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2006年1月18日発売
『リボン』
[初回盤]
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価格:3,150円(税込)
SNCC-86913
(CD+DVD/2枚組)
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太陽活動と地球への影響 私が感じること
太陽活動と地球への影響 私が感じること
2012年5月22日

 まず、何故私が太陽活動に強い興味を持つようになったかをお話しなければならない。それは、昨年8月末に私に起こった脳梗塞がキッカケだ。それまで、ここ数年、私はアフリカのドゴン族に強い興味を惹かれていた。ドゴン族は、簡単に言うとシリウス星から人間が地球に降り立ったと信じているアフリカの部族である。彼等は、シリウスを神と崇め、太古の昔から色々な言い伝えを部族に伝承してきた。その彼らの伝承していたシリウスに関する内容は、科学者も驚くようなもので、ここ十数年前にその事実が科学的に天文学者によって証明されたばかりだ。その事実から、彼らが出鱈目を言っていたのではなく、正しく科学的にシリウスという星の在り様を伝承してきたことも証明された。その核を為していた内容は、何故シリウスが定期的に光を強くして輝くかということであった。このことは、長年天文学者の中でも不思議の一つとして取り上げられていた。だが、その謎を太古の昔からドゴン族は岩絵にして伝承していた。不思議としか言いようがない。そんなドゴン族の話を私は、数年前に作家仲間から聞き、実際にアフリカのドゴン族を彼が訪ねた話を聞き、大いに興味をそそられ何冊もの本を買い漁った。それらの本をここ数年読みふけり、ドゴン族や地球の起源、人間の起源に思いを馳せていた。そんな状況下、私は昨年夏に脳梗塞を患った。

 二ヵ所の脳内出血と一か所の脳梗塞で倒れた私は、右半身に不自由を覚え、全ての数字と平仮名を失った。勿論、話すこともできなかった。必死に口から発していたのは二人の子供たちの名前と英数字で暗唱するアメリカ時代の認識番号であったと担当医に回復後告げられた。この時不思議なことを多々体験した。まず、言葉は発せられないが、私の頭の中では、言葉を発し、思考もしっかりとあった。だが、それが言葉という形で口から発することができなかった。頭の中では思考し、言葉を思うのだが、口から言葉を発することは、言葉自体が思い出せず発せられなかった。矛盾した話だが、それでも頭の中では言葉を発していた。そんな状態の間、私は不思議な空間に置かれているような気分であった。当然本も読めない。だが、言葉を回復させようと考えた息子が、当時読んでいた本能寺に関しての書籍を何冊か病床に持ってきてくれた。一人になった時、必死に読もうと試みた。だが、当然読むことはできない。しかし、それでも本も見つめていると、紙面に不思議な思考の世界が広がった。言葉ではとても表せない不思議な世界だ。後にも先に経験したことのない不思議な世界だ。まるで不思議の国を彷徨っているアリスにでもなった気分であった。文字が、まるで星のようにそれぞれ違った光で輝いていた。まるで、宇宙の中を彷徨っているような不思議な感覚であった。倒れた翌々日には、自力でリハビリを始めたが、リハビリを進めるのに比例して、その不思議な世界は遠のいていった。話は違うが、言葉を失った植物人間化した人々も、多分口では表現できないが頭の中では全て解っているのであろうとその時私は感じた。話を戻す、だがこの時何故か、理由はわからないが太陽を強く意識するようになった。宇宙の中で、太陽系に帰属する地球を、そしてその地球に帰属する存在として自分を言葉では表せないが、強く意識するようになった。それは理屈ではなく、神様か仏様かのような感覚で、何故か太陽が私に語りかけてくるような感覚に近い印象であった。以来、私は、それまであまり深く興味を持ったこともなかった、太陽に深い関心を抱くようになった。その時強く感じたことは、所詮人間は地球に生を受け、その地球は太陽系に生を受け、その太陽系は太陽を中心に全てが動いているのだということであった。仏教でいえば、仏教自体が宇宙であり、太陽が大日如来で表されるようなことに類似しているのかもしれない。こんなことを言うと、何だかどこかの振興宗教と勘違いされそうだが、これは事実である。こんな体験をした私は、何だか今まで52年の人生で自分が為してきたことが、ちっぽけでつまらないことのようにさえ感じてしまった。やれ政治がなんだ、社会がなんだ、と屁理屈をいっても、この大宇宙にくらべれば、人間の存在などちっぽけなものであるように感じるようになってしまったのだ。それでも一つだけ、解ったことは、人間にとって子孫を残すこと、そして、その延長線上での育児、これが人間の生きる意味であるということだ。

 この不思議な体験を通じ、もう一つ不思議なことを感覚的に私は捉えていた。捉えたというか、何故かそう強く感じ思うようになった。それは、地球の全てが太陽の影響を受けており、その地球に住まう我々人間も大きな影響を太陽より受けているということだ。そして、その太陽の影響が、今色々な形で地球に変化を与えようとしているというようなことを感じたのだ。そして、退院後、調べていくと、今太陽は11年周期の真っ只中にあり、しかも55年周期の真っ只中にあるということであった。また、本来太陽は11年周期で活動しているにもかかわらず、その周期に大きなズレが生じているということ。そして、そのズレにともない、地球上では色々な天変地異が起こっていること。気象変化が起こっていること。その全てが太陽の影響であるということ、これらのことを何故か理屈ではなく体で感じるようになった。

 本来今11年周期のピークは一昨年であったらしい。ところが、NASAは何度かの修正の末、最終的には2013年5月にピークが訪れると予測している。これは、11年周期ではなく、13年周期に変わったような事態だ。だが、歴史を繙いてみると、13年周期の時期が、過去にも太陽にはあったことがわかった。その13年周期が起こった過去の歴史からすると、13年周期の直後、太陽活動が70年程度の極小期に入り、地球は寒冷期になっていたことがわかった。それは1645年から1715年の70年間に起こったマウンダー極小期に酷似している。この時期、地球は寒冷期に入り、歴史を繙くとロンドンのテームズ川が凍り、世界中で寒冷で雨の多い時期を送っていたことがわかる。

 このまま、今11年周期が13年周期に移行すると、その後にはマウンダー極小期に酷似した寒冷期が地球を襲うのではないかと根拠はないが私は感じている。これらのことが、気象や地球の自然活動にとどまらず、人間の経済活動にも大きな影響を及ぼすことも、歴史を繙くと理解できる。私は、経済学者でもなく、天文学者でもない。だが、太陽活動に何等かの変化が起こっていることを、身体で何故か感じてならない。幸い、今日の金環日食をみていると、大きな黒点を三つ確認することができた。そのことが何を意味するかは、私にはわからない。だが、私たち人間は、太陽系に帰属する地球に生を受けている以上、もっと太陽に関心を持ち、生きていく必要があるように思う。そうすれば、解決できない原発の問題やシーオーツーの問題、オゾンホールの問題など、色々な問題を解く鍵もみつかるのではないかと、そんな風に最近思うようになった。
# by seizaikai_club | 2012-05-22 02:09 | 今日の独り言 | Comments(0)
北朝鮮ミサイル発射に垣間見える中国の思惑
北朝鮮ミサイル発射に垣間見える中国の思惑
2012年4月9日

  北朝鮮ミサイル発射が目前に迫った。この騒動を通じ、色々なことを我々日本人は学ぶべきだ。大切なことは、北朝鮮にとっての太陽は中国であるということ。そして、日本と韓国にとっての太陽はアメリカであるということだ。賛否両論はあるであろう。だが、現実を直視すればそういうことになる。太陽系において地球をはじめとする惑星は、太陽があって生きていられる。そのことを忘れては、地球の存在はあり得ない。同じことが、北朝鮮にとっての中国、日本や韓国にとってのアメリカと言える。これは現実だ。そのことを忘れて、この問題を議論することはできない。結局のところ、時代は変わっても、少々飛躍した表現だが代理戦争なのだ。冷戦時代以前と違うことは、それぞれの関係国も意志を持っているということだ。日本には日本の意志がある。韓国には韓国の意志がある。そして、北朝鮮にも北朝鮮の意志がある。それを如何に抑止できるかが、中国とアメリカの腕の見せ所である。それには、まず関係各国の思惑をよく理解しなければならない。アメリカは、朝鮮半島にこれ以上の負担を強いられたくない。単刀直入に言えば、戦争をする気はない。できれば、韓国への駐留も最小限の範囲内におさめたい。中国も、北朝鮮をアメリカと直接対峙しないように干渉国として存続させたい。だが、これ以上の負担を強いられたくはない。ましてや、朝鮮半島に核などということは、百害あって一利なしだと思っている。金日恩と密接な関係にある金英徹(キム・ヨンチョル)人民武力部総偵察局長が、故金正日の妹金敬姫(キム・キョンヒ)党部長の隣で拍手をしていることは尋常でない順位を無視した光景であった。これは現在の北朝鮮内部の微妙な力関係を表している。故金正日の実の妹金敬姫党部長の夫即ち金日恩の義理の叔父である張成沢(チャン・ソンテク)は、急激に存在感を表してきた。彼は、故金正日によって四度も左遷された。何故なら、彼は改革路線を推進し、中国と密接な関係を持っているからだ。彼は、金英徹とは微妙な関係だが、新しい軍指導者李英鎬(リ・ヨンホ)総参謀長とは親しい関係にある。どういうことかというと、中国は万が一に備えて、張成沢という捨石を布石することで、金日恩体制が崩壊しても、北朝鮮が崩壊しないように危機管理をしているということだ。金日恩世襲後、対外的に中国は金日恩を煽てている。だが、やはり世襲は望まないということだ。有事の際に、金日恩と共に北朝鮮という国が死なば諸共とならないように選択肢を用意しているのだ。中国にとって北朝鮮は、朝鮮半島統一によりアメリカと直接対峙しないための大切な干渉国であるということだ。日本は、北朝鮮に侮られぬよう領空侵犯があれば迎撃するべきだ。しかし実際には、ミサイル発射は大きな問題ではない。北朝鮮を左右するのはやはり中国であり、極東のパワーバランスの鍵を握るのは中国であるということを理解するべきである。
# by seizaikai_club | 2012-04-09 07:23 | 朝鮮半島情勢 | Comments(0)
国際詐欺事件のその後
国際詐欺事件のその後
2012年3月30日

 クライアントである被害者には、情報を送付してしまったパスポートを失効し、新規再発行をさせました。外務省にも通報しておりましたが、返答がきて、事件自体には、何もできない旨の知らせが予想通りきました。警察と消費者センターに届けるようにとの指導がありましたが、実際には、消費者センターや警察では埒があきません。パスポート自体は証明能力を有していないので、例えパスポートを最発行したとしても、流れてしまった個人情報に対してはどうにもでききないとの見解をしめされました。しかし、実際には、パスポート偽造という可能性を考えれば、パスポートを最発行してもらうことが、被害者がトラブルに巻き込まれないための危機管理ということは理解できるはずですが、日本の外務省には、そのような意識はないようです。警察にも、話はしましたが国際的な事件なので、取り合う様子はありませんでした。そのような状況下、現状どのような動きかというと、まず、犯人が利用しているインドの大手金融会社に、貴社名を騙っての国際詐欺事件が発生している旨を伝え、証拠類等を提供しました。社名を騙られているインドの金融会社から、インドの司法当局に捜査依頼をするという方法を取りました。あとは、こちらが送金準備ができたと知らせ、犯人側の振込指定銀行口座を入手するという段階になりました。後は、同時に、インドの司法機関がインターポールを使ってチュニジアとリビアに捜査依頼をするということになりました。今回のケースは、同様国際詐欺事件が頻発している国際出会い系サイト「Japana Cupid」というサイトから始まった事件です。どうぞ皆様ご注意ください。
# by seizaikai_club | 2012-03-30 19:42 | 世界の中の日本 | Comments(0)
新手の419国際詐欺事件類似詐欺事件発生に伴う日本人への注意喚起
新手の419国際詐欺事件類似詐欺事件発生に伴う日本人への注意喚起
2012年3月28日

 オーストラリア、ゴールドコーストで運営管理されている国際的出会い系サイトJCにて、日本人をターゲットにした、国際猜疑事件が頻発している。基本的には、419詐欺事件に非常に類似した内容であるが、世界の現状にマッチした新手になっている。その舞台はインド、ニューデリーのメガバンクに酷似した社名で、勘違いするように仕組まれている。仕掛けてくるのは、リビア人女性、カダフィ大佐の死後、リビアは民主化が進み、カダフィ政権下大臣に就任していた父親が身柄を刑務所に拘束され、自らのリビアでの命も危うく、国外に単身脱出し、新しい生活を日本で始めたいというようなものだ。直ぐに直メールアドレスが送られてきて、全てが始まる。非常にリアリティーがあり、信じてしまいそうな内容だ。刑務所にいる父親は、娘のためにインドのの投資顧問会社の個人口座には6,000,000USドルが預金してあり、その金を日本に送りたいので受け取ってくれということだ。金が到着次第、自分もエジプトのカイロにバスでリビアを脱出し、カイロ経由で日本に移住するので結婚して子供を作り、家族を作って欲しいと、そのためにその6、000、000USドルは一緒に使いましょうという内容だ。お金のことは、父親の叔母にしられたくないので、自分がお金をインドから持ち出し日本に移住したことは、誰にも知られないようにして欲しいというものだ。

 最終的には、6,000,000USドル受け取りのために、当初8400USドルは手数料として父親が毎払いしえいたが、その後の22か月分の手数料を支払ってくれたら、直ぐに6,000,000USドルは支払うという申し出になる。その段階で、この捜査を依頼してきた被害者は、不審に思い捜査依頼をしてきた。それならば、手数料は、その元金から差っ引いて送金するようにと指示すると、それは規約上できないというのである。この詐欺には、三つの国と、三人の関係者が関わっていると思われる。最初に、話を持ちかけてくる出会い系サイトで出会ったリビア人女性、そして、インドの金融投資会社のマネージャーと名乗るインド人男性、そして、facebookを利用して監視する役目のナイジェリア人男性である。如何なる理由があろうとも、預けてあるお金を引き出すために、利息を別に支払わなければならないというようなことは、万国共通であり得ない。そこで気付き、金銭を送金しないことは当たり前であるのだが、この詐欺の匠なところは、万が一送金がされなくとも、その前の段階で、送金確認をとるためという名目で、こちらの口座番号等を知らせる時に、送金証明確認書類が必要ということで、住所や電話番号、そして、パスポートのコピーを送付することが働きかけられる。だが、この段階では、一切手数料の支払い等の話は出ていないので、不審に思いながらも、振込先であるこちらの銀行口座のみなので、不用意にパスポートのコピーを送ってしまうという点にある。彼等は、金銭が支払われなくても、この第一段階で取得したパスポートのコピーだけでも、偽造パスポートビジネスにおいて、多額の金銭を得ることが出来る仕組みであることだ。日本人のパスポートは、世界で人気であり、高額で取引される。もし万が一、こういう状況に追い込まれたら、直ぐにパスポートの再発行をしてもらうことで、コピーを取られてしまったパスポートを使えなくすることだ。そうすることで、彼らはパスポートのコピーを有効利用できなくなるのだ。

