政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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カテゴリ:テロリズム( 7 )

ビンラディン暗殺作戦「ジェロニモ」の全容が見えてきた

ビンラディン暗殺作戦「ジェロニモ」の全容が見えてきた
2011年5月5日

 近年CIAの不必要論が盛んになり、そもそもCIAを手足のように使える大統領は少なかった。ここ暫くの大統領の中では、パパブッシュぐらいであった。今回の作戦状況を注視してみると、オバマ大統領もCIAを手足のごとく、独走させることなく、軍やFBIなど他の機関と協力して行動させることを成功させた稀有な大統領であるように思う。

 今回の作戦が、ブッシュ・ジュニア時代のビンラディン掃討作戦と一番の違うところは、CIAを手足のごとく使いこなし、大統領がCIAに翻弄されずに作戦を総掛かりで一丸となり実行できたということだ。歴史的に、今回の作戦と非常に類似している作戦は、パパブッシュ時代に成功した、ノリエガ将軍逮捕劇である。俗にいうパナマ侵攻だ。これは、この俗名を見てもわかるように、軍事行動に近い位置づけがされた作戦であった。国際法を完全に無視し、作戦は決行されノリエガ逮捕に成功した。

 余談だが、私の学友が逮捕劇に参加していた。ペルーから留学していた私の学友が、ノリエガ逮捕の映像にCIAエージェントとして写っていたことが、私や大学時代の仲間内では衝撃的であった。何故なら、会計学専攻だった彼は財務省のスペシャルエージェントすなわちシークレットサービスに卒業と同時にスカウトされて成ったのは知っていた。だが、CIAのエージェントに転属していたとは知らされていなかったからだ。実際にはCIAとの二足の草鞋を履いていたようだ。何故なら、彼はノリエガが喋る言語を母国としていたので、また財務省スペシャルエージェントとして、麻薬や通貨に関する逮捕権を有していたという二つの理由で、極秘エージェントとしてノリエガの近辺に入り込み潜伏捜査をしていたのだ。その後、身の安全を考慮したアメリカ政府は、彼を含め逮捕劇に関わった人々とその家族を、保護プログラム下においた。以来、彼とは音信不通である。話を戻すことにする。

 ノリエガ将軍逮捕劇は、パナマ侵攻と名付けられた通り、軍事行動の色合いが非常に濃い作戦だ。勿論、軍が動いた。また、今回と類似している点は、CIAがトップに立ち総司令役を演じていた。何故ならば、彼らが情報収集活動をパナマ国内でしており、縄張り争いではないが早い者勝ちということで、ノリエガ情報の確証を得たのがCIAであったからだ。また、パパブッシュは、CIAを完全に掌握し手足のように使用することができた大統領の一人で、大統領との間にも信頼関係が成り立っていたからだ。この作戦の特徴的なことは、CIAが主導権をとっただけに、非合法なこともお構いなしで行われた作戦であったということだ。国際法を無視しての、奇襲攻撃であった。勿論、事前通告はなく、急襲での作戦だ。

 今回のビンラディン掃討作戦「ジェロニモ」も、パナマ侵攻に酷似している。パキスタンには事前通告せず、国際法をも無視している。勿論、大統領はそういう作戦であることを知っていて承認している。だが、成功させることを最優先にした。その最大の理由は、人命優先である。そのためには、ターゲットの生死にはこだわらないという作戦であったということだ。

 今回、何故内陸部の作戦なのにシールズであったかという疑問を持つ人がいるが、イランはデルタフォース、アフガンはシールズと縄張りをつくっているからという声も聞こえるが、私はそうではないと思う。何故シールズになったかの理由は二つあり、一つは、作戦現場本部、拠点が陸上ではなく公海に停泊する空母カールビンソンに置かれたこと、それと軍部総司令官が海軍大将であったことだと思う。

 最後に、CIAが主導権をとると、何故非合法作戦になるのであろうか? その答えは簡単だ。CIA自体が非合法組織であるからだ。法的には、彼らに逮捕権や武器携帯権は与えられておらず、非合法活動が可能な諜報機関として成立しているからに他ならない。故に、彼らに合法か否かという意識は薄い。作戦を成功させるか否か、結果を得られるか否かしかないからである。こうやってみていくと、今回の作戦は、パナマ侵攻同様軍事作戦色の非常に強い作戦であったということが言える。アメリカ軍の基本では、軍の存在定義の一番にサバイバルがあるので、拘束よりも自分と味方の命を最優先することとなってしまう。結果、生死を問わぬ作戦成功が命令されている場合、殺害してしまう可能性は自然と高くなるのだ。また、CIAは、パキスタンとビンラディン側との関係について公表できない核心情報を入手していた可能性が高く、パキスタンを追い込まないという意識が、強く働いたことが推測できる。いずれにしても、驚きの奇襲作戦であった。

