政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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カテゴリ:世界の中の日本( 4 )

幕府が恐れたキリシタン

「幕府が恐れたキリシタン」
文:恩田将葉  

 支倉常長と伊達政宗の思惑ということを中心に筆を進めることにする。

 そもそもこの流れは、元を正すと「本能寺の変」から始まった。いや、織田信長がイエズス会の目と耳を通し世界を知り、実際に世界を見聞したいという夢を膨らませた時から始まったと私は思っている。

 そして、「本能寺の変」で日本中を震撼させたイエズス会が、この頃の「陰謀の方程式」を解く鍵となっていることをまず理解しなければならない。
 
 あの時代、そのことは巷でも噂された。だが、長い年月に埋もれてしまい。その事実を検証することは難しくなってしまった。

 ただ間違いなく、全てを見聞していた家康をはじめ日本の諸将たちは、ある者はイエズス会を利用し、またある者は距離をおいて見守った。

 だが、徳川幕府は、一六三七年に起こった「島原の乱」を利用して、キリシタンを弾圧することになった。過去に起こった事象を検証すれば、幕府としては当然といえば当然の措置であった。しかし、歴史という大河の流れの中では、川面に映る建前だけが残ってしまい、悲劇の青年天草四郎という名前のみが一人歩きした。全ての真実は、歴史の汚泥として埋もれてしまったのだ。私はそう考えている。
 
 そういうことを理解した上で、支倉常長と伊達政宗の野望を繙くことにする。支倉常長とは、伊達政宗の家臣で、慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパまで渡航した人物である。

 ローマでは貴族として認められ、ドン・フィリッポ・フランシスコという洗礼名まである人物だ。常長は、伊達政宗の夢と野望を一身に担いヨーロッパへと旅立った。

 そもそも、政宗十六歳の春に、「本能寺の変」が起こった。誰も予期せぬ大事件であった。あの織田信長が謀られたのだ。多感な政宗は、世間では何が起こっているのだ、と興味をそそられた。信長を謀った明智光秀は、謀反を企てるような人物ではない。だが、間違いなく実行犯である。その背後には、一体何があったのか政宗は知りたがった。

 そして、政宗は、明智光秀に近い位置にいたイエズス会に鍵があるのではと疑念を抱いた。複数の人間の利害を合わせて陰謀を企てるのは、西洋人のやり方である。信長に心中異を唱える者が多いこと、信長が自分を神としてイエスを冒涜したことにより、「本能寺の変」を企てたのではないかと陰謀の方程式を政宗なりに繙いた。

 そんな理由から、西洋に興味をそそられもっと西洋のことを知りたい、西洋との交易を仙台の地で行いたいと政宗の夢は広がった。そして、支倉常長を慶長遣欧使節団としてヨーロッパに旅立たせたのであった。

 伊達政宗が、「本能寺の変」をキッカケにイエズス会やキリシタンのことに興味を惹かれたのと同じように、徳川家康もイエズス会やキリシタンを油断ならぬ存在と注視した。付かず離れずの距離感を保った家康は、開幕以来、キリシタンとイエズス会が要注意であることを秀忠や家光に伝承した。

 人一倍用心深い家康は、幕府が安泰であるためには手段を選ばなかった。参勤交代制度をはじめ譜代の大名たちが大きくなり過ぎないように賦役をかけ、必要以上に財を貯めこまないようにしていた。

 それどころか、徳川家の人々以外には動物性タンパク質をとらないようにして、日本人の体型まで変化させてしまった。安土桃山時代までの鎧と徳川幕府時代の鎧の大きさを比較すれば、日本人の体型がいかに短期間で変わったかということは一目瞭然である。

 ウサギを一羽二羽と数えるのは、その頃の名残である。四足の生き物を食べてはいけなかったので、人々は知恵を絞って動物性タンパク質を摂ろうとした。ウサギの耳を羽と見立てて、ウサギは二本足の生き物として、世間の人々はウサギを食そうとしたのだ。