 残念ながら、日本の場合、日本の警察には国際捜査権限もなく、現地の警察にもそのような捜査能力は期待できず、結局は泣き寝入りということになってしまう。管轄としては、外務省やジェトロが管轄組織ではあるが、注意を喚起するに留まり、それ以上の対策はとれず、泣き寝入りが落ちである。アメリカの場合は、アメリカ人が被害者であれば、FBIが捜査権を国際的に行使できる状態にあるので、日本よりも捜査の可能性や対策措置も講じることができる。だが、何より、そのような詐欺に引っ掛からないことだ。世の中、濡れ手に粟などという上手い話はないということを理解しなければならない。

 万が一これらの類似案件に遭遇したら、先方の使うメールアドレスや住所を確認すれば、ある程度のことを推察するkとおができる。例えば、投資顧問会社でありながら、会社のメールアドレスが、「@yahoo,in」のようなフリーメールアドレスを使っていたり、googleの衛星写真で、記載されている住所に該当会社が存在するか、あるいは該当住所自体が存在するかを確認することだ。
また、チュニジア人ナイジェリア人やインド人が関わっている場合は、用心してかかるひつようがある。419詐欺事件では、命まで脅かされた被害者も存在する。最近フランスで起きた、ユダヤ系学校の襲撃事件なども、ナイジェリア人、チュニジア人によるテロ組織の関与が認められており、アメリカ人に対しても、FBIや関係組織により、広く注意が喚起されている。チュニジア人テロリストグループが、テロ資金確保のために、世界中を舞台に詐欺事件を頻発されていることは昨今有名であり、金持ちで騙すのに案外容易な日本人がターゲットにされていることも事実である。ナイジェリア人チュニジア人の全てが悪等というわけではないが、そういう輩の存在があることを心にとめておいて頂きたい。最後に、インターネットという容易に使用できるツールにより、地球規模で世界は狭まり、また、facebookなどの便利だが、個人情報が筒抜けになってしまう環境下では、自分自身での危機管理が非常に大切な要素になってくることを理解して頂きたい。そして、くれぐれも、美人と上手い話には裏があると思って掛かって欲しい。
# by seizaikai_club | 2012-03-28 23:17 | 国際情勢 | Comments(0)
日本経済が低迷し伸び悩む理由
日本経済が低迷し伸び悩む理由
2012年3月26日

最近、アメリカ時代の友人で、自国に帰国後成功している中東系の友とインドの友から、日本でビジネスをしたいとの依頼があった。彼らが来日する前にお膳立てをしてほしいとの指示を受け、限られた時間で会社を設立し、後は彼らが来日するだけにした。ところが、そこで問題発生。会社を設立するまでは、私がアメリカにいた当時と同じような環境で、例えて言えば1ドルでも企業できるというような環境が日本にもできてきている。アメリカでもそうであったように、若者に起業精神を喚起し、若い血を経済に呼び込もうという目的である。確かに、私が若い頃に比較すれば、当時のアメリカ同様、現在日本では容易に法人を立ち上げることができるようになった。

ところが、実際に行ってみると、そこには落とし穴があった。確かに企業を立ち上げる容易になり、若者にとっての可能性も大きくなった、だが、会社を立ち上げても、銀行口座開設のハードルが高く、銀行口座がなければ、ビジネスは実際には成り立たない。思い返してみると、バブルの頃は、私程度の人間でも、会社をやっていたら、銀行は、熨斗をつけてお金を借りてくれといって大金を持ってきたものだ。容易に借りられるという変な癖がついたりして、中にはド壺にはまった仲間も複数いた。だが、バブルが弾けると一転銀行に足を引っ張られ、皆大いに苦しめられた。そもそも、私はもとより銀行は一番信じられない組織と昔から思っていたので、幸い銀行からの借り入れは1円たりとも違えることなく返済した。だが、随分と酷い目に合された仲間もたくさんいる。別に借りたくなくとも、借りてくれと詰め寄ってきたにもかかわらず、バブルが弾けたら、まるで高利貸の取り立てのように執拗であった。同じようなことが、今会社設立に当たって起こっている。

法人設立のハードルを随分下がった。だが、法人を設立しても、銀行が法人口座を開かせてくれないのだ。もたもたしていたら、ビジネス・チャンスなど逃してしまう。いつでもそうだ、会社をやっている頃も、運営資金の為銀行に借入申込みをしても、半年後とか一年後にやっと借入が実際に実行される。それでは何の役にも持たたない。故に、IT系の若い新進気鋭の貴族たちは、アウトロー系金融に手を出す。確かに金利が高くとも、今目の前にあるビジネス・チャンスを活かしたいと思えば、半年後や一年後の銀行の融資などまったく意味を為さない。どんなに金利が高くリスクもともなっても、今直ぐ今日の明日で用立てくれ利用できるホット・マネーでなければ、ビジネス・チャンスなど手にすることはできない。一事が万事銀行というのは、手前勝手で、自分達の都合でばかり客のチャンスまで左右してしまう。これでは、日本の経済などいつまでたっても潤うことなどない。チャンスのない所に人も金も集まるわけがない。今回私が受けた海外からの仕事の相手も、会社設立までは早かったが、いつまでたっても銀行口座が開けないことに業を煮やしている。先方からしたら、投資マネーを送るといっているのに、銀行が口座を開設してくれずまるで「お金などいらない」「ビジネスもいらない」と言われているみたいだと、いい加減呆れ返っている。彼等は、もう日本ではなく韓国に投資すると言い出している始末だ。私の銀行に対するビジネスの説明能力のなさか信用の無さかもしれないが、それにしても、呆れ果てる。こんなことでは、いつまでたっても、経済が上向きになんかなるわけがない。安全ばかりを言い過ぎては、ビジネス・チャンスなど掴むことはできない。別に、送金があるだけで、銀行が損をするわけでもなく、迷惑を被るわけではない。理由は唯一つだ、触らぬ神に祟りなしで、何でもかんでも十把一絡げでそっぽを向いてしまう。何故なら、担当者が責任問題になるぐらいなら、何もしないでいた方がよいということのようだ。呆れてモノが言えない。こんなことで、中国や韓国、インドなど、飛ぶ鳥を落とす勢いで右肩上がりにビジネスを伸ばしている現在高度経済成長期にある国々に太刀打ちなどできるわけがない。今の日本は、何でも「ダメダメ」ばかりで、少しも面白くない。教育も同じだ、日本の教育は「ダメダメ」ばかりで、出る釘を打つばかりで、可能性を伸ばすような教育でない。何でもチャレンジして、失敗しながら成功への道筋を見出すというようなチャンスがないところに、希望を見出せるわけはなく、そんな環境で若者が活き活きと活躍など出来る訳がない。テクニカルなことばかり数字を並べ立てるばかりでなく、経済学者や政治家は、こういう根本をまずは見直すことからはじめなければ、気付いた時には、この国は本当にどん底に甘んじなければならないことになることは目に見えている。皆さん、そうは思いませんか。今何をするべきかを、政府はまったくわかっていない。小泉竹中ラインの当時は、今よりずっとましだった。民主党政権は、経済の「け」の字も解っていない。机上の空論ではなにも意味はないのだ。もういい加減にして欲しい。このままでは、日本は本当にダメになってしまう。非常に強い憂いと恐怖感を覚えるのは私だけであろうか。
# by seizaikai_club | 2012-03-26 21:23 | 経済 | Comments(0)
泳ぐように生きてみりゃ
泳ぐように生きてみりゃ
2012年3月18日

気付いてみれば、
いつ頃からか、
泳ぐように生きていた
思い起こせば、
昔はやたら手足ばたつかせ、
波に逆らい、
流れに逆らい、
溺れてばかりの日々だった
気付いてみれば、
いつの間にやら、
波乗りよろしく、
寄せ来る波に身を任せ、
泳ぐように生きていた
気付けば何とも気が楽だ
慌てず焦らず手足を無駄に動かさず、
波と流れに身を任せ
自由気儘に
波乗りよろしく生きていた
無理に波に乗らずとも
波を追いかけ齷齪(あくせく)せずとも
大波来るのを待てばいい
沈まぬように身を任せ、
波乗りよろしく前進あるのみ
泳ぎを止めれば
波から落ちて海の底
押し返されれば海の塵
難しきことなどなにもない
我欲思惑嫉妬を捨てて
ただ寄せ来る波に身を任せ
流れにのるだけ
沈まぬように
休まず泳いで生きるだけ
一生懸命泳いで生きるだけ
それが人生
楽しい人生
どうせ一度の人生だから、
楽しく明るく生きましょう
泳ぐように、
波乗りするように、
自由気儘に生きましょう
気付けば水平線に夕日が沈む
大きな赤い夕焼け空に、
一度の人生託してみよう
青空、雨空、曇り空、
夕立、夕焼け、雨上がり
虹が掛かれば言うことなし
ハワイの浜が懐かしい
泳ぐ自分はちっぽけな
大海原と大空の
ちっぽけすぎる存在だ
それでも流れに身を任せ、
泳いでいれば
今に幸せやってくる
今に大波訪れる
伝説夢みて泳いでりゃ
恐れも悩みも何処へやら
波間に浮かぶ我が身かな
泳ぐように生きてみりゃ、
案外楽しい人生だ
案外素敵な人生だ
波乗り人生絶好調
# by seizaikai_club | 2012-03-18 00:55 | 今日の独り言 | Comments(0)
国歌斉唱口パクチェック問題
国歌斉唱口パクチェック問題
2012年3月14日

 大阪府立泉高校校長による、国歌斉唱の際に教員が歌っているか否かの口パクチェックをしたという問題が、メディアによって取り上げられたことによって賛否両論世間を騒がせている。だが、メディアの取り上げ方に問題があり、この問題の論点がすり替えられていることを理解しなければならない。その上で、メディアが行う街頭アンケートなどの結果を見なければ、まったく違った意味になってしまい、この問題の大切な部分がうやむやにされてしまうことを懸念する。メディアのワイドショー的なノリでの取り上げ方に、大いに問題を感じる。

 この問題で、まず明確に理解しておかなければいけないことは、口パクチェックをしたことが良いか悪いかではない。そもそも、無垢で白紙の状態の子供たちが学ぶ教育現場で、いくら教師にも思想の自由があるとはいえ、教師の個人的思想を子供たちに押し付けるような、国歌である君が代斉唱や国旗掲揚に際して、起立することを拒んだり、国歌を斉唱することを拒んだりすること自体が、そもそも大いなる問題なのだ。世界中どこの国で、自国の国歌や国旗に敬意を表さない国があるであろうか。その点を良く理解して頂きたい。その上で、この問題を論じるべきである。

 自国の国旗や国歌を敬うことを教えることは、国際社会に於いても活躍できる子供たちを育てるためにも大切なことである。自国の国旗や国歌を敬わない人間を、生まれも育ちも違う他国の人々が、どうやって信頼することができるであろうか。全てはそこから始まるはずだ。にもかかわらず、先の戦争のどうのこうのと屁理屈を並べたて、自国の国歌や国旗を蔑ろにするような教師が、教育現場で、真っ白な無垢の子供たちに、彼らの偏った個人的思想を押し付けるような行為は如何なる理由があろうとも許されるものではない。彼らが、勝手に個人の思想信条を持つのは勝手だ。だが、教師という立場で、しかも教育現場で、その個人的思想信条を生徒たちである子供たちに押し付けたり、示したりすることは絶対にあってはならない行為である。これは、洗脳と同じ行為だ。そのことをよく理解して頂きたい。

 その上で、この校長先生が、口パクをチェックしたことに対して、賛否両論がでてくることは仕方のない事だ。だが、これが悪い事であるとは、私には思えない。寧ろ、生徒たちの前で、自分勝手に自分の個人的思想信条を行使する行為の方が、大いに問題があり反発されてしかるべき問題である。何も知らない子供たちは、そういう先生の姿を目の当たりにして、間違った考えを植え付けられてしまうことになりかねない。教師は、如何なる理由があろうとも、自分の思想を無垢の生徒たちに洗脳する権利はない。だからこそ、昔は、教師というのは聖職といわれ、人格的にも、地域、社会で尊敬される存在であったはずだ。間違っても、このような国旗や国歌を蔑ろにするような人物は、教員になれなかったのだ。そのことを、今回のこの問題を通じ、皆様には理解して頂きたいと強く思う。

 教育とは、押し付けではなく、子供たちに出来るだけ多くの選択肢を与え経験させ、その選択肢を無垢な子供たちが、自分達の頭と体で考え理解し、一歩一歩前進していくべきことであり、間違っても、上から目線で、押し付けられたり強制されたりするものではないということを、教師も親もよく理解するべきである。子供たちと大人も、目線の高さは同じでなければならない。そこで、お互いに学び敬うことが本来の姿であるはずだ。ここのところが、今の教育の大いなる問題点であると私は強く思う。学歴社会に翻弄され、本来学び舎で子供たちが学ばなければいけない、人間としての基本、生きていくための力を学べず、知識ばかりの押し込み教育になっているから、このような昔は存在しなかった問題が起こるのだ。未来を担う子供たちのためにも、この国のためにも、まずこの教育現場の改革、教育改革こそが、最優先課題であろうように強く思う。
# by seizaikai_club | 2012-03-14 10:12 | 教育 | Comments(0)
子供たちの目線で見た3.11東日本大震災
子供たちの目線で見た3.11東日本大震災
2012年3月11日

 各テレビ局で、震災1年目の番組をやっている。それぞれ、考えさせられことがある。1年経って、客観的にあの日のことを冷静に振り返ることができた。それぞれの人々に、それぞれのドラマがあの日起こった。別れ、悲しみ、出会い、喜び、絆が生まれ数々のドラマが震災によって生まれた。そんな中でも、フジテレビが放送した番組が心に響いた。それは、被災した子供たちの目線による内容であった。いやドラマであった。涙が零れた。涙が止まらなかった。子供たちは、強かった。大人たちよりも強いかもしれない。思い知らされた。一言で言えば、政治家も、役人も、全ての大人たちは、どんな綺麗ごとではなく、どんなご都合主義でもなく、どんな屁理屈でもなく、子供たちの目線で震災を見て、子供たちの声に耳を傾けるべきである。子供たちは、大人たちの勝手に翻弄され、自分達ではどうにもできないけれども、彼らの目でちゃんと見て、彼らの耳でちゃんと聞き、彼らの心でちゃんと感じているのだ。この国の未来を支えてくれる彼らの目や、声や、心の声に耳を傾けずして、本当の意味での復興などあり得ない。家族を失い、心を痛めながらも、彼等は笑顔を絶やさず、一歩一歩前進している。歩みを進めている。大人は、自分達ばかりが悲しみを背負っていると思わず、子供たちの心の痛みに、思いを寄せなければならない。そのことを強く気付かされた。

