政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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カテゴリ:マスコミ( 20 )

渡辺恒夫告発の清武巨人軍専務取締役の勇気を賞賛

渡辺恒夫告発の清武巨人軍専務取締役の勇気を賞賛
2011年11月11日

以前から何度となく、このブログでは渡辺恒夫の不愉快な理不尽を何度となく指摘していたが、遂に内部告発ということで内乱んが起こったかと思っている。

嘗て、内外タイムスという新聞社の社長をしていた頃、ご存知の通り新聞協会の一員として接点があった。だが、渡辺恒夫に対しては、理不尽で失礼な記憶ばかりで、思い起こすだけでも頭に血が昇るものばかりだ。今回の清武氏による告発内容、そのままの理不尽がまかり通っていた。一体何様だということが多々あった。また、彼を増長させている取り巻きが彼を理不尽に育ててあげているという印象が非常に強かった。

以前からにも話したが、エレベーターでの出来事。私のがエレベーターに乗っていたら、渡辺恒夫と取り巻きがそのエレベーターに乗ってきた。理不尽にも、先に乗っていた私に対して、エレベーターを降りろというのだ。私は、降りる必要が理解できない旨を側近に吐露し、そのままエレベーターに乗り続けた。渡辺恒夫はその側近を叱咤していた。それは、読売主催で行われたパーティーでの出来事であった。私しは招待されていた客の立場にあった。勿論、年長者である渡辺恒夫に礼を尽くしても構わない。だが、ああいう理不尽なことをされると、礼を尽くしても構わないと思っても、そんな気持ちは消え失せてしまう。一事が万事、理不尽なのだ。新聞協会に於いてもそうだ。政治に対しての彼の言動も、まるで何様か? 天皇陛下より偉いのかというような言動だ。確かに、新聞業界の天皇なのかもしれないが、理不尽にも程がある。野球に関しては門外漢。

清武氏の勇気を賞賛する。多分、我慢んの限界いを超えたのであろう。誰かが止めなければ、巨人軍の名誉を傷つける、読売新聞グループの名誉を傷つけると思っているの判断であろう。世論調査まで彼の鶴の一声で、書き換えられるという噂さえ聞こえてくる。これでは、読売新聞の信頼度も地に落ちる。彼のワンマン、我儘はもう度を超えている。別に、渡辺恒夫が創業者でもなければ、読売新聞のオーナーでもない。唯の一政治部記者出身ではないか。いつから、彼はオーナー頭らになったのだ。政治評論家の三宅久之氏と同期の政治部記者出身だ。いつから、あんなに偉くなってしまったのか。多いなる疑問が感じていた。とうか、もうあまりにも影響が大きすぎる。というか、私的思想を強制し、マスコミに籍をおいていることで、メディアを私物化し政治まで動かしている。もう、度を越しており、これ以上放置しておける限度を超えている。それが、今回の清武氏による下剋上クーデターということであろう。これを良い機に、ご自分で身を清め現役を引退されるべきではないか。私のは、そう強く思う。
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by seizaikai_club | 2011-11-11 18:09 | マスコミ

天気予報図に領土全体を載せるべき

天気予報図に領土全体を載せるべき
2010年11月29日

 ずっと気になっていることがある。それは天気予報だ。天気予報で使われている予報図に、日本の全領土がのっていない。あれは大いなる問題だ。我が国固有の領土は、全て載せてしかるべきである。勿論尖閣諸島や北千島、南サハリン、そして、竹島も含めてだ。天気予報図に、領土全てを載せないことは、相手国に対し、日本は領土を放棄しているように誤解されてもしかたないことだ。兎に角、既成事実を一つでも多く残していくことに努めることが、相手国を気遣うことよりも、領土問題では優先されるべきである。日本は、そこのところの対応が、政府もマスコミもおかしい。自らギブ・アップしてしまっているようにさえ見えるのは、私だけであろうか。
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by seizaikai_club | 2010-11-29 08:03 | マスコミ

1%でも辞めない発言に関しての諸説

1%でも辞めない発言に関しての諸説
2010年11月29日

 ここ数日、各種メディアでは菅総理が「支持率が1%になっても辞めない」と発言したと大騒ぎになっている。だが、ここにきて、あれは菅総理が発言したのではなく、知人が「1%になっても辞めないでくれ」と菅総理に言ったことが、間違って報道されたというニュースが新聞やネット上に流れている。これらの「1%発言」記事の報道に関しては、諸々感じるところが多い。