 話が横道に逸れたが、そのような幕府の政策と農作物の不作によって、人々や諸大名の生活は苦しくなった。そして、そんな状況の中で民主化を唱えるイエズス会のキリシタンたちは、農民や一般市民を扇動し一揆を企てたのである。これは、まさしく西洋人的な陰謀の方程式にあてはまる。

 そして、危機感を募らせた幕府は、島原の乱で、一気にキリシタンを一掃してしまおうと企てたのである。島原の乱を抑えこみ、キリシタンを一掃すること自体を宣伝し、日本国中にある不穏な動きを封じ込めようとしたのだ。そして、そのことは功を奏した。

 理不尽にも、キリシタンは弾圧され一掃された。ある意味、本能寺以来家康が懸念していたイエズス会による数々の陰謀が遂に一掃されたのだ。だが、同時に、徳川幕府による封建制度が幅を広げ、十五代将軍徳川慶喜による大政奉還まで民主化という道は遠のいた。

 しかし、ある意味、徳川幕府時代を経たことで、明治維新をキッカケに民主化の道へと進んでいくことができた。

 最後に夢を抱いて渡欧した支倉常長のその後を記しておく。奇しくも帰国後は、徳川幕藩体制にあり、幕府がキリシタン弾圧を推し進めようとしている頃で、常長没後十五年で島原の乱が起こった。ある意味不遇な人生を送らなければならないことになってしまった。

 しかし、ヨーロッパという別世界を見聞した常長にとっては、帰国後ではなく、ヨーロッパ滞在中が、彼の人生で最も輝いた時代であったのかもしれない。

 常長同様、西洋への憧れと夢を無残にも打ち崩された政宗の人生も、仙台という地の利を得ない境遇とでも言おうか、伊達者と言われた派手さとは反比例して、実際には花開かない人生であった。

 勿論、多大の功績を残した。だが、自分の思い通りにならなかったことも多く、人一倍気性が激しく正義感が強かった分、心残りも多かった。そのことは、彼の辞世の句にも表れている。「曇りなき 心の月を 先だてて 浮世の闇を 照してぞ行く」
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by seizaikai_club | 2013-06-07 22:53 | 世界の中の日本

財界人の驕り、政界人の高ぶり、報道人の勘違い

財界人の驕り、政界人の高ぶり、報道人の勘違い
2005年10月20日
(嘗て私が執筆した記事。ここに登場する丹羽氏は、現在中日本大使)

 先日、田原総一郎が司会をつとめるテレビ朝日の「サンデープロジェクト」という日曜日の午前中放送している番組に、楽天の三木谷社長が出演していた。三木谷氏へ対しての質問役として、伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長、慶応大学の榊原英資教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の佐山展生教授、そして、弁護士の永沢徹氏の4人が対峙していた。当然のことながら、話の中心は、今回の楽天によるTBS株買収劇の件であった。その件に関して、敢えてこの記事で触れるつもりはない。問題は、この番組の終盤で、丹羽伊藤忠商事会長が口にした言葉である。「Economy eats Politics. 経済が政治を喰う」と、臆面もなく財界の重鎮である丹羽氏が仰ったことだ。丹羽氏が口にされた言葉を要約すると、長期的に言えば、いくら小泉首相が意固地になっても、経済が、靖国問題をも含め政治もなにもかも全て呑み込んでしまう、ということであったと私は理解した。
 正直に言って、この言葉を聞いた時、この一言で全ては推して知るべし、であるなと私は大きな危惧の念を抱いた。これこそ、日本に君臨する財界人の「驕り」に他ならない。これを「驕り」と言わずして、何を「驕り」というか。「経済が政治を喰う」、即ち、政治は茶番で、全ては経済で動かされていると豪語しているようなものである。
 丹羽氏の言葉は、それほど威圧的には聞こえない。しかし、あの彼の言葉の中身は、これ以上ないほど威圧的であり、独断的であり、驕りに満ちていた。彼が言っているのは、単に日本の政治をも呑み込むという意味ではなく、中国をも日本の経済が呑み込んでしまう、と言っているように聞こえたのは私だけではないはずだ。 日本は軍国主義へと回帰しだした、と言って中国は小泉首相の靖国参拝を非難している。だが、軍国主義への回帰は小泉首相の靖国参拝ではなく、丹羽氏のあの言葉にこそ秘められていた。財界人が、腹の奥底に秘めたる植民地主義的な発想を垣間見た気がした。「いくら政治家がじたばたしたところで、結局諸問題をも全て呑み込み、中国を支配するのは他でもない日本の経済界だ」と高笑いしているように私には聞こえた。
 確かに、財界人は武力を使わない、暴力も使わない、しかし、武力や暴力の代わりに金と物質的贅沢という武器を使って中国を支配できる、と言っていらっしゃるのであろう。確かに、その通りになるかもしれない。だが、彼の言葉の端々に響く「驕り」こそが、嘗ての日本軍を回顧させる。或いは、こういう日本の財界人の驕りたる言動を見聞して、中国や韓国は日本が軍国主義へ回帰するのではと懸念しているのかもしれない。そうであれば、驕れる財界人の罪は非常に重い。