 政治家は、子供たちの目線に目を向け、彼らの声に耳を傾けるべきである。彼等には、拒むこともできない。与えられた運命を黙って進まなければならないのだ。そのことを、我々大人、全ての大人は理解するべきである。さもなければ、あまりにもこの震災は悲惨なドラマしか残さない。だが、子供たちは、決して後ろ向きではない。悲しい運命を背負うことになっても、前向きに、前を向いて、一歩一歩歩みを進めている。そのこと自体、素晴らしいことでありドラマだ。これ以上のドラマはないと思えるほどのドラマだ。彼らの心は、泣いているかもしれない。でも彼等はいつも笑顔を絶やさず生きている。強い心で生きている。もの凄く強く生きている。そのことを我々大人は忘れてはならない。私は、そのことを強く思い感じた。
# by seizaikai_club | 2012-03-11 17:39 | 今日の独り言 | Comments(0)
付帯私訴
付帯私訴
2012年3月3日

 今やっていたTBS「報道特集」で、一件の交通事故事案が取材されていた。非常に興味深い案件であった。東名高速道路で事故が起こり、オートバイを運転していた被害者が亡くなり、加害者であるスポーツカーを運転していた人間は、罪を背負いながらも執行猶予4年で罪を償った。判決を左右した論点は、加害者が主張した時速90キロであった。だが、調べ直してみると、実際には140キロの時速を証明することができた。既に7年の月日が流れ去ったが、被害者の父親がこの7年間で、民事と刑事での判決の違いに大きな疑問を感じ、自動車修理会社を経営する父親が自ら証拠や証人を集め再審を求め、上告しようとしたが棄却されピリオドを打ったというものだ。日本では、憲法で、一度出された判決を再度取り直すということは憲法上認められていない。だが、捜査や裁判の段階で、全てが尽くされず事実とは違う判決結果が出されてしまうということも起こり得る。いや、案外頻繁に、民事判決と刑事判決が同一案件でありながら異なるということは起こる。その最たるものとして、報道されていたが、非常に興味深く意味が深い内容であった。実際、このことは、過去に私が取材した事故でも、同じことを強く感じたことがあり、ずっと疑問を感じ続けていたことだ。だが、実際には、全てをやり直すということはできないのが現実である。

 しかし、日本では昭和23年に廃止されてしまったが、諸外国では付帯私訴ということが認められており、被害者も裁判に参加し審理し直す権利を得ることが出来る。日本では、あまりにも取扱い案件が多いので、多分裁判所、司法の立場としては、このようなことを認めるとで、煩雑になってしまい司法の秩序が妨げられると考えているように思う。だが、事実でない以上、事実を掘り起し、被害者を納得させることも、司法の役目であるように私は思う。何より、事実と反する判決が出れば、命を落とした被害者は浮かばれない。何も、加害者ばかりを、判決を出すことで庇うのではなく、被害者の権利というものも憲法で認め、改憲することも必要なのではないかと強く思う。
# by seizaikai_club | 2012-03-03 18:32 | 憲法改正 | Comments(0)
一元的なドラスティックな改革を
一元的なドラスティックな改革を
2012年2月26日

 今日本は大きな壁にぶつかっている。日本人なら誰でも気付いていることだ。大きな岐路に立っていると言えるであろう。戦後、遮二無二頑張ってきた高度経済成長期からバブルがはじける90年代初頭までの我武者羅な時代は終わりをつげ、この国の状況も環境も一変した。しかし、この国の統治システムは旧態依然として制度疲労を起こしている。問題は山積され、二進も三進もいかない状況だ。

 このような状況下、経済も低迷し、デフレに呪縛され身動きできなくなっている。政治家や評論家は、経済復興が最優先、震災復興が最優先、公務員改革が最優先、政治改革が最優先、社会保険制度改革が最優先、消費税率反対と勝手なことばかりをいっている。だが、どの問題も、等閑にはできない大切な問題だ。それぞれの問題を部分解決しようとしても、解決できない状況なのだ。全ての問題を一元的な視野で解決していかなければ、どこまでいっても解決することはできない。そのことを、政治家も、役人も、財界人も、そして、我々国民も真摯に受け止めなければならない。

 にもかかわらず、与野党二大政党の政治家たちは、目先の私利私欲党利党略にばかり奔走し、問題の本質を見誤り、足踏みばかりを繰り返している。今の状況を本気で思い理解すれば、そんな詰まらない政争ばかりを繰り返すのではなく、全てのシステムを今の日本の状況に合ったシステムに、総とっかえしなけれければ何も変わらないし変えられない。現状をみていると、賛否両論あるが、本気でそんな状況を理解し、一番解決に近いドラスティックな改革を御旗として立てているのは、維新の会のみであるように思う。

 何でもダメと言いダメダメばかりいっていたら、全てが駄目になり、何一つ解決することなどできない。そのことを良く理解し、私たち国民も肝に銘じなければならない。そのためには、タブーはない。何でもありだ。政治家の思惑はいらない。今この国のシステム疲労を修繕するには、修繕ではなく壊して新たに立て直すしかないのだ。それには、予想外の人の繋がりがあってもよい。不思議は一つもない。民主党や自民党など既成政党からでさえも、飛び出し手を組み、この国の再生を真剣に望む政治家が出てもおかしくない。超党派で、目差すところが一緒であれば、民主党だろうが、自民党だろうが、他政党や松下政経塾出だとか、どうのこうのという理屈や柵はいらない。この国を真剣に愛し思う人間たちのみが手を組み、この改革に当たれば良いのだ。そして、胆略的に政治をするのではなく、次から次へと総理が変わるような政治自体も終わりにしなければならないように思う。じっくり腰を据え、命懸けで改革をしなければなのだ。そのこと肝に銘じるのは、政治家だけではない。全国民が、そのことを肝に銘じるべきである。本気で肝に銘じて行動に移すべきである。そんなことを強く強く強く思う。
# by seizaikai_club | 2012-02-26 10:37 | 政治 | Comments(0)
橋下大阪市長が目標意識を持たせるため小学生にも留年容認
橋下大阪市長が目標意識を持たせるため小学生にも留年容認
2012年2月23日

 橋下市長が、市教委幹部へのメールで「義務教育で本当に必要なのは、きちんと目標レベルに達するまで面倒を見ること」「留年は子供のため」などと指摘した事実があることが昨日明らかにされた。留年を推進するということではなく、目標意識を持たせることの方が重要であり、事実上留年を容認したと取られる報道があった。正確に言えば、留年について弾力的に考えるよう伝えたとのこと。

 この橋下市長の指示に対しては、賛否両論がある。橋下氏の数々の提案に共感してきた私も、このことに関しては多少問題があるように思う。橋下氏が言わんとしていることはよく理解できる。ダラダラとした教育現場を、もっと有意義な教育現場に改革したいという彼の気持ちの表れであろうと想像できる。当然のことながら、橋下氏が言う「目標意識を持たせること」、そして、「子供たちを目標レベルまで面倒みること」が、教育現場に課せられた義務と捉えての発言であろう。全てが間違っているとは言えない。

 だが、子供たちには、成長の速度も含め色々な意味で個人差がある。そういう個人差を無視して、一概に全ての子供たちをどんぐりの背比べのように競争させるようなことは、あまり適切でないように思う。今、成績が悪く理解力がなくとも、数年先には、今クラスでトップになっている子供よりも理解力も豊かになり秀でる場合もある。教育の難しさは、子供たちの身の丈にあった教育を適切に施すことであって、十派一絡げにすることではない。勿論、橋下氏がそう言っているわけではない。だが、教育現場において一番大切なことは、「子供を信じ気長に待つこと」そして「ダメといわないこと」このことが、何より大切なことであると私は思っている。

 「気長に待つということ」は、子供たちを信じるということで、これには大きな労力が必要だ。押し付けたり、無理強いしたりするのではなく、子供たち自身の判断で一歩を踏み出す機会を与えてあげることが、我々大人がしなければならないことであり、唯一出来る事であると私は信じている。自分達自身で、選択肢を乗り越え前進すること。確かに、目標レベルまで導くことも大切であろう。だが、それが子供たちが理解できていない状況下での無理強いであれば意味はない。

 それと、教育や育児において、世間体を気にすることはご法度だが、実際には子供たちを持つ親達大人の多くが、学歴社会という現実社会で、橋下氏が提案したような留年をも容認してまでの目標達成レベルまでの教育現場の義務ということを理解できるか。そういう寛容さを育児に追われる親たちが、精神的に許容できるか大きな疑問が残る。親が世間体を気にせず、我が子を他の子と比較することなく、子供たちに劣等感を持たせたり、体罰や虐待を助長させたりしてしまうのではということを懸念する。そのことの方が、大きな問題であるように思う。

 確かに、目標レベルまで達成させる義務が教育現場にはあるであろう。だが、子供たちには成長の速度がそれぞれある。ゆっくりの子にはゆっくりの子の良さがあり、早い子には早い子の持ち味がある。それをどんぐりの背比べのようにしてしまうことには、大いに問題がある。本来子供とは、皆無垢な白紙の状態で人生という歩みを一歩一歩歩んでいる。その真っ白なキャンパスに色を塗っていくのは、我々大人ではなく彼ら自身でなければならない。目標意識を持つことは正しい。だが、それが押し付けになってしまうことは、間違っている。ゆとり教育とは、このゆっくり子供たちを信じて待つことであると、私は強く信じる。競争は、社会にでてからでも遅くはない。皆様は、如何お考えであろうか?
# by seizaikai_club | 2012-02-23 07:47 | 教育 | Comments(0)
セミナー参加
セミナー参加
2012年2月15日

 脳梗塞後、初のセミナー参加だ。というか、こちらが受ける立場でセミナーに参加したのは久しぶりかもしれない。20人弱の少数で行われたセミナーだ。某航空会社の元CA達による、セミナーであった。正直な感想を言えば、二部構成になっており、一部は国際化が進む状況下での交渉術、というような内容であった。二部目は、業績アップに必要なプレゼンテーションという内容であった。

 まず、6時半開場であったが、少々早く会場に着いてしまったので、会場の共有スペースで待っていた。6時15分に、最初の関係者がやってきた。約5分前になって、残りのスタッフが到着。すると受付デスクで、配布物を折り出した。この時点で、既に5人ほどの客が待っていた。少々お粗末だな、という第一印象。配布物は、セットにして折って持ってきてしかるべき。受付テーブルでは、参加者リストをチェックするのみ。人脈を広げるための好機にもかかわらず。だが、参加者の名刺を貰うでなく、連絡先等を記載するではなく、リストチェックのみ。名刺交換は必須ではと思う。

 また余談だが、ああいうセミナー開催の場で、親しい仲であれ、主催者が個人的な男女関係を悟られるべきではない。当たり前のことであるが、本人たちは気付かず、参加者に時として不快感を与えることもある。確かに、海外ではそういうこともフランクだ。だが、やはりビジネスの場では、ビジネス・ライクであるべきかなと思った。

 第一部が開演。国際化が進む中での交渉実ということで、色々な国の人々へ対しての交渉術の注意点等が説明された。参考になる話も多々あった。だが、どうも少々早口で忙しなかった。時間の所為もあったのであろう。それと、沢山のことを伝えてくれようとして、少々盛りだくさんになり過ぎていた感がある。起承転結がなく、あまり上手く構成されていなかった印象であった。少しでも多くの情報を、とスピーカーは観客のことを考えてのことであろうが、少々食い散らかすような状態に陥ってしまっていたように感じた。また、高い目線から話をされているようで、少々違和感があったかなとも思った。

 次にセカンド・スピーカー。なかなかスピーチも、慣れたもので上手かった。説得力もあった。アイコンタクトも、また内容も上手く無駄なく構成されていた。説得力もあった。要は、どんな営業でも、どんなモノを売るのにも、まずは自分を売り込まなければ、相手に自分に興味を持たせなければ、モノを売ることはできない、というような話であった。共感するところが非常に多かった。特に、鍋蓋販売の話は、実話らしく説得力があった。例え必要でないモノでも、自分に興味をもってもらえ、自分を売り込むことに成功すれば、買ってもらうことができる。これは、ある意味極意だ。

 最初に、自分の特徴と価値を一言で言ったら、という質問が参加者に投げかけられた。見た目で捉えた人、内面のポジティブな部分を挙げた人、そして、ネガティブな部分を挙げた人ということで、内面のポジティブな部分を表面に出すことが良いということであった。私は自分の特徴は、自由奔放。自分の価値は、型にはまらないこと、と迷うことなく言える。だが、日本のサラリーマン社会では、自由奔放や型にはまらないことというのは、必ずしもポジティブな印象とは受け取られない。なので、ネガティブな印象ということで捉えてしまった。だが、一刀両断、切り捨てられてしまった。確かに、ネガティブな印象を相手に伝えるべきではない。だが、自由奔放や型にはまらないということは、日本社会ではネガティブなことだが、国際社会ではポジティブなことと理解している。そして、これからの日本では、特に経営者としては、そのことが非常に大切なことであると自負している。まあ、ここで言い分けを言っても仕方がないが、時間もなかったし、脳梗塞後言葉を発するのに、以前とは違い少々労力を要するので、何も言わずに我慢した。結果、少々フラストレーションが残った。自分らしくない、と非常に反省した。手を挙げて、ベラベラやるのが自分流。まだ、喋ると多少障害がでるのではと躊躇してしまうことを反省した。言葉が詰まっても良いではないか。自分流で行こう、そう思った夜であった。

 結論から言えば、一部目も二部目も参考にはなった。二部目のスピーカーの内容は、息子や娘に受けさせても良いかなと思った。一部目は、交渉術で一番大切なことを忘れているように、私は思った。例え、生まれ育ちが違っても。私はそう信じて、色々な交渉事に当たっているのだが。交渉術のテクニックということに特化して捉えれば、参考になった。ただ、セミナーとしては、少々お粗末であったような気がした。今後に期待したい。これにめげずに、今後も活動して頂きたい。ありがとうございました。

 最後に、二部目のスピーカーの経歴を見てみると、CAを辞めて広告営業を経験したことを通じて、多くのことを学び体得したのだな、ということが非常に説得力あり心に響いてきた。彼女の自信は、空自信ではなく、地に足の着いた素敵な形で彼女という人間を形成しているように感じた。素敵なスピーチであった。感謝。
# by seizaikai_club | 2012-02-16 12:24 | 今日の独り言 | Comments(0)
掛け捨て積立制で立て直す社会保険制度
掛け捨て積立制で立て直す社会保険制度
2012年2月14日

