原発事故調での菅元総理の発言真意
2012年6月2日
はじめに、私は菅元総理の支援者でも後援者でもない。ただ、未来のために、今回の原発事故を出来る限り客観的に見詰めたいと思っているだけだ。正直、今回の事故調で、枝野や菅や諸々の民主党関係者の発言に対しては、呆れて開いた口が塞がらない。お互い足の引っ張り合いで、見苦しいことこの上ない。だが、菅元総理だけが、間違ったことを言っていないように感じた。彼は激情型の政治家だ。だが案外正直に、私利私欲抜きでモノを言うタイプであるように思う。
巷では、イラ菅が感情に任せて原発や東京電力本社に乗り込んだので、現場の人間たちが迷惑して判断を誤ったと言っている意見が多い。だが、果たしてそうであろうか。私には、そういう人々の声に疑問を感じる。大体、東電幹部にしても、今頃菅元総理を責めるが、会長も社長も東京本社に不在で、地方や海外にいたわけである。本来二人ともが東京本社を離れることはせずに、片方は残るべきである。にもかかわらず、自分達の非を棚に上げて、菅ばかりを責める姿は見苦しいことこの上ない。あの状況下で、菅元総理が現場に乗り込んだのには、理由があったとように私は思う。巷で言われている、情報が総理官邸に上ってこなかったという理由は、一番大きな理由であるように思う。当事者であった菅元総理は、そのことを多分当事者として痛烈に実感し、現場に赴いたのであろう。世間やマスコミは、菅元総理をボロクソにいい、現場の人間が正しかったように自民党も含め盛んに囃し立てているが、果たしてそこに真実があったのであろうか。当時、あの状況を第三者的に見つめていて、私が強く感じたのは、原子力保安院の存在意味である。彼らが、本来東電と官邸の間の架け橋であり、ワンクッションになるべきであった。ところが、どう見ても彼らが役目を果たしているようには、私の目には映らなかった。彼等は、東電のみに責任を転嫁し、自分達の非は認めようとしなかった。それどころか、保身ばかりを最優先し、何をあの場で為さなければならないかという大切な問題を等閑にしていたように感じた。菅元総理も、そんな彼らの姿勢を間近で見聞し、現場へ乗り込み現実を把握するという行動にでたように感じた。菅元総理ばかりを責め立てるが、あの状況下、本来総理が現場に乗り込んだあの行為は、原子力安全保安委員が為すべきことであったはずだ。にもかかわらず、彼らは微動だにしなかった。故に菅元総理は批判を浴びながら自ら赴いたのであろう。よく理解できるリーダーとしての行動だ。状況が把握できない状態にあるならば、自ら赴くということは、組織のリーダーとして正しい判断である。私はそう思う。その証拠に、福島原発の吉田所長は、上の対応にヤキモキしてクレームをつけていたではないか。それは、東電幹部や原子力安全保安委員会が上に存在し、正しい情報が迅速に政府まで伝わっていなかったことへのフラストレーションの表れであった。
そして、その状況を目の当たりにした菅元総理が決断を下すのだが、そのことに対し自民党などは非としているが、あの状況下で、腰抜け原子力安全保安院が適格な判断を、勇気を持って下せたであろうか? 答えは否である。あの状況下で、保身と責任を盥回しばかりしていた彼らに、そんな重い勇気ある決断はできなかった。その結果、現実問題として、後手に全てが回っていたではないか。菅元総理の迅速な判断があったからこそ、全てが動き出したように私は思った。後で、色々な屁理屈は言える。だが、誰かが英断をくださなければ、事態はもっと深刻なことに陥っていたように思う。
そもそも、役人である原子力安全保安院にしろ、経済産業省にしろ、決断を下せるわけがない。彼らが常に考えていることは、責任を転嫁し盥回しにすることばかりだ。そんな輩が、英断など下せるわけがない。例え専門家だとしてもそんな英断は下せない。そういう英断を下せるのは政治家だ。確かに政治家は原子力の専門家ではない。だが、組織のシステムでは、専門家の役目は状況の把握と対処策の把握、そして、その状況を的確に判断し、そこで英断を下すのは政治家であってしかるべきだ。そこのところを間違えれば、また同じ轍を犯しかねない。私は、そんな風に思う。大体、今になって、誰が悪かった。ああすればよかったと綺麗ごとばかりいうが、現実にその場でそれを為したのは誰だ。あの危機を乗り越えたのは誰だ。そのことを素直に受け止め、その当事者である菅総理はじめ現場を知っていた人間の意見を反省意見として取り上げ、今後に生かして然るべきであると私は強く思う。足の引っ張り合いは、何の意味もない。生産性のないことに、時間も労力も費やすべきではない。今の政治には、民主党政権には、そういう無駄があまりにも多すぎる。私にはそう思えてならない。