 大仁田厚という自民党参議院議員がいる。プロレスラーであり、最近新人議員の子守役をかってでたが、相手にされず怒り狂ってマスコミを振り回している政治家である。いや、政治家とも呼べないかもしれない。何故、新人議員に無視された程度のことで、マスコミまで巻き込んで騒ぎを起こさなければならないのか? 非常に大きな疑問を感じる。無視したら無視しかえせばよいではないか。先方にも、それなりの事情があることは推して知るべし、である。それが大人というものではないか。大体、国民の血税より公僕大仁田先生の給料も出ているはずである。1分1秒も無駄にせず、国政と対峙して頂きたい。プロレスラーであられるということは、戦いのプロであられるはずなのに、どうも対峙する相手を間違えてばかりではないか。先般の郵政民営化法案の投票の際のことにしても、その後の言動にしても、今回の件にしても、政治家であるという「高ぶり」ばかりが目に付き、潔さも、謙虚さも、まったく見えない。ああいう議員を選んだ、主権者であり有権者である我々国民にも大きな責任がある。
 それよりも、大仁田議員の昨今の言動とあの激痩姿を目の当たりにすると、窓際に追いやられ孤立無援になってしまったことで精神に異常をきたしてしまったのではないか、と真剣に心配になってしまうのは、私だけであろうか。どうかご自愛ください。おだいじに!

 大仁田議員の問題に関してもそうだが、マスコミが真に受けてしまうから騒ぎが大きくなるのだ。大事な問題ならともかく、取るに足らないような問題まで、「勘違いの正義感」を露にジャーナリスト風を吹かせるから、余計な騒ぎがあちらこちらで起こるのである。まあ、視聴率や販売率至上主義の大手マスコミの記者達からしたら、面倒な取材や調査や勉強に時間を費やすよりも、手っ取り早く騒ぎになるような案件を見つけて兎に角批判しておけば、騒ぎは広がり各社の相乗効果により、各々の視聴率や販売率が上がるという方程式らしい。面倒な取材に時間を割くよりも、記者仲間と「勘違いの正義感」を肴に、酒でも酌み交わしていた方がよっぽど平和だという考え方が、大手マスコミの記者達の間に蔓延しているというから、開いた口が塞がらない。それでよく、偉そうに国益がどうのと批判ばかりできるものだ。自分達の報道姿勢の方が、よほど国益を損なうこともあるとは気付かないところが、何とも平和ボケ大国日本の報道人らしい。いずれにしても、世も末だ。
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by seizaikai_club | 2012-08-01 15:47 | 世界の中の日本

子供たちに伝えたいこと

子供たちに伝えたいこと
2012年5月29日

 先日NHKスペシャルで放送していた「世界を席巻するキティー旋風」という番組を録画してあったものを、娘に見せた。何故なら、その番組の中に、子供たちに伝えたいことが上手く表現されており、娘にとっては身近なキティーを売るサンリオの日本企業の在り方を通じて、人生で何が大切かということを知ってもらいたいと思ったからだ。