 ただ、私の中で一つだけ疑問がある。それは、本当にビンラディンを殺害したのであろうかということだ。殺害したということにして、身柄を確保しているのではないかと思えて仕方がない。その理由は、アメリカ政府としては、アルカイダの情報を得るには、ビンラディン以上の人物はいない。その宝を、簡単に殺害してしまったであろうかということだ。傍にいた妻が生きているということなので、目撃者を残しているというのは不自然な気もするが、今は暴動制圧弾のようなものもあり、マシンがのマガジンにテープで印をつけて、現場の状況に応じてマガジンごと入れ替え、実弾と制圧弾を使い分ける訓練は、シールズなどの特殊部隊は受けている。また制圧弾の威力は強く、あの距離で当たれば卒倒する。死んだように見える。当然打撲も起こし、15分程度は気絶した状態が続く。制圧弾によっては赤い血と同じような色を使用しているものもあるので、死んだように見せ身柄を確保することは物理的には充分可能だ。ノリエガの場合は、行き着くところ、結局は麻薬であった。故に、裁判に掛けられ今でもアメリカ国内の収容所に収監されている。案件としては単純な案件であった。しかし、ビンラディンはテロリストだ。人命を理不尽に奪うことで、多くの自分勝手な益を得ていた。そう簡単に殺さない気がしてならない。
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by seizaikai_club | 2011-05-05 17:42 | テロリズム

オサマ・ビンラディン暗殺作戦成功に伴いオバマ大統領声明発表

オサマ・ビンラディン暗殺作戦成功に伴いオバマ大統領声明発表
2011年5月2日

 オバマ大統領は、本日オサマ・ビンラディン暗殺作戦に成功した旨の声明をホワイトハウスで発表した。非常に喜ばしいことだ。9.11同時多発テロで命を落とした友人のことを思うと涙が止まらない。これで、彼もやっと成仏できるであろう。

 オサマ・ビンラディン暗殺作戦成功は、イコール報復テロが起こる可能性が高くなるということで、喜んでばかりはいられない。だが、正直非常に喜ばしいことだ。来る大統領選で勝利するためなどと評論する人々もあるかもしれないが、アメリカならびにアメリカ人にとって9.11は我々日本人が想像している以上に屈辱的な出来事であった。オバマ大統領を支持するアメリカ国民は多いであろう。

 声明も素晴らしかった。決して勝ち誇るように、個人的感情を露わにするような声明ではなく、非常に落ち着き平常心をたもちながらの声明であった。だが、アメリカは、どんな困難があろうと茨の道であろうとどんな目標であろうとも必ず成し遂げると断言した。強いアメリカを回帰してくれた。そのことは、多分多くのアメリカ人を熱狂させているであろう。

 この声明の中で、オバマ大統領はいくつかのことを明確に断言した。それらのことには、非常に大きな意味を持つ。まず最初に、イスラム教徒の家庭に生まれたオバマ大統領が、オサマ・ビンラディン暗殺作戦を成し遂げたこと自体に、非常に大きな意味がある。声明の中で、オバマ大統領はハッキリと断言した。アメリカ合衆国は、イスラム教徒を敵対視はしていない。無差別テロによって、罪のない無垢な人々の命を奪ったテロリストたちを敵対視しているのだと断言した。彼だからこそ、この暗殺作戦は非常に説得力があるものとなったように思う。多分、オバマ大統領ではない、白人大統領がなしていたら、きっと多くの共感を得ることはできなかったであろう。そのことを理解した上で、オバマ大統領がこの作戦を強行した勇気を称賛したい。

 また、今回のオサマ・ビンラディン暗殺作戦は、ブッシュ大統領時代のオサマ・ビンラディン捕獲作戦と大きな違いがあることがわかった。ブッシュ大統領の時代には、ビンラディン掃討作戦現場リーダーを拝命していた私のFBIの友人も、400メートルまでオサマ・ビンラディンを追い詰めたにもかかわらず、狙撃命令が大統領からでず生け捕りを優先ということで、惜しくも逃がした経験があった。だが、今回の作戦では、当初より、生け捕りよりも暗殺が最優先され、万が一生け捕りにできる状況があれば生け捕りにという命令がくだっていたということだ。CIAなど諜報機関ならびにFBIなど調査機関がオサマ・ビンラディン所在調査をしていたところ、昨年8月ごろより所在にかんする情報が多くはいりだし、先週非常に的確な情報がもたらされ、CIA、FBI、アメリカ軍と協力しての暗殺作戦が実行されたとのことだ。