  今、日本は維新の頃のように色々な局面で破綻している。そのような状況下、最優先課題の一番大きな問題は、社会保険制度だ。ずっと天引きされていても、一度支払が抜けてしまえば、いや実際には抜けていなくとも年金が支給されない。何故なら、現行制度では、実際には積立でなく、若年層の社会保険掛け金で、今いる高齢者たちの年金を賄っているからだ。だがこの制度、既に破綻している。人口の年齢別世代数の割合も昔とでは違う。制度自体、既に機能していない。長年一生懸命働き社会保険料を払ってき人々が、年金を受けられないという酷い状況だ。真面目に税金や保険料を支払ってきた国民が、老後も不安を抱えながら不安定な生活を強いられるとは理不尽この上ない。国としての体をなさず、老後の安心ではなく不安を国民に与えている。誰がそんな国に対し、真面目に税金や保険料を払うだろうか。大体、国民が払った保険料は、社会保険庁の役人たちによって、箱物やら、天下りやらのために使い込まれ焦げ付いている。そんな状況で、国によるどんな甘言も、私たち国民は信じられない。老後を安心に過ごせるようにすることは、国の義務だ。多くの国民は、少ない給料の中から、税金や保険料を天引きされても文句を言わず支払ってきた。せめて支払った掛け金分は返して欲しい。今晩のテレビ朝日「TVタックル」でも、この問題が取り上げられていた。偶然にも、この記事は、ある業界紙の連載に私が執筆したものを加筆しのだが、グッドタイミングなのでここに掲載することとする。橋下大阪市長が推奨する掛け捨て積立制は、嘘の無い道理にあった新しい社会保険制度の一つであると私は思っている。言葉は悪いが、これまでの社会保険制度は、国民を騙した詐欺的制度といっても過言ではない。にもかかわらず、国民にばかり皺寄せ意をして、役人や政治家のツケを回されたばかりではたまらない。国として、全てを一度白紙にして、新たな制度で、全て一新して過去は帳消しにして再出発するべきである。そうでなければ、役人たちが使い込んだ800億円からの社会保険料の積立金を、まず国民に返すべきである。そうでなければ、道理に合わない。筋が通らない。自分たちは好き勝手に使い込んでおきながら、国民にばかりツケを回し負担を強いるのでは、国が国として機能していないと世界に恥を晒しているようなものだ。

  橋下市長といえば、「船中八策」や維新塾の開講に当たって受講生を公募したりと、まるで選挙へ向かって候補生を募る登龍門にしようとしたりして、国政を意識して俄かに動き出した。まあ、当初より、彼の頭の中では、全てを成就させるには国政へ一歩を踏み出さなければと想定していたことは想像できる。私は、彼の動きの中に、気になっている動きがもう一つある。まだ表面化していなし、それを意識して動いている訳ではないが、彼の掲げる方針と、松下政経塾の塾生出身の政治家達の思いは近いのではないかということを感じている。特に、一期から五期までの出身者は、「首相公選制」をはじめ橋下氏が掲げる国への思いと非常に近いような気がする。そんな彼等が、近い将来、超党派で手を取り合うことも在り得るのではないかと思っている。名前は出せないが、野党最大党のI氏なども共感できるところが多いのではないかと、橋下氏がこんな動きをだすずっと前に言っていたことがある。野田総理も、総理になる以前、同じような考えを話していたことがある。五期には、首相公選制をずっと前から実現しようとしている塾生出身者も複数いる。また、八期以降で松下幸之助とは直接接点を持てなかった世代の塾生たちの中にも、今回橋下氏と手を組んだ田中元横浜市長など、同じ考えを強く持っている人々がいる。彼らの考え方と橋下氏が打ち出しているこの国の新しい形は、共感できる部分が非常に多いのではないかと思う。だとすると、各党に散っている政経塾卒塾生たちが、手を取り合って橋下氏の維新の会と足並みを揃えるなどという、予想外の展開も起こり得るような気がしてならない。何故なら、嘗て彼等から直に聞いた言葉を思い起こしてみると、まんざら夢物語ではなく、そんな驚きの展開も在り得るのではと思っている。

  そんな状況下、増税論争で、永田町だけでなく世間が浮足立っている。政治家達はといえば、足の引っ張り合いばかりで、やれ民主党がマニフェストを違えた、やれ○○大臣が不適格だ、そんなことを言っていたら、選挙公約など今までだって嘘八百で実現しなかった比率の方が高い。また大臣だけでなく、ほとんどの政治家が政治家として不適格だとも言える。皆、自分のことを棚に上げて、本当にこの国の未来を考えて発言していない。耳あたりの良い事を言うのは簡単だ。だが、場当たり的な政策論争ばかりでは、もうこの国は二進も三進もいかない。何故なら、完全に制度疲労を起こしているからだ。唯一、この危機から脱せられる途は、全てを白紙にして制度改革をすること。その為には、政治家も、官僚も、政党も、派閥も、中央も、地方も、そして、我々国民も、場当たり的な足の引っ張り合いや私利私欲思惑に寄らず、目の前の選択肢を正しく判断して歩を進めなければである。勿論、選挙も例外ではない。誰を選び、誰がこの国のために何を為し、どう変えてくれるか、そのことだけを判断材料にするべきである。どこの党がどうの、派閥がどうのなどというくだらないことは、判断材料から除外して、私利私欲や思惑はかなぐり捨てるべきだ。今の政治状況は、正に明治維新の頃と同じだ。制度疲労した江戸幕府を打破し大政奉還を成し遂げた時代と酷似している。既成概念に囚われることなく、全てを迷わず造り直さなければならない。そして、その為には、我々の子孫の繁栄を想い描きながら、日本の未来像をハッキリと意識し、子供たちの時代に困らないような新しい制度を構築する必要がある。それが、私たち大人に課せられた唯一の役目であり義務だ。夢も希望もない国では、若者たちだけでなく誰も期待も努力もできないではないか。夢や希望がないところに、未来はない。そのことを誰もが肝に銘じて、真剣にこの国の立て直しに臨んで頂きたい。切にお願いする。
# by seizaikai_club | 2012-02-14 00:45 | 社会保険 | Comments(0)
今有権者である私たち国民は何を為すべきか
今有権者である私たち国民は何を為すべきか
2012年1月8日

 今年は年明けより、解散総選挙の臭いが漂っている。年末には、政党助成金等の関係で、新党が幾つか立ち上げられた。また、小沢一郎をはじめ複数の政治家が、具体的に動きを見せている。大方の焦点は、野田総理が頑なに推し進める消費税率引き上げに関してである。国民の中からも、大いに反対意見が噴出している。確かに、増税する前にまず議員定数削減、公務員削減、そして、初めて増税であろう、という国民の声が声高に聞こえる。民主党のマニフェスト反故という声が頻りだ。だが、私は、有権者である我々国民も、消費税反対ばかりを連呼するのではなく、今の日本の現状を理解して、今我々は何をすべきかを冷静に判断するべき時であると思っている。確かに増税は望まない。だが、今の日本の財政状況では致し方ない。何故なら、収支が合っていないのだから。このままでいけば、日本の財政は破綻する。入る金と出る金があまりにもかけ離れバランスシートが破綻している。全てが悪循環だ。将来、老後に不安を感じる国民は多い。一番大切なところだ。老後に不安を感じながら、どこに幸せなどあるであろうか。それこそが、何より最優先の国家の義務だ。

 過ぎたことをとやかく言っても仕方がない。だが、そもそも理屈は色々あるが、ハッキリ言ってしまえば天引きしておいて、一度でも未払いがあれば年金不払い措置というのは、何とも理不尽だ。ある意味、国による国民に対する詐欺行為といっても過言ではない。確かに理屈では若者の社会保険料で年寄りの年金を賄っているということになるのだが、実際には問答無用で社会保険料を天引きされ積立てているのと同じだ。にもかかわらず、一度でも支払が抜けると全額不払いとなるというような理不尽が起こること自体が、信じられない。安心ではなく不安を国は国民に与えている。理解に苦しむ。それでいて、役人は社会保険料を無駄遣いしていたというのだ。呆れてモノが言えないどころか、怒り心頭だ。この社会保険制度を、白紙から組み立て直し、隈なく全国民が年金を受けられ、老後を安心して迎えられるシステムを構築することこそが、国としての最優先課題であると私は思う。今のままでは、国としての体を成していない。せめて、老後の安心を国民に与えることが、唯一国が国民に対し行える生涯税金を払ってくれた恩返しではないか。そのことがあって、初めて国民も国のために尽くそうという気持ちが起こるのではないか。何もしてくれない国に対して、愛情も何もわかないのは当然だ。それでは、国は成り立たない。

そんな状況下、私たち日本人は今、何を思い、何を為すべきか。そのことの方が遥かに大切だ。モノの道理からすれば、まず議員定数削減、公務員削減、そして増税ということであろう。だが、嫌なこと即ち増税を避けて通り後回しにすれば、本当にこの国は破綻してしまう。前記した三つの無駄を削減することを同時に行わなければ、本当の意味で改革は実現できない。勇気をもって、敢えて我々国民が嫌がること即ち増税まで一気に為さなければ、この国は生まれ変われない。勿論、今までのように無駄を垂れ流すことは、最優先で止めさせるべきだ。だが、同時進行で消費税率引き上げや議員定数削減、公務員改革も推し進めなければならない。その自覚を、政治家も、公務員も、そして、有権者である我々国民も享受しなければこの国は立ち直れない。

 消費税率引き上げというと、問答無用で皆反対する。だが、財源がないのに絵に描いた餅を食らうことはできない。今のままでいけば、7兆円のマイナスが出て帳尻が合わなくなる。何故なら高齢化社会が加速し、若者の数が減るからだ。この現行のシステム自体が破綻しているのだ。兎に角、前記したように、まずは社会保障制度を白紙の状態から作り直し、国民隈なく年金を受けられるシステムを構築しなければだ。老後の安心なくして、改革などあり得ない。今の日本のような状態では、国としての体を成していない。何が何でも、全国民が安心して老後を過ごせる社会を確立することで、初めて全てが新たに始まる。

 消費税率引き上げというと、問答無用で反対する声が大きい。だが冷静に見聞すれば、消費税ほど公平な税制はないことに気付く。確かに、現行の一律税率では、問題点も多々ある。だが、一律ではなく、税率を変動制にすれば、多くの問題点は解決できる。実際に、香港や北欧諸国などでは、変動税率制で非常に上手く消費税が運用されている。例えば、生きるために最低限必要な、食糧や水、ガス、電気などには、消費税は掛けない0%にする。食糧でも、加工品や人の手が掛かったものには、3%の消費税を掛ける。ケーキや高級料理店などで提供される外食類には、5%の消費税を掛ける。他のモノでも、例えばブランド品などの贅沢品、無くても困らない贅沢品には15%とか20%の消費税を掛ける。多額の消費税を払いたくない人は、そういう高額消費税対象商品である贅沢品を買わなければ良いのだ。高額消費税を払っても、そういう贅沢品を買いたい人は、高額消費税を払って購入すればよい。自動車なども、同じことがいえる。そうやって、棲み分けをしていけば、消費税を払いたくない人は、そういう贅沢品を買わなければよいだけで、それでも贅沢品を手にしたい人は、高額消費税を払えばよいだけのことだ。非常に公平である。贅沢品を買いたければ、一生懸命働けばよいのだ。理に適っている。今の日本が、あまりにも公平という意味を履き違えているように思う。猫も杓子も、高校生までもがブランド品を持ち当たり前でいる。ヨーロッパに行けば、ブランド品は誰もが手にできるものではない。また、別に、ブランド品がなくとも、人間は生きていけるのだ。正に贅沢品なのである。欲しければ、他人より働けばよいのだ。稼げばよいだけだ。稼ぎもないのに、ブランド品に手が出せなくなるというだけで、日本は不公平だという理論自体が、私には異常であり大いに問題があると思う。それこそ平和ボケもいいところだ。

 自分の都合ばかりで否ばかり言っていたら、結局は何も始まらない。それぞれの当事者が、それぞれの身を切ってこそ初めて改革は為せる。今こそ、古き良き時代の日本人に立ち返るべきである。自分は嫌だけれど、他人に押し付けるのでは何も始まらない。そうではなく、自分を後回しにして他人のために自己犠牲をも厭わない、そんな美しき日本人に立ち返るべき時がきたように私は思う。昨年の震災後、市井の人々は、「絆」をもって助け合いの精神を回帰した。だが、政治はといえば、未だ混迷を極めている。政治家も、公務員も、己ではなく国民のことを、そして、この国のことを最優先に政治を行ってほしい。そうすれば、全ては好転し運気も昇り龍のごとく上昇するはずだ。その為には、「先憂後楽」を肝に銘じ、超党派で、この国を真に愛する政治家だけを我々国民が選択するべきである。耳障りに良いことばかりを言い、我々国民を誑かす永田町に巣食う魑魅魍魎を、我々国民の手で、いい加減退散させるべきだ。そのことこそが、最優先課題ではないか。そして、その時が、今年訪れるような気配を感じているのは私だけではないはずだ。大きな変革がくる。そんな気がしてならない。今、私たち、国民は、何を思い、何を為すべきか、そのことを熟考して行動を起こすべきなのではないか。そんな風に私は思う。
# by seizaikai_club | 2012-01-11 08:23 | 政治 | Comments(0)
年賀状
年賀状
2012年元旦


新年明けまして おめでとうございます。
        旧年中は大変お世話になりました。

  昨年は、3.11の大震災をはじめ、太陽の50年周期の影響か、天変地異が世界中で頻発し、波乱万丈の一年であった。個人的にも、前半は被災地取材とボランティアに明け暮れ、8月に脳梗塞と脳内出血で倒れてからの後半は、リハビリと再発防止に明け暮れた。日本は、政治も混迷を極め、市井の人々は、多くの痛みを感じなければならない厳しい状況であった。にもかかわらず、政治家はといえば、民意そっちのけで自分勝手に政争を繰り返し、被災地復興や被災者たちの声を後回しにした。政権交代を旗印に2年間民主党政権を黙って見聞したが、もう限界だ。更なる政界再編のみが、この国を救う途。大志を抱き、愛国心を大切にし、民意を等閑にせず、身を粉にしてくれる政治家のみを超党派で結集させるべきである。そのためには、我々市井の人々が声をあげることこそ肝要だ。永田町に長く巣食う垢に塗れた魑魅魍魎にはいい加減三下り半をくれてやること。この国を真から愛する政治家のみが永田町に生き残るべき。そして、それができるのは、我々有権者だけなのだ。新しい年も、宜しくお願い致します。
# by seizaikai_club | 2012-01-07 23:28 | 今日の独り言 | Comments(0)
どうしようもない大きな時代という渦
どうしようもない大きな時代という渦
2011年12月31日