 私は、アメリカで教育を受け、日本で社会にでたので、正直色々な厚く高い壁にぶち当たることが多かった。特に日本企業では、「出る釘は打たれる」いや企業だけではない、どんな業界でも日本では「出る釘は打たれる」環境にある。そのことが、今まで自分の人生で、最大のハードルであり、ある意味苦悩でもあった。大袈裟だがその壁を打破することの繰り返しであった。そのお陰で、自分は多くを学び、打たれ強い人間になれたと思っている。だが、だからといって皆同じ方向を見る日本企業に妥協することを体得したのではない。ある意味、常に反逆者であることを自分では誇りに思っている。そのことは、ビジネスや政治活動だけでなく、法廷闘争などでも、私という人間を支えている核の部分であると言っても過言ではない。少々話が脇道に逸れた。元に戻す。

 私は、子供たちが幼い頃より、「ダメはダメ」「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」「Nothing is impossible」という言葉を、事あるごとに伝えてきた。果たして、その言葉を子供たちが受け止めているか否かは別の問題である。だが、例えば、MacのPCなどを購入する場合には、必ず背面にこれらの言葉を名前と一緒に刻んでもらうようにしている。 それは、私人身、短い人生で私なりに学んできた中で、これらの言葉が一番大切なことだと思ったからだ。私の母親は、「ダメダメ」と何から何まで「ダメダメ」尽くしの人であった。何もダメ、かにもダメ、無難に、皆と一緒にというような日本人らしい日本人である。正直、私には、そのことが、幼少期より非常にストレスになっており、その殻から飛び出したかった。故に、単身渡米できる機会を得た時は、それだけで飛び上がるほど嬉しかった。そして、実際に渡米してみると、その解放感は想像以上であった。解放感だけでなく、可能性が目の前に大きく広がった。その経験から、私は私の子供たちに、生まれてこの方「ダメ」ということを言わないようにして育児をしてきた。「ダメ」とは言わず自ら気付く教育を是としてきた。実際、自分の経験から、「ダメダメ」を連発されれば萎縮し、出来ることもできなくなることを解っていた。それよりも失敗しても、どんなことにでも挑戦する勇気を持ってくれた方が、私は嬉しく思っている。そのために被る弊害が大きいこともある。だが、そこから学ぶものは非常に大きく、代えがたい人生の宝になると確信している。余談だが、そんな私にとっての救いは、母とは正反対で、何でもやらせてくれる亡父の存在であった。若い頃は、随分ぶつかり合いもしたが、今から思うと大好きな亡父であった。

 そのような状況下、私はデザイナーになる勉強をしている娘に、上記の番組を観るように勧めた。そこにはキティーという身近なキャラクターが、どのようにして世界を席巻したかが、解り易く実際のデザイナーたちが登場して、またサンリオの現在までの変貌をドキュメンタリーで表現していて、非常に説得力があると感じたからだ。2008年より、サンリオでは、それまでの社風を一転させる方針が打ち出された。その直後より、サンリオの売り上げ利益は、前年比を倍増する勢いで、右肩上がりで上がった。その変革には、何人かの核となる社員が存在した。一人は、2008年にハーバード大学で、ビジネスMAで卒業し入社と同時に取締に就任した人物の影響が非常に大きかった。彼は、アメリカで学んだアメリカ風のライセンス・ビジネス方式をサンリオに持ち込み、世界中で誰もがいつでもキティーを手にすることができる道を開いた。即ち、それまでサンリオでは自社でデザインだけでなく商品開発販売までやっていたが、2008年以降はライセンス販売のみに特化して、世界を席巻したのだ。ライセンスを販売し、其々のクライアントが自社の商品にライセンスに乗っ取った形でデザインを施して販売することを可能にした方式だ。この方法で、キティーは短期間で世界を席巻した。サンリオ自体が販路開拓をせずとも、ライセンスを購入したメーカーが販路を開拓すればよいのだ、販売営業にかけるコストが格段に下がり、ライセンス販売による純利益が驚異的に伸びたのだ。ただそれには、他にも数人の立役者が、サンリオに存在した。一人は、三代目のキティー・デザイナーだ。そして、もう一人は、ヨーロッパ統括役員のイタリア人社員だ。彼等は、既成概念に囚われず、如何なる状況や可能性にも「NO」を言うことなく、新しい道を模索し前進するキッカケになった。その結果、現社長に、快進撃を可能にした要因は、「柔軟性のある考え方をもつ良い人材だ」と言わしめた。