 暗殺作戦は、非常に少人数でなされた極秘作戦であり、激しい銃撃戦の末ビンラディンと息子を暗殺することに成功したという。今回の作戦では、狙撃許可を大統領にとらずとも、現場の判断で狙撃できる状態での作戦決行だったそうだ。実際に作戦を行ったのは、アメリカ海軍特殊部隊シールズであったという。

 ホワイト・ハウスには、現在多くの熱狂したアメリカ人が集まり歓喜の声を挙げているらしい。だが、今後アルカイダによる報復テロが行われる可能性は高く、気を抜けない状態が続くであろう。世界各国のアメリカ大使館はじめ施設は、戒厳令に近い状態に入ったとの情報も入ってきている。日本のアメリカ大使館ならびに領事館付近も、通常以上の警備体制を警視庁が敷いた。これで、対テロの新しい時代が到来したのかもしれない。暫く目が離せない状況が続くであろう。
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by seizaikai_club | 2011-05-02 17:14 | テロリズム

田母神俊雄と松浦芳子

田母神俊雄と松浦芳子
2010年10月20日

 先週土曜日に、中国大使館包囲デモを行った「頑張れ日本!全国行動委員会」に名を連ねる松浦芳子は、案外気付いている人間が少ないが、三島由紀夫が主催していた楯の会の元メンバーだ。そして、彼女の夫は、楯の会第一期生で初代学生長だった持丸博である。持丸は、三島が最も信頼していた男だ。しかし、持丸が一時楯の会を脱退したことが、当時の三島を落胆させ楯の会解散まで考えさせたという。一部には、持丸が脱退し落胆した三島が、自決を思い立った言う人間もいるほどだ。その持丸は、市ヶ谷での三島自決後、楯の会のメンバー家族を支えてきた男である。このことがどういう意味かを、我々は理解する必要があるような気がする。持丸の余生、彼に残された三島自決事件の総括は、三島の意志を継承することではないか。彼が果たせ得なかった思いを。田母神氏も、言うまでもなく三島由紀夫を尊敬し敬愛する愛国者の一人だ。彼らからしたら、今の腐れ切った日本に対し、「憂國」という言霊を掲げての行動が、唯一の総括であるのではないか。
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by seizaikai_club | 2010-10-20 18:33 | テロリズム

テロがはびこる今の世界情勢を知るには映画「アラビアのロレンス」を観るべき!

テロがはびこる今の世界情勢を知るには映画「アラビアのロレンス」を観るべき!
2007年11月21日


 このタイトルは、何だか非常に浅はかなように聞こえるかもしれない。しかし、テロが蔓延する今の世界情勢の始まりを知る上では、非常に理解しやすい映画であると私は思っている。多分、以前、別の記事でも書いたことがあると思う。

 テロがはびこる今の世界情勢をしるには、何故イスラミックの人々が、こんなにもアメリカをはじめとする西側諸国に憎悪を持っているかということを知る必要がある。何の原因もなく、人は人を憎みはしない。そこには、必ず原因がある。

 全てを理解しようと思えば、アラブ問題は、非常に複雑怪奇で難しい。しかし、大きな流れだけでも、ポイントを押さえれればもっと色々なことが見えてくるはずである。

 ただ、最初に申し上げておく。歴史には、事実は一つであるが、真実は、その当事者の数だけあるということを。このことをしっかりと心にとめて、偏ることなく歴史を繙く必要がある。そのことだけは、忘れないで頂きたい。

 まず、皆さん不思議に思われないか。何故、アフリカ諸国と中東諸国の国境線は、直線が多いのかということを。私は、アメリカの大学で中東問題を勉強した際、最初にそのことを不思議に思った。大抵の場合、国境線とは、どういう風につけたのかと思うほど複雑に入り組んでいる場合が多い。ところが、アフリカと中東の国々の国境線は、まるで人が定規で地図上に線をひいたかのごとくに直線が多い。

 それは、イギリスが大英帝国と呼ばれていた時代、植民地政策を推し進めていたことによるところが大きい。イギリス人をはじめとする西洋人の思惑によって、アフリカや中東諸国の国境線は理不尽にひかれたのだ。

 そもそも、アフリカにしても、アラブにしても、部族単位でなりたっていた地域である。そのことは今でも変わらない。国という価値観よりも、部族という価値観の方が高い民族の集まった地域なのである。そのことを理解しなければならない。