私は
どうしようもない大きな時代という渦の中にいた。
それは、
サンフランシスコ州立大学にトランスファーした1984年から始まった。

  思い起こしてみると、当時自覚はなかったが、大きな時代という渦の中に、自分は身をおいていた。自分が何を為したわけでもないが、その渦の中にいて、ライブで全てを五感を通じて感じられたことは、非常にラッキーであった。そのことは、私のその後の人生、いや人生哲学に大きな影響を与えたことは間違いない。だが、あの頃は、そのことさえ気付いていなかった。灯台下暮らしということだったのかもしれない。当たり前であったが、全然当たり前でなかったのだ。人生に感謝、親に感謝、この時代に生を受けたことに感謝、そして、アメリカにあの時代に居られたこと、カリフォルニア、サンフランシスコにいられたことに深く感謝する。

  1984年、私は、それまで通っていた群立大学を卒業し、州立大学へオーナースチューデントとしてトランスファーした。勉強嫌いの私にとっては驚くべきことであった。メジャーは、ビジネス。州立大学にトランスファーした私は、直ぐにビジネスメジャーからインターナショナル・リレーションズに変更した。何故なら、世界の動きに興味をそそられたからだ。小さな学部であったが、非常に実戦的で、非常にライブ感覚に富んだ学部であった。アメリカで学ぶべきこと、日本では学べないことがそこにあるように私には感じられた。教授たちは、全員CIAの職員であった。勿論常駐ではないが、皆籍があった。学部内に、連絡事務所のようなものもあった。資料類も、全て本物が使えた。半年で賞味期限がくる、CIAが使用している世界中を見詰めることができる衛星写真も、賞味期限切れのものを自由に資料として使うことができた。南カリフォルニア大学とジョン・ホプキンス大学と我が母校のIRは、独立したスクールを形成している非常に充実した学部であった。世界の裏表が、手に取るように理解できた。全てが目新しく、全てが新鮮であった。そして、何より興味深かった。世界中から、留学生がIRに来ていた。勿論私も含めて。特に、パレスチニアンの留学生は多かった。彼等は、命懸けで留学していた。そして、彼らの考え方は非常にハードであった。本来、敵ともいえる立場の人たちを受け入れるところに、アメリカの懐の深さを感じた。やはり、アメリカの教育予算は、軍事予算に次いで大きい意味を感じた。留学生は、ある意味アメリカ資本主義、民主主義の先兵に洗脳され送り返されるのだ。勿論、全員がそうではないであろうが。

  私は、当時教授に言われ、イランを専門にして研究を進めていた。ところが、パレスチニアンの同窓生は、発表授業がある度に、私を質問攻めにし難癖をつけてきた。正直、中東情勢のことは、この学部にくるまで皆無に近い状況で知らなかった。生まれながらに育った彼等からしたら、面白くないのであろうが、だからといっても全てを否定されても困る。解らない他国の人に理解させ、説得するのが授業の目的であると私は理解していた。ところが、彼等は非常に熱くなる。結局、結果からいうと、私の英語力と中東に関しての理解力の低さが原因して、彼等は暴力的な手段で制裁を加えてきた。危険を察知した教授は、私をイランから朝鮮半島問題専門研究に変えさせた。お陰で1セミスター損をした。だが、机上では学べないことを学んだような気がした。その直後、外部教授として教鞭をとっていた「不確実性の時代」で一躍世に名を馳せたガルブレイス教授が、講演中に、同じ彼等パレスチニアン留学生に襲われた。理屈ではない、何かを感じ取った。中東問題の根の深さを肌で感じた瞬間であった。

  当時、私は気付いていなかったが、大学の勉強以外で体感できる時代の潮流の中にいたことを、スティーブ・ジョブズの死で気付かされた。自分たちの中では、当たり前のことであり特別なことではなかった。だが、それはすごいことであったのかもしれない。以前にもここで書いたことがあるが、あまり他言しないでいたのだ。だが、何度かスティーブ・ジョブズ氏とは、知り合いではないが何度も同じ空間で同じ空気を吸い、直接話を聞いたことがある。当時我が母校では、他の州立大学でも同じであったと思うが、学籍者はタダのような値段でアップルコンピューター、即ちMac 具体的に言えばMac PlusとMac SEを手に入れることができた。スティーブ・ジョブズ曰く、「君たちが大学時代にMac ユーザーになれば、卒業した君たちが、それぞれの職場でMacを使うことになる」、その話を聞かされて、何と先見性のある人なのだと感激したものだ。その代り、マック・ユーザーの集いが、毎週末スタンフォード大学のあるパラアルトなどサンフランシスコ周辺都市の大学内で行われ、そこに参加するように働きかけられた。まるで新興宗教団体の集いのような感じであった。新しい情報がお披露目され、問題点などが集まったユーザーと舞台上の技術者の間でやりとりされた。ユーザーの声も、遠慮なく吸い上げられた。必ず最後には、スティーブ・ジョブズが登場し、大騒ぎになり終わるという繰り返しであった。あの頃、全てが始まった。あの頃、今の時代の流れが始まったのだな、その渦の中にいたのだなと最近思う。そのことに、今は感謝している。

  彼は、普通の人であった。だが、何とも言えない情熱が漲っていた。常に、何かと対峙しているような熱い尖ったモノを感じた。アップル教といっても良いほど、私たちは皆熱狂していた。Macなしで、大学生活はあり得ない感じであった。図書館には、ずらりとMacがならび、それまでのタイプライターと取って代わっていた。最初の大学に入学した頃1981年には、まだコンピューターサイエンスのクラスで、コボロなどのコンピューター言語の授業やプログラミングが中心で、決して手頃なものではなかった。その以前に、まずはタイプライティングのクラスを取り、大学生活に備えたものであった。手書きはアメリカの大学ではありえない。タイピングをできないと、卒業どころか大学生活も送れなかった。お陰で、器用な日本人の私は、白人女性たちと同様に、タイピング速度と正確さで表彰された。今から考えると、あの時のタイピングの経験が、全ての原点になっているのかもしれない。

  あれから30年近くの月日が流れ去り、時代もどんどん驚くべき速さで移ろいでいる。アップルコンピューターも紆余曲折があり、落ちたり上がったりした。ライバルのウィンドーズが飛ぶ鳥を落とす勢いで、世界を席巻した。だが、リベンジ・マッチは、違った形で棲み分けをして、スティーブ・ジョブズにも軍配を上げた。ただ、この30年間、1984年に始まり、常に身近にアップル・コンピューターと共にありながら、時代を感じ続けてきたことに感謝する。今では、机の上には、化石化したMacが片隅に追いやられており、ウィンドウズのノートパソコンが、主役を演じている。だが、一度たりともMacが側から離れたことはない。子供たちへの生まれて最初のプレゼントも、二台のMacであった。息子に水色、娘に橙色。そして、新しい年、娘は高校を卒業し、長年好きで身に付けてきたPCを使いこなしデザインを学ぶ学校へと進学することになった。また、Macに、今度は娘が囲まれる運命になった。こうやって時代は、引き継がれていくのだなと実感している。時間は流れている。誰の上にも平等に。その流れは、昔に比べれば明らかに速い。まるで、ロケットで宇宙にいくような速さで、超特急で未来へ向かって疾走している。何処へ向かうのか、それは誰にもわからない。ただ一つだけわかることは、パイオニアは既に伝説になり歴史になったということだ。それでも、彼らの意志を伝え、歩みを止めることなく新たなる一歩を進め続けることだ。決して立ち止まることなく。既成概念に囚われず、新たなる改革を繰り返すことだ。
# by seizaikai_club | 2011-12-31 19:18 | 今日の独り言 | Comments(0)
北朝鮮の今後の有様
北朝鮮の今後有り様
2011年12月20日

昨日、北朝鮮の特別放送により、17日午前8時半に故金正日総書記が心筋梗塞により急逝したとの発表があった。世界中に緊張が走り、色々な憶測が駆け巡った。個人的にいくつかのことを思う。一つは、本当に17日視察中の汽車の中で発作を起こしたのであろうか、大きな疑問をまず感じた。普通に考えて、17日に急逝して、たった2日間で28日の国民葬儀を段取りできるであろうか。非常に不自然である。彼の死に当たっては、準備がいる。どういう形で、発表するか、その後の対応をどうするか、対処しなければならない。にもかかわらず、17日に亡くなり28日に葬儀というのは常識的にいってあり得ないと私は思う。それでは、どういうことかといえば、逆算すれば亡くなったのは17日ではなくそれより以前であったということだ。因果関係はわからないが、ここ少し前に各メディアが興味を示していた北朝鮮アナウンサー女性が姿を消していたことが、故金正日総書記の急逝を暗示していたのではないかと想像できる。多分、彼女が姿を消していた期間に、今後の体制を整えたり、葬儀の時期を計ったり、諸々のことが準備されていたに違いない。死の謎は、この記事では敢えて触れないが、その可能性も色々想像できる。汽車の中は密室、諜報活動に於いては一番暗殺等が為し易い密室であるのは常識だ。だが、そこまで想像することは、もう少し時間を経てからにする。

故金正日総書記の死の謎よりも、興味深いいことは、今後の北朝鮮の行方だ。このことについて、私なりの視点で読み解くこととする。ハッキリ言って、キーポイントはやはり中国だ。中国というのはどれだけ運が強いのか、と今回思った。昨日は、この機に乗じて脱北者が押し寄せることを中国政府は懸念していた。だが、七転び八起き危機を好機にかえてしまう、災い転じて福となす中国らしい方向性を想像することができる。

まず、中国、韓国、日本、そして、アメリカ近隣関係国の利害が、北朝鮮の今後に大きな影響を及ぼす。日本とアメリカは、北朝鮮の存在意味自体どのような形で存在するかに思いを巡らせてはいない。アメリカは、できるだけお金と人を使わずに朝鮮半島の安定が得られればそれでいい。日本も、アメリカと同じようなスタンスだ。一つだけ違うのは、拉致問題解決という点だけである。ところが、中国と韓国は、少々日本とアメリカとはスタンスが違う。韓国では、統一を旗印に表向き南北統一を希求しているけれども、実際には統一が実現すれば経済的に北朝鮮の経済が韓国経済まで道連れにしてしまう可能性が非常に高い。それは、韓国政府にとっても、アメリカにとっても望まないことだ。一方中国政府も、北朝鮮と韓国が朝鮮半島を統一することを望んでいない。理由は、別にあるが、中国政府としては、敵国であるアメリカと同盟関係にある韓国と国境線を接することになってしまう。中国は望まないことだ。中国としては、北朝鮮を死に体状態で緩衝地帯として存続させたいのだ。ところが、故金正日総書記を操るのは案外大変であった。痛みや、経済的な負担も大きかった。ところが、故金正日総書記が亡くなった今、中国として否定的であった世襲問題などの問題も含め、共産主義国として、色々な意味で面目を保つことができる。

今回、故金正日総書記の死という岐路にたち、間髪を入れずに中国が北朝鮮に対し大きく舵を取り出したことは、大いに理解できる。そのメリットを上げてみると非常に多い。1)世襲を形として否定できる。2)傀儡政権を期待できる。3)日本海側の北朝鮮の港を自由に使えるようになる。4)アメリカとその同盟国と直接接触しないための緩衝地帯としての意味。5)中国国内で大きな少数民族である朝鮮族に脱北者が加わる巨大化する独立運動の可能性を抑え阻止できる。6)北朝鮮軍を支配し極東アジア地区のパワーバランスに影響を与えることができる。7)北朝鮮を傀儡政権にしてしまえば、経済的に逼迫するアメリカにとってもプラス面が大きい。8)中国にとっては、アメリカに対し恩を売ることができる。9)中国にとっては、朝鮮半島まで含め、拡大政策の地理的可能性が広がる。このように、数え上げると中国にとってのメリットが非常に大きいことが理解できる。それだけではない。何より、疲弊しきっている北朝鮮国民にとっても、飢えから逃れる一番の近道であるといえる。こうやってみてみると、この形が、どの関係国や当事者たちにとっても、利害が合致し一番望まれる形であることがみて取れる。あとは、改革のスピードである。北朝鮮は最低1年は喪にふすであろうが、中国は足踏みすることなく、迅速に対応するのではないかと私は思っている。多分、北朝鮮軍部の中で、中国とパイプがあり緊密な連携をとれる人材が、その道筋をつけ、徐々に金正恩三代目の包囲網を強くし、飾りものにしていくのではないかと想像できる。多分、唯一、武力による動きが出る可能性は、その時である。勿論、中国側ではなく、金正恩側からである。だが、結果的にいえば、中国に制圧され、粛清する大義名分にされてしまうであろう。中国は、そこまで計算しているかもしれない。そんな風に、私は考える。
# by seizaikai_club | 2011-12-20 09:47 | 朝鮮半島情勢 | Comments(0)
橋下新大阪市長の強さ
橋下新大阪市長の強さ
2011年12月17日

  橋下新大阪新市長の強さは、軟弱で軽そうなノリとは反比例して、芯が強く、軸足がぶれず、何と言っても非常にケンカ上手でケンカが強い、強かな洞察力と判断力と勇気兼ね備えていることであると思う。これは、政治家としての資質以前に、彼の本職である弁護士としての資質が高いことを、彼自身が府知事時代に為し証明している。

  私は、自身の法廷闘争に於いて、ある時から弁護士を使わずに自力で闘うようになった。当時雇っていた弁護士の闘い方に大きな疑問を感じたからだ。どんなに頭が切れ、知識が豊富で、机上の勉強ができて優秀だからといって、それが弁護士としての資質や強みであるとは、私は思わない。というか、自分を弁護するにあたって、闘う闘志や強かさを感じられない弁護士と、命懸けで闘うことに大いなる疑問を感じる。ある証人喚問で、あまりにも教科書通りで、情熱の感じない喚問を私の弁護士が行うのを見聞して、正直大いに落胆した。思わず、自ら喚問をしようとして、裁判長から止められたことがある。そんな経験から、自ら弁護士を使わずに、自分の責任で闘うことの方が、失敗しても納得できるし、勝も負けるも自分の責任で行えるので良いと感じたからだ。情熱を感じない、職業的に、義務的に業務を行うような弁護士に、自らの身を預けることに、恐怖と憤りを覚えたからにほかならない。以来、私は自力で法廷闘争をするようになった。

  それはそうだ、自分で自分を弁護すれば、一生懸命釈迦力で闘いに臨む。だが弁護士は、結局のところ他人事だ。商売なのだ。それと、ケンカの経験もないような弁護士が、頭だけで法廷に望むことに大きな疑問を感じてしまった。法廷闘争とは、私はケンカだと思っている。やるかやられるか、究極そういうことだ。強かに生き残らなければならないのだ。ケンカもしたことのない弁護士に、自分の命を預けられるわけがない。ある意味、自分は生き残り、相手を自分の思うような出口に導き逃げ道をなくすことが、法廷闘争であると思っている。鼠を迷路に追い込む要領で。喧嘩と同じだ。だが、これができる弁護士は滅多にいない。これが、弁護士を使わず自力闘争するようになった一番大きな理由だ。