 まず、一言で言ってしまえば、今のマスコミ、各種メディアの記者たちの程度の低さというか勉強不足が露呈している。もしこの発言が本当であれば、菅氏の総理として、政治家としての資質に問題があることは間違いない。何故なら、この国は主権在民で成り立っている国である。支持率が1%になっても続投するなどと発言したことが本当であれば、菅氏の政治家としての基本的な意識の問題になり、1%でも続投だなどというようであれば、彼は民主主義を理解してないどころか独裁政治を標榜しているのでは、と誤解されても何も言えないことになる。だが、いくら菅氏でも、そこまで政治に対する意識は低くないと私は思う。ということで、この記事が取り上げられるようになりだした当初から、私は記者の早とちり報道ではないかと思っていた。何故なら、主権在民の我が国の総理が、こんな発言をしたら不利であることはどんなにバカな政治家であっても解るはずだ。

 そこで問題になってくるのは、メディア各社の記者たちの意識である。この記事の報道やコメントを聞いていると、政治記者とは言えないような報道が相次いでいる。今朝のテレビ朝日でも、毎週コメンテーターを務めている某週刊誌の女性記者が、この問題に関しコメントを求められ、「支持率1%だからといって辞めれば、腰が据わっていないと言われかねない。だが、辞めざる得ないでしょうね」というような旨の発言をしていた。これには驚いた。この女性記者の発言は、いつも不勉強さを感じさせるもので、何故コメンテーターをやっているのか疑問に思っていた。編集長が彼女を育てるという意味で任命しているのか、と良いようにとらえていたが、この週刊誌のレベルを下げることになることを懸念する。上記した今朝のような質問に対しては、政治記者ならキッパリと「日本は主権在民の国なので、1%でも続投などとは問題外」というようなコメントがあってしかるべき。ワイドショー番組ではなくニュース番組なのだから。もしかすると、少々背伸びをしてコメンテーターをしているのかなと思ってしまうし、そうであるならば公共電波を使って報道をするニュース番組として、視聴者に対し失礼であるように思う。

 これは一つの具体例であるが、あまりにも耳を疑いたくなるようなコメントをする記者が多すぎる。記者であるのならば、日本の政治の基本ぐらいは学んでおいて欲しい。政治の基本知識もない記者が、何故テレビという多くの視聴者が観ている番組で、コメンテーターをなさなければならないのか。非常に大きな疑問を感じる。そんなことだから、誤解や誤報を平気でなすのではないか。政治家も政治家だが、記者も記者。本当に、この国はどうなってしまうのであろうか。非常に心配だ。もしかすると、「主権在民」の意味さえ理解していない政治家や記者もいるのではないか、と心配になってしまう。ああ、世も末だ。
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by seizaikai_club | 2010-11-29 07:46 | マスコミ

本質を見誤らないような報道をチリ救出劇

本質を見誤らないような報道をチリ救出劇
2010年10月16日

今週は、
チリ炭鉱救出劇に明け暮れたという印象だ。
どのチャンネルも、
何人目が今救出、
というようなワイドショー的なノリで報道していた。
だが、
何故あのような事故が起こり、
その背景にはどのようなチリの経済状況、
政治背景があるかということを報道するメディアは少なかった。
これを奇跡の生還劇として終わらせるのではなく、
チリにとって意味のある方向へ持っていくのが、
マスコミの役目ではないか。
今のままでは、
大統領のご都合主義で終わり、
本来のチリ国民の苦しみはまったく伝えられずに終わってしまう。
それでは、
あの33人が頑張った意味が、
まったくなくなってしまうのではないか?
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by seizaikai_club | 2010-10-16 09:48 | マスコミ

日本人の悪習:朝青龍とスノーボード男子ハーフパイプ代表国母和宏

日本人の悪習:朝青龍とスノーボード男子ハーフパイプ代表国母和宏
2010年2月15日

 一昨日より遂にバンクーバー冬季オリンピックが始まった。残念ながら、今のところメダルは未だ取れていない。あまりにもマスコミなどが過剰報道しすぎると、選手たちのプレッシャーになり、逆の結果を導いてしまうのではないかと懸念している。期待の女子モーグルでも、メダルを落としてしまった。悔しい思いをするのは、我々よりも選手自身であるように思う。