 アラブ首長国連邦という国がある。アラビア半島東部北岸に位置し、アブダビを首都とする国である。アラブ諸国の中では、日本人に馴染み深い国の一つであるはずだ。ドバイという都市は、多くの日本人にも知られているはずである。そのドバイも、このアラブ首長国連邦の都市である。

 このアラブ首長国連邦という国が、アラブ民族の特徴をよくあらわしている。読んで字のごとくである。この国には、7人の首長がいる。即ち、7部族の連合体で国の体をなしているのだ。アラブの人々は、正にこの感覚なのである。というか、これがアラブ民族の文化であり、価値観なのである。国という価値観は、あくまで近代西洋人が押し付けた価値観でしかないのだ。

 それでは、何故灼熱の砂漠ばかりのアラブへ対し、イギリスをはじめとした西洋人達は目の色を変えたのであろうか。答えは、簡単である。それは、石油を確保したいからである。これが、アラブ人達にとっての不幸のはじまりである。その延長線上に、ユダヤ人によるイスラエルの問題も浮上し、話はより複雑になってしまった。イスラエルにしても、1948年にイギリスの委任統治終了とともに建国された国であって、ある意味イギリス人の思惑で、あの地に無理やり建国されたと言えないこともない。確かに、歴史的には、ユダヤ人にとってあの地は所縁ある地かもしれないが。

 映画「アラビアのロレンス」は、更に時代を遡る。時は1914年、第一次世界大戦が勃発し、アラビアはトルコ帝国の圧政下にあった。オスマン・トルコの時代から、アラビアの部族達もトルコ人達も、力で全てを決するという文化と価値観を持っている。強いものが全てを支配する。それが、彼らの力関係であり価値観である。そのことは、今でも変わらない。この映画は、そんなアラブの危機を、西部劇のようなタッチで描いているともいえる。「七人の侍」「荒野の七人」ではないが、トルコに攻め入られるアラビアを、ロレンス中尉が果敢に戦い救おうとする勧善懲悪ドラマのようにもみれる。しかし、実は、その裏側には非常に深い歴史背景と意味合いが含まれている。

 「アラビアのロレンス」は、実話である。イギリス軍のロレンス中尉の物語である。実在した人物だ。アラブの人々の間では、今でも英雄としてロレンス中尉の話は受け継がれている。その反面、イギリスでは裏切り者的なレッテルを未だに貼る人々も多い。しかし、今となっては、その真実はわからない。ただ、間違いないことは、ロレンス中尉が、アラブの人々のために、アラブの独立のために、彼らに加担していたということだ。それが、イギリスのためと思ってやっていたのか、映画で表されているように、純粋にアラブ人のためにと思ってやっていたのかは、本人の心の内を見れない今となっては分からないことである。

 ただ、一つだけ確かなことがある。あの時、ロレンス中尉の進言どおりにイギリス政府ならびにイギリス軍が判断をくだしていれば、世界情勢はもう少し変わっていたかもしれない。歴史に「もし」はあり得ないことだが、少なくとも憎悪の連鎖をもっと軽減することはできていたかもしれない。

 どうも、アルカイダをはじめとするテロリスト達が、イスラム教を看板にし、また楯にもしているので、どうも我々西側諸国の一員からすると、イスラム教の教えが悪いのではないか、と大きな誤解をしてしまいそうであるが、そうではない。イスラム教自体は、純粋な教えであり、そんなに悪い宗教だとは思わない。彼らテロリスト達は、原理主義者であり、自分達の都合のように歪曲して受け止めているので、鵜呑みにするべきではない。それよりも、この憎悪の連鎖によるテロの連鎖は、前記したような部族単位での価値観に起因するところが大きい。その延長線上に、宗教の存在があると理解するべきである。

 何故、トルコは、歴史上、何度となくアラブに攻め入るのかも、その辺に理由がある。そして、その延長線上に、ギリシャ正教であるトルコとイスラム教であるアラブという、宗教的な理由もある。どちらも、あまりにも高潔な教えであるが故に、双方が双方を認めないから起こる争いである。本来であれば、共存という形をなせば解決できるはず問題であり、そうあるべきことであるが、そういかないのがアラブの文化であり価値観なのかもしれない。

 今、一つ懸念すべきことが勃発しつつある。それは、トルコのイラク侵攻である。クルド人の問題を理由に、トルコは再びアラブに攻め入ろうとしている。歴史は繰り返す、とはよく言ったものだ。しかし、このことが、大きなことに発展する可能性は非常に大きい。アメリカがどう対応し、トルコがどのように判断し行動に移すかで、また新たな火種が誕生する可能性がある。

 中東は弱肉強食を地で行く地域である。油断をすれば、虎視眈々と狙っている隣人達に攻め入られてしまう。非常に難しい地域である。今後の動向を見逃せない。
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by seizaikai_club | 2007-11-21 18:49 | テロリズム