  ケンカは、強かに勝つのではなく生き残らなければならない。サバイバルゲームだ。軍隊と同じだ。相手を倒すことが目的ではなく、自分が生き残ることが目的だ。結果、相手を倒し自分が生き残るということだ。攻める時もあれば、退く時も逃げる時もある。よく相手の出方を凝視して、瞬時に迷うことなく次の手を繰り出さなければ、気付けばのされてしまうことになる。勇気と速さ、そしてタイミングが非常に大切になる。このケンカの極意こそが、法廷で強い弁護士の条件であると私は信じている。ケンカの実戦経験のある弁護士、これこそが最強の弁護士だ。だが、私の少ない経験では、そんな実戦経験豊富な、机上論を優先せず、五感を駆使して闘ってくれる頼もし弁護士にお目に掛かったことがない。故に、これまで私は弁護士を使わずに闘ってきた。もしかすると、橋下新大阪市長は、そんな勇気と決断と判断力と何より深い情熱をもってことに当たる私が探していたような稀有な弁護士かもしれない。そんな風に、彼のこの3年半の府知事としての様子、そして今回のダブル選挙、大阪都構想実現を掛けて闘う彼の姿を見聞し感じた。

  この弁護士としての橋本氏の強さこそが、本来政治家にとっても何よりの資質であると私は思っている。弁護士以上に強かで狡賢く生き残らなければ、自分の信念をもった法案を押し通すことさえできないのが政治の世界だ。そんな政治の世界で、生き残る秘訣は、上記したような弁護士としての資質に共通する条件であると思っている。そういう意味で、橋本氏は非常に面白く興味深い政治家として、私は見守っている。もしかすると、来るべき大きな政界再編のキッカケに、彼や維新の会がなるかもしれない、原動力となるかもしれないと大きな期待を持って見守っている。橋下氏のような勇気があり行動力があり、既成概念に囚われない政治家こそが、大きな改革を為し、国を動かす。正に維新を為す逸材であると私は思っている。今後の活躍に期待したい。
# by seizaikai_club | 2011-12-17 09:35 | 政治 | Comments(0)
渡辺恒夫告発の清武巨人軍専務取締役の勇気を賞賛
渡辺恒夫告発の清武巨人軍専務取締役の勇気を賞賛
2011年11月11日

以前から何度となく、このブログでは渡辺恒夫の不愉快な理不尽を何度となく指摘していたが、遂に内部告発ということで内乱んが起こったかと思っている。

嘗て、内外タイムスという新聞社の社長をしていた頃、ご存知の通り新聞協会の一員として接点があった。だが、渡辺恒夫に対しては、理不尽で失礼な記憶ばかりで、思い起こすだけでも頭に血が昇るものばかりだ。今回の清武氏による告発内容、そのままの理不尽がまかり通っていた。一体何様だということが多々あった。また、彼を増長させている取り巻きが彼を理不尽に育ててあげているという印象が非常に強かった。

以前からにも話したが、エレベーターでの出来事。私のがエレベーターに乗っていたら、渡辺恒夫と取り巻きがそのエレベーターに乗ってきた。理不尽にも、先に乗っていた私に対して、エレベーターを降りろというのだ。私は、降りる必要が理解できない旨を側近に吐露し、そのままエレベーターに乗り続けた。渡辺恒夫はその側近を叱咤していた。それは、読売主催で行われたパーティーでの出来事であった。私しは招待されていた客の立場にあった。勿論、年長者である渡辺恒夫に礼を尽くしても構わない。だが、ああいう理不尽なことをされると、礼を尽くしても構わないと思っても、そんな気持ちは消え失せてしまう。一事が万事、理不尽なのだ。新聞協会に於いてもそうだ。政治に対しての彼の言動も、まるで何様か? 天皇陛下より偉いのかというような言動だ。確かに、新聞業界の天皇なのかもしれないが、理不尽にも程がある。野球に関しては門外漢。

清武氏の勇気を賞賛する。多分、我慢んの限界いを超えたのであろう。誰かが止めなければ、巨人軍の名誉を傷つける、読売新聞グループの名誉を傷つけると思っているの判断であろう。世論調査まで彼の鶴の一声で、書き換えられるという噂さえ聞こえてくる。これでは、読売新聞の信頼度も地に落ちる。彼のワンマン、我儘はもう度を超えている。別に、渡辺恒夫が創業者でもなければ、読売新聞のオーナーでもない。唯の一政治部記者出身ではないか。いつから、彼はオーナー頭らになったのだ。政治評論家の三宅久之氏と同期の政治部記者出身だ。いつから、あんなに偉くなってしまったのか。多いなる疑問が感じていた。とうか、もうあまりにも影響が大きすぎる。というか、私的思想を強制し、マスコミに籍をおいていることで、メディアを私物化し政治まで動かしている。もう、度を越しており、これ以上放置しておける限度を超えている。それが、今回の清武氏による下剋上クーデターということであろう。これを良い機に、ご自分で身を清め現役を引退されるべきではないか。私のは、そう強く思う。
# by seizaikai_club | 2011-11-11 18:09 | マスコミ | Comments(0)
TPPにみる明と暗
TPPにみる明と暗
2011年11月9日

 TPPの問題が、政界やマスコミ界を賑わせている。ここに述べることは、私がこの問題報道から受ける個人的な印象だ。正直に申し上げる。どうも、一方的に政府の情報非公開的な報道に偏っているような気がしてならない。確かに、一般庶民からすれば、何が何やら、一体全体TPPって何のこと?っていう感じだ。だからといって、一方的に政府が情報を非公開してゴリ押ししているような印象の報道ばかりが耳障りに聞こえてくる。

 反対派は、ただ遮二無二、TPPは日本の市場を崩壊するようなことばかりを主張する。確かにデメリットはあるであろう。だが、デメリットばかりではなく、メリットもあるはずだ。どんなことでもメリットとデメリットがあるはずだ。冷静に、その辺のことを検証すべきである。

 お隣の国韓国では、確かに農家からは反対の声も聞こえている。だが、全体的にいうと、日本のそれと比較すると反対規模は大きくない。農家にも、賛成派が多くいるという。彼等と日本人の違いは、彼等は個別の業界の損得ではなく、国全体としてのメリットとデメリットを判断基準にしているところが、日本と大きな違いだ。勿論、韓国の真似をしろというのではない。だが、このことは、今の韓国人と日本人の意識基準の違いを端的に表しているように感じた。

 日本では、既得権益死守ばかりで、全てデメリットばかりという印象が非常に強い。要は、競争力を排除することの方が、全体的な利益よりも優先させている印象が強い。結局は、TPP反対=既得権益死守という構造だ。そんな風にしか思えない。本来自由競争であるべきだ。寧ろ、TPPは、中小企業などにチャンスを開く可能性が高いように私は感じている。

 既得権益という意味では、日本医師会のTPP反対意見などはその最たるものだ。TPPを推し進めれば、医療現場が崩壊するとばかりに反対運動を行っているが、果たしてそうであろうかと大きな疑問を感じる。私には、医師を守るためにPTT反対を訴えているようにしか聞こえない。本来、患者の立場に立てば、果たしてPTTにデメリットばかりだろうか。日本の保険制度が崩壊するということを懸念していることばかりが報道される。だが、私はそう思わない。もっと前向きに捉えれば、デメリットよりもメリットの方が大きいように思う。

 総合的に言えば、具体的に何が良いか悪いかの問題よりも、何でもかんでも「ダメ」「無駄」と守りにの体制ばかりに立つ今の日本人の姿勢、ここに一番大きな問題がある。私は、そう思っている。あまりにも平和過ぎて、守りに入り、可能性を試すということが今の日本には足りない。こんなことをしていれば、結局日本は遅れを取ることになりかねない。「ダメ」といったら、何もできない。そこの精神論的なことが、今の日本には何より大切。「ダメ」を乗り越え可能にする向上心が、今の日本には、一番必要なことのように私は思う。環太平洋地域の国々にとって、ユーロのような過ちは犯したくない。それが私の正直な思いだ。だが、だとしても、今の日本には「ダメ」ばかりになり守るに入ることには大いなる憂いを感じる。
# by seizaikai_club | 2011-11-09 09:32 | 政治 | Comments(0)
鎖国時代の踏絵のようなTPP
鎖国時代の踏絵のようなTPP
2011年11月6日

 今政治でもマスコミでも、TPP参加か否かの問題が、大きな議論となっている。これはある意味、頂点を極めてしまい、豊かさを謳歌し、守りに入ってしまった日本の現状の姿勢を露わにし、常に守りではなく攻撃的に、国の未来を憂いながら前を向いて歩みを進められるか否かを決する大きな試練だと考える。この問題の対応で、世界は今の日本人の可能性を見極めていると言えば大袈裟だが、そんな意味もあることを忘れないことが肝要であると私は思う。

 これはある意味で、日本政府にとって試練だ。何でも、簡単に乗り越える飽食の時代は終わりだ。これからは、国際社会における競争の時代である。特にアジアに於ける経済格差が狭まりつつあり、安穏としていると、気付けば追い越され後の祭りとなりかねない。アジアの頂点は言わずと知れた日本だ。しかし、頂点を極めた国の末路は火を見るより明らかだ。そんな厳しい状況下、日本が今しなければならないのは、守りではなく負けない政治、追い越されない国を保つための外交、即ち恐れることなく歩を進められる強い政治をしなければならない。

 どうしても、全てを勝ち得てしまった人間は、守りにはいってしまう。それは、満たされているからだ。その特徴は「ダメ」という言葉の連発だ。あれもダメ、これもダメ、ダメダメ尽くしになる。今から延びようとしている人間は、まったく反対だ。ダメを可能にしようという精神論が、そういう上を見ている人々だ。国でも同じだ。下を向いてしまえば、「ダメ」という言葉しか出てこない。育児でも国でも同じだ。ダメダメ尽くしでは、大きな人間は育てられない。国でもまったく同じだ。ダメダメ尽くしでは、小さな人間しか育てることはできない。今の日本は、私の目から見たらそういう風にしか見えない。何もかにも、「ダメ」「ダメ」「それは無理」「それはできない」「アメリカに騙される」「中国が悪い」「韓国が悪い」と、責任転嫁ばかりして、人の所為にばかりする。これでは、それこそダメだ。全ては自己責任。国でも同じだ。頭から「ダメ」といってしまえば、全てが駄目になり気付けば追い越されビリケツになってしまっているのが落ちだ。今日本がしなければならないことは、驕りを捨て、初心に帰ることだ。全てを白紙にし、新しい国造りを考えることだ。新しい時代にあった、新しい国のシステムをだ。そして、変革しつつある国際社会の流れに乗り遅れないように、最善を尽くし存在感をしめしていくことだ。「郷に入ったら郷にしたがう」、このことを忘れては取り残される。大きなウネリを、どう乗り切るかが今この国の政治家に課せられている運命だ。そのことを肝に銘じて政治を行ってほしい。そのことは、政治家だけでなく、国民全体レベルで意識改革してほしい。必ずチャンスはある。動乱の時こそ、伸びるチャンスがあるのだ。そして、そのチャンスを得るのは、延びようとしている前向きな人々だけだ。危機をチャンスに変えることこそが、政治家の資質の一番大切なことだ。チャンスを掴み取ってきた松下幸之助翁の影響を受けている野田総理には期待したい。
# by seizaikai_club | 2011-11-06 09:37 | 国際情勢 | Comments(0)
慣れないスローライフ
慣れないスローライフ
2011年10月24日

 脳梗塞を患って以来、柄にもなくスローライフを実践している。ご存知のように、血圧が上がることを極力抑えなければならない。生まれて初めて血圧降下剤を服用している。今までは、血圧が高いのでと言われても、この薬飲みだせば死ぬまで服用しなければならないと、食事療法などでごまかしていた。二年前の膵炎による多臓器不全の際には、自然に血圧が下がり喜んでいた。ところが、忘れていたころに、今回の発病。気付けばやはり昔のように、上が200前後、下が110以上という驚異的な血圧を記録していた。死にたくなけりゃ、と医者に脅かされ遂に血圧降下剤を服用するようになった。調子は悪くない。だが、気候の変化や気圧に血圧は左右されるようで、季節の変わり目の今は、何だか知らないが不安定だ。

 そもそもせっかちな性質の私にとっては、このスローライフというヤツがえらく厄介だ。脳に傷があるとかで、再発防止と癲癇発作予防のため、運動も極力控えるようにと言われ、全ての運動を我慢している。食欲だけは以前同様旺盛で、散歩も出来ない状態なので脳以外の身体が悲鳴をあげている。人間の身体というのは、こういう風にしてバランスを崩していくのだなと実感している。どこかを庇い過ぎれば、どこかに支障がでる。結局はバランスが重要なのだ。死期は運命だ。死ぬ時は死ぬ、そんなことを思いながら、少しだけ行動範囲を広げている。筋肉がつるようになってしまったので、ほんの少しだけバーベルを上げてみようかなと思っている昨今である。

 車の運転も、渋滞などで血圧が上がると危険なのでと止められた。だが、歩くのダメ、車もダメ、何もダメ、かにもダメと言えば、言うのは簡単だが生活がなりたたなくなる。子供たち二人を抱えた我が身には、無理という相談だ。結局、隠れて車を運転し、仕事も少しずつ始めている。よっぽど貯金でもあるのなら別だが、人間働かずに生きてはいけない。お医者様は、私の身体を大切に思ってくれてのアドバイスをしてくれているのであろうが、そこが何ともジレンマだ。

 せっかちな私は、そもそももともとは競歩のように速足であった。短期でせっかちで、脳の為にはまったくよろしくない。私は、外見は実年齢より随分と若く元気であると自負してきた。だが、蓋を開けてみると、脳の中身、脳年齢は実年齢よりも随分と老化しているとのことだ。担当医に開口一番忠告された。「このままいけば還暦は迎えられない。脳に負担を掛け過ぎ。無理をし過ぎだ。長生きしたければ、スローライフを心掛けるように。次に起これば障害は重く、命もないだろう」そう宣告されてしまった。少々、自分でも驚いた。まさか、誰よりも若いと思っていたので、言葉が出なかった。まあ、思い起こしてみれば、二人の子供を抱えて、仕事や家事全般や、あまりにも忙しく生きてき過ぎた。だが、苦でもなかった。苦でもないと言えば嘘になる。だが、可愛い子供たちのことを考えれば、屁でもなかった。

 偉そうに、人生の第一ステージ、第二ステージを終え、子供たちの巣立ちの時が目前に迫り、人生最後のステージ、第三ステージに突入だなどと言っていた矢先の出来事だ。正直、自分自身が度肝を抜かれた。「嘘、何で?」という正直な心の声だ。これから第三の人生と思っていた矢先のことだ。人生とは、本当に一寸先は闇だ。何が起こるかわからない。二年前の大病で、神様は喝を入れてくれたのだと思っていたが、まだ教訓が必要であったようだ。だが、それでも生かしてくれた。死を迎えることもなく、障害を負うこともなく、多少言葉を失っただけで、十分リハビリで立ち直るチャンスを与えてくれた。これは、奇跡だ。感謝しなければ。まだ、死ななくていいというお告げだろう。ただ、今までとは違い、ゆっくりと地に足を付けてということなのだろう。