 だが、競技の前にもっと選手の足を引っ張ることが今回は起こった。それは、スノーボード男子ハーフパイプ代表国母和宏(東海大)の服装問題だ。彼の服装が日本オリンピック委員会の規約に違反しているというような理由により、さあこれから戦という矢先に、水を差されるような形になった。あれでは、選手が頑張れるわけがない。選手の気を上げるのが、オリンピック委員会の役目ではないのか。

 そもそも、スノーボーダー達は、彼がしているようなファッションで一般的にもやっているではないか。別に服装で滑るわけではなし、服装で評価点が変わるわけではなし、何も大事なオリンピックの試合前に問題視するべきことであろうか。もし、問題ならば、彼は今急にあのスタイルになったわけではないのだから、オリンピック代表選手に決まった段階で注意すればよいことではないか。何も今からオリンピックが開催されるという土壇場で、あのように大きな問題にするべきではないと私は思う。

 大体、日本人というのは、人の足を引っ張る悪習を持っている。私が海外に住んでいた時も、そのことを度々実感させられた。中国人にしても、韓国人にしても、見知らぬ地で皆助け合って生きている。同じアジア人ということで、彼らは私たち日本人にも温かい手を差し伸べてくれる。勿論、日系人も例外ではない。いや、私の場合アメリカにいたが、多くのアメリカ人も温かかった。だが、同じ日本からきた日本人は、しばしば同じ日本人の足を引っ張るようなことをしていた。不思議でならなかった。これは、世界中見回してみても、日本人だけの特徴かもしれない。同じ民族同士で足を引っ張りあう。

 この話を帰国後、私が勤めていた会社の大先輩に話したことがある。彼は、先の戦争で兵士として徴兵され、シベリアに五年間抑留された経験の持ち主であった。彼にアメリカでの私の体験話をしたところ、彼は言った。「戦争の時も、日本人の敵は日本人にあったんだよ。皆同じ方を向いてお国の為に戦わなければならない時に、日本人は仲間の日本人の足を引っ張ることばかりを繰り返していた。イジメや体罰、理不尽なことがあまりにも多すぎた。あれではお国の為に精一杯戦えといわれても無理だ。抑留時代も同じだ」と。彼は、なかなか楽天的で前向きな人だったので、生き残れたのだと私はずっと思っていた。だが、そんな彼でさえ、そのようにいっていたのだ。これは、日本人が持つ悪習としかいいようがない。日本の学校や会社で、イジメなど理不尽な差別的なことが起こるのも、このような日本人が密かに持つ気質にあるのではないかと私は考える。

 朝青龍の問題にしても同じだ。そもそも、相撲人気が落ち、強い力士がでなくなってしまったから海外からスカウトしてきたのではないか。それなのに、いざ彼らが強くて、横綱の座もとられ、記録さえ塗り替えられそうになると、よってたかって「伝統、伝統」と連呼する。日本で生まれ育っていないのだから、「伝統」を100%理解しろといっても無理があることは、誰にだってわかるはずだ。他の武道でも、伝統は型や別の部分で継承し、組み手の部分では世界基準を設けてやっているではないか。それが一概に正しいとは言わない。だが、あんなに寄ってたかってイジメのように朝青龍を責め立てる必要があったのであろうか。非常に大きな疑問を感じる。

 一度だけ朝青龍に会ったことがあるが、世間やマスコミがいうような横柄な態度でもなく、ニコニコと明るい力士であった。ただ、感じたのは、朝青龍でなくともあれだけ取り巻きのマスコミが行儀が悪ければ、誰でも頭にくる。行儀悪く接しられているのに、その相手になぜ行儀よくしなければならないのだ。それでは有名人は、何をされても行儀よくしていろというのであろうか。まったくもって理不尽な話だ。ましてや、相撲は武道であり格闘技だ。伝統を重んじる精神は勿論理解できるが、それで勝てなかったら力士にとって相撲をやっている意味がない。そもそも、朝青龍が力士になってからの、相撲協会にとっての経済効果はどれだけであったか計り知れない。実際、多くの観客が朝青龍の相撲に胸を躍らせたではないか。過去の力士たちの中にだって、もっと行儀が悪く、色々な問題を起こした力士はいたではないか。だが、ここまで騒がれイジメられたであろうか。そうやってみると、やはりこれも日本人特有の差別やイジメではないのかと思えてしまう。

