても、アメリカでこのような番組が放送されていることも、そして、このような番組が高視聴率をとっていることも、大きな問題であることは間違いない。親米家の日本人の一人として、アメリカのモラルの低下を非常に危惧する。小泉首相、ブッシュ大統領にご進言あれ!
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by seizaikai_club | 2005-08-11 20:31 | 国際情勢

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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