 最近よく思う。あまり後先考えても、死ぬときは死ぬ。それなら今この時を一生懸命生きようと。だが、身体が付いてこない。実際には付いてこないのではなく、身体をいたわらないといけない。困ったことだ。中身の精神は活き活きしているのに、身体は中古のおんぼろ状態になりつつある。参ったものだ。それでも、与えられた自分の環境の中で、精一杯頑張るしか方法はない。無理せず、騙し騙し健康に留意しながら一歩を進めなければならない。まだまだくたばるわけにはいかないからな。思えば、結局のところ、私の人生、子供たちによって意味を与えられたようなものだ。そんなことを思う、今日この頃だ。その子供たちも、巣立ちの時に向かって秒読みが始まった。スローライフといいながら、まだ秒読みだなんていっている。ダメだな俺は。(笑)
# by seizaikai_club | 2011-10-24 12:57 | 今日の独り言 | Comments(0)
脳梗塞顛末記 続々編
脳梗塞顛末記 続々編
2011年10月23日

 どうしても、直近の物事を忘れてしまう傾向は、脳梗塞後にある症状の一つかもしれない。以前だと、書くことが頭の中で構成することができていたのだが、以前同様構成するのだが、それを直ぐ忘れてしまう傾向がある。それが、ある意味、私の仕事にとっては、障害となっているかもしれない。気になっているところは、日々つける日記だ。日記の記載が、少々大変になった。その日に何があったかを忘れがちだ。

 他にも、脳梗塞以前と以後では、いくつかの違いが出ている。例えば、聴力だ。ここ数年、いや継続的な頭痛を抱えだしてから、耳が非常に遠くなっていた。テレビをつけていると、家族から非難轟轟であった。ボリュームをこれでもかというほど大きくしていた。祖母でさえ、音が大きすぎと文句を言っていたほどだ。耳が非常に聞こえ難かった。それが、脳梗塞後、普通に戻った。不思議だ。ボリューム25程度で聞いていたのが、今では普通に12から15程度で聞いている。以前だと考えられなかった、ボリューム2~5程度でも聞くことができる。不思議この上ない。

 担当医に言われ思い起こしてみると、1年以上まえから兆候がでていたはずだという。確かに、思い返してみると兆候があった。まず、兎に角継続的に左後頭部の変が非常に重く酷い頭痛が続いていた。ほとんどロキソニンを欠かすことなく常用していた。それと、3時間以上眠れなかった。寝たくとも寝れない。お蔭で、時間は有効に使えたが、熟睡ができなかった。鈍痛に頭を押し潰されそうになっていた。寝返りもうてず、ある方向に寝返りすると眩暈もしていた。車をバックで駐車すると、必ず同じ方向に車が曲がった。洗い物をしていて、コップ等を落とすことが、ここ2~3ヶ月は非常に多かった。肩こりも酷く、どうやっても解消することができなかった。上気したような症状が、今から考えると兆候であったのだろう。間違いなく、異変が起こっていたのだ。ただ、自分では、それを異変とは気付かずにいる。そんなものだ。

 だが不思議なのは、何か予感を感じていたのかもしれない。7月14日に息子がボランティアでネパールに旅立ったのだが、その前夜、息子と娘を目の前にして、万が一のことがあったらと彼らに色々な話しをして聞かせた。お蔭で、彼らは心の準備ができており、実際息子は、言われていた通りに、入院直後から迷うことなく色々と動いてくれた。これは、非常にありがたかった。多分、本能的に、自分の身体に異変が起きていることを感じ取っていたのかもしれない。不思議な話しだ。また思い出したことがあれば、書き留めることとする。

 話は変わるが、私の場合数字が全滅でひらがなもほとんど失った。だが、幸い数字とひらがなだったので、比較的早くリハビリができた。当初は、本のページを開いたら、非常に不思議な情景が見えていた。あれは面白い経験だ。不思議の国のアリス状態だ。見える言葉と見えない言葉が躍っていた。1ページ読むのに、1時間以上掛かった。グルグルとページが回っていた。私の場合は、漢字は多く残っていたので全滅した数字も漢数字に置き換えリハビリした。不思議なのは、多分記憶されている場所がそれぞれ違うのだろう、アメリカのSocial Security Numberは、不思議なことに潜在的に記憶されていたのか、うわ言のように英語で言っていた。同じ数字だが、残っていた。不思議だ。人間の身体とは、不思議なものだ。今やっていることは、以前のようにスムーズに読書できるよう、全て読書は音読にしている。これは、かなり言語障害のリハビリに大きな効果があるようだ。このお蔭で、ほぼ初対面の人には、障害を気付かれることはない。周囲の人たちにも、まったくわからないと言われる。数字に関しては、紙に書けば直ぐに計算もできるようになったのだが、暗算は全滅であった。病院では、一日何回も暗算をやってもらった。私自身では、ipadを有効利用して早いペースで数字のリハビリも為すことができた。
# by seizaikai_club | 2011-10-23 12:59 | 今日の独り言 | Comments(0)
脳梗塞顛末記 続編
脳梗塞顛末記 続編
2011年10月23日

 第二弾では、徐々にわかってきたことを記しておくこととする。部分的に、倒れた当日のことが記憶から消えていたが、当日会っていた人々と再会することで、当日の様子が解ってきた。自分の中でハッキリ覚えているのは、自宅を出発する直前、娘と泊りにきてくれていたお友達へ、「いってきます」と声を掛け出掛けたことだけだ。

 その後、都内で打ち合わせをした。二つ目の打ち合わせまでは記憶があるのだが、言葉がでなくなった瞬間までは覚えている。だが、その後の記憶はない。ただ、少しだけ病院に向かう車の運転中の記憶が残っている。それは、困ったことの記憶だ。

 まるでプッチっという音を立てて、まるで頭の中が切れたかのように、突然言葉がまったくでなくなった。頭の中では考えているのだが言葉がでない。後で周囲の人々に聞いたところ、言葉がでなくなっただけではなく、まったく表情がなくなったという。同時に、打ち合わせの最中であったが、冗談かと思うような不思議な動きをしたということだ。彼ら曰く、座っていた椅子の上から飛び上がるような、尋常ではない動きをしたらしい。その直後から、まったく動かなくなったそうだ。心配した、周囲の人々は、カウチで休むように促したそうだ。そうこうしている内に、勿論私自身の記憶はないのだが、小一時間すると突然飛び起き、皆が止める間もなくバックパックを肩にかけ、制止する間もなく飛び出していった。それからは、迷走の時間だ。いや迷走ではない。今から思い起こしてみると、過去に打ち合わせ中、二度脳梗塞を起こした相手を救急車で病院にまで同伴した経験があったが、二人とも病院がどこも満室で盥回しになっている間に手遅れになった。勿論、亡くなりはしなかったが、大きな後遺症が残った。その記憶が、普段から私の中に潜在的に残っていたのであろう。何としても、これは自力で以前に命を救われた防衛医大まで向かわなければと思ったようだ。

 本当なら、自殺行為とも思われる自力での運転で、病院まで向かった。正直に言えば、多分脳内出血量が少しずつ増えてきたのであろう。当初動いていた右半身に痺れがではじめ、段々と動かなくなってきた。それだけでなく、思考能力が著しく低下していた。普段当たり前で運転していた自分の車の操作が上手くできない。ハザードさえ止められない。ナビも操作できない。ただ、これはもう無意識というか潜在的記憶として、病院までの道程は覚えていたのであろう。アクセルを踏んで、赤信号で止まる。それだけで、病院まで辿り着いた。一生懸命言葉を出そうと一人格闘した。だが、言葉はでなかった。段々に右半身だけでなく、左半身にも痺れを感じてきた。そんな矢先、病院の救急救命センターよう入口前に車を乗り捨て、受付に向かった。まったく言葉がでなかった。後から聞けば、一目瞭然で様子がおかしく、受付の警備の人は直ぐにお医者を呼んでくれた。医者の姿を目の当たりしたら、安心したのか私は崩れ落ちた。同時に、「脳内出血か脳梗塞だ」という声がどこか遠い記憶の中で響いた。段々に、自分の周りで木霊している声が、遠くなってバリアに覆われたようになった。朦朧とした意識の中、ストレッチャーに乗せられCTやMRなどで多分検査されていたのであろう。その頃には、もうほぼ意識が薄れる寸前であった。その後、ハッキリと意識が戻ったのは、病院の廊下をストレッチャーにのせられあちらへこちらへと進んでいた時だ。気付けば、既に窓の外は真っ暗で静かな病室に到着した。

 目を覚まし意識が戻ってくると、看護婦さんたちがストレッチャーからベッドへ乗せ換えてくれていた。私は、必死に名前と住所などを言葉にしようとしていた。だが、言葉はまったくでない。辛うじて子供たちの名前だけ。自分の名前も苗字も言えない。生年月日も思い出せない。住所の数字も電話番号もでない。子供たち二人の名前だけを、何度も何度も口遊んでいた、と後に看護婦さんから言われた。

 その頃になると、酷い頭痛と眩暈、吐き気 が恐ろしい勢いで襲ってきていた。自分の身体がどうにもできず、もんどりうっていたようだ。単純な介護ベッドの操作さえできない。頭を上げたいのだが、自力でそんな簡単なこともできない。頭の違和感で、身体をクネクネとくねらせ、もだえまくっていた。気付くと、胴と手足が拘束きで完全に拘束されていた。一瞬、「精神科に入れられてしまったのか」と脳裏を霞めた。どこに自分がおり、自分が誰かも言えないのだ。それは精神科にいれられてもおかしくない。そんなことを思った。だが直ぐに、その不安は打ち消された。看護婦さんが、「ここは脳神経外科ですよ。名前や住所、わかりますか?」という声が響いてきた。「動いたらいけないので、身体拘束させてもらっていますよ」と優しい声が聞こえてきた。だが、どうにも頭に違和感があり、じっとしていられない。暫くすると、そんな私を察したかのように、点滴の中に多分寝る薬を投与してくれたのだろう。静かに眠りの世界に落ちて行った。
# by seizaikai_club | 2011-10-23 07:56 | 今日の独り言 | Comments(0)
相変わらず外交下手の日本
相変わらず外交下手の日本
2011年10月23日

 日本は、昔から外交下手だ。ハッタリがきかない。言葉が悪いがバカ正直だ。強かに、良い結果を得るために立ち回るということができない。真っ直ぐに直球を投げる。だが、国際社会では、以心伝心とか、良い人と思われるだけでは、何も得ることはできない。結果しかみられない。

 例えば、PTT関税自由貿易の問題。アメリカが主導権を持って環太平洋地域で関税自由貿易化を図っている。国内外で異論が多々生じている。確かに問題点は多い。だが、既に、多くの国がこの流れで動き出している。韓国などは、問題点を感じながらも、条件を提示して賛同する意向を示し、アメリカに恩を売る形で合意した。勿論、韓国国内にも根強い反対派もいる。だが、李明博大統領は、さすがにビジネス・マンだ。交渉事にあたって、交渉しなければならなければならない運命にあるのならば、無理やりやらされるという形にならず、逆に主導権を取り交換条件を提示して、アメリカに恩を売る形での合意をした。結果、韓国国内に対しては、影響を出来る限り少なくし、遣らされるのではなく、自ら遣るという姿勢で臨んだ。これこそが、リーダーだ。

 日本はといえば、能書きばかりいって、結局圧力をかけられ、嫌々やらされるという方向に向かいつつある。どうせ、やらなければ国益に反する国際関係があるのならば、御託を並べず主導権をとるべく、韓国のように条件をつけながら恩を売る交渉術が必要。どうにも、日本はこの辺の外交交渉術が、非常に幼稚だ。いつまでたっても、成熟しない。というか、国際社会では、いつまでたっても幼稚極まりない。国民性もあるのだろうが、良い結果を引き出すためには、多少のハッタリも必要だ。良い子になる必要はない。一つの原因は、総理大臣や内閣がコロコロ変わるという、日本の特徴がある。韓国の強みは、アメリカの大統領同様4年の任期の間は、多少の問題があっても完遂する。裏を返せば、それだけ腹の括り方も、責任感も他国のリーダーに比較して日本の首相は低い。この問題から、まず改革しなければ、何も変わらないのかもしれない。日本人全体が、こういう基本的なことを、よく考え直す時が既に来ているように私は思う。
# by seizaikai_club | 2011-10-23 06:54 | 政治 | Comments(0)
大阪都構想と市長選に思うこと
大阪都構想と市長選に思うこと
2011年10月21日

 大阪市民でない第三者として思うことを、正直に記すこととする。そのことをご了承ください。当事者でないので、無責任な内容にならないように心掛けます。

 まず最初に、正直に言えば、昔から大阪府と大阪市という体制自体、第三者からすれば非常に解りにくい。何十年も大阪に出入りしていても、未だに完全には理解できていない。全ての根源は、そこにあるのではと第三者として無責任に思ってしまう。そういうことからすると、橋下知事の大阪都構想というのは、ある意味我々部外者にとっては非常に解り易い。

 例えば、テレビ番組などでも取り上げられていたが、道路の清掃一つをとっても、府道と市道で交わる交差点では市と府が縄張り争いのような事をしていると報道されていた。正直に、不思議に思った。施設等も、私立と府立の二種類があり、他県からの訪問者からしたら、非常に解りにくいし無駄にしか感じられない。多分、そんな不合理を、橋下知事は改革しようとしているのだろう。当事者の大阪市民や府民からしたらば、今まで継続されていた体制を、わざわざ改革して、危険を犯したくないという守りに入っているのだろう。だが、思う。改革というのは、誰かが勇気をもって、人々を導いていかなければ、いつまでたってもできないものだと。今、大阪は、そんなチャンスを得ているのではないか、そんなことを無責任に思う。

 本来関西圏というのは、京都、大阪、神戸という大きな都市が並列していて、大きな力を持っている地域であるはず。それなのに、その良さを活かさず、どうも不合理なことを続けているように、昔から感じていた。関東圏は、関西とは違い東京が首都として大きな位置をしめている。だが、万が一天災などが起これば、一蓮托生一気に潰れてしまう。そうやって考えると、関西圏は非常に良い形ができるのではないかと思う。折角のそんな天運を、わざわざ分裂するような形で逃してしまうことは非常に残念だ。上手く、良い結果がでればと思う。今後の進展を見守りたい。
# by seizaikai_club | 2011-10-21 22:56 | 政治 | Comments(0)
故スティーブ・ジョブズの想い出
故スティーブ・ジョブズの想い出
2011年10月10日