 大体、理解できないのは、横綱審議委員とかいう意味のない仲良し委員会に所属している文化人といわれる先生方だ。相撲をするわけでもないのに、偉そうにああでもないこうでもないと文句ばかりを言う。それではご自分達の素行が100%正しいと断言できるのか。

 横綱審議委員会メンバーの中には、今回の国母選手の素行にまで偉そうなことを言ってらっしゃる方もいらっしゃった。だが、その審議委員である彼自身の素行は問題ないのか。当初は金髪で、訳のわからない格好をされていたではないか。だが、彼は漫画という世界で成功されているから、誰も文句はいわなかった。彼自身がそういう生き方をしてきて成功したではないか。ところが有名になった途端、手の裏を返し若年寄のように、素行が悪い、行儀が悪いと、イジメのようなことばかりなさる。どこかのマスコミ関係者主催による催しでは、ご自分自身裸の女性の股ぐらに顔を突っ込み、乱交されていたではないか。自分は何でも許されるが、他人には文句をいう。私には到底理解できない所業である。理解したいとも思わない。

 格好はどうあれ、素行が例え悪く見えても、朝青龍にしても国母という選手にしても、横綱になったりオリンピック代表選手に選ばれるということは、人一倍自分を制して努力をしているはずだ。それを、他人がとやかく言える権利があるのだろうか。非常に大きな疑問を感じる。また、そのことを、数字獲得に利用するマスコミの程度の低さにも呆れかえる。全部が全部ではないのだが、大手のメディアに帰属する優秀である記者達のそれこそ品性の問題なのかもしれない。残念至極である。このような日本の現状で、多くのメダル獲得は期待できないと私は思う。なぜなら、マスコミは、選手の味方ではないのだから。数字のためなら、いつでも手の裏を返すのだから。可愛そうなのは、一生懸命この日のために頑張ってきた選手たちだ。周囲のことは気にせず頑張ってほしい。頑張れ日本!
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by seizaikai_club | 2010-02-15 13:29 | マスコミ

今朝の読売新聞に掲載された民主党鳩山代表への意見広告に大きな疑問

今朝の読売新聞に掲載された民主党鳩山代表への意見広告に大きな疑問
2009年5月27日

 今朝の読売新聞だけに、民主党鳩山代表へ対しての意見広告が1ページを割いて掲載された。非常に大きな疑問を感じる。確かに、メディアもその主義主張を持って構わない。アメリカの新聞などは、それぞれ立ち位置をハッキリと打ち出し、その立ち位置に根ざした報道姿勢を貫いている。それに引き替え、日本のメディアは、企業第一主義というか企業本位の報道姿勢が目立つ。スポンサーである企業の言いなりのような報道は、鼻に付く。そのような状況下、今朝、読売新聞だけに鳩山代表へ対する意見広告が掲載された。一見、アメリカの新聞のように、立ち位置や主張をハッキリとさせたように思える。だが、実際には、不公平な読者扇動、民衆扇動に思えてならない。何故なら、党首討論を目前にしたこの時期に、しかも世界最大の発行部数を誇る読売新聞だけが、あのような意見広告を掲載しなければならないのか、という点に大きな疑問を感じるからだ。確かに、報道姿勢は、どの立ち位置になって報道しようが、それは自由である。だが、あのような意見広告をこの時期に掲載することは、自民党に偏った非常に不公平な行為であるとしか言いようがない。新聞は、公共物であるはずだ。それを、あのように個人的な意見で、読者を特定政党に扇動するような意見広告を載せることは、公共メディアとしてあるべき姿ではないと強く思う。マスコミの基本的な立ち位置は、公平性をわきまえた中庸であるはずだ。そのことを踏まえての、立ち位置設定はそれぞれのメディアの勝手だ。だが、今朝の読売の意見広告は、渡辺恒夫という一個人の意見が大きく反映された、新聞を私物化した非常に不愉快な意見広告であったように思う。多分、同じように思っている読者は多いはずだ。最後に、ハッキリといっておくが、私は民主党の支持者ではない。この国をより良くする政治家達を支持する、というのが私の立ち位置だ。
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by seizaikai_club | 2009-05-27 09:50 | マスコミ