世界で起こるテロリズムに思うこと

世界で起こるテロリズムに思うこと
2007年10月24日

 世界中で、テロリズムが起こっている。悲しむべき出来事である。人によるエゴによって、全ては始まった。エゴがエゴを呼び、思惑が新たなる思惑を生み、人々を狂気へと導いている。

 人間とは、愚かな生き物である。人が人を恨み、殺し合い、奪い合う。自らを守ろうとするが故に、愛する者を守ろうとするが故に。しかし、そのために、他人を傷付け、自らも傷付くことになり、その連鎖はエンドレスに継続している。

 嘗て、冷戦時代には、国と国が戦った。冷戦終結後、民族と民族が戦った。そして、今、宗教と宗教が戦っているかのようにも、テロリストと大国が戦っているようにも見える。しかし、そうではない。今、この地球上では、個と個が戦っているのだ。それぞれの人間のエゴを正当化し、それぞれの人間のエゴに翻弄され、他を認めず、自分だけが正しいと思い込み、他を傷付けることが、自らの幸せに繋がると勘違いし、自己中心的な身勝手な思想を信じ、宛のない道を彷徨っている。いや、思想とも呼べない、ただの我欲でしかない。そのことは、個人も国も変わらない。皆が、自分のこと、自国のことしか考えていない。その証拠に、この地球が、自然が、悲鳴をあげているではないか。

 我々は、大切なことを忘れている。誰もが、同じ考えのもとに行動しているということを。テロリストと呼ばれる人々も、テロリストと呼ぶ人々も、皆、それぞれの愛する人を守るために戦っている。皆、愛する人々を守るために、戦い、そのために他人を傷付けている。恨みは恨みをかい、エンドレスに恨みの連鎖は悲劇を生み続ける。そのことに気付かない限り、この地球上から、悲劇の連鎖は消滅しないであろう。寧ろ、悲劇の連鎖は広がり、ますます収拾のつかぬことになってしまうであろう。

 本当は、簡単なことである。自分が愛する者を守ろうとしているように、相手も愛する者を守ろうとしている。もし、自分の愛する者が傷付けられれば、痛みと悲しみ、そして、復讐の念が体内に生まれる。相手の愛する者を傷付ければ、同じように相手も、痛みと悲しみ、そして、復讐の念を体内に宿す。ならば、争うのではなく、手を繋ぐ努力を、理解し合う努力をすれば良いではないか。しかし、現実問題、それは至難の業である。何故ならば、もう、悲劇の連鎖は、遠い昔より始まってしまっているからだ。悲劇の連鎖が、さらなる悲劇の連鎖を呼び、複雑に絡まりあってしまっているからである。今こそ、その過ちに気付き、絡まった糸を切り捨てるのではなく、解かなければならない。そうしなければ、この地球は、温暖化などで自然破壊する前に、人間同士が、傷付けあい自滅してしまうことにもなりかねない。感傷的な平和主義と言われるかもしれないが、最近、私は、そんな風に思うようになった。

 何人だからとか、何の宗教だからとか、そんな、肌の色も、宗教も、生まれ育ちも関係ない。皆、人は、この地球で生まれ、育ったのだ。全ての人間の故郷は、同じこの地球ではないか。ならば、自己中心的なミクロな発想に陥るのではなく、地球規模でのマクロな発想に転換し、皆が手を繋ぐべきであるはずだ。難しいことではあるが、そう努力すべきである。

 人とは、愚かで、浅はかな生き物である。個も、衆も、常に仮想的な敵を想定することによって団結し、大きな力へと導かれる。今、世界では、その人間の心理が裏目に出ている。民族単位、宗教単位で、徒党を組み、敵を作り戦い合ってしまっている。そして、そのような紛争は、エンドレスの様相を極めている。もし、そのような状況が解決されるチャンスがあるとすれば、それはこの地球上に住む人類が、共通の敵を持った時であろう。即ち、地球外よりの敵が現れた時なのかもしれない。そうなれば、きっと、示し合わさなくとも、自然に、争いは止み、皆手を取り合って、地球外よりの外敵に立ち向かい、地球上に平和が訪れるのかもしれない。だが、その地球上での平和と引き換えに、新たなる争いを地球外よりの敵と持たなければならない、という宿命を我々人間は覚悟しなければならない。いずれにしても、人間とは、本当に悲しく愚かしい生き物であることだけは、間違いない。最近、つくづくそんな風に思うようになった。
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by seizaikai_club | 2007-10-25 10:37 | テロリズム