 先日アップル・コンピューターの創設者スティーブ・ジョブズ氏が急逝した。近年体調が悪いことは、その姿を見れば誰の目にも明らかであった。予想はしていたが、かなり衝撃的な出来事だ。

 年齢的にも近く、私がサンフランシスコ・ベイエリアに居た頃は、アップル・コンピューターも黎明期であり、接近遭遇の機会が度々あった。当時、カリフォルニア州立大学の生徒たちに、アップル・コンピューターは、モニター的なサービスでタダ同然の価格で、Macを提供していた。私も、大学の購買でMac PlusとMac SEを購入し使っていた。その発想も、スティーブ・ジョブらしい発想からのことであった。州立大学の学生に格安のサービス価格で提供することによって、彼等が将来卒業し社会に出た際、勤め先で彼等が必ずアップル・コンピューターを使用するであろうということで、このサービスが展開されていた。また、このサービスは、拡販目的にとどまらず、このサービスにて購入した学生は会員登録され、毎月何回か行われる、日本風に言うマックファンクラブのような大きな大会に参加する権利を得ることができた。1000人規模でのこのような大会には、毎回利用者の意見を集約するだけでなく、必ずスティーブ・ジョブズが参加していた。まだ、あの当時のPCは容量が小さく、外付けのハードディスクなどを利用する必要があり、その為の情報交換なども会員同士で行うことができた。だが、私たちにとって、何より彼の講演を毎回耳にすることが出来ることが嬉しかった。懐かしい想い出だ。

 私の母校SFSUは、サンフランシスコの街の南端にあった。そのままパラアルトというスタンフォード大学のある街へは車で30分程で赴けた。色々な場所で、大会は開催されたが、私の場合は大抵、スティーブ・ジョブズの母校、スタンフォード大学があるパラアルトでの大会に参加していた。ここに集う学生たちは、皆PCに非常に強い興味を示しており、いや、アップル・コンピューターに示しており、あの頃の仲間の数人は、今でもアップル・コンピューターに勤めている。

 Mac自体の魅力もさることながら、彼の話の面白さはずば抜けていた。もともと、アメリカの大学では、タイプライターは必需品であったため、タイプライターからPCに移行するということは案外容易なことであった。私たち学生も、大学に入るとまずタイプライターのスキルを高めるクラスを取ったりしていた。宿題も、論文も、全ての課題がタイプライターなしではなりたたなかった。そんな状況下、大学の学生にターゲットを当てた彼の発想は非常に面白かった。というか、彼自体の中に、学生と同じ発想があったからであろう。発想が非常に柔軟で、既成概念に全く囚われない彼の発想、イコールアメリカ人の発想と、当時私は非常に感動したものだ。

 あれから30年近くの月日が流れ去り、その間彼自身アップルとの関係でも紆余曲折あり、まだ56歳という若さで急逝してしまった。残念だ。世界でも、非常に柔軟な発想であるアメリカ人の中でも、彼らの世代のアメリカ人は、特に柔軟なアメリカ人世代であるように私は思っている。1970年代に、ベトナム戦争という苦難の時に育ちながら、反戦運動に身を投じ反骨精神を身に付けた。そんな彼等の世代は、非常に柔軟な発想のできる人々だ。あの世代のアメリカ人たちは、今起こっている新しい時代を切り開いたパイオニアたちだ。スティーブ・ジョブズしかり、ビル・ゲイツしかり、この地球上に産業革命に続き、技術革命を起こした人々だ。ご冥福をお祈りする。
# by seizaikai_club | 2011-10-10 11:27 | アメリカ関係 | Comments(0)
脳梗塞顛末記
脳梗塞顛末記
2011年10月1日

 約一か月前。八月下旬に、私は脳梗塞と脳内出血に倒れた。昼過ぎ仕事の打ち合わせを予定通りこなし、3時前に次のアポに移った。それまで何の異常もなかったのだが、3時過ぎ突然異変が訪れた。時間は3時10分過ぎ、突然言葉でなくなった。話そうとしても、まったく言葉が出てこない。だが、酷い頭痛があるわけでもなく、ただ言葉が出てこない。同席していた仕事の関係者が後に曰く、あの時、不思議な動きを私はしていたそうだ。何が起こったのかと思ったという。同時に、言葉が全く出てこなくなり、表情がなくなった。それだけでなく、こちらからの質問へもまったく答えなくなってしまた。その様子は、異常な感じであり、少々怖くなったという。間違いなく、何か身体的に異変ができたとわかったので、暫くカウチに静かにさせようとしたとのことだ。実際、小一時間カウチで寝ていた。

 ところが突然すっくと立ち上がり、言葉もなく部屋を出て車に乗り込んで去ってしまった。車の運転ができるのかと非常に心配であったという。3時過ぎからの記憶は、私自身はほとんど残っていない。ただ、自力で運転をしながら、防衛医大まで必死に向かった。そのことはよく覚えている。もう既に思考能力が低下し、自分の車でありながらハザードやウィンカー、ナビまで操作ができなくなっていた。後から考えると、操作方法等が、記憶からまったく消えてしまったということだ。頭の中では、言葉をしゃべっている。ところが、声として出ない。運転しながら、一生懸命話そうとしていた。同時に、時間と共に右半身がどんどん痺れおかしくなってきた。病院に着くころには、左手も痺れていた。

 そんな状況下でも、兎に角二年前に入院した防衛医大に向かわなければと、そればかりを思っていた。何故ならば、2年前の経験で、自分の中で最も信頼できる病院であったからだ。しかし、自分がいた場所は都内、約50キロ程度をかなり危険な状態で運転してきた。今考えると恐ろしいことだ。それでも、自分の中では、救急車で運ばれれば、知らない病院に入れられてしまう。それならば、防衛医大に入りたいと、思ったのであろう。

 よくも警察に止められることもなく、無事1時間たらずで防衛医大まで辿り着いたものだ。既に時間は、午後6時10分過ぎ。救命救急センター前に、迷惑な駐車の仕方で車を乗り捨てた。エンジンを止め、鍵を掛け、これはもう無意識であったに違いない。そのまま救命救急センター入り口の受付にヨタヨタと辿り着いた。誰の目にも、異常が理解できたのであろう。直ぐに、ERの先生方が現れた。私は崩れ落ちた。先生の「多分脳内出血」という声が聞こえた。意識が薄れた。気付けばストレッチに乗っていた。周囲の音や声は聞こえていた。慌ただしく、周りが動いていた。聞き覚えのあるCTの音がした。まるで、他人事のように、自分を中心に、バリアの中にいるようであった。自分のことでありながら、客観的に全てが見えていたような気がする。

 暫くすると、名前や生年月日、住所など訊かれた。ところが、言葉がでない。必死に、言葉にしようとするのだが、言葉にならない。必死に、子供たちの名前だけ繰り返してたそうだ。特に、数字が全く出てこない。住所の数字、生年月日の数字、数字が頭の中からどこかに消え去ってしまったようだ。またしばらくして気付くと、ストレッチに乗せられ、長く暗い廊下を進んでいた。エレベーターをいくつか乗り継ぎ、気付けば病室に辿り着いた。動けないようにベッドに拘束具で、両腕と腰を拘束された。頭が激しく痛み、横に寝ていることが辛かった。吐きそうである。頭を一杯に上げてもらい、アイスノンをいくつか頭の下に敷いた。どれだけ時間が経ったのであろうか。窓際のベッドで、窓の外が漆黒の闇に包まれていた。自分の頭の中のようで、暗闇の迷路を彷徨っているような気持ちであった。

 翌日の朝目を覚ますと、右半身が依然痺れていた。だが、手も足も動く。必死に動かしてみようと試みた。左手の痺れはすっかり取れていた。窓の外に網が貼ってあり、その網にセミが何匹も留まっていた。ところが、「セミ」という言葉がでなかった。いや、声自体がでない。それでも、前夜よりもましになっていた。自分の名前が言える。生年月日は言えないし、住所の番地等も言えなかったが、住所なども言えるようになった。30分掛かって、「セミ」という単語を探し出した。平仮名が、バラバラに飛び回っていた。身動きできない中、暫く眠りに落ちると、息子の姿が目の前にあった。胸を撫で下ろした。見回してみると、妹や母、それと友達が集まってくれていた。救命救急センター前に駐車した車を、友達に任せ自宅に持ち帰ってもらった。もしかすると、この二日目の記憶は実際には三日目であったのかもしれない。この辺の記憶は、私の中にはない。

 三日目には、担当医も驚くほどに、右半身不随は元に戻り、言葉も戻りだした。「100-7=」からずっと引き算を繰り返された。だが、暗算がまったくできない。元来数字には弱い私にとって、引き算は苦戦した。だが、平仮名は直ぐに再学習した。担当医にも、前向きでリハビリ意識が非常に高いと褒められた。だが、一度死んでしまった細胞は戻らない旨を知らされた。再学習、リハビルしか方法はないと宣告された。だが、落ち込むことはなかった。兎に角、どんどん再学習(リハビリ)するしかない。時間は十分にあった。兎に角、必死で再学習した。みるみる言葉も戻りだした。

 息子が持ってきてくれた「本能寺の変 四十七年目の真実」という本を読んでみた。読める。だが、1ページを読むのに1時間掛かった。まるで、左側と右側で、まったく別の世界が広がっているようだ。左側で認識できる単語は、今まで通り目に入る。だが、右側で認識できる単語は、例えひらがなでも未知の世界のようだ。グルグルと目が回るように、行がグルグルと回っていた。

 そうこうしていると、担当医から病状の説明があった。三か所の脳梗塞と脳内出血を起こした。一番大きな脳内出血は、脳の「角回」という認知を司る部分で起こっているとのことであった。驚かされたのは、今回以外に、若い頃に交通事故で患ったであろう古い梗塞を含め、全部で六ヶ所の梗塞か所が確認できるとのことであった。今まで、障害が出ていなかったことが不思議だという。確かに、担当医に言われてみると、兆候があったのかもしれない。ただ、自分で気付いていなかっただけだ。1年以上前より、酷い後頭部の頭痛に苦しんでいた。ロキソニンを常用していた。また、3時間以上眠れなかった。「あの」「その」というようなことが多かった。物忘れが多かったし、ここ数カ月は、洗い物で兎に角よく食器を落として割っていた。バックの際に、ハンドルを非常に重たく感じていた。どれも、兆候であったのであろう。

 不思議なことがある。それは、ぐっすり眠れるようになった。溶けるように眠ることができるようになった。これは、非常に大きい。まるで何年振りかに本当の眠りにつけるようになったような気持ちだ。リハビリによる再学習を続けながら、右腿の付け根より、カテーテルを脳まで入れ治療を行った。そうこうしている内に、退院を迎えた。そして、昨日1ヵ月検診まで辿り着いた。

 死んでしまった脳細胞は元に戻らないそうだ。そこにあった記憶も元には戻らない。再学習、リハビリしかない。昨日の検診では、脳に傷があるので癲癇発作が起こる確率もあるとのこと。半年間は、運動を控え運転なども控えた方がよいとのこと。そうはいっても、生活をしていかなければならない。まあ、これが自分の運命なのであろう。身体は実年齢より元気だが、脳年齢は実年齢より酷く老化しており、何時死んでもおかしくないとのこと。無理して生きてきたツケが回ってきたのかもしれない。だが、それでも家族を守り、生きていかなければならない。これが、人間の運命というものだ。甘えるのではなく、生きていかなければならない。二年前の入院、そして、今回の入院。天にもちびかれて、生かされていることを実感させられた出来事であった。
# by seizaikai_club | 2011-10-01 13:58 | 今日の独り言 | Comments(0)
民主党代表選という茶番
民主党代表選という茶番
2011年8月28日

代表選候補者が全員揃ったところで見て見ると、最も総理らしくない顔をしているのは海江田さんだ。消去法でいけば、一番最初に消える候補者だ。にもかかわらず、数の原理で彼を推しているという民主党に国民からの信頼を得ることはできない。この姿勢を国民が不安に思っていること、結局民主党はまったく理解していない。

こんなに多くの候補者を今の状況下で出すこと自体、どこに挙党一致、挙党態勢だ。言っていることと、やっていることがまったくチグハグだ。国民に、そんあ民主党のどこを信じろというのだ。茶番もいいところ。あまりにも幼稚過ぎる。彼らに国を司るなど無理。私利私欲、党利党略よりも、今こそ挙党一致で本来前進するべき時。
# by seizaikai_club | 2011-08-28 09:36 | 政治 | Comments(0)
日本政治の悲劇
日本政治の悲劇
2011年8月27日

日本政治の悲劇は、未曾有の災害にあい危機対応しなければならないこの時期に、この政治の混乱、選択肢がないことだ。本来、民意を考慮すれば解散総選挙という選択肢しかないはずである。しかし、被災地や被災者、そして、復興を最優先にと考えれば、解散総選挙をしている暇はない。にもかかわらず、政権政党がこの醜態。この状況下で、反省し、改革があるのではなく、結局は党内投票による代表選で国のリーダーを決めることになる。これは、日本の政治史上大きな汚点であり、多分、これほど希望のない永田町は後にも先にも今をおいてないであろう。もう希望などまったくない。あるのは絶望だけだ。復興だけでなく、経済もここまで落ち込み、外交、領土問題も問題山積だ。一体、どうやって同じ民主党議員たちに、立て直すことができるのであろうか。少なくとも、挙党一致はあり得ないようにしか見えない。
# by seizaikai_club | 2011-08-27 08:49 | 政治 | Comments(0)
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「政治をもっと身近に」をスローガンにして、日本人にもっと「愛国心」を喚起すべく語る。
by seizaikai_club
政財界倶楽部代表  恩田将葉
 「政治をもっと身近に」をスローガンに、一人でも多くの日本国民が政治に関心を持ち、参加してくれるよう、執筆活動、出版活動等を通じ「愛国心」啓蒙活動をしている。国際化が進む世界の中で、日本の政治も若者の手で変革しなければならない!!

 政財界倶楽部代表恩田将葉は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州で約9年間生活。その間、サン・フランシスコ州立大学(San Francisco State University, SFSU)国際関係学部で国際関係学と政治を学び、朝鮮半島問題専攻で卒業。その後、暫くアメリカで現地法人の会社(People Intertrade, Inc.)を経営した後帰国。帰国後は、記者と編集者を経て出版社である株式会社ぴいぷる社と株式会社政財界出版社、そして、夕刊紙「内外タイムス」を発行する株式会社内外タイムス社の社長に就任。活字業界一筋に生きてきた。現在は、経営から一歩引き、国際情勢ならびに政治を中心に、ジャンルを問わず執筆活動を継続中。プロの文士として、随筆、小説、脚本等あらゆる分野で執筆活動を展開し、文章を綴ることを天職としている。そのかたわら、日本に、嘗てのごとく「愛国人」を増やすべく、「政治をもっと身近に」をスローガンに、自ら「政財界倶楽部」を運営している。

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