発売日延期のお詫び

発売日延期のお詫び
2008年6月10日

 宣伝みたになるので、あまりブログでこういうことを書くのは好きでないのだが、一応ご報告することにした。先週土曜日に発売予定であった、私が執筆した「三浦和義氏逮捕にまつわる疑惑の真相 裏で蠢くThe Asian Task Forceと闇組織のただならぬ関係」という記事が掲載されているコアマガジン刊の月刊誌「実話マッドマックス」の発売日が、諸事情により今週の12日木曜日に延期された。私も雑誌を何誌も発行していた出版社を経営していた経験があるので、雑誌の発売日延期の諸事情が限られた理由であることは承知している。まあ、普通、掲載された記事に関する何らかの問題で、発売直前に回収、刷り直しということだ。今回もまったくその通りの事情らしい。雑誌社にとっては、非常に大きな痛手だ。当然のことながら、それぞれの記事は細心の注意をはらい検証され掲載されている。にもかかわらず、大抵の場合は非常に理不尽な理由により回収刷り直しに追い込まれる。今回も例外ではない。一言でいえば、恐い圧力が掛ったということだ。決して、発行元の出版社の不手際でも、執筆者の不手際でもないことをご理解頂きたい。それから、私が執筆した記事ではなく、他の執筆者が書かれた記事が原因であったことを、誤解のないように記しておく。楽しみにお待ちいただいた読者の方々には、深くお詫び申し上げる。もう少しだけ、お待ちください。
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by seizaikai_club | 2008-06-10 19:40 | マスコミ

マスコミの余計な報道が花の命を絶つ

マスコミの余計な報道が花の命を絶つ
2008年5月3日

 二つ前の記事でも書いたが、最近のマスコミの報道姿勢に大きな疑問を感じる。日本各地で、花が大量に切断されるという事件が発生している。これこそ、マスコミが余計な報道をすることによって、面白半分で何の罪もない花の命を絶つという心無い犯罪を、全国に伝播させていると言っても過言ではない。花が切断されたことを、何故こんなにも大々的に報道しなければならないのか? 余計なことを報道するから、愉快犯的な良心の欠片もない模倣犯が、同じようなことを全国で繰り返すのだ。これが、人の首ならこんなにも広がらないはずだ。ところが、物言わぬ花ということで、罪の意識もなく命を絶つ。精神的に弱い卑怯な人間が為していることは間違いない。一部任侠達が、超党派で若衆を張り込ませ、花を切断する輩を見つけたら現行犯逮捕し、その場で犯人の手首を切り落とす準備をしているという噂が、実しやかに流れている。それに引き替えマスコミは、真剣に取材し報道しなければならない案件が山積しているにもかかわらず、未だに花切断のニュースを流し続けている。花に、何の罪があるのか。どれだけ大変な思いをし、あそこまで成長して開花しているのか、そのことを思ってほしい。

 最後に一言。罪のない花の命を絶つようなことは、何の意味もない悲しむべきこと。そんな自分の顔に唾を吐くようなチンケなことは、如何なる理由があろうとも、何人であろうとも、しないで頂きたい。心底よりお願いする。
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by seizaikai_club | 2008-05-03 14:59 | マスコミ

良識ないテレビ報道で各種犯罪が伝播

良識ないテレビ報道で各種犯罪が伝播
2008年4月28日

 ここのところ、硫化水素自殺が相次いでいる。まるで伝染病のように日本全国に伝播し、連日硫化水素自殺が報道される。多分、報道を見て、触発され実行に移してしまうのであろう。そのことは、硫化水素自殺にとどまらない。例えば、殺人事件にしてもそうだ。同じような身内を殺めるような殺人事件が、やはり日本全国で起こり連日報道される。マスコミの報道姿勢を考え直さなければならない。何でも、見境なしに報道するべきではない。視聴率や購読者数獲得のための競争で、愉快犯のごとく報道するのではなく、その影響まで考慮して報道すべきだ。

 今回の北京オリンピック聖火ランナー騒動にしても、やはり世界的に報道され、映像がメディアを通じて流されるから、ドンドンドン騒動はエスカレートしていった。関係のない思想的組織までもが、騒動に便乗し暴力的行為を繰り返すという事態にまで発展した。平和の祭典であるはずのオリンピック。その聖火リレーは、全世界の人々を失望させた。時代は変革し、メディアもどんどん変化している。インターネットなどのウェブを中心に広がり、人々の情報量も各段に広く大きく進化した。その変革の加速度に、それらの情報を受け止める人々の意識向上が必ずしも比例してはいない。そこのところにも、大きな問題がある。