テロリズムこそ最低の殺人犯罪

テロリズムこそ最低の殺人犯罪
2005年10月7日
http://www.seizaikai.com/seizaikai_club/index.html

 テロリズムこそ、最低の殺人犯罪である。思想だ、聖戦だと言いうが、罪のない一般人を無差別に殺害することのどこが思想だというのだ? そういうテロリズムを肯定する人々の気がしれない。バリ島の同時爆破テロで犠牲になった日本人は、50才でやっと結婚できた平凡な中年男性であった。真面目に生きてきて、やっと手に入れた幸せ。そして、楽しみにしていた新婚旅行。何故、そんな小さな幸せを大切に生きている人が、意味もなく殺されなければならないのか。非常に大きな疑問と憤りを覚える。
 アメリカはじめ同盟国は、イラクで戦争をし、無差別に無垢な民間人を殺害したから、その報いとしてテロ攻撃を受けなければならない、と彼らテロリスト達は訳のわからぬ論法を展開する。が、しかし、それでは、サダム・フセインが、ナチス・ドイツよろしくサリンでクルド人はじめ少数民族を無差別に殺していたことは、殺人ではないというのか? アメリカはじめ同盟国が未だ戦っているのは、無垢なイラク人相手ではなく、テロリスト達を相手にしているのである。故意に無垢なイラク人を殺しているのは、アメリカ軍ならびに同盟国軍ではなく、テロリスト達によるテロ行為によるところが大ではないか。
 にもかかわらず、多くのマスメディアは、アメリカはじめ同盟国の非ばかり取り上げ報道する。確かに、アメリカはじめ同盟国側にも、誤爆や巻き込みなどの過ちを犯してしまったこともある。しかし、テロリストを封じ込めようとしてやっていることであり、過ちであって故意ではない。彼ら自身も、大きな犠牲をはらっている。それに引き換え、テロリストによるテロ行為は、過ちではなく故意に一般庶民を狙っている殺人犯罪だ。ここのところの意味が、大きく違う。
 もし、アメリカはじめ同盟国の軍隊が治安維持を放棄し撤退したら、イラクは即座にテロリスト達に支配され、独裁者がフセインからテロリストに変わるだけで、以前とまったく変わらない、いや以前以上に悲惨な国になることは火を見るより明らかだ。一番困るのはイラク人自身である。そして、多くのイラクの人々は、そうなることを望んでいない。フセイン独裁政権下、どれだけ非人道的な行為が繰り返されていたか、そして、どれだけの無垢なイラン人達が迫害され、殺されたか、そのことを等閑にしたり、忘れたりしてはならない。マスメディアは、一部の身内に犠牲者を出したイラク人の反米の声だけを取り上げるのではなく、公平にイラク人の声を報道すべきである。さもなければ、イラクにとって取り返しのつかぬことにだってなりかねない。
 イラクでの一番難しい問題点は、シーア派、スンニ派、そして、クルド人による三つ巴ということである。現状、イラクの人口の60%がシーア派だと言われている。もともと、フセイン政権下ではスンニ派がイラクを支配していた。ここが問題だ。宗派人口の多い少ないで政権を決めるようなことになれば、そこには民主主義は実現しなくなる。今度は、フセイン独裁政権に代わり、イスラム教シーア派国家ということになってしまうであろう。宗派が変わっただけで、結局は解放前と変わらぬ独裁政権国家になってしまうことは、容易に想像がつく。そうなれば、相反する宗派の国民は、再び迫害されることになり、前近代的な政治が繰り返されることになるであろう。
 今、イラク国内で頻発しているテロ行為のほとんどが、シーア派のテロリスト達によって行われている。よく報道で名前を聞くザルカウィというテロリストも、イランに非常に近いシーア派の人間である。アメリカ諜報機関の調査結果によると、ザルカウィはアルカイダやオサマ・ビンラディンよりの指示よりも、イランからの指示を重視しテロ行為を繰り返しているという。結局、現状、イラク国内で起こっているテロ行為を行うテロリスト達のバックは、イランなのだ。イランは、シーア派の国である。そのイランが、シーア派という看板の下、テロリスト達に、テロ行為を行わせているのだ。何故ならば、イランはイラクの領土が欲しいらである。イランは、フセイン政権時代から、イラク領土を狙っていた。そういう理由で、イランとイラクの間では、小競り合いが絶えなかった。
 そして、読者の皆さんご承知のように、故ホメイニ政権下で起きた幾多の惨劇以来、アメリカとイランの間にも、長きにわたり深い溝と確執がある。多くのアメリカ人の命が、無差別に奪われている。そういう意味からしても、イラクの問題は非常に複雑怪奇で、イラクからアメリカ軍ならびに同盟国軍が撤退すれば終わるような単純な問題ではない。イランの新しい大統領が、核開発ならびに核保有に関して、かなり強硬で世界の平和を乱すような理不尽な発言をしたということを考えると、イラクを介し、アメリカとイランの間は、現在一触即発の状況と言っても過言ではないであろう。

