政財界倶楽部         (恩田将葉見聞録)

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震災後の政治の様相を見聞して思うこと

震災後の政治の様相を見聞して思うこと
2011年6月28日

 3.11東日本大震災から既に3カ月以上の月日が流れ去った。この間、政治の様相を見聞して思うことが多々ある。まず、政争を繰り返す永田町の在り様には、呆れ果て言葉を失う。まったく、民意など無視して勝手な茶番を繰り返している。民主党も民主党、足を引っ張る自民党も自民党、どっちも問題外。菅も菅だし、菅降ろしに翻弄される野党はじめ民主党の反対勢力も反対勢力だ。国民は、「政治とは何ぞや」と疑問と不信を募らせるばかりだ。

 そんな政治家たちの茶番に付き合わされて、その皺寄せを受けているのは被災者たちをはじめとする私たち国民だ。本来政治家とは、国民の代議員であり、民意を無視して暴走することなど許されない立場。今の政治家諸氏は、政治とは何か、政治家とはどうあるべきかを全く理解しておらず、理解しようと努力する姿も窺えない。

 ただ、今回の震災後の政治の様相を見ていると、一つだけわかってきたことがある。中央集権的な政治体制は、もう過去のものであるということだ。道州制導入には、今まで疑問を持っていた。何故なら、日本はアメリカとは違い、国土が狭いからだ。上手くシステムが運用できるのか、私は個人的に疑問を感じていた。だが、今回の震災後の政府の対応を見ていると、今こそ日本も、道州制を採用し、中央集権的な政治ではなく地方分権型に変革すべき時が来ていると強く感じる。

 危機に当たって、臨機応変に、合理的に、効果的に対応できない制度は、迷うことなく変革するべきだ。戦後政治に於いては、強くて指導力のある政治家が、国を引っ張っていくような中央集権的政治も許された。そのことは、日本だけではなく、どんな国に於いても、発展途上では、極端に言えば独裁政権もアリということだ。何故なら、一人の強い指導者のリーダーシップにより、良い意味での改革が合理的になされ、臨機応変に、迅速に国を発展させるためには、そういう特権的な政治もありであると私は思っている。実際、我が国から近いところでは、韓国などが良い例だ。だが、ある程度成熟した日本のような国家では、もう、そのような中央集権的な政治は、過去のものであることを今回の震災が示し、警鐘を鳴らしてくれたように思う。

 アメリカの州知事は、一国の首相のような立場で、采配を振るい、地元に根差した決断を臨機応変にくだしていく。まあ、アメリカの場合はそもそも合衆国なので、その辺のシステムが既に確立されているからであろうが、これからの日本では、そういうこともアリではないかと思うようになった。

 遅々として進まぬ復興対策や被災者の救済処置、義援金の配分や原発問題など、地元地方自治体の組長が、地元のニーズを反映した英断を迅速に行っていけば、ここまで混乱を招かなかったであろう。結局のところ、菅首相を頭に政府が全ての権限を囲い込もうとしていることが、裏目に出ていることは間違いない。このことは、菅総理のリーダーシップの無さを明にしている。リーダーは、各担当部署に任せる勇気をも持ち合わせなければならない。菅総理は、決して私利私欲を持ったり、国民を騙したりするような人ではないように思う。だが、リーダーシップはまったくない。そのことは明確だ。何故なら、菅総理には、企業など組織で采配を振るった経験がないからだ。

 企業でも、政治でも、そのほかの組織でも同じだが、リーダーというのは、偉そうにして、上から目線で脅威を持って制圧的な政治をしようとすれば、必ず反発を生む。私は常々、リーダーというものは、組織の調整役、世話役でなくてはならないと思っている。高飛車ではなく、皆と同じ目線で気配りをし、問題点を聞き入れガス抜きをし、それぞれの組織の中の人々が持つ問題点を消化しなければ人は付いてこない。ましてや、密室での政治などは問題外だ。そういうことは、ただ摩擦を生み広げるだけだ。組織のトップは、用務員であり、外交官であり、調整役でありながら、迅速に、適格な英断をくだせる人間でなくてはならない。勿論、普段は穏やかであっても、いざというときには信念を貫き闘うことのできる勇気も必須条件だ。そして、既成概念に囚われず、改革を恐れない臨機応変さも必要不可欠な条件である。立ち止まって、守りに徹しようとするような人は、リーダーにはなってはいけない人間だ。守るということは、おかれている環境や状況に臨機応変に対応し、変化することだと私は思っている。

 こうやってみていくと、菅総理がリーダーとしての適性を全て兼ね備えているか否かは一目瞭然だ。そのことが、今の政治に少なからず影響を与えていることも間違いない。だが、全ての条件に当てはまっていない失格者ではない。菅総理でなければできないこともあるように思う。だが、今の政治の状況を見ていると、欠落していることの方が目立ってしまっている。

 自民党時代は、根回し政治が為されていた。根回しということには、賛否両論ある。だが、組織を運営していくには、根回し、話し合い、強調し合うことも、必要不可欠な条件である。何故なら、人の世は、独りでは成り立たないからだ。人と人の助け合いで成り立っている。そのことを忘れれば、組織内には対立や摩擦が生じる。そこのところの気配りが、菅総理には欠落している。言い方は悪いが、非常に幼稚だ。幼稚という言葉は正しくないかもしれないが、子供っぽい。もっと大人の対応をしていれば、党内に反発も起こらないであろうし、野党と危機に当たって、時限的に手を携えることもできたはずである。だが皮肉なことだが、そんな菅総理の幼稚さが、彼の政治手法であり、彼のスタイルで今まできたのだ。しかし、それは野党の闘志としてはよかった。だが、政権の長としては大いに問題ありということだ。

 菅総理は、小泉元総理の手法を意識しているのかもしれない。だが、ハッキリ言わせて頂ければ全く違う。小泉さんには、彼なりの美学があり、彼なりの筋があり、信念があった。そして、如何なることがあろうとも、彼の芯がブレルことはなかった。彼の立ち位置は、微動だにせず明確であった。小泉純一郎という大木は、深く根を張っていた。そこのところが、菅総理と小泉元総理では全く違うところだ。多くの人々は、そんな小泉氏を批判したが、私は今でも国のリーダーとして称賛している。

 ここまで政治が混迷を極めると、その皺寄せは国民に及び、国益を損ねることにもなりかねない。自らの進退を明確にし、信念を貫き残りの時間を充実させることも、総理にとっての英断であるように思う。まずは、自らを省みて今何をするべきか、そして、菅総理にしかできないことは何かを理解し、潔い態度と、行動をとることが、国民や野党を説得することになるように思う。全てを投げ出して、直ぐ退陣などといっているのではない。菅さんにしかできないことを、迅速に遣り遂げ、その後潔く進退を明確にすることも大切なことではないか。国民の心に響かないことは、どんなにご自分で正しいと信じていても、政治家として為すべきことではない。国民を納得させ、前に進むことも大切なことだと私は政治の大切な役割の一つだと思う。
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by seizaikai_club | 2011-06-28 08:35 | 政治
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「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
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政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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