 本来、人間には「理性」というものがある。だが、昨今、「人間の理性」とは、儚いものになってしまった。人々の「自制心」に頼ることは、もはや期待できない。だとすれば、報道するにあったって、今まで以上に慎重に、どのように報道し、どのような報道姿勢で臨むか、ということを報道人側が真剣に考慮して報道しなければならない。そんな時代なのだ。メディアの影響力は絶大である。だからこそ、報道する側の責任も重いのだ。その辺の認識を、マスコミ人は今まで以上に強く持って欲しい。面白おかしく報道する、視聴率や購読率だけを意識した、愉快犯的な報道姿勢だけは、勇気を持って払拭して頂きたい。
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by seizaikai_club | 2008-04-28 14:36 | マスコミ

東国原宮崎県知事による定例記者会見での押し問答の意味

東国原宮崎県知事による定例記者会見での押し問答の意味
2007年5月9日

 先日、東国原宮崎県知事が定例記者会見の席上、県政記者クラブ所属の記者達と押し問答となり、その様子を各メディアが報道した。多くのコメンテーターと呼ばれるメディアの飼い犬的自称文化人の方々は、この時とばかりに東国原知事を烈火のごとく攻撃した。中には、東国原知事を目の前にして批判するだけではなく、非常に知事を馬鹿にし、侮辱し、蔑むような態度で接しられた元司法出身の方なども居られた。正直、公共の電波を通じて、あのように無知で失礼な態度で、本人を目の前にして批判する映像は、不愉快極まりなかった。どう見ても、お笑いタレントが偉そうに、という気持が120%表れていて非常に不愉快であった。確かに、東国原知事は元お笑いタレントだ。しかし、今は、県民が選んだ知事である。にもかかわらず、あのような無礼で横柄な態度で接するコメンテーターこそ視聴者や有権者を馬鹿にしている非常に稚拙な態度に見えたのは私だけではないはずだ。

 その御方曰く、定例記者会見は必要不可欠、県民との接点であり、色々な意味を含んだ大切な場だそうだ。まるで、東国原知事が、奢り高ぶりあのように記者達に食い下がり反論したようにおっしゃっていた。しかし、そのような批判的で侮辱的な彼のコメント自体が、彼の無知と、良識の欠落を露呈していた。特定の特権意識が強い大手メディアの箱入り記者達だけが集う定例記者会見が、県民ために必要不可欠だなんておっしゃるコメンテーターこそ、何もしらないメディアのペットのような存在でしかない。

 これは私の想像であるが、東国原知事は、何もあの場で記者達に喧嘩を売ろうと思っていたわけでも、定例記者会見が不必要だという意味であのような質問を浴びせかけたのでもない。1日24時間1年365日しか時間を持ち合わせない我々庶民と同じ人間である東国原知事の日々は、あの場に居合わせた記者クラブ所属の寝ぼけたボンボン記者達に比べれば、極めて多忙なのである。にもかかわらず、ぶら下がりで質問される内容とさほど変わらぬ重複した内容の質問を平然となしてくる記者達に対し、もう少し合理的に時間を節約しないかという提案のつもりで口火を切ったに違いない。

 ところが、何を勘違いしたか、自分達が知事とは違い暇なことを忘却してしまい、知事に対して「稚拙な質問」と切り返したから、知事はキレた。そんなことは、誰の目にも一目瞭然であった。その挙句、あの記者達は、この記者会見は県民との架け橋だ、みたいなことを偉そうにものたまわった。

 しかし、定例記者会見というのは、一部特権意識の強い大手メディアのみが参加できる、非常に排他的なものであることをどれだけの人々やコメンテーターは理解していたのであろうか。非常に大きな疑問が残る。

 同じマスコミに籍をおいていても、大手新聞や大手地方紙、テレビ各社以外は、夕刊紙でさえ参加できない聖域が記者クラブであり、県政記者クラブであって、記者会見の場なのである。そんな場に、公平など存在するわけがない。県民との架け橋であるはずがない。そんな特権意識の強い大手メディアの若造記者達は、まるで自分達が全てであるかのように、ぶら下がりで知事の時間を奪い、定例記者会見でも知事の貴重な時間を奪う。知事の貴重な時間は、県民の貴重な時間に等しい。にもかかわらず、よく偉そうにあのような口がきけたものだ。いや、ちゃんと取材をし、勉強し、県民のためになるような質問をするのであれば、誰も文句はいわない。あの時も、東国原知事が呆れながら言っていた。重複するつまらない質問ばかりを、ぶら下がりでも、定例の記者会見でも、際限なく繰り返すから、その無駄な時間を合理的に節約しようと。