 また、現状、テロ行為を繰り返すアルカイダを中心とするテロリスト達には、もう「思想」だの「宗教」などという高尚な言葉は当てはまらない。何故ならば、豊富な資金力により、金銭で外国人傭兵や職業軍人を雇い入れているからだ。その中には、勿論、イギリス人、フランス人をはじめとする外国人も含まれている。こうなってくると、もう宗教的な理由による聖戦などという理屈は通らない。ただの、テロリストの自我ならびにその背後に控える国の国益のための殺人行為でしかない。

 このような厳しく悲惨な状況下、ひとつだけ確かであり、我々が理解しなければならないことがある。それは、如何なる理由があろうとも、テロリズムを許してはいけないということだ。テロリズムほど、残酷で、許されざる行為はこの世にない。絶対に妥協してはならない。断固とした態度で、対峙しなければ、テロリスト達を増長させることになってしまうからだ。それこそ恐ろしいことであり、世界にとっての脅威だ。テロリズムこそ、世界平和にとっての最大のマイナス要因であることは、良識ある人間なら、誰の目にも明らかなことである。今こそ勇気をもって、テロリストとテロリズムを拒絶し、真剣にテロリスト達とテロリズムと対峙しなければならない時なのである。
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by seizaikai_club | 2005-10-07 16:58 | テロリズム

バリ島での自爆テロは新たなる世界的規模でのテロリズムの始まり

今日の独り言
バリ島での自爆テロは新たなる世界的規模でのテロリズムの始まり
2005年10月3日
http://www.seizaikai.com/seizaikai_club/index.html

 悲しむべきことではあるが、7月13日の政財界倶楽部ホームページに掲載した「次なるターゲットは、カナダ、オーストラリア、日本」という注意勧告記事での予測が当たってしまった。かなり精度の高い情報だったので、適中することを内心恐れていた。残念なことだ。その情報源は、ある国のシンジケートとある国の司法関係との司法取引によるものであった。ある条件との交換条件で、前回のバリ島爆破テロ犯に関する有力情報と爆弾の入手経路情報、そして、北朝鮮の武器入手ルートに関する情報を入手したものであった。その結果、前回のバリ島爆弾テロの実行犯は、実際、情報入手直後に拘束された。
 ただ、バリ島ではテロが実行され警備体制も強化されていたので、次ぎなるターゲットは、カナダかオーストラリア、もしくは日本と思われていた。だが、これら三国の警備体制は、かなり強化された。当然、インドネシアでも警備体制は強化された。しかし、警備体制が強化されたとは言っても、やはりカナダ、オーストラリア、日本に於けるテロ対策に比べれば、インドネシアの警備体制はまだまだお粗末であった。と、同時に、バリ島の場合、既に一度爆弾テロがあったので、再度はないのではという希望的観測により、警備体制は強化されたが隙があったということも否定できない。
 それでは、何故バリ島なのか? その答えは簡単である。現在、アルカイダをはじめとするテロリスト達が、次なるターゲットとしているのがカナダ人、オーストラリア人、そして、日本人なのだ。この三国の国民を同時に狙えて、しかも、警備体制に隙がある場所ということでターゲットを絞り込めば、悲しいことではあるがバリ島がターゲット候補地として浮上してしまう。
 また、インドネシアに潜伏するテロリスト達の行動を把握することは容易ではない。何故ならば、インドネシア政府によるテロリストの把握のレベルが、他国に比べると格段に低いからである。ジャングルなどの潜伏場所が多く、潜伏するに適しているという環境もある。
 しかし、一方、こういう見方もある。アルカイダとインドネシアに潜伏するイスラム過激派テロリストとの接点や密接度はそれほど強くない、という見方である。ただ、インドネシアのテロリスト達同様、売名行為的意味合で、アルカイダの名の下テロ行為を実行しうるテロリスト組織は、世界中に潜在的な勢力として存在している。彼らが、模倣犯的にテロリズムを各地で実行する可能性は、非常に高まっている。これらのローカル・テロリスト達は、アルカイダの下テロ行為を行えば、売名できる。また、アルカイダは、どういう形であれ、対アメリカ及びその同盟国国民へ対してのテロリズムを実現できる。どちらにとっても利害が合致する。恐ろしい、テロの連鎖である。