 娘にとって面白く大きな説得力となったのは、スヌーピーやディズニーキャラクター商品と比較して、サンリオのライセンス契約が非常に柔軟であるというところだ。これは、デザイナーにとって大きな可能性を齎すことになる。スヌーピーなどは、作者が故人となった今、新しいスヌーピーをデザインすることはできず、既存のコミックから抜粋してスヌーピーのキャラクターを使わなければならないという手枷足枷が非常に重い。当然のことながら、サンリオとは比較にならないほどの販売や開発に遅速を強いられる。ところがサンリオでは、ライセンスを取得したメーカーは、自由にキティーをデザイン変更できる。サンリオ方式では、自由闊達に新商品を開発販売することがライセンスを購入したメーカーに許される。そのことによって、マーケット規模を驚異的に広げることが可能になった。その差は歴然で、他の追随を許さない勢いだ。だが、その原点にあるのが、正に「Nothing is impossible」という精神であるということを、番組全体で表現していた。「ダメ」と言い出したら、全てが駄目になってしまう。どんな可能性も模索する精神は、大きな可能性を運んでくる。そのことが、この番組で学べたことである。

 自由人である私からしたら、我が子たちは、親に似ず案外真面目だ。勿論、娘は我が家のレディーガガと呼んでいるぐらいに、奇抜なファッションをしたり、変わったことをしたり、卒業した私立の中等科高等科の学園生活では、ちょっとはみ出した存在であった。だが、デザイナーという途を目差し歩みを進みだしてみると、そんな自分の存在も、目立った存在ではないということに気付かされ、もっと個性を発揮し、「ダメ」という意識を超越して前を向いて歩みを進めなければということを実感しているはずだ。そんな状況下、私からしたら頭が硬めの娘に、「為せば成る、為さねばならぬ何事も」「Nothing is impossible」というチャレンジ精神をあらためて気付かせるキッカケになって欲しいと、この番組を観ることを勧めた。多分、今はまだ100%理解できないかもしれない。だが、いつか私のそんな思いに気付いてくれたら嬉しく思う。いずれにしても、子供たちの今後の人生が幸多きものになってくれることを心底より望む。
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by seizaikai_club | 2012-05-29 16:48 | 世界の中の日本

国際詐欺事件のその後

国際詐欺事件のその後
2012年3月30日

 クライアントである被害者には、情報を送付してしまったパスポートを失効し、新規再発行をさせました。外務省にも通報しておりましたが、返答がきて、事件自体には、何もできない旨の知らせが予想通りきました。警察と消費者センターに届けるようにとの指導がありましたが、実際には、消費者センターや警察では埒があきません。パスポート自体は証明能力を有していないので、例えパスポートを最発行したとしても、流れてしまった個人情報に対してはどうにもでききないとの見解をしめされました。しかし、実際には、パスポート偽造という可能性を考えれば、パスポートを最発行してもらうことが、被害者がトラブルに巻き込まれないための危機管理ということは理解できるはずですが、日本の外務省には、そのような意識はないようです。警察にも、話はしましたが国際的な事件なので、取り合う様子はありませんでした。そのような状況下、現状どのような動きかというと、まず、犯人が利用しているインドの大手金融会社に、貴社名を騙っての国際詐欺事件が発生している旨を伝え、証拠類等を提供しました。社名を騙られているインドの金融会社から、インドの司法当局に捜査依頼をするという方法を取りました。あとは、こちらが送金準備ができたと知らせ、犯人側の振込指定銀行口座を入手するという段階になりました。後は、同時に、インドの司法機関がインターポールを使ってチュニジアとリビアに捜査依頼をするということになりました。今回のケースは、同様国際詐欺事件が頻発している国際出会い系サイト「Japana Cupid」というサイトから始まった事件です。どうぞ皆様ご注意ください。
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by seizaikai_club | 2012-03-30 19:42 | 世界の中の日本

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
by seizaikai_club
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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