 まったくその通りだ。にもかかわらず、メディアでコメンテーターをしている連中は、食わせてもらっているメディアに媚を売りたいのか、一斉に東国原知事を批判し、攻撃した。呆れてものが言えない。彼らは、何を知っているというのか? 寝る暇を惜しんで、休む暇なく宮崎県民のために奔走する知事と、ノンベンダラリとコバンザメのように知事にはりつき、自分が書いた原稿など掲載されなくとも、取材をしていますという姿が映像を通じて自分の所属する会社の上司に見られればよいという低俗な感覚でいる記者達と、どちらが県民のためになっているか? 言わずとも知れたことだ。

 大体、日本だけに戦前から存在する「記者クラブ」などという排他的な化石が、未だに存在すること自体、日本のマスコミのレベルの低さを露呈している。結局のところ、戦時中は、軍部の言いなりになって国民に嘘八百を流していた魂もないメディアが構成するのが記者クラブではないか。ジャーナリズムの本質である反骨精神など微塵もない。ただ、自分達の聖域をつくり保持することに奔走し、物事の本質を見抜き国民のために報道するなどという意識さえない。記者達にしても、破格の給料と、大手メディアの看板を笠に着て、ただ偉そうにしているだけで、本当の現場、戦地取材などだってしたことがない。危ないところには絶対に赴かず、下請けのフリーランスを雇って取材させる。まったくもって、呆れ果てる。ジャーナリズムとは、何だと思っているのかと問いたくなってしまう。人脈開拓だ、取材だといって、会社の経費を垂れ流し、呑んだ暮れ遊びほうけ、記者クラブを根城にたむろしているだけ。そんな輩が、いくら政治家の経費問題などを報道しても、まったく説得力さえ感じられない。

 案外知られていないが、巷を賑わすスクープは、そんな彼らが所属する大手メディアを通じて流されるが、彼らが取材し執筆しているケースは非常に少ない。彼ら殿様記者達に、下請けとして雇われた勇気と行動力のあるフリーランスのジャーナリスト達によるところが大きい。しかし、そういう魂のあるジャーナリスト達は、記者クラブに所属することも、参加することもできないのだ。

 世界中を見回してみても、「記者クラブ」などという悪い制度がある国は他にない。日本が統治していた頃の名残で韓国には記者クラブが存在した。だが、それも数年前に廃止された。日本の「記者クラブ」制度に関しては、国内でもフリーランスや記者クラブに所属できないメディアの間より廃止論が沸騰している。しかし、新聞協会に君臨するドンが、首を縦に振らないこともあり、未だに旧態依然と存在している。海外でも、この日本の記者クラブ制度は、大きな批判の対象になっている。本来、メディアとは公平であるべきで、どのメディアが参加できて、どのメディアが参加できない、などということがあってはならない。記者クラブの存在自体が、権力による報道統制とかわりないという意識で、諸外国のジャーナリスト達はみている。非常に前近代的なシステムであり、軍国主義時代の悪い習慣を未だに引きずっているとさえ言われている。自ら、そのシステムを変革しようとしない、記者クラブに所属する日本の大手メディアの意識の低ささえ強く批判されている。それでも変わらない。

 昨今、日本では、一事が万事こういう有様だ。皆、自分勝手で、自らの損得ばかりを優先し、本質を見抜こうなどという気持もない。マスコミがこの有様では世も末だ。いや、戦前、戦中、戦後、一貫して日本のマスコミというのは、このように腰抜けだったのかもしれない。例え、自分以外周りの皆が敵にまわっても闘い抜く、などという殊勝なジャーナリストは、日本にはもうほとんど存在しない。悲しむべきことである。営利主義で、案外簡単に魂さえ売ってしまう、それが昨今の日本人なのかもしれない。いや、日本のマスコミは、戦時中もそうであった。ということは、これが日本人の本来の姿なのであろうか。いや、そんなことはない。私は、そう信じたい。
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by seizaikai_club | 2007-05-10 09:58 | マスコミ

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
by seizaikai_club
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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