 ほんの十年前のバリ島は、まだ平和であった。自然に恵まれ、お金などなくとも自給自足ができるような土地柄であった。バリでは、至る所に果物がなり、気候的な条件もよく、二毛作三毛作は当たり前である。海には、豊富な海産物があり、生きていくに困ることのない、諍いのない島であった。
 インドネシアといっても、バリ島の人々はイスラム教徒ではなくヒンズー教徒である。そういう宗教的なこともあり、バリ島は別世界であり、非常に綺麗で平和な島であった。また、神々の宿る島とも言われ、非常に神聖な島でもあった。人々は非常に穏やかで、歴史的な理由により、親日感情も非常に強い。ところが、そのバリ島にも、時代の流れで文明が流れ込んだ。多くの観光客が、贅沢と消費という悪習を持ち込んでしまった。バリ島の生態系は壊された。それまで、必要でなかったお金が、全てを支配するようになり、神々の力を上回ってしまった。地球の進化、人間の進化が、短期間に、縮小版としてバリ島に起ってしまった。悲しむべき現実であった。

 インドネシアというと、戦争によって反日感情の非常に強い地域と思いがちであるが、一概にそうは言えない。地域によって、対日感情はかなり違う。ジャワ島に於いても、ジャカルタを中心とする北部の地域とスラバヤを中心とする南部の地域では大分違う。日本で言えば、ジャカルタが東京、スラバヤは大阪というふうに理解したらよいと思う。
 スラバヤは、日本軍が最初に降り立った都市である。スラバヤを中心にした南部のインドネシア人は、オランダの植民地支配から解放しインドネシアを独立へ導いてくれ、生活全般で助けてくれたのが日本人と日本軍であった、という認識を持っている。よって、今でも親日家が非常に多い。海洋資源に非常に恵まれている地域で、海老や石油などを通じ、今でも非常に日本との関係が深い地域でもある。それに比べると、北部地域は少々違う印象である。
 バリ島では、日本軍のある中佐が、日本の軍人である以前に人間であるという思想の基に、命懸けでバリの人々を死守したという歴史があり、非常に親日色が強い。今でも、その中佐の墓がバリ島の中心都市デンパサールの中心にあり、多くのバリの人々の誇りとなっている。
 こういうことを見聞していくと、結局、最後は人なのだ、ということが実感できる。どんなに悲惨な戦争の中でも、生まれも育ちも違う人々が、心と心を通い合わせた関係もあった。そして、そのような温かい心をもって接した日本軍の指揮官がいた地域は、今でも日本人へ対しての好印象が残っているということを見聞すると、一人一人の人の力の大きさを実感させられ、感慨無量である。
 こういう人の歴史を考えると、今回のような平和な観光地でのテロ行為の罪の重さを、より一層強く感じる。罪もない一般観光客を巻き込み、歴史的友好関係まで破壊しかねないテロ行為。如何なる理由があろうとも、絶対に許される行為ではない。
 と、同時に、日本の国も日本人も、テロリストによるテロ攻撃は他人事ではないということを自覚しなければならない。現状、いつなんどきテロ行為が日本国内で起っても、まったく不思議ではないという現実を、もっと認識する必要がある。そして、政府も国民も、テロリズムに対する危機管理意識を高めておく必要がある。一旦、事が起ってしまってからでは手遅れなのだ。事前にテロ行為を防がなければ、いくら騒いでも意味はない。
 例えば、一旦テロ行為が起ってしまった時の、被害者の身元確認システムを確立する、というようなことも最優先課題の一つであろう。電車がテロ攻撃を受けたりしたら、その場に誰が乗り合わせていたかという確認作業などは、現状では困難を極める。しかし、それでは技術的に非常に難しいのかというと、そんなことはない。携帯電話がこれだけ普及している時代である。ちょっとしたアイデアで、改札を通過したという情報や電車に乗り降りしたというような情報の管理は可能になるであろう。確かに、個人情報保護という観点から言えば、多少問題はあるのかもしれない。しかし、個人情報保護と人の命とを天秤にかければ、どちらが重いかは自ずとわかるはずである。その辺は、法律的にも臨機応変に対応しなければ、何も事は運べず、危機管理対策は常に後手に回ってしまうことになりかねない。
 議論を闘わせ最善策を捻出することも大切である。しかし、国民の命がかかっているような案件に関しては、最優先課題として、まずは実行し、その後練り直し、法整備も行い、より良い形を模索すればよい。兎に角、臨機応変ということが、日本の政治にも行政にも欠落しているような気がしてならない。皆様は如何お考えか?
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by seizaikai_club | 2005-10-03 13:48 | テロリズム

「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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